先月母が亡くなり、まもなく四十九日の法要があるのですが、未だ母と離れがたく、納骨を一周忌まで待って欲しいとお寺さんにお願いしました。
すると「魂が一年間迷うことになるが、それでもよいか?それでも良いなら一周忌のときに納骨でも構わない」と言われました。 あまりにひどい言い方に言葉もありませんでした。「口も聞けないお母さんのとこより、生きている人間の都合や気持ちを優先するのか」とも。 戒名をもらうときも、お布施を少しお安く申し出たら「ランクが下がる」とも言われてしまいました。
こういう対応、お寺さんとしては普通にあるのでしょうか? これから長くお付き合いしていけるかとても不安でなりません。
どうしたら良いでしょうか?
真言宗の僧侶です。御母堂様の件、お悔やみ申し上げます。
残念ながらお寺の御住職の中には偉そうな態度や物言いをすることがお坊さんらしいと勘違いしている方が少なからず居ります。また、以前からの習慣や自分の考え方に檀信徒が従わないと機嫌が悪くなる方も結構居ります。そのような住職たちは仏事のやり方やお布施の額についても自分の考えに固執して檀信徒の事情や気持ちに寄り添わず、高圧的にものを言うので檀信徒の心が離れて行くのですが、謙虚さや反省の気持ちが無いので改まることがありません。大変残念なことですが、檀家寺の多くでこのようなことがあり、お寺離れにつながっています。檀信徒に「安心」を与えられない住職はもはや宗教者とは言えないでしょう。
ただ、住職は社会的には宗教法人代表役員として寺院運営と管理、責任者であり、布施を主として収入を得てお寺を経営せねばならないのも事実です。布施とは喜捨であり施主の安心を前提とするものではありますが、寺院運営の収支との兼ね合いでお寺によって布施の目安的金額がある場合もあります。
上記のことをふまえた上でご相談に私からお答えするならば、一周忌に納骨することは全く問題ありません。四十九日忌の法要をきちんとされているならば、迷うなんてことはあり得ません。そもそも、迷うようならば葬儀でちゃんと引導を渡していないということです。気にする必要ありません。
戒名のランクなども気にする必要はないです。菩提寺としては代々のご先祖様に合わせた形でお授けするのが慣例ですが、本来は故人様の生前の信仰および寺院・社会への貢献度を勘案して決めるものです。また、ご遺族の供養の気持ちとして故人になり代わりお寺に財施をして仏法興隆に資することで院号などを受けることもあります。普通にお戒名を頂けば、みな正式な仏弟子なのです。ご心配いりません。
現在の菩提寺さんとの今後のお付き合いですが、筋を通していれば毅然と必要な仏事を依頼されればいいと思います。ご無理はしなくてよいと思いますが、年間の護持費や付け届けなどはきちんとしておきましょう。お寺の主人は本尊様です。ご先祖様は御本尊にお守り頂いているのです。これからお母様もお守り頂くわけです。数十年だけ偶さか住職でいる人間の態度や都合で伝統あるお寺と縁が切れるのは惜しい気もします。ただ、どうしても安心どころか嫌な気持ちになり、我慢が出来ないならば離檀という方法もあります。お墓がお寺に在ると離檀料を請求されたりする場合もあり、ややこしいかもしれませんが、正式な手続きをされれば不可能ではありません。別に墓所を決めて改葬すればよいのです。住職の機嫌は悪くなるでしょうが、済んでしまえばもう付き合う必要はありません。その上で、気持ちよくお付き合いできるお寺様や僧侶と縁を結べば良いのです。ただ、離檀はご先祖様の菩提寺と縁切りをする最終手段です。よくよくお考え頂いた上、御親戚とも相談してお決め下さい。
某政令指定都市に所在する寺を預かる天台を宗とする者の立場から。
Q1:「魂が一年間迷うことになるが、それでもよいか?それでも良いなら一周忌のときに納骨でも構わない」
A1:『阿弥陀経』によれば「阿弥陀仏はその本願によってすべての存在を極楽往生させる」と説かれています。極楽には苦難や迷妄はありませんから往生した人に苦難や迷妄はありません。また大前提として、仏教の基本的な思考は「他の事物と無関係に独立した魂という存在はない」ということがあります。迷妄から個人/故人の人格が解放されるか否かという宗教的問題と納骨の時期という儀礼や法律は無関係です。
Q2:「口も聞けないお母さんのとこより、生きている人間の都合や気持ちを優先するのか」
A2:生者の都合や気持ちを優先すべきです。なぜなら葬儀というものは形式上は「死者の肉体を生者が処理し、霊魂を神仏に委ねる依頼をする」という事業ですが、その目的は「生者の肉体面では故人のいない生活を再構築すること」にあり「生者の霊魂面では死の受容・超克や悲嘆からの回復をすること」にあります。手段の目的化は誉められません。
Q3:「ランクが下がる」
A3:もし、死者の成仏/往生のランクが下がる、という意味でしたら与太話と聞き流してください。檀家としてのランクが下がるという意味でしたら、まあ、ありうるかなとも考えますが、同業者としては葬儀の布施料が安価だとしても墓参や季節行事ごとに布施料をいただければ問題はないと考えます。
Q4:これから長くお付き合いしていけるかとても不安でなりません。どうしたら良いでしょうか?
A4:宗教法人の収支会計を明朗にしたうえで(一般商店でいうところの価格表を掲げ)壇信徒あたりの経済的負担を明文化しているのでなければ、あくまでも布施料は「お気持ち」ということになります。A3末尾もご参照ください。
以上、ご参考までに。
※
追伸:墓地管理者の立場としては、納骨までの期間がが延びると埋葬許可証の亡失の可能性が増えるので好ましくない、と考えます。
葬儀の際に、
(真宗以外の)僧侶は引導(作法)によって死者を仏道へと導きます。
それは仏門に入る死者が仏弟子として生まれ変わるという意味であり、
そのために新しい名前である“戒名が与えられるのです。”
これは死者当人が望んでいるかどうかに無関係で
遺族の願いとして行われます。
尚、この素晴らしい葬儀風習における
“死後戒名の授与”というものは日本仏教のみの伝統であり、
仏教の教えを説かれたブッダとは直接の関係はありません。
現実問題としては、戒名料が重要な日本僧侶たちの収入源となっています。
中には、最高位の戒名授与が百万円超だったという笑えない話まで...。
もちろん、戒名の違いや金額の増減によって
死者の行き先が左右されるなどということは絶対に有得ません
(それは安心されて大丈夫です)。
尚、布施の行為と金額の如何は、
布施をされる方ご自身にとっての功徳(死後のための)に関係します。
