先日、レストランで感じたことですが、食事が終わりレジに立ったときです。
先に支払いを済ませている男女二人連れの後ろに並びました。
ところがお二人とも終始無言・・・。
店員の方は「ありがとうございました」そう伝えます。
まさか店の方が無言で会計をするはずもないのですが、やはり自然な口調で清々しく聞こえます。
そのままお二人は店を出て行かれましたが、食事の場所なのに、なにか「味気ないな」と・・・。

後味が悪いとはこのことでしょうか。気に留めなければどうということはないのですが、
せめて一言あれば和が生まれ、お互い様で生活している和んだ空気が流れることと思います。

先のお二人がやがて親になり、同じ子が育つとしたら、この国は無言の国になります。
大袈裟ではありません。周りを思い起こしてみて下さい。

「ありがとうございました」と言うのは機械です。言葉を発しなくても生活ができる社会なのです。
どこに行くのにも黙って生活できてしまう、だからこそレジの光景はあたりまえなのかもしれません。
しかし、その「あたりまえ」の意味を再認識する必要があります。なにがあたりまえなのか?
その勘違いを直さなければ、ますます無言の味気ない社会に、生きる活力さえ失いかねません。
人はコミュニケーション、ふれあいがあってこその生活であります。
言葉で伝えましょう。そして次の世代に伝えましょう。

感謝の言葉「ありがとう」

ありがとうございました。