生前戒名会をつけるメリットとデメリットについて

まず、何のための戒名なのでしょうか?

この基本をしっかり理解しておいていただきたいと存じます。

戒名は、いや仏教は死後の為に教えがありません。

私たちがよりよく生きるための教えが仏教であります。

ですから、正確には、生前戒名という言い方が間違いかもしれません。

戒名が正しくて、生きているうちにもらうから、生前と付けたという流れですが、

本来、戒名というのは、生きているうちに授かるものだからです。

戒名の歴史

日本には、538年(伝)に仏教が伝わったとされています。

しかし、その後争いや天災等が絶えず、仏教が伝わっても「戒律」が伝わっていないことに気が付きます。

良く知られる「三蔵法師」ですが、これは、西遊記に説かれる玄奘三蔵だけでなく、羅什三蔵など、三蔵と言われる僧侶はたくさんに存在したとされています。

インドで発生した仏教を、シルクロードを通じて中国や世界に教えが伝わっていきます。

この名の通り「三蔵」とは一体何なのでしょうか?

 

行脚

三蔵とは、仏教の聖典を三種に分類した時の、

1:聖典の総称。経(きょう)(=仏の説法の集成)・

2:律(=仏徒の戒律の集成)・

3:論(=経・律に対する注釈的研究成果)

を意味します。簡単に言いますと、

1:お釈迦様が説かれた教えをまとめたお経

2:仏教徒が行うべき規律 これが「戒律」

3:のちの高僧たちがそれぞれの解釈で説いた教え

ここで言われる、2番の戒律が日本には来ていなかったのです。

仏教の鎮護国家思想に基づいて国分寺の建立や大仏造立に力を注いだ聖武天皇です。

この問題を解決するべく、中国に使者を出し、律宗の宗祖「鑑真」を招請したのは有名な話です。

その時代、簡単に日本に来ることは出来ず、何度も難破されながら、5回目にやっと日本にたどり着いたいわれ、その苦労により、目が見えなくなったといわれます

日本で最初の「生前戒名」は?

東大寺

東大寺大仏殿前に戒壇を設け、我が国初の十師による授戒を行った。

聖武天皇は「勝満」の戒名を授けられ、日本で初めての生前戒名・正式な仏弟子となったのです。

このときは、光明皇太后、孝謙天皇などに授戒したと記録されます。

このように、決して聖武天皇は、亡くなってから戒名を授かったのではありません。

出家した僧・仏教に帰依した人に与えられる名前の事です。

道元禅師は「衆生仏戒を受くれば、即ち諸仏の位に入る。位大覚に同じぅし已る。真に是れ諸仏の子なり」と言われています。

つまり釈尊の諭した戒法を受ければ、誰でも諸仏の仲間入りが出来、仏の弟子となる事が出来るといわれている。

このように出家していない在家の者・檀信徒にも在家得度式や授戒会に参加して戒名を授かる事も出来る。

これを逆修戒名(生前戒名)と呼ぶ。

鎌倉・戦国時代の武士達の生前戒名。

戦国武将達はいつ戦場で命を断つかもしれないとの思いから、俗名を捨て戒名を名乗ってきたとされます。

戒名は生前に授かったほうが何倍も功徳があり、危機を乗り越え寿命を延ばすものと信じられていたのである。

例えば、甲斐の雄「武田信玄」は名を晴信といい、「法性院信玄」の戒名を授かった。法性院は院号、信玄が戒名である。

上記写真は、世に言われる「川中島の合戦」です。

信玄は、出家得度し、僧侶となってから、刀を抜かなかったとされています。

上杉謙信に攻め込まれた時に、刀ではなく、軍配で応戦したとされるのは有名なエピソードです。

◆有名人の生前戒名を見ていきましょう

足利尊氏 等持院殿仁山妙義居士

武田信玄  法性院機山信玄

上杉謙信  不識院殿真光謙信

織田信長  総見院泰巌安公

豊臣秀吉  国泰裕松院霊山俊龍

徳川家康  安国院徳蓮社崇誉道和

浅野長矩  冷光院吹毛玄利大居士

大石良雄  忠誠院刃空浄劔居士

真田幸村  大光院殿日道光白居士

加藤清正  浄池院殿永運日乗大居士

生前戒名のメリット

前置きが長くなってしまいましたが、戒名とは何か?という事を知らないと本質にたどり着くことは出来ないのです。

まず、戒名は、生前に授かるものです。

ほとんどの宗派で生前に戒名を授かりましょうと発信をしています。同時に、生前戒名を授かる儀式が行われています

各宗派で行われる授戒会が(浄土真宗ではおかみそり)行われています。

菩提寺や知り合いの和尚様にお聞きになってみてください。

授戒会のやり方や意味合いについては、それぞれの宗派によって異なりますので、ここでは割愛し、別のコラムにて紹介したいと考えます。(浄土真宗は戒律がないから戒名ではなく法名であるなど・・・)

メリット

第1位:死んでからではわからない。

戒名を死んでから授かっても、本人にわかるのでしょうか?もしかすればわかるかもしれませんが・・・

自分の戒名であり、自分の生きた証であります。

どんな人生を送ってきたのか?自分が一番知るところであります。

仏弟子となった戒名を知ることで、一番安心するのはご自身であると考えます。

例えば、亡くなったらどこに行きますか?

天国?地獄?極楽?

旅行に行くのであれば、行き先を決めて切符を買いますね。海外であればパスポートをもってビザをうけます。

行き先が不透明では、心配ではありませんか?

最近は、ミステリーツアーと題して、どこに行くかわからない旅が流行っているそうですが、本当にそれでいいでしょうか?

葬儀の席で、弔電弔辞でよく読み上げられる文言があります。

「どうか天国で安らかに・・・」「また天国で会いましょう」

ちょっと待ってください。天国は、キリスト教の国ですね。イエスキリストのいる天国に行くのでしょうか?

仏教では、極楽浄土です。ちなみに、阿弥陀如来がいる浄土が極楽浄土

真言宗など、大日如来がいる浄土が密厳浄土

日蓮宗など、釈迦如来がいる浄土が霊山浄土

と呼び方や意味が宗派によって変わってきますが、御仏のいる「浄土」に行くのです。

その後、お盆には、浄土からこの娑婆世界に戻ってくると考えます。決して天使がいる天国から帰ってくるわけではありませんね。

極楽浄土を形どったのが、宇治の平等院です。

まさに、極楽行きのチケットを手にしたと同じだと考えますが如何でしょうか?

第2位:仏弟子として生きなおす

悪いことばかりやってきた方が、出所後に改心してお坊さんになったという話は多くあります。

上記で紹介した武田信玄や真田幸村など典型的な例であるでしょう。

いつ死んでもおかしくない戦国時代に、茶の湯がひろがり「一期一会」という言葉が広がりました。

この一瞬一瞬をしっかりと生きる。

過去もなく、未来もない。あるのは、現在そのものである。

仏法に明日という文字はあるまじき候など

「今」が大切なことです。仏弟子となった自分は何が出来るのか?

戒律では、「殺すな・盗むな・嘘つくな・みだらな異性関係・お酒を飲むな」という誓いを立てます。

人として生きるための道理であります。

目の前に空き缶が捨てられていた時、御仏ならどうするか?

もし、この空き缶を見逃してしまえば、他の方がつまづくかもしれない。

貴方が行動し、ごみ箱に入れる。たったこれだけのことです。当たり前のことです。

しかし、その心を持つのは、仏弟子としてみる自分がいることに大きな力を感じます。

第2の人生を歩んでみませんか?

仏弟子として生きる。素晴らしいことであると考えます

第3位:経済的に安く済む

葬儀で一番費用が高いのが、「戒名料」であります。

中には、自分で戒名をつけたので、この戒名を使ってくださいと葬儀の時に差し出す方があります。

大概の場合、そうですかわかりました。検討して私からお授けしましょうとなるのです。

自分で付けた戒名は、ペンネームであって戒名ではありません。

あくまで、葬儀の時に授戒していただかないといけないのです。

思い通りの戒名を使ってもらっても、お布施に変わりはないのです。

しかし、正式に生前戒名を授かっていた場合ならどうでしょう。

それは、篤信なかたですね。これで厳修しますとなります。

ちなみに、本寿院では、生前戒名を積極的にすすめています。

生前戒名を授かっている方の通夜3万円 葬儀5万円とお布施を格安にしています。

格安に区別することで、生前戒名をひろめ、生きる方法を伝えていきたいとしています。

このように、経済的にも生前戒名にはメリットがあります。

最期に生前戒名のデメリットについて

1点のみ:菩提寺がある場合、葬儀時に断られる場合があります。

菩提寺がある場合は、葬儀納骨時にそのお寺から戒名を授からないといけません。

詳しくは、別のコラムで説明しますが、菩提寺へのお布施は、僧侶への寄付ではなく、お寺を管理護持するためのものです。

檀家さん皆さんの為のものであります。

ですから、戒名料などで護持されているお寺にとって勝手なことが出来ないのです。

ただ、生前戒名は、葬儀の時の為ではありません。

菩提寺があって、葬儀で使えないかもしれませんが、長い人生を生きなおすという意味ではとても良いことであると考えます