戒名とは何か?

戒名とは何か?

一言でいうなれば、「仏弟子となる」という事につきます。

「戒名を付ける」と一般的に言われることから、あたかも「子供の名前を付ける」「命名する」的に、死後の名前を付けると思っておられる方が多いのです。

ですから、「戒名」ではなく「改名」と考えておられる方がおられます。

戒名は、読んで字のごとく「戒律を授かった時に、師匠から授かる名前です

浄土真宗では、戒律がないため「法名」といい、日蓮宗では、法華経を護持することが戒律に勝るという考えから「法号」といいます。

いずれも、呼び方や考え方は違いますが、「仏門に入る」という基本と2文字であるという事は同じです。

もちろん、死後の名前ではなく、生前に授かる事が大切であるという事もかわりません。

さて、仏教の側面も考える必要があります。大きく分けると4つに分類することが出来ます

1:伽藍仏教

本尊を礼拝し、宗教生活を行う

2:正覚仏教

仏教の究極の真髄は、正覚を開く事であり、寺院や仏像ではなく禅定と三昧を実践する。

3:祈祷仏教

救済の仏教 祈祷・真言・念仏・衆生の抜苦与楽の救済を目的とした下化衆生の仏教

4:葬式仏教

死者救済の仏教 死霊の救済のために葬式を行い、祖霊の為に供養を行う

今、問題とされているのが4番目の葬式仏教に関する事であります。

 

死者の救済が、戒名の意味

墓参り

生前に戒名を授かることが出来なかった故人に対して、急ぎ戒律を授け、仏教徒として、受戒して「仏弟子」になる。

故人は仏弟子として、御仏の浄土に導かれ、安らかなるあの世が約束されている。というのが現在の戒名です。

死には、様々な立場によって考え方が変わってきます。自分の死や、高齢の祖父母の死などに至っては、ある意味諦めの境地であり、あの世なんてなくていいと考えがちであります。これは、他人の死も同じであります。同情はするが、他人事であります。

しかし、我が子の死・最愛の方の死に関してはどうでしょう?

小学校もいかない我が子が交通事故で亡くなった場合、親は、その子の安らかな成仏を心から願うはずです。

それは、見栄や形式ではなく、一心に御仏の救済を願い祈るのです。

その時に、あの世はあるのか?ないのか?といった議論は存在しません。

明確にある浄土を想像し、悲しいかなわずかしか生きることが出来なかった我が子が、御仏の下で安らかにいてほしい

そうして作られたのが、宇治の平等院です。

極楽浄土が現実の世界として表現されているのです。これは、仏教に限らず、キリスト教の天使の考えも同じものがあると思います。

故人は、仏弟子となり、浄土(浄土教では、極楽)に導かれ、安らかなあの世がある。

戒名は、その方の生きざまと共に、あの世で安らかに成仏するための、大切な法名(仏名)と言えると思います。

墓石に刻まれ、位牌を安置し、末代まで伝わっていく戒名ですので、慎重に授かる必要があります。

 

戒名・法名・法号のQ&A

仏事相談

お寺ネット、仏事相談室には、たくさんの「戒名・法名・法号」の質問が寄せられています。

知っているようで、なかなか理解できないのがこの問題ではないでしょうか?

戒名に寄せられた相談は、戒名料というお金の事

「父の葬儀で100万円も取られました。戒名はどうして高いのでしょう?

「前の住職は良かったのですが、若い住職はお金のことばかりで、戒名の種類によって寄付を求めてくる。」

「院号をやめて信士に変えて戒名のランクを下げることは出来ないのでしょうか?」

「母の戒名に院号がありますが、介護している父の戒名も院号にしなければならないのでしょうか?院号となるとお寺とのお付き合いができません。どうすればいいでしょうか?」


いかに「戒名」や「葬儀」・「お墓」などの相談が多いことでしょう。また、こんな相談もあります

戒名を自分で戒名を付ける?

「はたして、それで良いのだろうか?」

「菩提寺のご住職は認めてくれるか?」

「葬儀の時に使ってくれるか?」

ではなぜ?戒名を自分でつけてみたいのでしょうか?

その1:戒名にお金がかかるから?
その2:信頼できるお坊さんがいないから?
その3:自分が一番自分の事を知っているから?

と答えが返ってきます。

自分でつけてみたいが、本当に大丈夫なのか?それを知りたいという方が多いのです。

お金のこと以外に、何を相談したらいいか?どうしていいのか?初めての事なので何を聞いていいいか?わからないという方も多くあります。ネットのでの情報が多くて、何が正しくて、何が間違っているのか?

大切な戒名ですので、しっかりと勉強されて、ご理解の上で次のステージに進まれると良いでしょう。

■まずは、ご先祖の戒名を調べてみましょう。

 

仏教講座
仏教のお話し

 

ソナエ
ソナエ戒名特集

本寿院の戒名ページより


まずご先祖の戒名を調べましょうとお話しております。


ご先祖の戒名を見ていきますと面白いことがわかってまいります。会ったこともない先祖ではありますが戒名を見ていますと、
なんだか不思議とその方のことがわかってくることがあります。

例えば愛妻家であったとか、真面目な人であったとか、お仕事で大成されたとか、明るい方であったとか、お酒大好きであったとか、

そうです戒名にはその方のお人柄や歩んできた生き方が表現されている場合が多いのです。

一度 父方の先祖と母方の先祖の戒名を是非お調べになってみてください

まず父方の戒名から見ていく方が良いでしょう。

お墓
墓誌


院号が付いているか?もしくは釈号であるとか?日蓮さんの日がついているとか?
まず宗派が概ねわかってまいります

一般的には戒名ですが、浄土真宗では、戒律がありませんので、法名と言います。
又、日蓮宗では、法号と呼びます


先祖の戒名を見ていきますと共通点が見受けられます

例えば院号の1文字が同じであったり、戒名に同じ文字が使われていたり

私がいつもお話しすることは、まず先祖のことを思い、先祖のことを知ることです。
先祖の事を知ると不思議とご先祖に感謝の念が湧き出してきます。

私たちは、等しく先祖の恩恵を受けて生かされている存在です。
一生懸命生きられたご先祖の事を考えてみましょう。

あった事もない、数十年数百年前のご先祖様。

どの様に生きてこられたのでしょうか?

宗派と戒名

先祖の戒名
を調べる場合まずお仏壇の位牌を見てください。

戒名の文字は、何て書かれているでしょうか?
戒名の上に梵字は、ありますか?

キリーク であれば、浄土宗(浄土宗の戒名についてはこちら

阿字であれば、天台宗(天台宗の戒名について)か真言宗(真言宗の戒名について

カーであれば、子供の位牌など想像できます

位牌がない場合は過去帳を見て下さい

次に仏壇があれば、本尊を見てください。

阿弥陀如来であれば、天台宗か浄土宗・浄土真宗(浄土真宗の法名について

釈迦如来であれば、天台宗か曹洞宗(曹洞宗の戒名について)、臨済宗(臨済宗の戒名について

大日如来であれば、真言宗

南無妙法蓮華経と書いてあれば、日蓮宗です(日蓮宗の法号について


仏壇もないといった場合は、ご両親の使っておられたお経本はございますか?
正信偈などが書かれていれば、浄土真宗
法華経であれば、天台宗か日蓮宗です。

最近は、四国巡礼や西国札所巡りなど、信仰よりも観光的に巡拝される方があります。

亡くなった母のタンスに四国巡礼の御朱印帳があったからと言いて、真言宗と決めつけられません

もし遠方にお墓がある場合どうぞこの機会にちょっと足を伸ばしてお参りになってみてください

先祖を巡るという事は、自分探しの旅でもあります。

どの様な方でも、必ず先祖がおられるのです。分家であっても、先祖からの魂は、受け継がれているのです。よく、本家がちゃんと守っているから、分家は何もししなくてもいいと、お話しされる方があります。

守護霊というものを信じられるでしょうか?守護霊とはご先祖様であると強く信じております。

そして、先祖はいつも、貴方を陰ながら見守っていてくださっています。先祖にとって子孫は可愛くて仕方がないものです。

先祖が祟るなんてことは、絶対にありません。しかし、先祖を忘れ、感謝の心が無くなり、慢心になったとき、運命のリズムが狂ってくることは事実です。

有名企業や老舗といわれるところをみると、必ずと言っていいほどちゃんとご供養されておられます。

反対に言うなれば、幸せを願うのであれば、ちゃんと先祖供養をしておけば間違い無いともいえると考えます。

おかげさまという言葉がありますが、まさに見えない力に感謝させていただくのです。

宗派にこだわる必要はない。

私の先祖は、曹洞宗だから、曹洞宗のお経を唱えないといけない。

母方の先祖は、日蓮宗だから、日蓮宗のお経を唱えなければならない。

主人の先祖は、浄土宗だから、浄土宗のお経を唱えなければならない。

ご存知でしたでしょうか?

ほとんど、天台宗で勉強され、天台宗から分かれて行ったという事

読み方やリズムが違っても、同じお経を唱える場合があること。

そうです。天台宗は総合仏教です。浄土教・禅・法華経すべてを学ぶのです。

ですから、宗教の母山と言われています。

お坊さん
お坊さん

宗派が違うと霊が迷うと考えている方も多くありますが、仏教は一つです。

釈迦に始まり、その考え方に学派として分かれたものです。

禅とは?念仏とは?題目とは?きっとぴったりとくる教えの発見があるはずです。

そして、あなたにとって、どの教えが一番安心できるか?考えてみませんか?

カルチャーセンターや仏教系大学で様々な教えの講座がございます。

特におすすめは、大正大学のオープンカレッジです。

私も卒業後受講しており、大変勉強になりました。

仏教やお寺に「お布施が高すぎる」「坊主丸儲け」など批判をする前に、仏教とは何か?

宗派とは何か?

生きるとは何か?ちょっと立ち止まって考えてみませんか?

本当の意味で、仏教が楽しくなってくるのではないでしょうか?

続きは、戒名とは?法名とは?法号とは?

戒名と宗派

「戒名はいるのでしょうか?いらないのでしょうか?」

戒名がない
戒名って何

 

戒名がいるのか?要らないのか?わからないという方ばかりなのです。

最近は終活をされる方が多くなり、「戒名なんていらない」と言う方が多くなりました。

では なぜ?いらないのでしょうか?私は、絶対に「必要だ」と思っております

昔は葬儀の時に必ず戒名があったものです

私はいつも葬儀に伺って白木位牌に書かれた戒名を控えて帰ったものです

戒名を授かるという事は、平たく言うと仏弟子となる意味があります

ですから、戒名はつけるものではなく授かるものであります

キリスト教の方であれば神のいる天国に導かれるのです。

仏教であれば仏様のお浄土に生まれ変わると考えます

戒名がないという事は無宗教でありあの世もないと言うことです

仏様の慈悲は、どんな形でも導いて下さると説かれています。しかし、仏様でもできないことがあります

「縁なき衆生は度しがたき」

縁のない方は、救うことが出来ないとされています。

縁とは仏を信じ仏の名前を唱え一心に念じることなのです

祈りもない人をどうしてお救い下さるでしょうか?もしかするとキリスト教の方であったりイスラム教の方であったり誰もが皆救われるわけでは無いのです。

むしろ全員を救ってしまえば、かえって迷惑ですよね

では戒名をつけないと言う方は。なぜ付けないのでしょうか?

多くは「お金の問題」ではないでしょうか

その昔、僧侶が葬儀をしてもお布施は無料でした

なぜなら檀家制度と言う国家の戦略によって葬儀をすることになったのです

そしてキリスト教ではなく仏教徒として導くことが義務付けられたのです

その時代、お寺は、役所の代わりを務めており、非常に裕福でした。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざがありますが、すべて僧侶が監視・管理していました。

ですから、僧侶が、とても大きな力を持っていたのです。

しかし、廃仏毀釈・敗戦など経験し、お寺は独自路線を歩まなければならなくなります。

それが、いつしか戒名料というものに発展してきたのです。

お坊さんばかりが悪いのではありません。お寺を檀家で支えてきた結果、檀家同士で取り決めたのが戒名料です。

もっとも、葬儀自体は、故人を仏弟子として御仏の浄土に導くという意味合いがあります。

戒名無くしては、葬儀は成り立たないのです。

(浄土真宗では、引導や授戒はなく、日常勤行として葬儀が行われています)

反対に戒名を付けない理由は何でしょうか

戒名をただの文字として思っておられるのであれば、間違いです。

文字を集めるだけなら、小学生でもできます。戒名は、永遠の仏名です。

戒名は、仏教徒として永遠の名前「仏名」

戒名は、仏教として永遠の名前であります。これは先祖の戒名を見てもわかることだと思います。子孫に受け継がれて、何十年何百年と続いていくのです

■戒名は、生前に授かるべきもの

戒名は、生前に授かるべきものであります

そのお話をすると一様に驚かれる方が多くおられます。なぜなら戒名は死後の名前、

あの世の名前と思っておられる方が大半です。

生前に授かるなんて縁起でもないことだと考えておられます

戒名相談された方は、ご両親の戒名を付けようとお考えです。

堂々とご両親にお話しになって戒名を考え、そして菩提寺から授かってください。とお答えしております。

戒名を授かることは、決して悪いことでも、死を待っていることでもありません。

むしろ、その反対で、戒名を授かるということは、仏弟子として、仏様の弟子となり、

かえって、延命長寿につながるのです。

余命いくばくかと言われていたのに、戒名を授かってから急に病状が回復次第して、退院までできました。など、まさに仏様の力をかりるのです。

仏教は、決して亡くなってからの事を説いてはおりません

今、私たちがどのようにして生きていけば良いか?この苦しみいっぱいの大河をどのようにわたって行けば良いか?そんな方向性が説かれているのです。

このような提案をしたこともあります。

還暦になればみなさん戒名を授かってはいかがでしょうか?

1つのこの世の節目を終えて新しい名前を授かり新しく仏教徒として心を清め善行を務めていくのです

タイの国では、一定の年代になれば頭を丸め、お寺で出家修行をするそうです

とても良い方法ではありませんか?

頭を丸めるや日ごろの仕事を捨ててまで僧侶の生活をする必要はありません

普段の生活の中で、心に仏教の火をともすのです。

ある会社の社長は、毎週日曜日にあるとゴルフに出かけておられたそうです。

それが今では、朝早く起きて部屋を清め、そして線香をたて写経に打ち込まれているそうです

一人静かに心を見つめ、なぜ生まれてきたのか?そして何をしに生まれてきたのか?

心の時間が、人生をより充実させることではないでしょうか?

ほとんどの宗派で、生前戒名を授ける儀式を行っております。

しかしながら、正直あまりしられていません。

仏教徒になるとても大切な儀式のなのですが、そう簡単にはできない理由もあるそうです。

本寿院授戒会
戒名授与「授戒会」

運を引き寄せる武将たち

例えば、武田信玄や上杉謙信といった武将の名前は、実はこれは戒名であります。

仏に帰依し新しい名前をもらい、武勇をつけるのです。

歴史上の人物を見ますとこのように戒名を普段の名前として使われる場合があります

人生において失敗することや辛いことやり直したいこといっぱいあります

そんな時に戒名を授かるという契機に新しく生きなおしてみてはいかがでしょうか?

最近は、若い主婦や学生・高校生まで授戒を希望される方が出てきました。

まさに積極的自己改革ではないでしょうか。