自分を大切にすることはわがままですか?
お寺ネット 人生相談
相談番号:No.90
相談者:茶さん
相談日:2008年1月2日
相談カテゴリー:人生相談・人間関係・生き方
ご相談「ちょっとした悩み」
私は生まれてからずっと、自分を抑えて我慢することが多い人間でした。
いつも自分のことよりも、他人のことを考えて行動するタイプです。
「自分さえ我慢すればいい」
「相手が困らなければそれでいい」
そんなふうに考えて生きてきました。
けれど最近、なぜか自分ばかり損をしているような気がします。
人のためにと思って行動しているのに、自分だけが我慢して、苦しくなっているように感じるのです。
私の生き方には、どこか間違いがあるのでしょうか?
ちょっとした悩みで申し訳ありません。
でも、本人としては本気で悩んでいます。
何か助言をいただければ嬉しいです。
巡礼者さんからの回答
茶さん、ご相談ありがとうございます。
まず申し上げたいのは、
人のことを考えて行動する、あなたの生き方そのものが間違っているわけではありません。
相手が困らないように考える。
誰かが苦しんでいたら手を差し伸べる。
自分だけが得をすればいいとは考えない。
これは、とても大切な心です。
仏教にも、それに通じる教えがあります。
「忘己利他」という仏教の教え
天台宗を開いた伝教大師最澄の言葉として、
「忘己利他(もうこりた)」
という教えがあります。
己を忘れて、他を利する。
自分のことばかりを考えるのではなく、他者のために生きるという精神です。
茶さんが、
「自分よりも人のことを考えて行動する」
という生き方をしてこられたことには、忘己利他に通じるものがあります。
ただし、ここで大切なことがあります。
「忘己利他」と「自分を押し殺して我慢すること」は、同じではありません。
「人のため」と「自分を犠牲にすること」は違います
例えば、目の前に重い荷物を持って困っている人がいたとします。
「大変そうだから持ちましょう」
と自然に手を差し伸べる。
これは素晴らしいことです。
しかし、自分自身が腰を痛めているのに、
「断ったら嫌われる」
「悪い人だと思われる」
「私さえ我慢すればいい」
と思って、無理をして荷物を持つ。
これは少し違います。
外から見れば、どちらも同じ「親切」です。
しかし心の中では、
「してあげたい」
と、
「しなければならない」
という大きな違いがあります。
「こんなにしてあげたのに」と思ったら
一つの目安があります。
誰かのために何かをした後、
「こんなにしてあげたのに……」
という気持ちが何度も出てくるようであれば、一度立ち止まってみてください。
それは心が、
「もう少し私のことも大切にしてほしい」
と訴えているのかもしれません。
無理をして人に尽くし続けると、
「どうして私ばかり」
「私だけ損をしている」
という思いが積み重なっていきます。
それはあなたが冷たい人間だからではありません。
心にも限界があるのです。
仏教は「自分を粗末にしなさい」とは教えていません
人を大切にすることは大切です。
しかし、その「人」の中には、
自分自身も入っています。
仏教では「慈悲」を大切にします。
人の苦しみを取り除き、幸せを願う心です。
その慈悲を他人にばかり向け、自分にはまったく向けなければ、いつか疲れ果ててしまいます。
疲れたら休んでもいい。
できないことには、
「できません」
と言ってもいい。
嫌なことには、
「嫌です」
と言ってもいい。
苦しい時には、
「助けてください」
と言ってもいいのです。
自分を大切にすることと、わがままは違います。
「断ること」も相手を大切にすること
優しい人ほど、
「断ったら相手を傷つける」
と思います。
しかし、何でも引き受けることが本当に相手のためになるとは限りません。
無理をして引き受け続け、
心の中では相手を恨んでしまう。
そして、ある日突然、
「もう嫌だ」
となってしまう。
それよりも最初から、
「ごめんなさい。今回はできません」
と伝える方が、お互いにとって良いこともあります。
断ることは、相手を嫌うことではありません。
自分と相手との間に、ちょうどよい距離を作ることです。
「我慢してする親切」から「自然にできる親切」へ
当時、この相談に回答された巡礼者さんは、
「我慢して」じゃなく、「自然に」できる事が理想
という趣旨の回答をされています。
これは大切な視点だと思います。
無理をして仏さまのようになろうとしなくていいのです。
余裕がある時には、人を助ける。
自分が苦しい時には、人に助けてもらう。
元気な時には支える。
疲れた時には支えてもらう。
人間は、お互いさまです。
自分を殺すのではなく「自分も人も生かす」
茶さんは、
「自分を殺して我慢ばかりしてきた」
と書かれています。
これからは、少し考え方を変えてみてはいかがでしょう。
「自分を殺して、人を生かす」
のではなく、
「自分を生かして、人も生かす」
のです。
自分の心に余裕があるからこそ、人にも優しくできます。
自分自身を大切にできるからこそ、長く人を支えることができます。
人のために生きようとする、茶さんの優しさを捨てる必要はありません。
そこに、
「自分にも優しくする」
ということを一つ加えてみてください。
今日から一つだけ試してみてください
誰かから何かを頼まれた時、すぐに、
「はい」
と言うのを少しだけ待ってみてください。
そして心の中で、
「私は本当にこれをしたいのだろうか?」
と自分に聞いてみてください。
「できる。してあげたい」
と思ったら、喜んでしてあげればいい。
「今日は苦しい」
と思ったら、
「今日はできません」
と言ってもいいのです。
その小さな練習から始めてください。
お寺ネットからひとこと
「自分さえ我慢すればいい」から、
「自分も相手も大切にしよう」へ。
人のために生きることは素晴らしいことです。
しかし、
人のために生きることと、自分を犠牲にし続けることは違います。
自分も相手も、同じ大切な命です。
茶さんの優しさが、周りの人だけでなく、茶さん自身をも温める優しさになりますように。
合掌
よくある質問
Q1.自分を優先するのは、わがままではありませんか?
自分の都合だけを押し通すことと、自分の心や体を守ることは違います。疲れている時に休んだり、無理なお願いを断ったりすることは、自分を守るために必要なことです。
Q2.人から頼まれると断れません。どうすればいいですか?
その場ですぐ返事をせず、
「少し考えさせてください」
と言ってみましょう。
一度時間を置くだけでも、自分の本当の気持ちを確認しやすくなります。
Q3.忘己利他とは、自分を犠牲にすることですか?
自分を傷つけたり、自分を粗末にしたりすることを勧める教えとして理解する必要はありません。
他者を思いやり、他者のために行動する精神を表す言葉です。
Q4.人に尽くしても感謝されないと腹が立ちます。
自然な感情です。
そんな時は、
「感謝してほしいと思うほど、自分は無理をしていなかっただろうか」
と自分の心を振り返ってみてください。
Q5.優しい人ほど損をするのでしょうか?
優しさそのものが問題なのではありません。
「嫌われたくないから断れない」
「自分だけが我慢すればいい」
という状態が続くと苦しくなります。
優しさと適切な距離を一緒に持つことが大切です。
この相談のまとめ
人を思いやることは素晴らしいことです。
しかし、自分を押し殺してまで人に合わせ続ける必要はありません。
人を大切にする。
そして、自分も大切にする。
その二つは両立します。
仏教の慈悲の心を、自分自身にも少し向けてみてください。

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