東京都大田区南馬込1-16-2 0337728889
天台宗系(単立)の流れをくむ歴史ある寺院ですが、宗派にこだわることなく、総合宗派のお寺として各宗派のご僧侶も協力いただきながら活動しております。
仏教は、生きるための教えです。様々な場所で 様々な活動をアクティブに行っております。
お寺は、毎日開門しております。(9時~18時)年中無休 どうぞ、いつでもお立ち寄りください。


東京都大田区南馬込1-16-2 0337728889
天台宗系(単立)の流れをくむ歴史ある寺院ですが、宗派にこだわることなく、総合宗派のお寺として各宗派のご僧侶も協力いただきながら活動しております。
仏教は、生きるための教えです。様々な場所で 様々な活動をアクティブに行っております。
お寺は、毎日開門しております。(9時~18時)年中無休 どうぞ、いつでもお立ち寄りください。

水子供養は、どこでも同じではありません。
檀家にならないといけない場合もあります。
水子供養は、大切な個人情報でもありますので、十分にご注意の上、安心できるお寺でご供養されることをお勧めしております。
お地蔵様に手を合わせることも供養です。お経を唱えることも供養です。 仏像を作ったり、戒名を授かり、しっかりと行うこともいいでしょう。
供養の方法には、様々ございますが、「わが子」の幸せ(成仏)のために、同の方法が良いのか?
わが子が、苦しむことなく、安心して御仏に導かれ、心から供養できるお寺様を紹介します。
水子供養は安心が一番。
全国の評判の良い水子供養寺を集めました。

水子供養のつちぼとけ地蔵
水子供養のお寺として有名なのが「本寿院」 かわいいお地蔵様(つちぼとけ)が良く知られています。
尼僧さんが優しくお話。口コミランクでは、1位毎日法要が行われており、合同法要 10時30分/12時30分/14時30分/16時30分の合同法要は予約が不要です。
しかし、事前に個別法要を予約の上お参りするのがお勧めです。
一組だけの個別法要ですから、他の方と一緒になることなく、ゆっくりと安心してお参りいただけますので、彼女や奥様も安心いただけます。(費用は、合同も個別も同じですので、個別の方が断然いいです)エコー写真や写経・つちぼとけ・赤ちゃんへの手紙など、わが子のために心を込めてお参りできるお寺です
費用 読経供養1万円/戒名供養2万円/永代供養3万5千円 とありますが、戒名供養が一番多いとの事
(費用の事より供養が先と、何回の分割でも受け付けてくださる優しいお寺です。)

深大寺
詳しくは、直接お電話で予約の上お参りになってください。
*要予約でのお申し込みとなります。
ご予約は、お電話かまたは直接に、深大寺寺務所に申し込みが必要です予約申込み受付時間 午前9時~午後5時 042-486-5511
*水子のご供養は、一般的なご法事と変わりありませんので、相応の服装でお参りください。ご供養料:要相談

勝尾寺は、勝ちダルマとして知られるお寺です。関西の方では、よく知られた祈願のお寺です。
水子供養 あの子にとっての両親は、これからもずっとあなたたちだけです。
あの子と向き合い、語りかけ、やすらかな眠りを祈り続ける。
この世に生まれてこれなかったあの子に、親としての愛情を注いであげてください。あの子を産んであげられない理由には大きく3つあります。
それは「中絶」「流産」「死産」です。
胎内でお別れしなければいけなかった理由はそれぞれ異なりますが、今のあなたたちがしてあげられる事は「忘れていないよ」「いつも思っているよ」と伝える事、そしてあの子がやすらぎと幸せを得るまで祈り続ける事です。あの世に旅立ったとしても、親の愛情をしっかりと注いであげましょう。それが水子供養という行いなのです。
ご供養料 一時供養料 五千円/一ヶ月供養料 一万円/三ヶ月供養料 三万円/六ヶ月供養料 五万円/一ヶ年供養料 十万円
名古屋の方で知らない方はないでしょう。有名な大須観音です。
流産、中絶等さまざまな事情で、この世に生まれることができなかったお子様、成長することができなかったお子様のための供養、それが水子供養です。
地蔵和讃と言う御詠歌の中に、水子は、親より早く死んだという罪を背負っているから、三途の川で渡ることが出来ず、一つ積んでは父のため・一つ積んでは母のためと我々残された者のために供養をします。
生まれる前に亡くなってしまった、事情があって生むことができなかった……そんなお子様の御霊に、やさしい慈悲の心でご供養を施し、冥福を祈りましょう。このご供養により、お父様やお母様の悲しみや苦しみも安らぎへと変わっていくことでしょう。
今までお考えになったこと、また水子さんに対してのお気持ちをしっかりと仏様を通して水子さんに語りかけてあげて下さいご供養料 一霊位 金5,000円以上
近くに水子供養をしているお寺がない・・・
誰にも知られる事なく水子供養がしたい・・・
全国から申込を受付して、しっかりご供養してくれるお寺です。
第1位:東京 本寿院
第2位:大阪 常光円満寺
過去の仏事相談例:水子供養について
人生相談や先祖・水子供養など相談例
「水子供養」についてのご相談です
| 水子の遺骨について |
| 投稿者:もえパパ
私たち夫婦には、三人の水子がいます。 |
| Re:もえパパ様へ |
| 投稿者:青龍寺和尚 御実家の北海道の寺に戒名をもらって納骨して有るのであれば、 |
| 供養の寺について |
| 投稿者:あやか |
初めまして。よろしくお願いします。
私たちには水子がいて、供養もしていません。
お寺をさがして、こちらのホームページにたどり着きました。
ホームページで探してみたのですが、お寺によってやり方や値段がまちまちです。
はじめての事ですので、何を基準に選んでよいのかわかりません。

| Re:供養の寺について |
| 投稿者:光明寺 |
こんにちは。
水子供養のお寺を選ぶ時に大切なことは、選びは、とても大切なことです。
ずっとそのお寺にお願いをしていくわけですから、信用のあるお寺でなさってください。
やはり、そのお寺の活動や信頼性を基準にされるといいでしょう。
費用は、3万円から20万円ほどのお寺が多く見受けられますが、位牌や仏像を作ったり
それによって変わってくるでしょう。
供養の方法によって費用も変わってくるでしょうが、供養するという本質はどれも同じです。
こうしなければいけないとか、霊が迷うとかそんなことはありません。
一番大切なことは、あなたが供養しようという心(発菩提心)です。Re:供養の寺について
投稿者:元真
お寺の活動をよく見てから決めることです。
商売でされているお寺ではなく、ちゃんと供養をしてくれるお寺を選ぶことです。
どのお寺であれば、わが子の供養をちゃんとしてくださるか?
わが子が、あの世で幸せに成仏するためにはどのお寺が良いか?
お寺の良し悪しは、ホームページの住職の考えや、住職の活動につきます。
最近は、グーグルのページで口コミを書けるようになっていますので、実際に水子供養された方の意見も参考になさってみてください。
注意したいのは、怪しい宗教です。霊感商法のように、「一日千円の供養を千日間供養しなければならない。」など高額を請求される場合があります。大切な個人情報ですので、くれぐれもご注意ください。
水子供養の費用もまちまちです。お気持ちでは困る場合もあるでしょう。その場合は、お寺様に直接聞いてみてください。ただ、安ければいいというものではなく、わが子の幸せを託すことができるお寺が良いでしょう。
中には、本来であれば誕生していたぐらいのわが子への費用をかけるべきだという方もあります。
| 供養しないとたたりますか? |
| 投稿者:聖夜 |
学生です。
中絶をしました。テレビで赤ちゃんの霊がたたるとやっていました。
やっぱりたたるのでしょうか?
私たちは、まだ学生のため、お金もありません。お金をかけずに供養する方法はありますか?

| Re:供養しないとたたりますか? |
| 投稿者:本寿院 |
まず、たたるから供養するのではありません。
たたるということは、自分中心に考えているのです。
親の心として「我が子のために祈る」ことです。
供養の方法には様々ございます。
お地蔵様に手を合わせることも供養です。
写経をすることも、お経を読むこともすべて供養です。
費用のことより供養が先とどのような相談も受け付けています。
どうしても心配な場合は、上記ホームページよりご連絡ください。
速やかに御仏の御もとに導かれ、霊やすかれとお祈り申し上げます。
| 供養 |
| 投稿者:由朗 |
初めまして、由朗と申します。今日はここに居られる皆様に供養についてお伺いしたく参上いたしました。
実は自分は二年前にさる女性と恋仲になりました。若い男女が恋仲になったら情を重ねるのは致し方の無いことです。当然情を重ねれば身ごもることもあります。私の場合もそうでした。その女性を身重にさせてしまいました。そのとき女性のほうの事情で止むを得ず子を流したのですが、未だに供養を行えておりません。
今からでも供養は遅くないのでしょうか?。また、その方法はどのような方法が有るのでしょうか?。
| Re:供養 |
| 投稿者:蓮華 |
水子とは言え、一度は生命の芽を出したのですから、単なるモノではありません。
今からでも遅くはありませんよ、ひとつの命として先祖と同じように心を込めてお祀りしてあげるべきだと思います。
ここでは一般的な水子の供養をお伝えいたしますが、宗派によって変わってくるものもありますので、参考程度にお聞き下さいね。
先ずお近くの寺院で水子供養をして頂けるところを探し戒名をつけて貰います。水子には、名前も遺骨もありません。顔も解らず、又水子自身も親の顔を見ることなく、暖かい
愛情さえ知らずにあの世へ去ってゆきます。せめて三途の川を無事に渡れるように、名前「戒名」だけでもつけてあげたいものです。
戒名は僧侶に相談してつけて頂いて下さい。
戒名を付けたら、位牌をこしらえてあげます。(水子が何人もいる場合は、合同牌にすれば良いでしょう。)
そして命日と共に、過去帳に記します。命日が解らない場合は、五月五日とか、三月三日、というように、子供の節句の日を設定すると良いでしょう。
命日の日は特に、子供の好むおやつや玩具などをお供えし、可憐な草花をお供えして、真心込めて供養してあげて
下さい。観音経を読むなどして、他人任せにしないで本人がお祀りする事が大切です。
| 水子に関して |
| 投稿者:あんず |
はじめまして。
水子供養について検索していましたら、こちらのサイトにたどり着きました。
ご相談させてください。
もう10年近く前になりますが、私の妹が同棲中に妊娠しそのことがきっかけで、相手の浮気が発覚、妊娠されても結婚はできないという相手の一方的なことにより、シングルマザーで産んで育てるというわけにもいかず本人と私達家族で話合いの結果、やむ終えず妹は中絶をしました。
今になってですが今思えば当時ちゃんと水子の供養をしていなかったことに気がつきました。
妹自信の心の傷の方が大きく当時はそれどころではなかったように思います。
その後妹はうつ病にも近い状態になり、働くことが困難になり、借金をするようになり、またある日車に跳ねられるという交通事故(厄年の年に)にも遭いました。
とにかくいいことがなく悪いことばかりが起こっています。
これは、水子供養をちゃんとしていなかったことが全て原因なのでしょうか?
中絶をしてしまったという因果応報ということなのでしょうか?
もう一つ、私は未だに子供を授かれなくて日々悩んでいます。
未だに授かれないのは、妹が水子供養をしていないせいと関係があるのでしょうか? 姉妹間のことでもおこりうることですか?
たとえ今後いくら回りの家族が供養したとしても、供養はやはり本人(妹)が母親としてちゃんと供養しなければいけないことですよね。
この一連の出来事などはすべて関連してることなのでしょうか?
だとすればどうしたらよいのでしょうか。
このことは私の勝手な憶測でまだ、妹には言っていません。
本人と親にしたら(もちろん私もそうですが)思い出したくない出来事なので・・・
とても気がかりで悩んでいますので、どうぞよろしくお願いいたします。
| Re:あんず様へ・・・水子に関して |
| 投稿者:青龍寺和尚 |
貴方が危惧されている色々な事象と、俗に言う所の「水子の祟り」とは全く関係がありません。御安心下さい。
「祟る」等と言う事は考えなくも良いですが、やはり水子の供養は為さる事を御奨めします。
人一人の命を絶つたことは事実ですからね。
その後の妹さんは如何なのでしょうか。
もし、もう鬱でなければ、きちんと供養を為さるよう勧めてあげて下さい。
出来ましたら御家族皆で御寺に御供養を御願いに行かれることも、大変によい御供養と成りますよ。
| ありがとうございました |
| 投稿者:あんず |
水子供養に関して投稿させていただきましたあんずです。
早速お返事をいただきましてありがとうございました。
関連性はないとのことで安心いたしました。
近いうちに妹と一緒に水子の供養に行きたいと思います。
本当にありがとうございました。

| 分からないです |
| 投稿者:こんばんわ |
私は今20才です。15才の時に、妊娠して、自分の勝手な都合で産んであげられませんでした。今カラ1年位前に3才位の男の子の夢を見て、その子は何も言わなかったんですが、直感?で自分の子だって思いました。
正直それまで、おろしてしまったコトを悪いと思ってなかったし、半分忘れてました。
それからは、考えるとツラクて苦しくて涙が出てきます。もし、私が今の世界に出てこれないまま、親に殺されてたらって考えると…許せないカモ知れないです。
本当にどぉしよもナイコトをしてしまいました。供養もまだしてません。来週近くのぉ寺に行こうと思ってます。でも許してもらぇるとは思えません。私はどぉしたらイイか分かりません。またその子に戻ってきて欲しいです。
| Re:分からないです |
| 投稿者:ひまわり |
私は、二人目の子供を、自分の体の調子の悪さから、
中絶して、しまいました。
あなたと、同じ気持ちでしたから、良くわかります。
一番大切な事は、二度と同じ繰り返しをしない事
それと、申し訳なかったと、思う気持ちが大切な事ではないでしょうか?
でも、あなたは、きちんと、ご自分のされた事の重大さにきずかれていますね。
その気持ちが、きっと生まれてこれなかった、赤ちゃんに届きますよ。
形だけで、供養しても、気持ちが込められていなければ、うかばれないのではないでしょうか?
私も、よくわかりませんが、水子供養をしてくださる、お寺に行かれ
きちんと、供養してあげてください。
赤ちゃんの、月命日には、お供え物をしてあげてください。
まだまだ、あなたは、若いのですから、赤ちゃんの分まで、
しっかりと、頑張っていられること、せつに願います。
| Re:分からないです |
| 投稿者:道陽 |
こんにちわ。
気がついたときに一日も早く、ご供養をしっかりと行なってください。
そして、アドバイスがあったように二度と再び同じ過ちを繰りかえさないようにしてくださいね。
そのこは戻らないけれど、あなたがきちんと結婚をされて赤ちゃんが生まれたら、その子の分も大切に育て、
やさしいお母さんになるようにすればいいと思いますよ。
ですから、あなたをしっかりと受け止めてくれる相手と出会ってください。
| Re:分からないです |
| 投稿者:カエデ |
こんにちは。はじめまして。読ませていただきました。
私も同じような体験しました。私は3年前に不倫していた人の子ができました。正直、私も産みたかった。でも自分の都合で産むことが出来なかった。
後日、不倫相手の人と一緒に水子供養しに行きました。
ちゃんと供養したものの、自分の中では何度も「あぁ~何で産まなかったんだろう」と後悔ばかりしていました。
でも、その子も天国でちゃんと見守っているはずです。
ですから、まずちゃんと水子供養に行って下さい。
自分を責める気持ち十分に分かります、落ち込むのもわかります。
でも、そのままではせっかく天国にいるあなたの子どもも、そんなあなたを見ては残念がると思いますよ。
今すぐとは無理なことですから、時間をかけてもいいんです、その子の分まで一生懸命今まで通りにあなたが頑張って生きること。それが、天国にいる子どもにとって今あなたが出来ることなんではないでしょうか?
間違っても自分を責めないで下さい。子どもも十分わかっていると思いますよ。
まだ若いんだし。あなたが幸せになること、子どもも願っていることだと思いますよ。
ちゃんと今のあなた、これからのあなたを、ずっと天国で見守っていてくれますから。
平成26年6月1日 円宗院 朝粥の会は、中止となりました。
平成10年(平塚では平成14年)より、毎月続けて参りましたが、高木先生の体調がすぐれず
しばらく、朝粥の会をお休みすることになりました。高木先生のおいしいお粥はしばらくおあずけです。
9時より、人形供養 10時より 人生相談 11時より人生相談


毎月第2日曜日は、水子月法要

14時からは、水子供養の為にお父さんお母さんが祈りを込めてつちぼとけを作ります。
東北からお見え頂いた方は、お遺骨を納める地蔵さんをお作りになりました。
涙を流しながらいいいご供養が出来ました。

子供も妻からも、事務的な会話以外なく、無視されています。 食事が終わるとリビングも私一人で、家庭内別居になっています。 2年ほど前から急にこのような環境になりました。 原因は分かっています。共働きにも関わらず、私の方が家事負担が少なく、子育てにも積極的ではなかったことを妻は怒っているのだと思います。 しかし、こちらにもそのようになった言い分はあります。報復的に家事を手伝わなくなったのです。 子供が生まれたときに、妻は子供の父である私の存在より、妻の母に子供との触れあえる機会を作ることに夢中になっている感はひしひしと感じていました。夫婦で子育てするというより、妻と妻の母で子育てをしているような感覚です。毎日のように妻の母からは妻に子供の様子を聞くための電話がかかってきてました。正直私は、少しくらい遠慮しろや、このボケが!と妻の母に思っていました。さらに腹立たしいのは、妻の両親には子供を積極的に会わせようとするくせに、私の両親に対しては、そのような気配りをしないことも腹立たしいのです。 このような不満は、心の中に押し殺してきました。妻に不満を言うと、大喧嘩になり、妻にとっての正論で反発が返ってきて、口喧嘩では勝てないからです。 なので、言葉に出さない報復として、家事負担を13年近く、私の方が少ない程度にしてきました。しかし、ゼロではないですよ。 さらに言えば、妻が家事負担多いと言えども、夕食は惣菜を買ってくることが多いですし、冷凍食品がほとんどで、料理負担は妻自身も世間と比べたらかなり楽です。作るおかずの品数も少ないですので、成長期の子供の栄養には、心配が残ります。 このようなことで、私は言葉で議論して受け入れる相手ではないので、報復的行動として、家事をあまりしない夫になりました。 別に不倫した訳でもないし、土日は週に2、3回はスポーツ教室に行くだけで、外に出歩かず家で地味に過ごしているだけです。 家には子供の習い事通わせるために、しっかりと生活費も入れています。共働きなので妻も同様ですが。 子供への金銭的支援は十分していると思っています。 それなのに、子供からも無視され、家庭でも孤立しているのです。 子供が小さい頃から、子供は私にはなつきませんでした。妻と妻の母、妻の姉のことが大好きで育ちましたから。私の存在なんて、5番手、6番手でしかなかったのです。 そして、とうとう思春期になり、なつかないを通り越し、無視に変わりました。 妻自身も、子供が私のことを避ける状況を良しとしているのが分かります。どうせ、私のいないところでは、私の悪口でも言ってるのでしょう。 このような経緯ですが、ここまで子供を金銭的に支え、好きな習い事をさせ、塾にも通わせ、親としての役目をしているのに、家事を手伝わなかっただけで、ここまでされる必要があるのでしょうか?しかも、家事が面倒ということではなく、妻の悪い部分があったことが原因であるのに。 それでも私が悪いですか?
こんにちわ。
悩み相談をお願い致します。
過去の自分は以下のようでした。
・自分が一生懸命だから、一生懸命やっていない人を許せない。
・すぐイライラして良く怒っていた。なので、周りからの印象も悪く、職場では浮いていました。
・職場の上司とも上手くやれず、悲しい思いをしていた。
・ストレスが多く、無駄遣いをたくさんしていた。
いまは過去の自分が恥ずかしくて、
消えてしまいたいです。
怒りすぎたせいで孤独です。
貯金も少なくて、将来も不安です。
心がざわざわして、落ち着かず、
苦しいのです。
どうしたら良いでしょうか?
Q.戒名や法事をどうすればよいか、家族の考えがまとまらず悩んでいます
今年1月に母が亡くなりました。
葬儀は葬儀社の紹介で日蓮宗のお坊さんをお願いし、俗名で葬儀を行いました。
現在の状況は、
という状態です。
一方で父は、
という考えで、正直なところ私は不満と不安を感じています。
お金がないわけではないのですが、
父は人間不信なところがあり、
「バカらしい」と制度や慣習を批判する性格です。
親族の中には
「法事はお寺に属して行うのが当たり前」
と考える人もおり、冷ややかな視線を感じてしまいます。
このような状況で、次の点について悩んでいます。
結論から言うと、お寺によります。
形はさまざまです。
「檀家=必ず大変」というわけではありません。
まったく問題ありません。
「お寺とは何か」「仏教とは何か」を知ること自体が、
立派な“ご縁”です。
ただし、住職にも予定がありますので、
事前に連絡を入れるのが丁寧でしょう。
基本的には、施主(ご家族)の考えが最優先されます。
現代では、ネットを通じた戒名授与や法要を選ぶ方も増えています。
ただし仏教的に言えば、
**信仰とは「人と人との信頼関係」**に基づくものです。
もし、
のであれば、
無理に形式だけ仏式にする必要はない、
という考え方も一つの筋の通った立場です。
似た環境で悩まれている方は、実際に多くいらっしゃいます。
法事や戒名は、
「誰のために行うのか」を見失うと、苦しさだけが残ります。
最終的には、
を軸に考えることが大切です。
いきなり信仰を持つ必要はありません。
まずは、
に触れることをおすすめします。
親しみやすい例としては、
などがあります。
**「共感できる人を一人見つける」**ことが、仏教への良い入口になります。
その後、父と何度も話し合いを重ね、
「お寺につながってほしい」と頭を下げてお願いしました。
父も少しずつ気持ちを変えてくれ、
紹介されたお寺に戒名と法事をお願いできることになりました。
母の死をきっかけに、
家族が本音で話し合うようになったと感じています。
ここで相談できたこと、
気持ちを言葉にできたことは、
本当に大きな支えになりました。
戒名や法事は、
「正解が一つに決まっているもの」ではありません。
家族それぞれの思いが違っていても、
話し合い、歩み寄る時間そのものが、
すでに供養の一部です。
戒名や法事について
1月に母が亡くなりました。葬儀屋の紹介でお坊さん(日蓮宗)をおよびいただき、俗名で葬儀を行いました。
母に戒名をつけたい・仏式で法要をしたい・法事をする場所が決まってない・49日をあげたい、こういう状態です。
父が頑固で、「今までも特に信心がなかったから寺にこだわらない」「檀家になるつもりはない」「信女という名前は付けてあげたい(父の母と同じ位にしたいらしい)」「ネットで安く戒名をつけてもらえたり、法要をするように派遣してもらえる先を見つけた」と言われ、正直不満があります。
お金はあるはずなのですが、人間不信がありすぐに「バカらしい」と体制を批判する性格があります(家電とかにはお金は惜しまないのに。)
①檀家になるってそんなに人付き合いやお布施などが大変ですか?
②近くの寺を後学のために私一人で話を聞きに行こうと思ってます。ただお寺にとって「利用する予定もない人間がずうずう
し」ってことになりますか?
③父の「ネットで」の決め方になってしまいそうです。親族は寺に属した法事が当たり前と思ってる人間が少なくとも5人います。普段の付き合いはないにしろ、冷ややかな視線を感じています。これは耐えるしかないでしょうか、似た環境の方っていますでしょうか。ネットを通じた戒名や法要はありなんでしょうか?
④これを機に私は自分の生き様や死にざまを考えていこうと思ってます。宗教と縁のない人生を送って来ましたし連れ合いもまったく興味は持ってません。何から始めたらと思っております。仏教の入り口としておすすめなことを教えてください。
Name: 天台沙門
Date: 2013/02/14(木) 11:40 No:4927 削除
Title: Re:戒名や法事について
某政令指定都市の所在する寺を預かっております天台を宗とする者の立場から。
Q1:檀家になるってそんなに人付き合いやお布施などが大変ですか?
A1:お寺によります。例えば、「護持会費年間5万」とか支払っていれば年間行事に参加しなくても(盆彼岸に墓参しなくても!)問題ない寺もあるでしょうし、布施料はまったくのお任せですが折々に集まっての境内掃除が義務化している寺もあるでしょう。
※
Q2:近くの寺を後学のために私一人で話を聞きに行こうと思ってます。ただお寺にとって「利用する予定もない人間がずうずうし」ってことになりますか?
A2:寺に来てもらって、「寺って何?」とか「仏教って何?」と訊いていただくこと自体が「利用する」ことです。ご心配なく。ただし住職さんにも予定があるかもしれません。その点だけご留意ください。
※
Q3・1:父の「ネットで」の決め方になってしまいそうです。親族は寺に属した法事が当たり前と思ってる人間が少なくとも5人います。普段の付き合いはないにしろ、冷ややかな視線を感じています。これは耐えるしかないでしょうか、似た環境の方っていますでしょうか。
A3・1:基本的には施主さんの考え方に従うべきでしょう。寺の行事にも墓参にも熱心に通っても年回の法要はしないという方もいらっしゃいます。
Q3・2:ネットを通じた戒名や法要はありなんでしょうか?
A3・2:まあ、葬儀を受けてくださった方よりもネットで検索した人を選ぶなら、無理に戒名をつけたり仏式の法要をする必要はない(宗教的儀式に則った葬儀をすることはない)のかな、と考えます。
本質的には信仰とは「人と人との信頼と信用によるもの」です。私が好きな逸話ですが、「念仏すれば極楽に往けますか?」と訊かれた親鸞さんが「わからない。信じている法然さんがそう言っていたから念仏をするだけで、たとえ念仏をして地獄に堕ちても法然さんを恨むべきもない」と言ったそうですし、『クオ・ヴァディス』でペテロさんが殉教するのも「もう一度、十字架にかかろう」とのイエスさんの言葉によるものです。裏を返せば「信心がなかった」なら「戒名も要らないし宗教的葬儀も必要ない」という立場の方が宗教的に一貫します。
※
Q4:これを機に私は自分の生き様や死にざまを考えていこうと思ってます。宗教と縁のない人生を送って来ましたし連れ合いもまったく興味は持ってません。何から始めたらと思っております。仏教の入り口としておすすめなことを教えてください。
A4:仏者をとりあげた評伝や歴史小説を読むことをお勧めします。私が好きな作品は、瀬戸内寂聴『釈迦』(新潮文庫)・河合隼雄『明恵~夢を生きる』(講談社α文庫)・嵐山光三郎『西行と清盛』(中公文庫)です。まずは親近感をもてる仏者を見つけることです。その観点からすると、手塚治虫『ブッダ』と中村光『聖☆おにいさん』ははずせないかもしれません。
※
以上、ご参考までに。
Name: おさむ
Date: 2013/02/16(土) 05:21 No:4928 解決 削除
Title: Re:戒名や法事について
早速の返信ありがとうございました。
もう一度父と話し合っていきたいと思います。
Name: おさむ
Date: 2013/03/07(木) 20:57 No:4938 解決 削除
Title: Re:戒名や法事について
解決となっているところ、追記をさせてください。
父に「お寺につながってほしい、それぞれの田舎にお寺を紹介してもらえないか聞いてほしい」と何度か頭を下げて頼みました。
重たい腰を上げてくれました。そして一つの寺を紹介していただき戒名&法事の依頼を受けてもらえることになりました。
私も父も辛抱強く意見を交わしました。
母の死をきっかけに、形だけの家族が本音を言い始めた感じです。
ここで質問させていただいたときは本当に途方に暮れていました。
気持ちを書き込んだことやアドバイスをいただけたことは貴重な体験でした。
こういう場所があって救われました、ありがとうございました。
Q.葬儀のお布施がどうしても払えません。借金をしてまで用意すべきなのでしょうか?
余命宣告を受けた義母がおります。
そのため、少しずつ葬儀の準備も考えていますが、大きな不安があります。
義両親には貯えがなく、保険にも入っていません。
これまでの入院費もすべて子どもたちで負担し、すでに貯えはほとんど残っていません。
葬儀費用そのものは何とか用意できそうですが、
菩提寺のご住職にお渡しするお布施がどうしても捻出できない状況です。
以前、義祖母が亡くなった際、
「葬儀のお布施は27万円と決まっている」
と言われたそうです。
ご住職にも生活があり、お寺を維持するための費用が必要なことは理解しています。
しかし、お金がないと伝えているにもかかわらず、
借金をしてまで払わなければならないものなのか、疑問に感じています。
まだ正式に相談はしていませんが、
亡くなった後のことを考えると不安で眠れない日が続いています。
借金をして葬儀を行ったとして、
本当に気持ちよく義母を送り出せるのか。
正直なところ、恨みの気持ちだけが残ってしまうのではないかと苦しくなります。
僧侶としてのご意見をお聞かせください。
まずお伝えしたいのは、
義母さまがご存命のうちに、事情を率直に相談することが何より大切だということです。
「このような事情があり、これ以上の金額はどうしても用意できません」
と、可能な金額を先に示したうえで相談することをおすすめします。
葬儀後になってからでは、話し合いが難しくなることもあります。
一般論として、
菩提寺と檀家の関係は、
という、長年の慣習に基づく関係です。
その中で、家ごとの慣習や「家格」によって、
布施の目安額が固定化しているお寺も確かに存在します。
そのため、
「27万円」という金額も、
一つの基準として示されている可能性はあります。
しかし、
それが「払えなければ葬儀をしてはいけない」
という意味とイコールではありません。
私自身も、檀家の方には目安となる金額をお伝えしますが、
同時に、
「この金額でなければ勤めない、ということではありません」
とも必ずお話しします。
実際には、
など、柔軟な対応が行われることも少なくありません。
僧侶にとって葬儀や法要は、
収入以前に「修行」であり、
布施が足りない分は自らの修行と受け止める、という考え方もあります。
お寺によっては、
分割払いの代わりに、
といった形で、
無理のない支え方を提案してくれる場合もあります。
一度きりの大金ではなく、
長い時間をかけて関係を続ける、という考え方です。
厳しい現実として、
葬儀とは「亡くなった方をどう見送るか」という
文化的・社会的な手続きです。
最低限の費用で行う場合、
宗教儀礼を伴わない「直葬」という選択もあります。
また、
もし菩提寺での納骨が難しい場合には、
といった選択肢を含めて、
冷静に比較・検討することも否定されるものではありません。
葬儀は、
「どれだけお金をかけたか」ではなく、
どのような気持ちで送り出せたかが大切です。
借金をしてまで行い、
後に苦しみや恨みだけが残るのであれば、
それは本来の供養とは言えません。
どうか一人で抱え込まず、
事情を正直に話し、
無理のない形を探してください。
葬儀について
余命宣告をされた義母がおり、その裏で色々と準備をすすめているのですが、困ったことに義両親は貯えもなく、保険にも入っていないため、今までかかった入院費などすべて子供たちで負担する事となり、子供たちにもほぼ貯えがなくなり、葬儀となったとき、葬儀費用はなんとか出せても、ご住職にお渡しするお布施がどうにも捻出できない状況です。ちなみに、お世話になっているご住職がおり、以前義祖母が亡くなった際も義父がお金がないといったら、『葬儀のお布施代は27万と決まっている』といわれたそうなんです。
ご住職にも生活があり、お寺維持などそういった費用がかかるのは理解はしているつもりです。しかし、お金がないと泣きついてきた人に対して借金してまで払わせるのはご住職としてどうなんでしょうか?
まだ私たちが相談には行っていないので、今現在のご住職のお考えはまだわかりませんが、亡くなった時のことばかりが不安で毎日眠れません。もし、子供たちが借金してまで葬儀をお願いしたとしても、本当に気持ちよく送り出すことができるんでしょうか?こんな気持ちは本当は嫌なのですが、もともと迷惑ばかりかけられていたため、借金をしたら、恨みしか残らないかと思います。
僧侶としてのご意見を聞かせて頂ければ、うれしいです。
よろしくお願い致します。
Name: 天台沙門
Date: 2014/06/22(日) 18:07 No:5105 削除
Title: Re:葬儀について(長文です)
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。
※
>義父がお金がないといったら、『葬儀のお布施代は27万と決まっている』といわれた
>お金がないと泣きついてきた人に対して借金してまで払わせるのはご住職としてどうなんでしょうか?
>まだ私たちが相談には行っていないので、今現在のご住職のお考えはまだわかりませんが、
ご心労お察し申し上げます。まずは義母さんがご存命のうちに「こういった事情なのでこの金額で葬儀をお願いします」と先に可能な金額をお申し出いただき、色々とご相談なさることをお勧めします。
※
(1)一般論として
慣習として、菩提寺と檀家との関係は「菩提寺が檀家に安心を与える」ことと「檀家が菩提寺を経済的に支援する」ことによる双務契約関係となっています。なおかつ家格というものが存在し、その格によって布施料の額の多寡が決まっています。ですから、世間でいうサービスという言葉を使いますと、同一サービスに対して複数の料金が存在するわけです。逆にいうと、家格が一緒なら「世間相場」とよばれる同一料金が設定されるということです。よって現在でも、家格による固定料金的な布施料の基準が存在すると考えられます。
したがいまして、金27万也が通夜葬儀に対する適正な価格であるかどうかとは別次元の問題として、檀家さんの家格に応じての(公平ではないが公正な)布施料と想像することが可能となります。
(2)私の場合
私も具体的(全国標準では高額)な金額をあげて「御檀家さんの皆様には、この金額でお願いしています」とお伝えします。同時に「正札を出しての仕事ではないので、この金額でなければお勤めしないということではありません」ともお話します。現実問題としては、その金額の50~80%が標準的なものですし、通夜葬儀なし・四十九日の納骨法要を葬儀ということにして30%ということも珍しくありません。
僧侶にとって檀信徒さんの御葬儀をはじめとする法要全般は、寺檀関係による双務契約に基づく義務である以上に「自分の修行」という義務です。私は布施料の足りない分は自分の修行費用と考えています。
(3)解決策など
私の預かる寺では「分割払い」の代替手法として、卒塔婆を繁く建てていただくということをお願いしています。つまり、他の家では年回法要と施餓鬼法要の時だけの卒塔婆建立を、春秋の彼岸および無縁仏への建立を追加(?)でお願いするという方法です。
※
現実問題として、葬儀とは死者の肉体と霊魂をどのように処理するか、という文化人類的な手続きです。その「肉体の処理」にかかる費用を最低限に見積もると、物資として棺と骨壷、サービスとして遺体搬送・納棺・棺搬送・火葬費用・事務手数料、が必要となるでしょう。これは宗教儀式一切を省略しての「直葬」のパターンです。
問題はここから先です。
宗教施設の主催者には、異なる宗教儀礼による葬儀や宗教儀礼を伴わない葬儀を断る権利があります。つまり葬儀布施料「27万円也」を支払って菩提寺さんに儀式をしてもらわねば納骨させてもらえない可能性があるということなのですが、裏返すと27万円の費用によってご遺骨の埋葬が可能になるということです。
ということは、菩提寺さん以外の納骨所を新規に入手したうえで菩提寺さんの墓地のご遺骨すべてを改葬する費用の総額が27万以下ならば、離檀をしてしまうということを考えてもよいということになります。
大切な祖母が亡くなりました。
私は現在妊娠中ですが、葬儀に参列するにあたり不安を感じています。
昔から、
などと聞いたことがあり、どうしたらよいのか迷っています。
葬儀には出席するつもりですが、
最後のお別れで祖母と面会しないほうがよいのか、
それとも会わないほうが祖母が寂しいのではないか、とも思ってしまいます。
昔からの言い伝えを無視することもできず、悩んでいます。
どのように考えればよいのでしょうか。
仏教的には、問題はありません。
妊婦が葬儀に参列したり、
棺の中の故人と対面したり、遺骨を拾ったりすることで
赤ちゃんに悪い影響が出る、という教えはありません。
いわゆる
「妊婦が葬儀に出るとよくない」
「子どもにあざができる」
といった話は、迷信や言い伝えと考えられています。
人の心はとても繊細です。
もし将来、お子さんに何かあったときに
「あのとき葬儀に出たからでは…」
と、ご自身を責めてしまう可能性もあります。
そのため、気持ちの問題として配慮することは大切です。
昔からの風習として、
「妊婦が葬儀に出るときは、帯に鏡を挟むとよい」
という言い伝えがあります。
これは迷信を和らげ、安心して参列するための知恵とも言えます。
もし行う場合は、
鏡の面を外側に向けて帯に挟む
とされています。
祖母さまとの最後のお別れを大切に思われる気持ちは、
とても自然で、尊いものです。
無理をする必要はありませんが、
ご自身が「会ってよかった」と思える選択をしてよいのです。
お別れをすることは、
亡き方のためであると同時に、
残された方の心を整える大切な時間でもあります。
仏教では、
命をつなぐ妊娠という尊い時期と、
命を見送る葬儀は、決して相反するものではない
と考えます。
大切なのは、
どうかご自身を責めず、
安心できる形で祖母さまをお見送りください。
Title: 葬儀
大切な 祖母が亡くなりました。 妊婦なのですが 棺の中の 祖母を見たり 遺骨を拾ったり することは 良くないのでしょうか? 昔からの 聞いたことに 生まれてくる子供に あざが 出来るとか 良くない事を 聞きますが・・・・
火事の 炎を見るのも 良くない とかききます。
どうしたらいいのか 迷っています。
このまま 葬儀は 出席しても 最後のお別れに 祖母と 面会しないほうが 祖母が 寂しいのではないかともおもいます。
とは言え 昔からの 言われも 聞いてしまったもので
無視できずにいます。
どうしたら 良いのでしょうか。
Name: 水波坊 [URL]
Date: 2009/10/07(水) 08:32 No:3304 削除
Title: Re:葬儀
迷信です。
ただ人間というのは愚かなところがあります。もし将来、お子さんにあざが出来たとしたら、「あの時が悪かったんだ」とご自身を責めてしまうかも知れません。
しかし、もしお子さんにあざができるとすれば、それは葬儀の時の行動如何に関わらず、それはできます。葬儀とあざ云々は無関係ですから。
私なら最後のお別れをすべきだと思いますね。
Name: 天台沙門
Date: 2009/10/07(水) 11:05 No:3305 削除
Title: Re:葬儀
私も迷信と考えます。
もちろん迷信を信じて妊婦さんの出席を悪くいう人もあるでしょうが、そういうときのために「妊婦が葬儀に出るときは、帯に鏡をはさんでおけばよい」という口碑があります。
風習というものは、われわれが理由を忘れてしまっているだけで、合理的にできていますのでご安心ください。なお、実行なさる場合、鏡は外側に向けてください。
Name: 早百
Date: 2009/10/07(水) 19:25 No:3311 削除
Title: Re:葬儀
はい、写経は立派な供養になります。
写経は、亡き方の冥福を祈ると同時に、
写す人自身が心を整え、死を受け入れていくための大切な行いでもあります。
特に事故など突然の別れの場合、
供養は「亡き人のため」だけでなく
遺された人の心を鎮める行為でもあります。
葬儀後であれば、
**俗名ではなく戒名(法名)**を用いるのが一般的です。
例としては、
など、亡くなってからの週忌(七日ごと)に合わせて記すと丁寧です。
一つの大きな区切りは四十九日(満中陰)です。
まずは七週間(四十九日)を目安に続けてみてください。
それでも気持ちが落ち着かない場合は、
といった節目を区切りに考えてもよいでしょう。
供養に「ここまでで終わり」という決まりはありません。
主な方法は次の通りです。
※お寺によっては「納経料」が必要な場合がありますので、事前に確認されると安心です。
仏教では、
死の瞬間、人は自らの死を受けとめ、新たな世界へ向かう
と考えます。
生きている間に死を意識することは少なくても、
死の瞬間は、誰もがそれぞれの形で受け止めるものだと信じられています。
突然の別れであっても、
あなたの祈りや写経は、確かに祖父に届いています。
Q.戒名にランクがあるのはなぜですか?
「居士」にはどんな意味があるのでしょうか?
戒名(法名)は、仏教徒としての名前です。
本来は「仏道に帰依した証」であり、
戒名の格が高いから成仏しやすい、ということはありません。
「信士」は一般的な在家信者を示す呼び名で、
「居士」は、在家でありながら仏道に親しんだ人を敬って呼ぶ尊称でした。
現在では歴史的な背景から
経済的貢献と結びついて扱われることもありますが、
供養の価値そのものに上下はありません。
突然の別れの悲しみの中で、
写経という形で祖父を思い続けておられること自体が、
何よりの供養です。
仏事に詳しくなくても構いません。
わからないことを「わからないままにしない」ことが、
心を整える一歩になります。
Title: 供養と写経について
先週のことです。
祖父が交通事故で亡くなりました。
悲しくて悲しくて仕方ありません。
しかし現実を受け入れなければならないと思ったので、祖父の供養と、私の気持ちの整理の意味も込めて、亡くなった日から写経を続けています。
せっかく始めたので、しっかり祖父の供養になるようにしたいと思うのですが、
「為」の後には、何を記入すれば良いのでしょうか。
※ちなみに、葬儀までに書いたものは祖父の俗名と「追善供養」と記入し棺に入れて火葬しました。
また、もしも区切りをつけるとすれば、いつ頃が良いでしょう?
満中陰ぐらいでしょうか。
そして、その後はどのように処理?すれば良いですか。
年が明けたら、西国三十三箇所を回り、その際には観音経の写経を納めようと思っています。
(以前から、行きたかったのです)
突然亡くなり、もしかしたら祖父は自分が死んだのを自覚してなかったら、とかも思ってしまいます。
まだ悲しさで頭が混乱していて、文章がおかしいかもしれません。ご容赦下さい。
そして質問ばかりですみません。
まだ大学生なので、こういったことに疎いのです。
Name: 天台沙門
Date: 2009/11/18(水) 10:45 No:3410 削除
Title: Re:供養と写経について
突然のことで、お嘆きのことと存じます。
「死」というものは受け容れがたい現実です。特に、事故死や若くしての死というものは遺された人々にとって、さらに受け容れがたいものとなります。
「葬儀」・「お弔い」・「鎮魂」とは、その死を受け容れるための過程です。受け容れがたい死であればあるほど、死者の鎮魂はきちんと行われるべきであり、それは生者の鎮魂=死の受容とも並列の関係となってきます。
Q1)「為」の後には……
A1)俗名を戒名に変えるだけで、ご葬儀以前と同様でよいでしょう。お亡くなりになったのが先週のことでしたら、いまは二七日の前ということになるわけですから、「為○○信士二七日追善供養也」などとすると丁寧です。なお、次の週は「三七日」、その次は「四七日」となります。
Q2)もしも区切りを……
A2)そうですね。四十九日が大きな区切りになりますので、まずは7週間続けてください。それでも落ち着かないのであれば、百カ日・春彼岸・夏の盆・秋彼岸・一周忌・三回忌という区切りを目安にしてください。
Q3)どのように処理すれば……
A3)四十九日法要のときに菩提寺さんに納める方法があります。または、西国巡礼をなさるときに『観音経』と一緒に納める方法もあります。いずれにせよ、お寺によっては「納経料」が必要になるかもしれませんので、お調べください。
Q4)祖父は自分が死んだのを自覚していなかったら……
A4)生きている間は自分の死を意識せずに生きていくのは普通でしょうが、しかし死の瞬間、誰もが自身の死を肯定的(例えば、極楽浄土に往生させるために阿弥陀如来が来迎する、神の御許に誘うために天使が降臨してくれる)に自覚すると私は信じています。
死というものは、極めて個人的で不可逆な体験です。ですが、ぎりぎりのところでこちらの世界に留まった方もいらっしゃいます。そのような体験記として、立花隆『臨死体験』(文春文庫)・太田哲也『クラッシュ』(玄冬社文庫)をお勧めします。
また、自分自身の死の受容という観点からの文献としてキューブラー=ロス『死ぬ瞬間』(中公文庫)をお勧めします。
Name: 汐
Date: 2009/11/18(水) 18:13 No:3411 削除
Title: Re:供養と写経について
天台沙門さん
お返事ありがとうございます。
なるほど、名前を戒名にすれば良いのですね。
早速そのようにしていきたいと思います。
ひとまず、四十九日を目標に自分にも言い聞かせながら生きていきます。
残された家族のためにも、私はしっかりしないといけませんので‥
納経については、旦那寺さんの方に聞いてみます。
お金がどれくらいかかるのか、によって対応していきたいと思います。
また、色々な書籍をご紹介いただきまして、ありがとうございます。
ぜひ読んでみたいと思います。
また、少し疑問に思ったことがありまして、もしよろしければ教えていただけませんでしょうか。
戒名についてです。
どうして戒名には、ランクみたいなのがあるのですか?
ランクが高ければ、何か供養に良いことがあるんでしょうか。
祖父は「居士」というのがついているのですが、何の意味があるのですか?
(祖母は、今までの位牌と同じようにしただけらしいので、よくわかりません)
もしかしたら、的外れな質問なのかもしれませんが、よろしくお願いします。
Name: 天台沙門
Date: 2009/11/19(木) 17:11 No:3412 削除
Title: Re:供養と写経について
Q5)どうして戒名には……
A5)戒名にランクが発生したのは歴史的なものですが、そのランクによる供養に関する善悪や良否はないですし、往生・成仏のレベルが高くなるということもありません。
そもそも「戒名」もしくは「法名」とは、仏教徒としての名前というほどにすぎません。宗教学者の島田正己氏は「ライフステージによって名を変えていた日本人にとっての死者の名である」と言っておられます。私は故人の人格を表す墓碑銘であると理解していますが。
戒名の末尾につく「信士」・「居士」は、どのていど仏道に熱心だったかを示す言葉でした。「信士」は、信じている人、ということで仏教徒であることを示す一般名詞です。
そして出家修行者ではなく在家の信者であるにも関わらず、仏道に通じている人のことを「居士」と称しました。後世では「ちょっと世間を離れている尊敬すべき人」という気分を表す尊称となり、例えば夏目漱石が「漱石居士」と称されます。
ですが、現状では、それすらもランクの一部となっています。具体的には、お寺にいろいろと(とくに経済的に)貢献なさった方に対して「居士」号を授ける例が多いようです。
これは「院号」も同様で、もともと寺院に経済的な貢献ができる人は、古代は皇族・貴族であり、中世から近世では武家・豪商でした。皇族のうち「法皇」と呼ばれる人々は「○○院(例:後白河法皇=後白河院)」と称されます。その人が住んでいた建物を「○○院(例:光源氏の邸宅は六条院)」と称し、個人名の代わりに建物の名を使ったのです。
そういった社会的地位の高い人々の戒名が「院号居士」でして、まあ家柄を表すものと同等に扱われたといってもいいでしょう。これが、明治以降は戦死した人に「院号居士」をつけることが多くなり、さらに戦後は「格の高い戒名」が売買されるようになってしまいました。
戒名の格についての概略は以上です。
Name: 汐
Date: 2009/11/20(金) 07:04 No:3413 解決 削除
Title: Re:供養と写経について
天台沙門さま
お返事ありがとうございます。
今までの謎が解けました!
そういうことだったのですね。
今後わからないことは、そのままにせず、自分なりに調べてみようと思います。
現代の日本人は無宗教とはいいながら、仏教も私たちの生活に根付いている部分も多く(仏教用語とか)色々興味深いので、もう少し勉強します。
本当にありがとうございました。
Q.戒名がないと、お墓に納骨できないと言われました。本当でしょうか?
先月、父を亡くしました。
父の遺志で、葬儀は家族のみ、読経も戒名も不要とのことで、
経済的な事情もあり、火葬のみで送りました。
その後、菩提寺へ納骨の相談をしたところ
「戒名がなければ寺の墓には入れられない。
それが宗派のルールだ。
戒名をつけられないなら墓を返してもらうしかない」
と言われ、大変困っています。
年金暮らしの母には戒名の費用は払えません。
お金がない人は、納骨もできないのでしょうか。
原則として、多くの寺院墓地では「戒名(法名)」が必要とされています。
これは金銭的な問題以前に、
寺院墓地は「仏教に帰依した方を仏式で供養する場」
という宗教的前提があるためです。
戒名は、
「故人が仏弟子として仏教に帰依した証」
という意味を持っています。
これは正確ではありません。
「戒名を付けない人をその墓に納骨できない」こと
「すでにある墓そのものを返還しなければならない」こと
この二つは別の問題です。
戒名を付けない=即「離檀」「墓地返還」
という決まりはありません。
仏教本来の考え方では、
高額な戒名でなければならない
一括でなければならない
という決まりはありません。
現実には、
分納
簡素な戒名
納骨時の法要をもって儀式とする
など、住職の裁量で柔軟な対応が可能なケースも多くあります。
ここが最も大切な点です。
父の遺志を最優先するのか
祖父母と同じ墓に納めることを優先するのか
この二つの価値が衝突している状態です。
どちらが正しい・間違いではありません。
ご家族で納得できる選択をすることが何より大切です。
今回のような問題は、実は少なくありません。
仏式葬儀をしない場合
家族葬・直葬の場合
事前に菩提寺へ一報を入れることで、
多くのトラブルは防げます。
今回は、
「家族葬だから連絡は不要」と説明した葬儀社側の配慮不足
という側面も否定できません。
仏事には
「こうでなければならない」という正解はありません。
しかし同時に、
宗教的な前提や寺院ごとの事情があることも事実です。
大切なのは
故人の思い
残された家族の生活
無理のない供養の形
そのバランスを一緒に考えることです。
戒名で悩んでいる
納骨やお墓のことで困っている
菩提寺との関係に不安がある
そのような方は、
一人で抱え込まず、お寺ネットにご相談ください。
宗派・事情を問わず、
仏事の考え方をわかりやすくお伝えします。
Name: はなはな
Date: 2010/02/15(月) 17:42 No:3507 削除
Title: はじめまして
先月、父を亡くしました。
生前の父の遺志で、葬儀は家族のみ。読経もしなくていい。戒名もいらないと言われてました。長年、病院での治療費もかさんだ為、母には貯金もなく、私も女手一つで子供を育てているので、援助も出来ず、結局、火葬のみで、他は一切行いませんでした。ただ、菩提寺に納骨の件で連絡したら、戒名をつけなければ、墓に入れる事は出来ないと言われました。それが、曹洞宗のルールだと…。
年金暮らしの母には、戒名をつけるお金等ありませんと伝えましたが、それなら、墓を返してもらうしかないと言われました。
本当にそんなルールがあるんでしょうか?お金がない人は、お墓に納骨さえ出来ないんでしょうか?
大変困っています。
勉強不足で申し訳ありませんが、どうか教えてください。
Name: リアリスト
Date: 2010/02/16(火) 00:17 No:3508 削除
Title: Re:はじめまして
曹洞宗のルールは知りませんが、宗教として考えないで、寺の経営と考えればよいのでは。。
お寺は収入を得るために宗教行為を行っている。
葬儀、法事といった収入を得るための行事に金を払わないのは不良な顧客。不良な顧客は排除して、空いたスペースを有効に活用したいというのが本音ではないでしょうか。
Name: 天台沙門
Date: 2010/02/16(火) 11:06 No:3509 削除
Title: Re:はじめまして
まずはお悔やみを申し上げます。
実際に、葬儀や年回の法要を司る者の立場から申し上げますと、父君が亡くなられた段階で「故人の遺志なので、菩提寺さんをお呼びしての通夜葬儀は行いませんが、納骨などはよろしくお願いいたします」と、ご一報いただければ以降の展開は変わっていたと考えます。
つまり、その段階でいろいろな相談事が菩提寺さんから投げかけられていたはずで、そこには「寺墓地に納骨するには戒名が必要だ」とか「戒名をつけるための法要を納骨時にしましょう」とか「現実問題としての費用をこれだけ納めていただきたい」ということが含まれていたはずです。
菩提寺さんにしてみれば「法要もしないで納骨とは何事だ。寺の墓は遺骨置き場ではない」という感覚をお持ちになられたのかもしれません。
このあたり、葬儀社さんの心遣いによってトラブルの有無が大きく変わります。
さて。
(1)戒名をつけなければ、墓に入れる事は出来ないと言われました。
この件に関しては、曹洞宗に限らず、すべての宗教にあてはまる現実です。これは「ある宗教に則った儀式を行うには、その宗教を信じている必要がある」という暗黙の前提があるからです。
本質的には、神道・キリスト教・イスラームも同様です。
ただし、日本社会においてはキリスト者さん・ムスリムさんは社会的少数者であるのと同時に、ご本人の意識的な信仰告白が必要なので葬儀の際の問題は起きないと考えられます。また、神道さんでは「お宮参り」をもって信者と認めているうえで、「俗姓名」+「尊命」などの神号をとられますので戒名問題も発生しません.
仏教における現実も、ある寺の壇家であるという点をもって仏教徒とみなします。
ですが、意識的に仏教徒であることを示す場合には「戒名/法名」を名のることによって仏教に帰依したことを示します。たとえば千宗室さんの「宗室」が居士号という名の(大徳寺に参禅して授かる)戒名なのですが、残念ながら大多数の仏教徒は死後に戒名をもらうことが普通になってしまっているのも現実です。
ですから、通夜葬儀を行わないと、故人に戒名を授けること(すなわち故人に仏教に帰依いただくこと)ができません。そうなると、戒名のない人(すなわち仏教に帰依していない人)を仏式で供養することになりますが、それは宗教的にできないということになります。
前述の「ある宗教に則った儀式を行うには、その宗教を信じている必要がある」という暗黙の前提は、個人が複数の信仰をもつことを許容する日本社会では無視されがちです。多くの日本人にとっては、この宗教上の原則と初めてナマの現実として向き合う場が、よりによって葬儀の場となってしまっています。そのうえ、こういった宗教上の問題を伝えない僧侶が多すぎるのも現実です。
(2)年金暮らしの母には、戒名をつけるお金等ありませんと伝えましたが、それなら、墓を返してもらうしかないと言われました。
これは根拠のない「ウソ」です。
ある人物を墓所に埋葬しないことと、その人物が埋葬されるべき墓所を返還して離檀することは同一ではありません。
極端な例をいえば、親がキリスト者なので仏教寺院墓地に埋葬できないし自分もキリスト者だが、仏教寺院の墓地に眠る祖父母や親族を仏式で祀り続けることにはやぶさかでないという人物に対して「墓を返してもらう」とは言えません。
逆に、私から確かめさせていただきたい点があります。
第1点は、父君のご遺志に背いても納骨の方便として戒名を得ることはよしとなさるのか、という点です。
第2点は、単純に「戒名料」や「法要布施料」の金額の多寡の問題として解決できるのか、という点です。
第3点は、菩提寺さんとのおつきあいはどのようだったのか、という点です。
以上、よろしければお教えください。もう少々、具体的なご回答が可能かと考えます。
Name: はなはな
Date: 2010/02/21(日) 02:09 No:3511 削除
Title: Re:はじめまして
天台沙門様
ご丁寧な返信、ありがとうございます。
実際、納棺の際、葬儀屋さんに、菩提寺への連絡の有無を確認した時、『家族葬だから、必要ない。落ち着いたら、納骨の件でお電話すれば、大丈夫』と言われ、『そういうものか』と、疑いもせずに来てしまったので、このような結果になってしまいました。
また、
第1点は、父君のご遺志に背いても納骨の方便として戒名を得ることはよしとなさるのか、という点です。
↑祖父母の眠る墓に、一緒に眠らせてあげたいけれども、そのために戒名をつけるのは、父は望まないと思います。
第2点は、単純に「戒名料」や「法要布施料」の金額の多寡の問題として解決できるのか、という点です。
↑石屋さん含め、最低35万と言われ、それは到底無理です。
分納も打診しましたが、出来ないと…
第3点は、菩提寺さんとのおつきあいはどのようだったのか、という点です。
↑父の幼なじみのお坊さんで、疎開中に近所だったよしみで、安く墓地を用意してくれたそうです。お彼岸とお盆には、護持会費、付け届け等を払い、ご挨拶しておりました。
以上、わかりにくい文章で申し訳ございませんが、よろしくご指導くださいますよう、お願い申し上げます。
Name: 天台沙門
Date: 2010/02/23(火) 14:25 No:3513 削除
Title: Re:はじめまして
ご事情の開陳、ありがとうございます。
(1)祖父母の眠る墓に、一緒に眠らせてあげたいけれども、そのために戒名をつけるのは、父は望まないと思います。
(a)16日付回答の通り、寺院墓地に葬られる条件として「戒名をつける」というものがあります。よって、戒名なしで寺院墓地に納骨するということは難しいでしょう。
便法としては、俗名を音読して戒名のように扱う(山田太郎=「やまだたろう」を山田太郎信士「サンデンタイロウシンシ」)というものがありますが、あくまでも住職さんとご相談の上でということになります。
(2)石屋さん含め、最低35万と言われ、それは到底無理です。分納も打診しましたが、出来ないと…
(3)父の幼なじみのお坊さんで、疎開中に近所だったよしみで、安く墓地を用意してくれたそうです。お彼岸とお盆には、護持会費、付け届け等を払い、ご挨拶しておりました。
(b・c)個人的なおつきあいがあれば、私なら「戒名なし」は前述の便法でかわして、「葬儀無用」は納骨時の法要を葬儀式として行います。また普段のおつきあいも普通でしたら、信用という意味のクレジットもあるわけで分納くらいかまわないと考えます。
ただし、個人経営的な寺院ならば住職の裁量権が大きいのですが、檀信徒会や石材店が寺院運営に発言権をもっている場合には、住職の裁量よりも規則による杓子定規な運営が行われる可能性があります。戒名については「檀家なのに戒名ももらわないで」とか、金銭面では「みんなが納めている金額を納めずに、何が檀家だ」という保守的な意見はありがちです。
それにしても、お父上がその住職さんに「読経もしなくていい。戒名もいらない」と、お伝えになっていなかったのか残念でなりません。
また、葬儀にまつわるトラブルとして「仏式葬儀をしなかったので納骨を拒否された」とか「他宗派の戒名の付け直しを求められた」というのは少なくない事例です。よって業者の対応としては「菩提寺への連絡の有無を確認した時、『家族葬だから、必要ない。」のではなく「仏式葬儀ではなく家族葬だからこそ、菩提寺に一報を入れさせる」のがトラブル回避のために必要なことでした。ということは、菩提寺さんへの納骨のためには、ご家族の依頼だけではなく葬儀社の謝罪も必要になるかもしれません。
以上、ご参考までに。

お寺ネット 相談室です。
下記のページよりご相談を投稿ください。
内容は、個人情報を除いてお寺ネットWEB上に表示されます。その内容に対して皆様からのご意見が寄せられます。
相談内容は、
①かけこみ相談・・・人生や人間関係・自死に関する相談
②仏事相談・・・仏事の相談
③和尚のお手伝い・・・お寺の仕事に関する情報
現在、運営しております 4つのBBS(掲示板)は、2026年9月30日をもって終了することになりました。2025年11月21日より、上記フォームによる相談を受付けてまいります。この事で、ログインすることなく、匿名で安全に投稿することが出来ます。
非公開(クローズ)で相談を希望される方は、NPO法人かけこみ相談センターよりお願いします。
あれから少しずつ状況が変わり、引越しできそうな状況ができてきましたが、今度は法に触れない方法で脅されました。自分達親子が私たち親子の生活費の中から何だかんだお金を出させて、どうにもならない時には売春までさせておいて(証拠がないのだから私が勝手にやったと言い張るつもりです)、私が手元を離れそうになった途端に「警察から携帯の事で4回も呼び出しがあった、携帯はなくしたことにしてある。自分も連絡を入れてみてはいると答えておいた」と連絡してきました。(しかし発着信履歴を調べれば嘘だと判ると思いますが)そういった行動が躁鬱に拍車をかけているとも思わず、障害手帳は芝居でもらっている、仮病だと言われました。その上で、「ワシには不動明王がついてるし、透視の兄ちゃんもおる。どこに逃げても無駄」とまで言われました。そんな人と縁を切る事は難しいのでしょうか?
27歳高卒職歴無し資格無し18歳からひきこもり
どのように生きていけばいいのかわかりません
私は今まで何も考えないで生きてきました
最近になってようやく自分の過去を振り返り
なんてどうしようもない人生を歩んできたんだと気づきました
もう一度やり直したいです
私は今後どのように生きていくべきなのでしょうか

お寺ネット 仏事の相談室に寄せられた相談から

[char no=”8″ char=”男性”]葬儀の時に戒名を付けてもらわなかったのですが、これからどうすれば良いのでしょうか?戒名がなくても良いのでしょうか?[/char]
[char no=”6″ char=”三休”]戒名がないと、位牌が出来ません。戒名は、仏弟子として成仏される大切なものです。お盆や1周忌など法要事に必要となります。今からでも戒名をお授かりください[/char]
まず、戒名を授かり、お位牌を造立され、四十九日法要を迎えられるといいでしょう。四十九日法要は、満中忌明けと言って、初七日から死出の旅路に出て、やっとご先祖と同じ浄土に導かれるときとされている大切な時です。小職の関係寺院では費用の事より供養が先と、無料~3万円で戒名をお授けしております.

[char no=”2″ char=”三休〇”]これで安心して仏壇に手を合わせ、お盆や1周忌を迎えられますね[/char]
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お寺ネット
三休
info@otera.net
本寿院の情報
本寿院は、つちぼとけといって、陶芸で仏様(お地蔵様)をつくるお寺として知られています
また、関東 お骨仏のお寺として、遺骨でもって仏像が安置されている珍しいお寺です
寺院名:
住所:
ホームページ:
電話:
天台宗系単立のお寺です。

| Name: ハリネズミ Date: 2022/01/28(金) 20:17 No:32541 |
返信 引用 編集 | ||||||
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来月3月9日(月)に「一杯ごはんの会」の開催を予定しておりましたが、
新型コロナウィルスの拡大状況を鑑み、皆さま方の健康面を第一と考えまして、大変残念ではございますが、今回の「一杯ごはんの会」につきましては中止とさせていただくこととなりました。
予定を開けていただいていた方々には、大変ご迷惑をおかけいたしますこと深くお詫び申し上げます。
なお、次回の「一杯ごはんの会」は令和2年6月8日(月)の19:00からになります。
何卒、皆さまのご理解をいただきます様、よろしくお願い申し上げます。
かけこみ相談センター事務局
来月3月9日(月)に「一杯ごはんの会」の開催を予定しておりましたが、
新型コロナウィルスの拡大状況を鑑み、皆さま方の健康面を第一と考えまして、今回の「一杯ごはんの会」は中止とさせていただくこととなりました。
予定を開けていただいていた方々には、大変ご迷惑をおかけいたしますこと深くお詫び申し上げます。
なお、次回の「一杯ごはんの会」は令和2年6月8日(月)の19:00分からになります。(令和2年2月19日追記)
NPO法人かけこみ相談センターでは相談員と気軽にコミュニケーションを取れる場として三か月に一度「一杯ごはんの会」を本寿院本堂にて開催しております。
皆さんと一緒にいろんなお話をしながらごはんを食べる会です。
どなたでもご参加いただけます。
尼僧の道廣先生が美味しい手料理を作ってくださいます。
ごはんは用意しておりますので、漬物やおかずをお持ち頂ければ幸いです。※手ぶらでも大丈夫です。
どうぞお気軽にご参加ください。
■日時:令和2年3月9日(月)19時~21時
■場所:本寿院本堂(東京都大田区南馬込1-16-2)
■参加費:無料
■お問合せ:03-3772-9783(かけこみ相談センター事務局 小野澤まで)
※予約不要ですが、お料理の準備の都合上、ご連絡をいただけるとありがたいです。
※当日、ご相談(個別相談含む)がある方は事前にお知らせください。

NPO法人かけこみ相談センターでは人生・仏事の無料相談を行っております。
メール・面談にて相談を承っております。相談は一切無料です。
僧侶だけでなく一般の方も協力して下さっています。どんな問題でも解決できない事はありません。みんなで考え、みんなで乗り越えていきましょう。
●面談:面談日はお問い合わせください(事前にご予約ください)
●メール:info@kakekomi.or.jp
さまざまな女性の思い
お寺ネットでは、「流産」や「死産」を経験され、様々な思いや感情を抱える方々から、供養の方法や悲しみの乗り越え方などについて多数ご相談を頂いています。
妊娠と出産を経験できるのは女性だけです。
自分のお腹の中に「新しいいのちが宿る」ことで生じる感覚、そして感情。
また妊娠することによる様々な体調・気分の変化。
一昔前は出産は命がけのことでした。
本当の意味で、妊娠・出産を真剣に考えることができるのは女性だけでしょう。
それだけ妊婦さんの「こころ」は「不安」や「期待」など様々な感情で揺れ動くことになります。
ましてや、待望の妊娠だったにもかかわらず流産や死産してしまった方、妊娠をしても様々な理由によって途中で赤ちゃんを諦めなければいけなかった方にとっては、さらに、多くの「悲しみ」「不安」そして「喪失感」「後悔」「自責の感情」をかかえることになるでしょう。
そんな「思い」「感情」をどうすればいいかわからない方々のために、少しでも心を軽くし、前向きに過ごせる方法を考えてみましょう。

妊娠できたとしても、残念ながら約15%の割合で流産が起きるとされています。
流産は妊娠周期によって2つに分類され、
妊娠12週未満の流産を「早期流産」、
妊娠12週以降22週未満の流産を「後期流産」といいます。
特に妊娠12週未満の流産が多く、流産する人の約80%を占めます。
日本産科婦人科学会によると、妊娠週数別の流産確率は次の通りです。
妊娠12週未満での「早期流産」は、ほとんどの場合、原因は母体側ではなく胎児の染色体異常が原因です。
つまり、受精の段階で流産するかどうかが決定しているということがほとんどということです。
「後期流産」は、感染症による絨毛膜羊膜炎や、子宮頸管無力症、子宮奇形など、母体側の原因が主になります。
ほかにも、過度なストレスや運動により流産が引き起こされることがあります。

「早期流産」の原因の多くを占める染色体異常は、母体の年齢が高くなるほど起こりやすいと言われています。
しかし、年齢にかかわらず誰にでも流産をする可能性はあります。
そして、多くの場合、染色体異常など、胎児側に原因があるため、流産を確実に防ぐことはできません。
私達は、当たり前ですが生まれたときからずっと生きていますので「生きているのが当たり前」「命が誕生するのが当たり前」と思い込みがちですが、決して当たり前ではありません。
私自身が私のお母さんのお腹の中に宿った時から、無数のご縁によって、今たまたま、奇跡的にも生かされている「命」です。
無事に妊娠し、出産を迎えるということは、決して当たり前のことではなく、正に奇跡的なことなのです。
誕生したその瞬間から、大きくなるために懸命に生きようとして、
そして残念ながらご縁がなく、流産し亡くなっていった赤ちゃん・・・。
妊婦さんが悪いのではなく、もちろん赤ちゃんが悪いのでもなく、ただただ「ご縁がなかった」だけなのです。
せっかく宿った命と対面することなく別れなければいけないことは、とてもつらいことです。
亡くなったわが子のことを想い、自分の気持ちに整理をつけるための一つの方法に「水子供養」があるのです。
今は、悲しむ事より、わが子のご供養を考えてまいりましょう。
悲しくて辛くて潰れそうになった時、
お寺ネットの掲示板をのぞいてみてください。同じような思いを抱えておられる方もたくさんございます。
また、掲示板だけでなく、NPO法人かけこみ相談センターでは、直接のご相談を承っております。
また、流産や死産の経験者でつくる「ポコズママの会」という団体もあります。
同じ経験をもつ方と接することで、少しでも気持ちに整理がつくかもしれませんね。

子供たちの守り御本尊であるお地蔵様は、その母と父の心を受けて、冥界に漂い苦しむみどり子に手をさしのべて、その魂を救い、子供たちを父母を愛し守り続ける仏へと立派に成長させてくれると言います。
このお寺で水子供養をされた方へ。ぜひ口コミの投稿をお願いします。
このお寺で水子供養をされた方へ。ぜひ口コミの投稿をお願いします。
■光明院 ![]() |
| 浄土宗 五濃山 光明院 開創:永禄年中(西暦1560年頃) 開山:安土浄厳院 應誉明感和尚 本尊:阿弥陀如来 由緒:昭和34年火災にあい本堂・寺宝などが全焼。昭和38年、同市北津田 町常福寺より阿弥陀三尊・両大師等々を譲り受け、昭和47年、第37世勲誉哲夫、本堂再建。 旧金剛寺城跡に奉安されていた多数の地蔵尊が集められ現存する。 近年には、古来よりある総墓を永代納骨塔と改修し、写経塔や子安(水子)地蔵尊 を建立し、以来少しずつ寺観を整え現在に至る。地域の菩提寺(願の寺)、念仏道場として、檀信徒の皆様で代々お守りさせていただいている寺院であります。 檀信徒の方々だけでは無く、皆さまからの法事のご依頼をお受けしております。 先祖供養、水子供養、通夜、葬儀、中陰、永代供養、お魂(お性根)入れ(開眼)、お魂(お性根)抜き(閉眼)、地鎮祭等々お気軽にご相談ください。 |
| ■ 仏教相談センター |
| 仏事の相談承ります。ご希望を聞いた上で登録いただいている寺院を紹介します。(無料です) |
水子供養は、どのお寺でも出来るものではありません。お寺によっても受け付けているお寺もあれば、水子供養自体をやらないお寺もあります。
宗派的な考え方
ほとんどの宗派では、水子供養として行われていますが、浄土真宗には水子供養という考え方がありません。
檀家寺といって、檀家さんのためにあるお寺。これは、町中にあるお寺で、お寺の名前だけの看板であったりします。お寺を支える300家~1000家ほどの檀家さんのためのお寺です。ですから、基本的に一般の参拝を受け付けてくださいません。今では少ないですが、昔は、檀家にならないといけない場合もありました。

同じく、信者寺といわれるお寺もあります。一定の信者のためのお寺です。檀家寺のほとんどは、先祖代々のお墓がお寺にある場合で、信者寺は「教え」を中心として集まっています。法華経信者など熱心な信者さん達が多いのが特徴です
(観光寺という表現は、好ましくありませんが、わかりやすいようにお話ししています。観光寺の定義としては、入山料・拝観料などが必要なお寺の事です)
香川県の場合
善通寺や金倉寺・大窪寺が有名ですね。
(観光寺の中でも水子供養を受け付けているお寺もございます。お問い合わせになってみてください)
最後に供養寺といって、水子供養や祈願を前面に出して受け付けているお寺です
(供養寺という表現も好ましいものではありません。わかりやすいように区別しています)
檀家はおられますが、檀家以外の供養や御祈願を積極的に受け付けてくださっていますので、水子供養を望まれる方は、一番安心してお参りできます。
第1位:弥谷寺
第2位:徳成寺
第3位:讃岐 国分寺

水子供養は、どのお寺でも出来るものではありません。お寺によっても受け付けているお寺もあれば、水子供養自体をやらないお寺もあります。
宗派的な考え方
ほとんどの宗派では、水子供養として行われていますが、浄土真宗には水子供養という考え方がありません。
檀家寺といって、檀家さんのためにあるお寺。これは、町中にあるお寺で、お寺の名前だけの看板であったりします。お寺を支える300家~1000家ほどの檀家さんのためのお寺です。ですから、基本的に一般の参拝を受け付けてくださいません。今では少ないですが、昔は、檀家にならないといけない場合もありました。

同じく、信者寺といわれるお寺もあります。一定の信者のためのお寺です。檀家寺のほとんどは、先祖代々のお墓がお寺にある場合で、信者寺は「教え」を中心として集まっています。法華経信者など熱心な信者さん達が多いのが特徴です
(観光寺という表現は、好ましくありませんが、わかりやすいようにお話ししています。観光寺の定義としては、入山料・拝観料などが必要なお寺の事です)
徳島県の場合
霊山寺や太龍寺・薬王寺が有名ですね。
(観光寺の中でも水子供養を受け付けているお寺もございます。お問い合わせになってみてください)
最後に供養寺といって、水子供養や祈願を前面に出して受け付けているお寺です
(供養寺という表現も好ましいものではありません。わかりやすいように区別しています)
檀家はおられますが、檀家以外の供養や御祈願を積極的に受け付けてくださっていますので、水子供養を望まれる方は、一番安心してお参りできます。
第1位:立江寺
第2位:観音寺
第3位:極楽寺
