「一度お経をあげてもらったけれど、またお願いしたほうがよいのでしょうか」「永代供養をしていないと、供養が足りないのでしょうか」。大切ないのちを思うほど、迷われることもあるでしょう。
供養には、すべての方に共通する必要回数や金額はありません。三回忌などの節目を大切にすることも、ご自宅で静かに手を合わせることもできます。ご自身の気持ちと暮らしに無理のない形を、一緒に考えてまいりましょう。
2008年のお寺ネット仏事相談を要約・再構成し、現在の読者に向けた解説を加えています。当時の投稿と、今回の加筆を分けて掲載します。
ご相談:3年目にも、改めて供養をお願いするべき?
すずさん/2008年1月17日 23:41/No.54「水子供養について」
当時はお経を読んでいただきました。3年目になる今年も、改めて供養をしていただいたほうがよいのでしょうか。永代供養はしていません。亡くなった子のために、どの程度の供養をすればよいのか知りたい、というご相談です。
すずさんの追記/2008年1月22日 23:03/No.72
お墓を建てられず、初めはご自身でお祈りをしていました。しかし「祈りすぎるのもよくないのでは」と迷ううちに、供養から遠ざかっていたそうです。せめて三回忌には供養をと思い、もう一度ご自身の気持ちを見つめたい、と記されています。
当時寄せられた回答の要旨
巳朱さん/2008年1月20日 15:02/No.66、1月23日 01:02/No.73
僧侶ではない立場からの意見であると明記し、お寺の読経だけが供養ではなく、ご自身にできる形を考えてはどうかと回答。手を合わせることやお地蔵さまへのお参りなど、経済的にも無理をせず供養することを勧めています。
勝運寺山主さん/2008年1月25日 10:36/No.84
亡くなった子を思い、親御さんにも幸せであってほしいという趣旨の言葉が寄せられました。一方、原文には胎児の意思や亡くなる理由を具体的に説明する表現が含まれます。これは回答者個人の宗教的な受け止めであり、仏教全体の共通見解や、亡くなった原因の説明として掲載するものではありません。
編集上の補足:子どもの意思を私たちが確かめることはできません。また、いのちを失ったことを親の我欲や供養不足のせいにしてはいけません。本相談では、その経緯も明らかではありません。当時の文章を読んで、ご自身を責める必要はありません。
お寺ネット住職から:回数で愛情を測らなくてよいのです
供養を考えておられるそのお気持ちを、まず大切になさってください。一度お勤めをしたあと、また手を合わせたいと思われたなら、改めてお寺にお願いして差し支えありません。時間が空いてから相談することもできます。
反対に、毎年の法要や永代供養を申し込まないことだけで、「子どもを大切にしていない」「子どもが苦しむ」と決めつけることはできません。供養の回数や費用の多さを、愛情の深さと結びつけなくてよいのです。
宗派によって供養の意味づけやお勤めの形は異なります。ご縁のお寺の教えを聞きながら、納得できる形を選びましょう。
三回忌は満2年。年忌は大切な節目の一つです
一般に、一周忌は亡くなって満1年、三回忌は満2年の節目です。「3年目」という言い方だけでは日付がはっきりしないため、お寺に亡くなった日を伝えて確認すると安心です。
年忌法要は、亡き方を偲び、仏さまの教えにふれる機会として受け継がれてきました。当時の回答にあるように、単なる多数決と片づける必要はありません。同時に、決められた節目に営めなかったからといって、ご自身を責めるものでもありません。
年忌の数え方と宗派による意味づけの例は、専明寺「ご法事の意味と営み方」でも確認できます。こちらは浄土真宗本願寺派の立場からの説明です。
ご自宅でも、お寺でも。無理のない供養の形

| 今のお気持ち | 考えられる過ごし方 |
|---|---|
| 静かに思いを向けたい | ご自宅で短い時間、手を合わせる。心の中で語りかけてもよいでしょう。 |
| 節目を大切にしたい | 命日や三回忌などを機に、お寺のお勤めについて相談する。 |
| お墓がなくて心配 | お墓がない事情を伝え、読経やお参りの方法をお寺に尋ねる。 |
| 気持ちがつらく、何もできない | いったん休んで構いません。話せる人や、安心して相談できるお寺を頼る。 |
お花を一輪供えるなど、ご自身にできる小さな営みでもよいでしょう。お供えやお参りの作法は宗派やお寺に合わせればよく、高価な道具をそろえることが出発点ではありません。
お寺での水子供養の一例として、成田山新勝寺「先祖供養・水子供養」があります。実施方法や申込条件は寺院ごとに異なりますので、希望するお寺へ直接ご確認ください。
永代供養やお墓は、必ず必要なのでしょうか
永代供養を申し込まなければ供養が成立しない、という一律の決まりはありません。お墓を建てるために生活を切り詰めたり、借金をしたりする必要もありません。
永代供養を希望される場合は、名称だけで判断せず、何をどのようにお勤めするのかを確かめましょう。読経などの供養と、遺骨・位牌を預かることは、同じ内容とは限りません。
個別にお勤め・安置する期間、その後の扱い、費用や追加負担、お参りの可否などはお寺ごとに異なります。「永代」という言葉から、個別の安置が永久に続くと決めつけず、説明を受けてから選んでください。今すぐ決めず、お話を聞くだけでもよいのです。
祈りすぎる心配、供養を休んだ罪悪感について
手を合わせる回数が多いという理由だけで、子どもによくないことが起こると考える必要はありません。一方、毎日祈り続けなければならない、いつも思い出さなければならない、とご自身に課す必要もありません。
悲しみの感じ方や、思いを向けられる時期には違いがあります。忙しくて手を合わせられない日や、穏やかに笑って過ごす日があっても、それは子どもを粗末にすることではありません。
もし「やめると悪いことが起きる」という不安からお勤めが負担になっているなら、一人で抱えず、信頼できる僧侶や身近な相談相手にお話しください。ご自身の休息や日々の暮らしも大切になさってください。
お寺へ相談するときの伝え方
「以前、子どもの供養でお経をあげていただきました。節目にもう一度手を合わせたいと思っています。無理のない形を相談できますか」と、そのままお伝えいただいて大丈夫です。
日付、以前のお勤めの有無、希望する過ごし方、費用の目安を確認しましょう。話したくない経緯まで無理に説明する必要はありません。ご自身を責めるためではなく、大切ないのちに思いを向ける時間として、供養を考えていただければと思います。合掌。
あわせて読みたい仏事相談
仏事の相談室「供養する」という事について
お寺ネットの仏事相談一覧
出典:お寺ネット旧仏事相談掲示板「水子供養について」(2008年1月17日〜25日、No.54・66・72・73・84)。相談と回答は要約し、個人の連絡先・旧画像は掲載していません。住職からの解説と編集上の補足は今回の加筆です。

コメントで応援してあげてください