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Name: あーさん
Date: 2009/04/10(金) 00:54
No:2410
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Title: 急ぎ教えていただきたくー赤ちゃんの供養49日
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仏事の知識を持つ者が周囲におらず、こちらで教えていただきたく願います。 私は先日出産間近の臨月で子供(胎児)の心拍がなく死産しました。当時は自分も入院しており、家族も葬祭の知識も特になく精神的苦痛が大きかったため、産院の方に言われるまま赤ちゃんの事をお願いしました。 というのは、最期に病院でお別れをしただけで、あとは何もできませんでした。葬儀もせず火葬にも家族の誰も参列できませんでした。火葬後納骨もそのままできるとの事でしたが、自分の知らない場所に納骨するのもいたたまれず、納骨だけは自分達でやりたかったし、お寺にも一緒に行きたかったし、まだ離れたくないので納骨せずに遺骨を持ち帰り、毎日お水やご飯、お花お線香で自分達なりに供養しております。 体も順調に回復しのんびり過ごしてたら、あと2、3日で49日となることに気づきました。 お墓(霊園)は実の両親(健在、苗字が違う…私の旧姓)が買って持ってるだけで、まだ自分達のお墓をもってません。 仮にまだ何も建ってないとは言え、苗字が違う私の両親のお墓に入れる事ができても実家近くにあり、自分が現在住んでいる場所とは遠くて、もう暫くは遺骨を手元に持っていたいと考えてます。 ただとても心配なのは、49日とはとても大事な日のようなので供養してあげられなくて、赤ちゃんがちゃんと成仏して天国に行けないと可哀相でなりません。 それにまた可能ならぜひ赤ちゃんとして同じ魂の子が天から自分達の元に戻ってきて欲しいと考えてます。 火葬前にちゃんと供養して貰ったのかどうかもわからないし…。49日の供養もしてあげられずに取り返しがつかなくなってしまったらと思うと心配でしょうがありません。 どうしてあげたら良いのでしょうか? 両親ともに健在で決まったお寺もないので水子のお寺さんに行こうかとも思ってますが? 例えば、遺骨と一緒にお寺に行って何らかの供養をして貰ったとして、遺骨はまた一緒に持って帰る事ができるのですか?お名前とか貰うのですか? 49日の供養に納骨してお墓に入れてあげられないと天に行けなくなっちゃいますか? 遺骨をずっと側に置いていたら赤ちゃんとして同じ子は戻ってこれないですか? あと数日のこんな急でお寺も予約が取れるのか?とても心配です。 自分の体の事と生活に追われて49日の事が頭から抜けてて…本当に後悔するばかりです。 どうかどうかご助言お願いいたします。
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Name: 勇気
Date: 2009/04/10(金) 01:06
No:2411
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Title: Re:急ぎ教えていただきたくー赤ちゃんの供養49日
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ご愁傷様です。 『お寺サーチ』の中に、水子供養をして下さるお寺があるので、そちらをお勧めします。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2009/04/10(金) 08:12
No:2413
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Title: Re:急ぎ教えていただきたくー赤ちゃんの供養49日
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「水子の供養について」 水子の供養を致します前にご理解いただきたい事柄がございます。 まずは「水子の側に立って、水子の気持ちを考えて下さい。仏教的には、この世界に生を受ける事は、仏様より娑婆の世界にて修行をしてきなさいと、仏様から遣わされるということです。しかし、(産む、産まないの選択は親の勝手)とよくいいますが、実は水子の側からすると、自分が産まれることにより悲劇が生まれると感じた時には、母親に対して胎児は自分を早く仏の世界へ返す事を願うのです。是により水子霊が生じてきます。 ほんの少しの間でも自分が母と思い、父と思った、縁者に不利益が起こりうるならば自分の命を代償に父母に幸せになってもらう為に生ずる現象、[生んであげられなかった]、と言う結果を水子と言います。[生んであげられなかった]と言う行為は個々の我欲が強い為生ずるとも言われておりますが、それをもすべて理解し仏の世界へ帰って行った胎児の心を理解してください。娑婆界に呼んでいただいた父母の恩に報いる為、父母に幸せが訪れるように願い仏の世界へと帰っていくのです。どうか忘れないでくださいこの子達のことを。あなたの幸せを思い仏の世界へ帰って行った子供達いる事を。」 49日忌のことは気になさらないでください。
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Name: 天台沙門
Date: 2009/04/10(金) 09:36
No:2415
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Title: Re:急ぎ教えていただきたくー赤ちゃんの供養49日
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まずはお悔やみ申し上げます。
49日忌のことは気になさらないでください。 ……と勝運寺さんがおっしゃられていますが、そのとおりです。
今でこそ、納骨は49日に、ということになってはいますが、これは実は火葬が一般化した高度成長期以降に成立した極めて新しい風習です。 土葬があたりまえだった時代には、亡くなった日の夜に「通夜」を行い、その翌日に「葬儀」を行い、葬儀式の後に「野辺の送り」をして「埋葬」をしていました。 こう考えると、本来、納骨は葬儀当日に行うべきものであって、49日まで置いておくのがおかしい、ということになります。事実、私が預かる寺がある街の川向こうと丘の上では葬儀当日に納骨をします。
>>49日の供養に納骨してお墓に入れてあげられないと天に行けなくなっちゃいますか? > というわけで、追善供養の有無と、納骨の有無とは別問題です。 民俗信仰のなかでは、幼くして死んだ子どもは「賽の河原」や「リンボ」という、「あの世」と「この世」の境界に留まるとされていますが、どうも「この世」の親の執着が「あの世」に戻りきれなくさせているようです。 大丈夫。神さまか仏さまかは不明ですが、人の上にいらっしゃる何か偉大な存在がお子さんの面倒をみてくださっています。
>>遺骨をずっと側に置いていたら赤ちゃんとして同じ子は戻ってこれないですか? > うーん。「同じ」という言葉が示す内容が不安定なので、お答えしづらいのですが。
科学的には、一卵性の多胎児ですら遺伝的には同一であっても胎内での成長過程が異なるために「同じ子」ではありえないことを考えると、何をどうしようと「同じ子」は戻ってこないと言うべきでしょう。 私は水子さんもひとつの人格であると考えています。ですので宗教的には、胎内で亡くなられた人も老いて死んだ人も、同様の弔意をもって弔うことをお薦めしています。この意味からも、新しくやってくる子どもは新しい人格を持った別の人であって「同じ子」であるとは考えられません。 ただし、信仰という意味からは死者の「魂の再生」を信じることが生きている人の心の支えになる現実がありますから、なにかの事情で「あの世」に戻らなくちゃならなくなっただけで、いつかまた「この世」に来てくれると信じることは大切です。
いずれにせよ遺骨の埋葬とは無関係の話です。だって、子どもは骨のところに戻ってくるのではなく親のところに戻ってくるわけですから、遺骨を手元に置こうが納骨しようが、骨が骨壺の中に残っているかぎりは、遺骨のある場所が違うだけで同じことじゃありませんか?
>>あと数日のこんな急でお寺も予約が取れるのか? 寺院の規模によりますが、たぶん大丈夫です。ただし、時間はお寺さんの都合にあわせることになるでしょう。
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Name: あーさん
Date: 2009/04/11(土) 22:55
No:2429
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Title: Re:急ぎ教えていただきたくー赤ちゃんの供養49日
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..勇気さま どうもありがとうございました。お寺サーチ参考にさせていただきました。 勝運寺山主さま どうもありがとうございました。この世にだしてあげられなかった事、自分を責めておりました。その子の運命とも考えるのもその子に悪いというか、とても哀しすぎて…。でもあたたかいお言葉で救われます。きっと私達の事を思ってくれたとても良い子だったのでしょう。その子に心配かけないように早く元気になりたいです。 天台沙門さま どうもありがとうございました。とても理解しやすく教えていただきました。49日の事、遺骨と魂の事…なるほどと思います。骨という物にすがる…というか、頼りにせず心で想ってあげたいと思います。きっとまた赤ちゃんが来てくれる事を願って。成仏させてあげたいです。 皆さま どうもありがとうございました。皆さまのお返事を見てとても安心する事ができました。 自分なりの供養はしていたつもりですが、火葬する時にもお経をよんでいただく事が出来ずとても気になっておりました。49日、納骨…という事にはこだわらずに、自分の気持ちも安堵するように、ご供養をしていただこうとは思います。そして心が落ち着いて万事うまく納まる良い時に埋葬して落ち着かせてあげたいと思えました。 本当にどうもありがとうございました。
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Name: とろろ
Date: 2009/04/06(月) 10:47
No:2384
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Title: 写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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知人に、神棚と仏壇の状態を見たいから 写真を撮って送ってほしいと言われました。
神棚や仏壇の写真を撮るということは、神様や仏様に対して 無礼なのではと思ったのですが、いいのでしょうか?
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2009/04/07(火) 08:10
No:2388
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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とろろ様へ この投稿の中でたいへん気になりましたので書き込みいたします。 なぜ、あなたの知人は、「神棚と仏壇の状態を見たいから写真を撮って送ってほしいと」言ってきたのですか? 今回の投稿の質問に対しての回答はこの問題が明確にならないと的確な回答は出てきませんよ。 基本的な事だけお話いたしますと魂の入った神棚、仏壇を写真で撮る事はお勧めできません。
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Name: とろろ
Date: 2009/04/07(火) 13:56
No:2390
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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すみません。少し説明不足な質問でしたね。
その知人は先祖供養や除霊をする仕事をしている方で 私の家を霊視するのに家の中の様子を写真に撮らなければいけない みたいです。 家の中の様子を詳しく知るために、家の中の気になる部屋や 神棚、仏壇の写真や家族の写真を送ってほしいと言われました。 特に、神棚と仏壇の写真は必ず必要だと言われました。
私は神棚や仏壇の写真を撮るのにとても抵抗があります。 ですが、その方は「大丈夫」と言っていましたが 不安で仕方ありません。
家を霊視するのに必ず必要なのであれば、撮ることになるとは 思うのですが…。 やはり神棚や仏壇を写真に撮るということは無礼なのではと 思ってしまいます。
今回なぜ霊視してもらおうと思ったか、ですが 私の家で様々な悪い出来事が続いたうえに、私の精神状態が たまにおかしくなったりするのがずっと気がかりだったからです。
私は中学生の頃から、軽い鬱傾向がありました。 その頃から自殺願望など神経がおかしくなることが多かったのですが 高校生のときに一時的に治まり、そして18歳くらいになるとまた 鬱傾向になってしまい、体調も悪い日が続いたりしました。
今は少し落ち着いていますが、家でも様々な悪い出来事が起こったり 自分の精神がなぜ突然あんなふうになってしまったのか 全く答えが見つかりませんでした。
そんなときにHPである人のサイトを見つけ、相談したところ うちの家系はきちんと先祖供養されていないかもしれないと 言われました。
ご先祖様の護る力が弱いので霊障が起こっている、と長々と 説明していただきました。 私は霊的な世界が見えないので、それが本当なのかどうかは よくはわからないのですが 「いろいろなHPで能力がないのにお金だけ多く取って騙す人もいまが、私はその人たちとは違って根拠がある説明ができて必ず結果を 出します」 と言われました。
金額的には何十万もしませんが、私から見たら少し高いです。 でも、きちんと先祖供養をしたいと私は思っています。
長々と書いてしまいましたが、写真を撮ろうと思った理由は 今述べた通りです。
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Name: りっく [URL]
Date: 2009/04/08(水) 00:11
No:2391
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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神棚や仏壇の写真を撮ること自体は問題がないですよ。
ただ、おうちの中の写真を撮って知らない方に送るのは よしましょう。 泥棒が大喜びしますよ?
先祖供養を”していないかもしれない” といわれたということですが、 あなた自身、現在ご供養(仏壇の前で手を合わせるなど)を されていないのでしょうか?今までご先祖様たちが供養をちゃんとしてこなかったのが問題になるのではなくあなた自身の問題だと思うのですが・・・。 それから・・・ご供養ってお金を出せば良いものではないですよ。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2009/04/08(水) 09:07
No:2392
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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とろろ様へ
仔細はわかりました。霊視をしてもらう為に写真が必要との事ですが神棚や仏壇を写真で撮ります霊体が写る事があります。 拙僧も霊視は行いますが写真で必要なのは本人の写真のみでそれ以外を霊視する場合には直接その場に赴かないとわからない事が多いです。友達で有るのなら直接来ていただいて霊視をして頂いた方が間違いが有りません。
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Name: とろろ
Date: 2009/04/08(水) 15:04
No:2393
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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りっくさんへ
アドバイス有り難うございます。 私は高校生の頃くらいまで、手を合わせるということを あまりしていなかったと思います。 ですが、家族と不仲になった時期があったり自分の精神的な状態 など、様々な出来事にあってから、お寺にある自分の ご先祖様のお墓に行き、手を合わせ供物をお供えして線香を立てて 手を合わせ、お墓の墓石も白いタオルで綺麗に拭いて お墓周りの掃除もするようになりました。
仏壇は祖母の家にあるので、今はほとんど手を合わせることが 少なくなりました。
もともと私の父、祖父母はご先祖様に手を合わせるという ことが少なかったように思います。 お墓を磨いたり、お墓周りの掃除をしているのは家族で 私だけです。 私は今、20代前半で3人兄弟の末っ子で、女です。 母親は私が15歳のときに離婚してしまったので一緒に暮らして いません。
その霊能者の方のお話だと、私の遠いご先祖様から 先祖供養を怠っていたのかもしれないということでした。
そして、よくはわからないのですが…その霊能者の方は 変な宗教にのめり込んでしまうと霊障を受けやすくなる、と おっしゃっていました。 今は、よくわからないような宗教がたくさん日本ではあると 思いますが、私の母親は父と結婚する前から宗教に入っていた らしいです。そして離婚した後もまた、街にあるどこかの宗教に 入ってしまったらしいです。
母親の血を引く私が、母親の宗教に対する信仰心によって 霊障を受けるようになったのかもしれないと言われました。
ではなぜ、兄や姉には私のような鬱症状などがあらわれないのか 不思議で仕方ありません。 なぜ他の兄弟は普通に生活できて、私だけ酷い鬱や自殺願望に 襲われてしまったのか、その理由が知りたくていろいろなサイトを 調べていました。
正直、その霊能者の方が本当に信用できる方なのか 私もよくはわからないです。 ですが、その方は 「今はHPでも高額なお金を請求するけれど能力がない霊能者が沢山います。きちんと根拠がある説明ができない霊能者は能力がないと思ったほうがいい。きちんと見極めないと騙されますよ」 と強く忠告されました。 「もし私が信用できないなら、やめたほうがいいですよ」 とも言われました。
実は私は、この霊能者の方に出会う前に違うサイトの霊能者に 霊視鑑定をお願いしたときがありました。
そのサイトは電話をすると最初は繋がったのですが、霊視鑑定を 依頼してから電話しても繋がらないときが多く 忘れた頃に結果の電話がかかってきました。 すると 「あなたには霊は憑いていませんが、邪気だらけです」 と言われました。 邪気払いとお清めと最後に結界を張って総額5万5千円になります。 とすぐに金額を言われました。 いろいろと質問をすると、その霊能者はすぐに不機嫌になり 「あなたが今やらないといつまでも治りませんよ」 と言われたので、その言葉を信じて自分の鬱が治ると考え 邪気払い、お清め、結界、というものをすべてやってもらいました。 これらはすべて遠隔だったので、霊能者がどんなことをしているのか 全くわかりません。
2ヶ月くらい経ち、終わったかどうかの確認をするために電話を したのですが、何度掛けても繋がりませんでした。 何度も何度も掛け、やっと繋がり、そのときに 「終わったら連絡します」 と言われたのですが、連絡が来ないまま半年以上過ぎました。
その後、私の鬱や自殺願望などは完全になくなりませんでした。 前よりは少しはよくなったのかな…と自分で思うくらいでした。
今では騙されたかもしれない、と思っています。
ご供養はお金を出せばいいというものではないと思っています。 私自身の心も大切ですね。 ですが、遠いご先祖様の過去に何かがあったのであれば それを知りたいとも思いますし、この先家族のためにも 悪かったものを、良いものに変えていきたいと思っています。
私の父は離婚していますが、父の妹も離婚しています。 兄も姉も結婚したくないと言っています。
霊障を受けている家系は、子孫が繁栄できずに途絶えて終わって しまうと言われてしまいました。
父の妹さんも、離婚して随分経ちますが再婚していません。
もしかしたら私も結婚したら、離婚してしまうのでは…と思って しまいます。 兄弟で一番下の私がこんなふうに考えるのは、でしゃばりなのかも しれないですが、家族を良い方向に変えていきたいですし 私自身も、今まで悪かった精神状態を良くしていきたいと 思っています。
長々と書いてしまって申し訳ございません。
これが私の今の気持ちです。
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Name: とろろ
Date: 2009/04/08(水) 15:17
No:2394
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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勝運寺山主様へ
アドバイス有り難うございます。
家の中などは写真を見て霊視することは不可能なのでしょうか? 家の中の写真を他人に渡すということは私も抵抗があります。
家に直接来て頂くには、写真鑑定よりも何倍も高いお金がかかります。 良くしてもらっても無料で見てもらうということはできません…。 そして、私の家がかなり遠いというのと、私の父、祖父母が 霊などの存在をまったく信じていないので、そのような霊能者を 受け入れようとしないので、家にお呼びするのは難しいと思います。
勝運寺山主さんも、先祖供養や霊視鑑定などの霊能関係の お仕事をされているのですか?
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Name: りっく
Date: 2009/04/08(水) 22:53
No:2396
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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沢山お返事を書いてくださってありがとうございます。^^
> もともと私の父、祖父母はご先祖様に手を合わせるという > ことが少なかったように思います。 > お墓を磨いたり、お墓周りの掃除をしているのは家族で > 私だけです。 > 私は今、20代前半で3人兄弟の末っ子で、女です。 > 母親は私が15歳のときに離婚してしまったので一緒に暮らして > いません。
私の祖母は仏壇に毎日手を合わせる人でした。 しかし、祖母が亡くなった後、私の母が仏壇を見ていますが、ほぼ手を合わせていません。お線香すらしていません。 ですが正直、祖母が生きている間の方が私は悲惨な生活でした。 今、母は信心しないけれど、私はとっても幸せですよ。 父も母も、前より幸せそうです。 私は私自身が信心して、皆の幸せを願っているから、皆が幸せに過ごせているんだとおもっています。皆が信心すればもっと幸せになれるとも。
信心するのに男も女も長男も次男も関係ないですよ。
供養というのはね、お墓や仏壇に向かってするのもあるけれど、 それがなくても出来るんですね。 私たち夫婦の実家は関西で、今私たちは関東に住んでいて お墓参りもできなければ仏壇もありません。 マンションに住んでいて、神棚もなく、箪笥の上にお線香と蝋燭を置き、毎朝、毎晩手を合わせて、朝は”一日お願いします”、晩は”今日も一日ありがとうございました”と話しています。 最近は神様の絵のついたお札も張っているんですが、↑こういう手を合わせることで、おうちに神様がついてくれるようになるんですよ。だから、皆のおうちに必ずいるわけではないのです、逆に来ていただこうと思えば誰もがおうちに来ていただけるわけです。
> その霊能者の方のお話だと、私の遠いご先祖様から > 先祖供養を怠っていたのかもしれないということでした。
それは今のあなたの状態とは全く関係ないと思いますよ。
> 母親の血を引く私が、母親の宗教に対する信仰心によって > 霊障を受けるようになったのかもしれないと言われました。
奇妙な宗教に入ることはお勧めは出来ません。 けれど、親が宗教を変えたことが原因であなたが霊障 をうけるというのはちょっと考えにくいです。
> ではなぜ、兄や姉には私のような鬱症状などがあらわれないのか > 不思議で仕方ありません。 > なぜ他の兄弟は普通に生活できて、私だけ酷い鬱や自殺願望に > 襲われてしまったのか、その理由が知りたくていろいろなサイトを > 調べていました
う〜ん・・・。
鬱病すべてが霊のせいとは言い切れないんですよ。
あとね、霊媒師さんに高額なお金なんて払わずに 自分で霊ってとれるんですよ? それは前に話したように、信心すること、それとたまにお寺や神社に参拝することです。 (お寺や神社は自分にあうと感じる場所がよいですよ。) 信心されている方には神様も手を貸すことが出来ます。 されていない方にはそれが神様も出来ないんですよ。
> 邪気払い、お清め、結界、というものをすべてやってもらいました。 > これらはすべて遠隔だったので、霊能者がどんなことをしているのか > 全くわかりません。
えっと・・・。 遠隔でそういうことって出来ないですよ。 結界を遠隔で指示もなくされたのでしょうか? 失礼ですが、そんなこと神様でも出来ませんよ。(−−;;) 遠隔霊視などと謳っているところは避けて間違いないでしょう。 話もしたことがない知らない人を遠隔霊視などできません。 ただの占いですよ。
> その後、私の鬱や自殺願望などは完全になくなりませんでした。 > 前よりは少しはよくなったのかな…と自分で思うくらいでした。 >
少し良くなったと思われているのは、きっとあなたの気持ちの持ち方次第であなたは変われるということなのだと思います。
> ご供養はお金を出せばいいというものではないと思っています。 > 私自身の心も大切ですね。 > ですが、遠いご先祖様の過去に何かがあったのであれば > それを知りたいとも思いますし、この先家族のためにも > 悪かったものを、良いものに変えていきたいと思っています。
ご先祖様に何があったかは知る必要はないかとおもいます。 何があっても、あなたは今ある自分について、ご先祖様に感謝し、前向きに生きていくべきなのですから。 もしあなたのご先祖様が誰かに多大な迷惑を掛けた方だとして、 それを知ったあなたはご先祖様を恨みますか?罪を許し、感謝し続けることが出来ますか?
> > 私の父は離婚していますが、父の妹も離婚しています。 > 兄も姉も結婚したくないと言っています。 > > 霊障を受けている家系は、子孫が繁栄できずに途絶えて終わって > しまうと言われてしまいました。
それも関係ないかと思います。
> 父の妹さんも、離婚して随分経ちますが再婚していません。 > > もしかしたら私も結婚したら、離婚してしまうのでは…と思って > しまいます。
そういう考えが悪い方向に導いてしまうんですよ。 悪いものの考え方をすると悪い方向にいくといいますが、 それは本当のことですよ。 逆に考えるようにすれば良いことは必ず巡ってきますよ。
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Name: 勇気
Date: 2009/04/08(水) 23:41
No:2397
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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横スレ 悪い!
遠隔って、書いてあったけど、もしかして“レイキヒーリング”かい?
宗教は、×。神は、一人しかいないっていうニュアンス?
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Name: りっく
Date: 2009/04/09(木) 07:36
No:2398
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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宗教すべてが×ではないですよ。 神様は一人ではないですよ。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2009/04/09(木) 07:52
No:2399
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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とろろ 様へ 霊視の出来る方は多く居られますよ、霊視が出来るだけでは問題の解決は出来ません。霊との会話が出来、霊を正しい場所へお帰りいただく事が出来るようにする事が出来なければ霊視のみ出来ても無意味でありむしろ霊体の恨みを買いかねません。霊や魂は貴方に存在を気がついてほしくて暗示をしてきているのではないですか。 もしかすると貴方は自分の身の回りで起きた良くない事の多くを霊や魂が悪さをすると思っていませんか? もし、その様な考えを御持ちであるならば意識を根本から変えないと現在の状態より脱却するのは不可能です。 現状を打破出来るのは他人では有りませんあなた自身でしか出来ません。 詳しい内容は此処には書けませんので拙僧のメールアドレスに貴方のメールをください。
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Name: 勇気
Date: 2009/04/09(木) 09:43
No:2401
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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自分は、とろろさんに聞いたつもりだったんだけどな。
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Name: とろろ
Date: 2009/04/09(木) 15:18
No:2403
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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勇気さんへ
私が受けた遠隔というのは、レイキヒーリングではないですよ。 私が受けたのは遠隔での邪気払い、お清め、結界というもの でしたが、そのようなことが遠隔ではできないと思います…。
今では騙されたと思っていますよ。
HPのいろいろなサイトで遠隔で症状を治すとか 除霊をするとか書いている方も居ますが、遠隔で受けたものに 果たして本当に効果があるのかわかりません。 私の個人的な意見ですが、良い効果が期待できないところが 多いと思います。
勇気さんは、レイキヒーリングというのを受けたことがあるのですか?
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Name: とろろ
Date: 2009/04/09(木) 15:48
No:2404
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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りっくさんへ
長い文章を最後まで読んで、そしてご意見も下さり 有り難うございます。
信心することはとても大切なんですね。 りっくさんがおっしゃっていた 毎朝、毎晩手を合わせている、というのが とても素晴らしいことだなと思いました。
神様の絵のついたお札というのは、どこかで購入するのでしょうか? とても失礼なことをお聞きして申し訳ないのですが… 開運グッズのようなお札なのですか?
気持ちが沈んでいたり、暗い心でいたりすると霊が憑きやすい というのは聞いたことがあります。 明るい気持ちで居れば霊は寄り付かないとも聞いたことがあります。
お寺や神社には年に数える程度しか行くことがないですね。 今後は自分のためにも神社やお寺で参拝することを心がけたいですね。
自分がこの先どうしていったらいいのか、よくはわからないです。 ですが、私は前みたいに自殺願望に襲われたりするのが恐いです。 自分の身の回りに起こったことが、過去のご先祖様と結びつけて しまうのも、どうかなと思ってしまいますが…。
ただ私は、自分が普通に生活を送り、そして自分の家族も 何事もなく平穏に過ごしてほしいなと願っているので、あれこれ いろいろと考えてしまいます。
悪く考えてしまうことが、悪循環の始まりですが 今は少し心も落ち着いてきていますが、過去の私は前向きに考える という余裕や気持ちが全くありませんでした。 どんよりとした心と考えばかりが巡っていました。 なぜ、自分はここまで辛くなるのだろう…なぜ楽しいことも 楽しいと思えなくなったのだろう、など無気力に近いような 日々が続きました。 やはり私はそんな自分になってしまうのが恐いです。 何か克服する方法があれば知りたいとも思っていますし… ですが、自分のことが一番わからないのが自分というのも皮肉ですね。
その霊能者の方に霊視を依頼するかはまだ決めていません。
もしかしたら、霊視をしていただく前に、自分の気持ちも良い 方向に変わっていくかもしれませんし。 できれば、あまりそのような方に依頼はしたくはないですね。
とても良いアドバイス、有り難うございました。
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Name: りっく
Date: 2009/04/09(木) 20:20
No:2405
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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勇気様
失礼しました。^^; 私宛なのかどっちなのか迷ったんですが お返事してしまいました。
とろろ様
暗い気持ちでいるとつきやすいというのは本当ですよ。 私は毎週隣町のお寺に通っています。 参拝されている方や、住職様などを見ると神様がいらっしゃるか なんとなくわかりますよ。 霊能者の方はね、お寺の近くまで行くと神様がいらっしゃるかどうかわかるんですよ。神様がいらっしゃるとあたたかいんですって。^−^(逆に悪いものは冷たい)
勝運寺山主様もおっしゃっているように、 身の回りで起こる悪いことというのはすべてが霊障のせいではありません。 残念ながら悪いことはすべて無くなりはしないんですね。 でも信心によって悪いことを小さくすることが出来るんですよ ^^。それは神様が助けてくださってるんです。 みんな気づかないので、小さなことでも悪いことが起こったと悲観されますが。本当はそれですんでよかった、神様ありがとうございますと感謝されるといいんですよ。
神様のお札はお寺で購入できますよ^^ 販売していないところもあるかもしれませんが・・・。 私はネットなどで開運グッズとして販売しているものは一つも持っておりません。 普段数珠をしていますが、それもお寺の近くの仏具やさんで 購入するのがよいそうです。(悪いものが近寄ってこなくなります。) 結局高価な開運グッズなどではなく、昔からもともとあるものが良いということでしょうかね。
とろろさんはきっと自分で運を良くしていけると思いますよ^^ 頑張ってくださいね〜^0^
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Name: 勇気
Date: 2009/04/10(金) 00:03
No:2409
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Title: Re:写真を撮っても大丈夫でしょうか?
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とろろさん 自分は、レイキヒーリングを受けた事はないよ。話しは聞いた事あるけど。
りっくさん 大丈夫だよ。 自分が、誰宛か書かなかったのが悪いんだから。
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Name: りっく
Date: 2009/04/10(金) 08:00
No:2412
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Title: 追伸
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もしお札を購入するためにお出かけされて、そのお寺にお札が販売していない場合、他のお寺に行かれても大丈夫ですよ。 たまに、いろんな神社やお寺に参拝することは悪いと思っている方がいらっしゃいますが、そういうことはないです。 良くないのは、色んな神社やお寺で、ばらばらなお願い事をすることです。そうすると優柔不断だと思われて効き目はないかとおもいます。お願い事は統一しましょうね。
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Name: とろろ
Date: 2009/04/11(土) 20:45
No:2426
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Title: 返信ありがとうございました。
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りっくさんへ
暗い気持ちで居ることは本当によくないですね。 常に明るい気持ちで居たいですが、それが難しいときもあります。
私は少し悲観的になりすぎていたのかもしれませんね。 今は少し落ち着いてきているので、良い方向に変わっていけると 思っていますよ。
お札なのですが、お寺で購入できるのですか? お札は1年を過ぎると新しいものに買い変えるのでしょうか?
神社やお寺に参拝に行く前に、まずは家にある神棚を綺麗に して、神棚の神様に手を合わせたいと思っています。 うちは、父親が一年に一度だけしか神棚を掃除しないので とても気になっていました。
長い文章を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
これからも信心することを心がけて明るい気持ちで生活 していこうと思います。
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Name: りっく
Date: 2009/04/11(土) 21:30
No:2427
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Title: Re:返信ありがとうございました。
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いつも明るい気持ちでいるというのも難しいと思います。 私だってそう簡単にはできませんからよくわかりますよ。 でも、悪いことが起こっても前よりは立ち直りが早くなりました。
お札は初詣の際に購入し、古いものをおさめます。 お守りと同じです。 もし今購入されるなら、来年の初詣に新しいものと交換するとよいです。
神棚はしょっちゅうお掃除してあげてください。 神棚がおうちにあるのであればお札は必要ないですよ。 神棚には毎日お水を上げて手を合わせてください。 お水は捨てないで出来るだけ飲み水やご飯を炊いたりすることに 使って下さい。^^ 仏壇にお供え物をしたものなども、出来るだけ残さず頂いてくださいね。
とろろさんがこれからもっともっと幸せになれますように!^^
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Name: 不動
Date: 2009/04/10(金) 12:02
No:2418
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Title: 写経について
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写経について教えて頂きたく投稿しました。 写経は普通、墨と筆で書くものと思いますが、ボールペンなどで書いてはいけないのでしょうか?また、ボールペンなどで書いた場合、お寺で納めることはできないのでしょうか? よろしくお願い致します。
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Name: 天台沙門
Date: 2009/04/11(土) 16:01
No:2422
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Title: Re:写経について
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もともと写経とは『法華経・法師功徳品』に説かれている「受持・読誦・解説・書写」という修行法に基づいています。もともとは、印刷技術のない時代に教えを普及させるために最も効果的な方法として文書を書き写すことがあったためと考えてよいでしょう。 (註:「受持・読・誦」と読み分ける場合と「受・持・読誦」と読み分ける場合あり)
>>ボールペンなどで書いてはいけないのでしょうか? > 精神修養という意味からすると、正座をして墨をすって筆で書く、という形式が好ましいことは事実ですが、筆ペンで写経なさる方が多いことを考えると、別に問題はないとおもいます。 ただし、下敷きの経文を写し書きしていることを考えると、ボールペンのように筆圧のかかるものは下敷きが傷むので、避けたほうがよいのではないでしょうか?
>>また、ボールペンなどで書いた場合、お寺で納めることはできないのでしょうか? > これは、わかりません。 というのは、納経先のお寺さんが一枚一枚どう書かれているかを確認しているかどうかがわからないですし、同時に筆以外の筆記具に対する考え方も不明だからです。
さて。 私個人はボールペン等や原稿用紙を用いての写経も薦めています。ただ、普通の写経と変えていただいている点は、きちんと意味の文章の切れ目で句読点を打ったり改行をしていただきます。そうすることによって、経文が呪文ではなく意味をもつ漢文として理解できるようになるからです。筆読というやつですね。
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Name: 悪人
Date: 2008/11/23(日) 00:21
No:1715
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Title: 懺悔
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私は悪いことばかりしてきました。 懺悔して許されたい。仏様はこんな私でも許してくださいますか?
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Name: 悪人
Date: 2008/11/24(月) 18:49
No:1728
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Title: Re:懺悔
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勝運寺様ありがとうございます。 何かとなえるお経のようなものはありますか?
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Name: 悪人
Date: 2008/11/26(水) 22:04
No:1739
| 解決
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Title: Re:懺悔
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勝運寺様ありがとうございます。 一生懸命となえます。
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Name: 鎌
Date: 2008/11/25(火) 22:56
No:1732
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Title: 寺‐養子
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お寺の養子ってどうなんですか? 特に真言宗の寺でそこに住んだり教え伝授したりするんですかね。 そもそも養子とかはないですか? 養子の場合どのような人が養子となるのですか? まったくの素人みたいな人がなったりしますか?
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Name: 一僧侶
Date: 2008/11/26(水) 07:52
No:1733
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Title: Re:寺‐養子
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養子になるだけなら誰でもなれるんじゃないですか。養子は法的な親子関係ですから。 お寺の住職の養子になっても、素人でしたら子供ではあってもお寺とは無関係になるわけです。 親がいない子供を何人も養子にしている住職さんもいらっしゃいますが、跡取りはまた別の話になります。
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Name: 勝運寺 山主 [URL]
Date: 2008/11/26(水) 07:58
No:1734
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Title: Re:寺‐養子
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鎌 様へ
よほどのご縁が在れば可能ですがそうでない限りは大変難しいです。 寺の養子ですが多くはお寺の次男さんなどがなられる場合が多いです。 在家から寺への養子は皆無に等しい状態です。
たとえ有る場合でも在家で有るがすでに僧籍をお持ちの方などはたまに見受けられます。
僧侶としての職責はけして楽な物では有りません。 拙僧としてはけしてお勧め出来る職業とは言いかねます。
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Name: くら
Date: 2008/11/26(水) 09:41
No:1736
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Title: Re:寺‐養子
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資格をもっててもお寺に入れないお坊さんが何万といるのに、素人を養子に迎えるような物好きな人はいないはずです。
いたとしても単なる個人的な親子関係であって、お寺とは関係がないはずです。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/26(水) 10:30
No:1737
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Title: Re:寺‐養子
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【お寺の養子ってどうなんですか?】 【養子の場合どのような人が養子となるのですか?】
現代日本における寺院制度と養子制度の関わりは、仏法上での後継者の立場を明確にするために世俗法での養子縁組制度を利用しているとご理解ください。 重要なのは、養子縁組が先行して師匠の後嗣となるのではなく、あくまでも師匠の弟子として出家をしている人物の立場を世俗法によって確認するという点です。つまり選挙制度などで後継者が決定できるのならば養子縁組は不要ということですね。 一僧侶さんが「跡取りはまた別の話」とおっしゃられておりますが、この事情が背景にあってのご発言です。
【まったくの素人みたいな人がなったりしますか?】
勝運寺さんが「在家から寺への養子は皆無」とおっしゃられていますが、子どものいない伯父夫婦の養子となって寺の後嗣となった私の場合は「すでに僧籍をお持ちの方」の範疇です。(中学時代に得度→高校・4大→会社員→フリーター→養子となって寺に就職) いわゆる「お寺のお婿さん」の場合、まず僧籍(修行課程の履修)、次いで養子縁組(婚姻届)という流れが望まれる形式でしょうか。もっとも、お寺の娘さんと結婚なさって寺院の後継者となるという場合、寺を継ぐ予定ではなかったのに妻が寺の娘だったので縁組み関係が先行、という可能性はあります。
【そもそも養子とかはないですか?】 というわけで、寺を家業としているグループを考えると、世間一般というグループよりも養子縁組は多いです。「出来の悪い息子に継がせるよりも、よく出来た婿に寺を継がせるほうが檀家のためだ」とは婿さん(ただし養子縁組はせず)を後継者となさった方の発言です。
【特に真言宗の寺でそこに住んだり教え伝授したりするんですかね。】
「真言宗」や「伝授」ということは「養子」とは直接に関係はありません。密教において師匠から弟子に法脈を伝えるという行為は、宗教上の師匠=弟子の関係であって、世俗法における養子縁組とはまったく関係はありません。 また養子制度を利用している宗旨は真言宗に限りません。ほぼすべての宗旨に一般的な行動でしょう。
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Name: 鎌
Date: 2008/11/26(水) 15:59
No:1738
| 解決
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Title: Re:寺‐養子
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一僧侶様、くら様、勝運寺様、天台沙門様、ありがとうございました。 そして、曖昧な質問失礼しました。 余談:お寺を任せられる方はよほどのご縁がないといけない事が分かって来ました。
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Name: ゆぅ
Date: 2008/11/21(金) 12:56
No:1704
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Title: 水子供養について
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私は20年ほど前に、2回も中絶をしています。(当時付き合っていた同じ男性と)その頃は学生で、当り前のようにおろしてしまいました。その後何年か後に、お寺に供養をしに行ったのは、覚えてるのですが、どこのお寺だったのかも忘れてしまいました。 36歳ですが、今だ独身です。いい人がいたら結婚して子供も産みたいと思っています。 こんな勝手な私ですが、水子供養のことがずっと気になってます。 今の私にできることはないでしょうか? もう一度違うお寺に供養に行くのは間違ってますか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/25(火) 09:29
No:1729
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Title: Re:水子供養について
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生きている人間が、死者に対してできることは (1)その人の冥福(冥界での幸福)を、人間の上にいらっしゃる偉大な存在に祈ること (2)その人が存在していたことを忘れないこと のふたつだけだと、私は理解しております。 「葬儀=お弔い」の目的は鎮魂すなわち魂を鎮めることであり、多くの場合、死者の魂を鎮めることは意識しても、生きている人間も鎮められるべき魂をもっていることを忘れています。
「水子供養のことが気になっている」ということは、亡きお子さんのことを忘れてらっしゃらないということですから、貴方にとって「できること」をなさっているとおもわれてよろしいと考えます。と同時に、それは貴方ご自身の魂が鎮められていないということではないでしょうか。
ですから、違うお寺に供養に行くことは間違ったことではありません。勝運寺さんのおっしゃられる通りです。
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Name: 花愛
Date: 2008/11/21(金) 17:20
No:1706
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Title: お経について‥
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こんにちは。私は最近お経を読むと、気持ちが落ち着きます。 質問があるのですが、薬師経と大日経を一緒に読むのはだめでしょうか?‥ ある番組でだめだと聞いて、それから気になっています。 ケンカをするそうで如来はしないそうですが、仕えているもの同士がケンカをするのでよくないと聞きました。 やっぱりだめなのでしょうか? お返事待ってます。よろしくお願いします。m(__)m
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/22(土) 10:47
No:1710
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Title: ある番組って!?
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天台宗の立場からすると、なんら問題はありません。 貴方ご自身の気持ちが落ち着くのなら、他者に迷惑をかけない限り、なにをどう読んでもかまいません。 天台宗では『般若心経』は当然として、朝一番のお勤めでは主に『法華経』を読み、夕方最後のお勤めで『阿弥陀経』を読んでいます。
文献史学的には釈尊その人の教えを記録した経典は『阿含教』の一部を除き存在しないそうですが、宗教的には経典のすべてが釈尊の説(密教経典は違いますが)という理解ですから、何を読んでも「仏説」を読んでいるわけで仏教的に問題が生じる理由はありえません。
では、同じように「仏説」を読んでいる人間同士が、なぜ経典の違いを理由に「ケンカ」をするのか? この点については、まずご自身でご考察ください。
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Name: 花愛
Date: 2008/11/22(土) 11:10
No:1711
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Title: ありがとうございます。
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ある番組は『オーラの泉』です(^-^) でもケンカをするというのは、人間じゃなくて‥童子?とかだそうです。 縄張り争いみたいになるそうで。 法華経は全部の如来や、童子達などが落ち着くのでとても良いですと言ってました。 でも私も見えないので、はっきりとは分かりませんが、きっとそうだろうとは感じます。 私自身、見えませんが人の気持ちを受け入れがちで左右されやすい性格なので、観音経など読んでいると落ち着くんですね。。 読んでいただきありがとうございます(^-^)
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/23(日) 10:55
No:1716
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Title: 正直なところ
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テレビで放映される「仏教」に関するネタのうち、信頼がおけるものは思想哲学系・美術系・ドキュメンタリー系・歴史系の番組と考えておいてください。あと、インターネット上の情報も(この私の言説も含め)無批判に信頼するのはやめておいた方が無難です。
そもそも経典においても「童子」とは「こども」という意味をはずれません。密教において「童子」が現れますが、それは大日如来が修行者の手助けをするために姿を変えた存在です。つまり童子は大日如来そのものなので「童子」が互いに「ケンカ」することはありえません。おそらく陰陽道における「式神」と密教における「(たとえば『信貴山縁起絵巻』の)護法童子」などの混同による誤解なのでしょう。
釈尊は「自らと灯明とせよ。法を灯明とせよ」とおっしゃいました。まず自分自身を判断基準とせよ、釈尊の教えを判断基準とせよということです。釈尊の教えは「縁起と中道」の二語に集約させてよいでしょう。「縁起」とは「すべての事物は相互関係によって成立している」ということ、「中道」とは「極端は排せよ」ということです。 経典でいえば『阿含教』をはじめ『般若経』から『華厳経』『法華経』そして『大日経』『金剛頂経』など、コンセプトを異にする多様な経典が実在します。それぞれが「法」ですから、ひととおり読んでみる(読まないまでも信頼のおける解説書で教義を理解する)ことが必要です。そのうえで自分自身にしっくりくる考え方を取り入れればいいということです。 したがって「中道」という立脚点からすると『法華経』を基準とするのはまだしも、『法華経』だけが優れているという理解には首を傾げます。(ホントに法華経を読んだの? というところですね)
なお河合隼雄は、経典を音読する際のリフレインが催眠効果をもち、それが神秘体験への導入になるのではとの解釈をしています。
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Name: 花愛
Date: 2008/11/23(日) 12:26
No:1717
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Title: Re:お経について‥
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私はあまり仏教に関することあまり知らないのですが、オーラの泉の美輪さんは毎日、南無妙法蓮華経を唱えていらっしゃるみたいで。。 童子達ではなく他の如来に仕えているものと童子が争うそうです。 阿弥陀経は大丈夫かもしれません‥ その事が私にはよく分からなかったのですが、やっぱり霊視が出来たりしないとわからないのでしょうか。 天台沙門さんはオーラの泉をお嫌いですか?だったらすみませんでした(>_<)
私は毎週ではありませんが、時々見てます。番組が出来てもう3年ぐらいになりますが、ゲストの皆さん皆良い笑顔になって帰られるのでとても心地よく好きです。 でも嫌いな人もいらっしゃるし‥不快な気持ちにさせてごめんなさい(__) ネットはどうしても言葉足らずになるので、解決できないかもしれませんね。。 変な質問にも答えてくださり、感謝してます。 ありがとうございました。(^-^)
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/23(日) 13:42
No:1718
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Title: オーラの泉
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嫌いもなにも、観たことがないので内容等に関する価値判断はできません。
神仏と呼ばれている「何か偉大な存在=Something the Great」と人間との媒介をする存在は否定できません。一神教的には「天使」と称し、密教的には「童子」と称し、神道的には「巫子」と称し、陰陽道的には「式神」と称します。美輪明宏氏は、そういった媒介的存在を一括して「童子」とおっしゃっているのでしょう。 そういった存在は「人」よりも「神」に近いものでありますから、それらが相争うことなど信じがたい、というのが私の信仰です。それらが争うとすれば、あくまでも「童子」に守護される人間同士が争っているのであって、「童子」が争っているという表現は実際ではなく比喩なのでしょう。
美輪明宏氏その人は、好きな人ですし尊敬すべき人物とおもっております。 ですが美輪明宏氏が仏教的用語を使用なさっているからといって、それが正統的仏教解釈に基づいているかどうかは批判の余地があります。また、氏が「比喩」として使用している表現を「実際」として受け取っている可能性をも批判すべきでしょう。 少なくとも、正統的な仏教の立場では「霊魂」の実在は認めておりません。あくまでも人間の心の比喩や象徴としての使用法です。
ちなみに『南無妙法蓮華経』のお題目を唱える宗派(日蓮宗・法華宗)では『阿弥陀経』は唱えないとするのが正統です。いうまでもなく美輪明宏氏がお題目を唱えてらっしゃるからといって、氏が阿弥陀如来を否定なさっているということには直結しません。
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Name: 僧侶
Date: 2008/11/23(日) 14:52
No:1719
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Title: Re:お経について‥
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誠の法華の精神でしたら決して勝劣に拘ったりしないはずです。 偏った信仰が一番問題ではないでしょうか。 美輪氏は佼成会の信者的立場で表現されてます。
決して日蓮宗や法華宗の考えとも異なるわけです。
法華経の常不軽菩薩のような、すべてを尊べる(経典も含めて)のが仏に為るための修行ではないのでしょうか。
法華経中には「法によって人によらざれ」とも記されております。
教えを信じて実践すれば必ず成果が現れます。
他人の意見に耳を傾けつつも、惑わされてはいけません。
美輪氏は僧侶ではありません。
天台しゃもん様の、正当なご意見を大事にされた方が確かだと思います。
天台の御坊さまは仏教を総合的に顕学されておられます。
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Name: ルビ
Date: 2008/11/20(木) 09:20
No:1699
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Title: 迷っています
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主人が亡くなり、宗派がわからず、一般的と言われる浄土真宗で 葬儀・初七日を済ませました。後で、日蓮宗だとわかりました。 このような場合、どうしたらいいのでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/21(金) 07:38
No:1703
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Title: Re:迷っています
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調べた、もしくはご親戚に教えられ、ご主人様の菩提寺が日蓮宗であったことが判明したので、納骨などの今後の方針に迷っている、という内容と理解します。
まずは、その日蓮宗の菩提寺さんにご相談ください。
実際問題としては (1)日蓮宗の菩提寺に納骨するのか? 否か? (2)真宗式の戒名があるのか? 俗名のままだったのか? (3)本質的な問題ではないですが、菩提寺さんは近場なのか? 遠方なのか? の条件によって選択肢が変わります。
多くの寺で、その寺の住職がつけた「戒名/法名」を持つ方以外の納骨を拒む場合があります。もっとも葬儀をやり直して改名するのが実際ですが。戒名がなく俗名のままでの葬儀でしたら、通夜葬儀はさておいき、日蓮宗式の法名をつけて満中陰の納骨法要を行うことで問題はないかとおもいます。
また、菩提寺さん以外へのご納骨をお考えでしたら、極論は菩提寺さんの意向を伺う必要はないともいえますが「こういった事情で他所に墓所を設けることになりました」とはお伝えください。なぜなら、菩提寺さんとのおつきあいを続けるご親戚に迷惑がかかる可能性があるからです。とくにご主人様が長男で墓を継ぐべき立場にあったりしますと、まず親戚内でのもめごとがおきます。
菩提寺さんが遠方であれば、その菩提寺の近所に住まわれているご親戚を頼られるのも一考かと感じますが、ともあれ事情によりけりです。
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Name: ルビ
Date: 2008/11/21(金) 14:26
No:1705
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Title: Re:迷っています
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ご回答ありがとうございます。
生前からの主人の希望で、菩提寺に納骨はしません。 真宗式の法名を頂き、葬儀を済ませました。 三男なので、後を継ぐ必要はありません。
このまま浄土真宗で供養を続けても問題はないでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/22(土) 10:30
No:1709
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Title: Re:迷っています
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とくに問題はないと考えます。
僧侶の立場からすると (1)僧侶個人を信頼してくれている (2)その宗旨を信仰してくれている という理由で「○○宗で供養を」となると嬉しいのですが、それはさておき。
大事なことは、生き遺った人間の「癒し」が果たされるということです。逆にいえば、癒し(仏教用語では、安心)を与えてくれない僧侶・宗旨ならば、役に立たないので義理を立てる必要はないと考えます。
葬儀を司ってくださったお寺さんと今後もおつきあいをなさるかは不明ですが、ご主人さまが積極的に浄土真宗を選択なさったのであれば、このままでよろしいでしょう。
余談です。
日蓮宗系と浄土宗系とは仲が悪い=教義が相容れないことが知られており、その影響が個人に及ぼされた実例が宮沢賢治の伝記に読み取れます。 もっとも現在では、日蓮系と浄土系の伝統的教団では「互いに見解が違うだけ」との立場をとられているようです。
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Name: ルビ
Date: 2008/11/22(土) 23:37
No:1714
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Title: Re:迷っています
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天台沙門さまの助言のおかげで、迷いが吹っ切れました。 このまま浄土真宗で供養を続けて行く事に決めました。 有難うございました。
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Name: 高間
Date: 2008/11/21(金) 23:39
No:1708
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Title: お墓に
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実家の墓参りに行った時に、隣のお墓のことです。 お供え物に、ラーメンや鰹節、野菜や、生の魚が山盛、ビールも5段盛(余りにも高く、墓石が隠れていました。) おまけにお花は、雑草のようなもので墓石の2倍もの高さ(3メートル近く)の花が花立てに供えてありました。 これはよいのでしょうか?
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Name: 宥心
Date: 2008/11/22(土) 14:21
No:1713
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Title: Re:お墓に
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凄いお供え物ですね(^_^;) ちょっと嫌がらせではないのか…、長年お詣り出来ないから埋め合わせの意味もあるのか… こればかりは供えた方にしか判りませんが…(汗)
良いか悪いかで言うのなら、鰹節や生魚があれば、臭いに野良犬やら野生の動物が寄ってきて辺りを散らかしたりするでしょうし、もしそれが日中であったりすればお詣りに来た方々が大変危険でもありますよね。 ビールにしても、それだけの量がもし崩れたらどうなるでしょう。
故人を想いお供え物を沢山してあげたいのは判りますが、やはり節度というのは何処にでもあるのではないでしょうか(^^)
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Name: 鎌
Date: 2008/11/16(日) 16:36
No:1678
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Title: 依頼されて
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お寺さんが頼まれたからといい、私をお守り下さった神様にもう私に近寄らないよう言ったり、私が仏道や神道に進むようなら(依頼主に)協力しその道に進めぬよう除外するよう頼まれてると言われました。 私に二十歳ではないからと、こちらの意見は聞いては貰えません。やられ放題です。(感嘆[涙])
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Name: 勝運寺 山主 [URL]
Date: 2008/11/17(月) 06:23
No:1683
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Title: Re:依頼されて
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鎌様 もう少し詳しく書いていただけませんか。 ここに書くのがまずいのであれば拙僧に直接メールを下さい。 神仏による祟りですか?それともお寺の僧侶による嫌がらせの相談ですか。もし、僧侶による嫌がらせならば警察に相談なさい。 神仏による祟りならば神仏のあるべき場所にお戻しすれば収まります。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/17(月) 10:02
No:1685
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Title: 結論と、その理由
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【結論】 貴方の年齢を理由に、貴方の意見を聞かない「お寺さん」の言うことなど聞く必要はない。
【理由】 一方的になにごとかを言い、それに対する反論・意見を聞かないという人物の言説は無視しておくに限る。一般論として、一方的言説には「意味」があるかもしれないが、それは発言者にとっての「意味」であって、普遍的に感動や共感を得られる「価値」はない。 釈尊もご自身と異なる立場の人々(六師外道)との対話を通して「仏教」の普遍性を確立なさったのであり、同時代人であるソクラテスや諸子百家の人々も、みな異なる言説との対話を通して相互に深めあい高めあってきた。つまり宗教の基底にある知性には相互批判が必要なのである。相互批判を許容しない、すなわち知性を認めない宗教は信仰ではあっても宗教たりえない。(註:排他性を内在した一神教の拡大は、それから7世紀もの後代のこと。また、信仰とはあくまでも主観的なものであり、信じる信じないを他者に強制される性質のものではない) 極論をいえば、その「お寺さん」は神仏との対話すら拒絶する志向をもっているわけで、したがって信用も信頼もおかないほうが現実的である。
以下、余談です。
【私をお守り下さった神様にもう私に近寄らないよう言ったり】
ご自身が信じているのは、貴方を守ってくださっている神様でしょうか? それとも貴方に戯言を言っている「お寺さん」でしょうか? 守護なさってくださっている神様を信じているのなら、その「お寺さん」の言うことは無視なさい。 私の論拠は、 その「お寺さん」に「私をお守り下さった神様」と意思疎通をする能力があるのか? という点です。
多くの場合、神仏に意志を伝えるのは人間からの「お願い」という形式です。 オカルト的にいえば、神仏に対し人間の霊格が低いので、人間は神仏に意志を強要できないのですね。したがって「神様にもう私に近寄らないよう」お願いすることはできても命令はできないわけです。 論理的には、その「お寺さん」の霊格が「私をお守り下さった神様」よりも高ければ、「近寄らないよう」することは可能ですが、そのような高徳の方が「二十歳ではないからと」意見を聞かないということは考えられません。 実際のところは「頼まれたから、神様に言って」みても実効性は皆無なので、貴方相手に「神様に言っている」と繰り返しているだけでしょう。ですから無視しておくに限ります。
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Name: 鎌
Date: 2008/11/18(火) 00:50
No:1688
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Title: Re:依頼されて
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虐められている最中に、過去に想像してしまった事からB神様が現れ私が泡を吹き気絶したし直ぐに虐めていた人によりお寺に連れ込まれお寺が虐めていた人に頼まれA神様を呼び私が縛られ身動きが取れないままそのA神様に元の所へと戻るよう説得され私も状況が解らないまま許可してしまいました。 A神様:私を守って下さった神様
その日の事を忘れて新ためて行った際、将来何が向いているか等聞いた所、「DやEちなみに私でもお寺さん関係に進めますかね?」とお聞きしたところ「神仏に関わる方向(学校関係)に進む様なら邪魔するように頼まれてるんだ」と怒鳴られ私が「いや、お寺なのでいちよう聞いてみたかっただけです。」「DやEに進もうと思います。」と言ったのですが……。 私「いちよう、どうなるか解らないので辞めて貰えないでしょうか?」とは言ったのですが、二十歳云々や頼まれた人達に今更〜(略)その前にお前は〜さん達(依頼主虐めた人)の事をどうにかしなさいといわれました。 「ちなみ私にできますでしょうか?」と問い返したところ「お前には無理だろう。」と言われました。 「では、この前一生虐められるのでしょうか?」とお聞きしたところ「来世に行くまで…(ちょっと忘れました)…。」
注意:虐めている人(依頼主同人)は、寺ではありません。
虐めてる人は昔から私を観察しており落とし入れようとします。離れても学校や職場の上司同僚に根回しが必ず入ります。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/18(火) 09:54
No:1690
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Title: 整理します(上) 長文です。
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【虐められている最中に】【虐めてる人は昔から私を観察しており】 つまり、以前から貴方を「虐めている」人物が存在している。以下、X氏とする。
【過去に想像してしまった事からB神様が現れ】 B神は貴方の過去になんらかの関係をもった存在である。 そのB神が原因となって、貴方は「泡を吹き気絶」することになった。
【直ぐに虐めていた人によりお寺に連れ込まれ】 「直ぐに」ということは、X氏は貴方の身近に存在するということ。 そしてX氏は貴方を「お寺」で回復させることを試みたということ。
【お寺が虐めていた人に頼まれA神様を呼び】 この一節で、A神は貴方に憑移したB神を祓い遣る(撥遣・憑き落とし)ために呼び出された「使役神」であり、必ずしも貴方の守護神とは限らないことが判明。
【私が縛られ身動きが取れないまま】 一般的に、祓い遣りの際、憑移した神霊が離れるまで憑かれた者は「縛り」の状態になる。 この間に、《貴方=B神》の状態が《貴方=A神》となった。すなわちA神がB神に代わって貴方に憑き、B神はいわば追い出されたかたちで祓い遣られた。
【そのA神様に元の所へと戻るよう説得され】 これはB神が貴方から離れたため、使役されていたA神がおられるべき本座に戻られたということ。これは《貴方=B神》の状態を、《貴方=A神》にすることでB神の祓い遣りを行い、ついでA神を撥遣する(本座に還り着かせる)ことで《貴方》の状態を回復する最終プロセスである。
【私も状況が解らないまま許可してしまいました。】 祓い遣りの対象となっている人間は、周囲のことはわからなくなるので仕方ない。
実は、貴方のかかえる問題にとって重要な存在は「A神」ではないようです。「B神」と「B神」が現れるにいたった過去のことではないでしょうか? もしかしたら《貴方=B神》の状況下で重要なことが語られていたかもしれません。
(中)に続く。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/18(火) 14:07
No:1691
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Title: 整理します(中) 長文です。
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=中間的結論= この「お寺さん」は、貴方と貴方の身近なX氏との人間関係に不具合があり、その不具合が原因で貴方に霊障的症状が現れている、と考えています。
【その日の事を忘れて新ためて行った際】 祓い遣りの体験を「忘れて」ということは、貴方にとって祓い遣りの経験がしばしばあったということなのだろうか? それはさておき、その寺には自発的に行ったのか、それともX氏のさしがねで行くハメになったのだろうか?
さて、以下は問題の核心である。
【「DやEちなみに私でもお寺さん関係に進めますかね?」とお聞きしたところ】 【「神仏に関わる方向(学校関係)に進む様なら邪魔するように頼まれてるんだ」と怒鳴られ】 頼んだのは貴方の身近に存在するX氏であろうし、その理由はB神に憑移されたことによることと判断できる。 正直なところ、神霊に憑移された経験のある人間(いわゆる霊感体質)は、よほどの師匠につかない限り、修行の過程において「魔に憑かれる」危険性が高い。この会話の相手の僧は祓い遣りを修した本人であろうが、そうであればこそ、貴方が神仏に浸る生活を考えることに一定のブレーキをかけるのは自然といわざるをえない。
【私「いちよう、どうなるか解らないので辞めて貰えないでしょうか?」とは言ったのですが】 貴方が「止めて欲しい」事象は「神仏に関わる方向に進むことを妨げる」ことである。 しかし僧にとっては「妨げる」ことを止めるのは、それを依頼したX氏と僧の関わりの問題である。 だから貴方に停止を頼まれても、妨げることを止めることについて僧にとっての合理性がない以上、貴方の頼みはききいれがたい。
【二十歳云々や頼まれた人達に今更〜(略)その前にお前は〜さん達(依頼主虐めた人)の事をどうにかしなさい】
この文脈では、「二十歳云々」は「いわゆる未成年の間は保護者の言うことを第一にきくべきである」という常識的意味であり、また「頼まれた人たちに今さら」のくだりも「頼まれたことは頼まれたこととして行わねばならない」という約束は守ります的意味と考えることができる。「〜さん達の事をどうにか」は、貴方ご自身の人間関係をきちんとしなさいという意味であろう。
事情の開陳、ありがとうございました。 11月17日付『結論と、その理由』における私の推定は、かなりの部分で誤りだったようです。お詫びいたします。
(下)に続く。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/18(火) 14:32
No:1692
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Title: Re:整理します(下) 長文です。
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さて。 2008/11/18(火) 00:50付の書き込みを読んだことにより、私自身は貴方の相手方である「お寺さん」にある種の共感をもちました。
しかし、 【「ちなみ私にできますでしょうか?」と問い返したところ「お前には無理だろう。」と言われました。 】 【「では、この前一生虐められるのでしょうか?」とお聞きしたところ「来世に行くまで…(ちょっと忘れました)…。」】 とは言わないですね。
ところで、前段の「私にできますでしょうか?」とは、具体的に何をするのでしょうか? もし「〜さん達(依頼主虐めた人)の事をどうにか」するのであれば、お寺さん自身が「どうにかしなさい」と言っておいたことについて「無理だろう」と言うのは、無責任な発言です。 また、後段の「来世に行くまで」の発言が「今生では(いじめられなくなるのは)無理だ」というニュアンスだとすれば、それは「いじめ」の被害を訴えている者に対して配慮のなさすぎる発言です。
貴方の記述が正しければ、この「お寺さん」は貴方ご自身の心理状態に対する共感度において信頼のおけない方のようですから、その言説は無視する(聞いても聞き流す)に限ります。この結論はかわりません。 まずはご自身の精神的な安定を得ることを目的としましょう。
ただ、現実問題として「神仏に関わる方向に進みたい」のであれば、ご自身では具体的にどのようなイメージをおもちなのでしょうか?
以上
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Name: 鎌
Date: 2008/11/21(金) 00:24
No:1702
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Title: Re:依頼されて
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天台沙門様、勝運寺様ありがとうございました。 たぶん、お守り下さった神様は、勝運寺様のおっしゃる神仏のあるべき場所へ戻されたと思います。 大事な事を思い出し、勝運寺様に質問させて頂いて宜しいですか? 過去に神様にお願いした事を辞めて頂く事はできますか? また、その神様のお名前がわかりませんがお名前が解らないと御呼び立てするのは、不可能でしょうか?
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Name: ゆうや
Date: 2008/11/18(火) 07:38
No:1689
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Title: お寺への婿養子
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初めまして。 私は京都在住27歳独身のサラリーマン兼業農家の家庭に育った長男です。 今回投稿させて頂いたのは現在お付き合いしている女性が、石川県の真宗大谷派のお寺の一人娘(現在大谷大学4回生)でお父さんを亡くしているため、結婚をすると私が婿養子としてお寺に入ることになります。 私自身、専修学院へ行き彼女と共に生きていきたいと願っています。しかしお寺の仕事や檀家さんとの関係などに全く無知で不安があります。どなたか関係者、経験者の方の御意見や体験談など教えて頂きたいと思い、投稿させて頂きました。 どうぞよろしくお願い致します。
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2008/11/19(水) 06:23
No:1693
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Title: Re:お寺への婿養子
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ゆうや様
大丈夫です安心して婿養子に行きなさい。 拙僧の教える側としての経験ですがナマジ宗派の教えを生半可に覚えた人間よりも何も知らずに学ぶ人の方が上達も早く覚えも早いです。生半可に教養として有ると猜疑心が生じやすく、これが妨げとなり覚えにくくしてしまいます。僧侶としての第1歩は専修学院を出てからですしお寺の仕事や檀家さんとの関係などは貴方が専修学院を出て自坊へ戻りまじめにコツコツと寺の仕事を行なえば自然に出来てきます。ただし、先代が亡くなられているとの事ですので すぐに住職としての職務が有る訳ですが檀家の皆さんに助けていただきながら少しずつ住職としての職務を覚えて行かれると良いと思います。
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Name: ゆうや
Date: 2008/11/19(水) 15:16
No:1695
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Title: Re:お寺への婿養子
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勝運寺山主様 温かいお言葉ありがとうございます。正直自分自身、今まで勝手気ままに生きてきた者ですので本当に務まるのか心配です。 しかし彼女の為にも頑張っていきたいとも思っています。 なにか少し安心したとゆうか、勇気を頂けた気がします!また今後ともご意見頂戴したく思います。 本当にありがとうございます!
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/19(水) 17:11
No:1696
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Title: Re:お寺への婿養子
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会社務めをしているなら、なんの心配もありません。 私は「4大→会社員→フリーター→伯父の養子」という経路で寺を預かるようになった身です。
その際、私は宗教を「ビジネス」と理解しました。すなわち「流通業」兼「サービス業」です。 私が商うことは、宗派の教えと本尊の功徳を流通(るつう)させること、そして檀信徒に安心(あんじん)を与えることです。これは「法施」というやつですね。 その「対価」として「財施」をいただくというわけです。
この比喩でいけば、僧侶が持つ「戒律」とはビジネスマンとしての職業倫理にほかなりませんし、檀信徒とは顧客にほかなりません。すでに檀家という固定客がついているのですから、職業倫理に忠実であれば心配することはありません。
「一に掃除、二に掃除、三四がなくて五に看経」という言葉があります。また「朝夕のお勤めをしていれば自然と檀家が喰わせてくれる」とも言います。 新発心の心得としてはそんなものかと。
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Name: ゆうや
Date: 2008/11/19(水) 18:07
No:1697
| 解決
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Title: Re:お寺への婿養子
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天台沙門様 具体的なお返事ありがとうございます。 「ビジネスと考える」勉強になります。本当に自分次第だと思いました。 頑張ってみようとゆう勇気が沸いてきました!ありがとうございました!
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Name: 田口
Date: 2008/11/10(月) 12:15
No:1654
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Title: 仏像
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ダイソーで仏像を見たのですが、膝をくみ、合掌しておられますが、この仏様は何と言う仏様でしょうか?
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Name: 沙穂
Date: 2008/11/11(火) 09:05
No:1655
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Title: Re:仏像
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百円ショップの置物等は中国や韓国で大量生産された置物だと思いますが、イメージ的に作られた物ではないですか?
寺院でお祀りしてます仏像とは違いますので何とは決まったお姿では無いと思いますよ。 手を合わせる対象の仏像は仏師が材質を選び一刀、一刀丁寧に精魂込めて刻みます。 小さくても何千万とも値が付く物も御座います。
金額の問題では無いですが、やはり大量生産品には無いお姿に思わず自然と手を合わせたくなる有り難さが御座います。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/12(水) 09:31
No:1657
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Title: Re:仏像
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【膝をくみ、合掌】
広隆寺の弥勒菩薩座像のイメージでしょうかね? 半跏座で合掌なら観音座像でしょう。衣冠や持物がわからないので、それ以上は不明です。
なお、仏画・仏像には「儀軌」という製作上の決まり事があります。座像と立像の区別は、あまり重要ではありません。 一番の観察点は服装です。 インドのサリーや古代ローマのトーガのような格好をしていれば「如来像」です。 様々なアクセサリーをつけていたりすると「菩薩像」です。 ただし、大日如来は菩薩形ですし、地蔵菩薩は如来形に近いお姿です。 それ以外の「明王」・「天部」ともなると、一言では表せません。 あわせての観察点は印相という手の形と持物という持ち物です。これも多様なので一言では表せません。 たとえば『仏像の秘密』などという本を手に取ってみられるのがよろしいでしょう。
ちなみに与謝野晶子の歌で「鎌倉の美男におわす釈迦牟尼は」との句がありますが、鎌倉の大仏の印相を見ると阿弥陀如来座像ということは一目瞭然です。当然ながら、5・7・5のリズムの都合で「シャカムニ」としたのでしょう。
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Name: 田口
Date: 2008/11/12(水) 12:15
No:1658
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Title: Re:仏像
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沙穂様、天台沙門様、ありがとうございます。 仏様は衣(?)一枚を着ておられ、座ったまま合掌しておられます。頭は鎌倉の大仏様と同じ頭です。
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Name: 巳朱
Date: 2008/11/12(水) 19:59
No:1660
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Title: Re:仏像
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ダイソーの仏像は、おそらくタイやミャンマーあたりの民芸品を、ここんとこの円高と物価の格差を利用して恐ろしく安値で仕入れてきたものでしょうから、あの辺りは、原始部教の国なんで、お釈迦様のお姿だと思いますよ。
タイやミャンマーの田舎だと1ヶ月1000円もあれば、現地の人達の生活レベルからすれば贅沢に暮らしていけるようなところなんで、木工細工や素焼きの粘土細工の民芸品が、日本の物価からするとタダみたいな値段で買えます。
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Name: あの
Date: 2008/11/12(水) 21:04
No:1661
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Title: Re:仏像
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仏像はつくらないよ。 学会だろ。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/15(土) 13:20
No:1672
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Title: Re:仏像
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巳朱さん曰く【お釈迦様のお姿だと思いますよ。】
同感です。 「サリー」に「パンチ」なら間違いなく如来像です。 そこで、薬師座像なら薬壷を持ち、阿弥陀座像なら定印とか来迎印ですから、消去法で釈迦座像ということでしょう。もっとも合掌印の阿弥陀座像の可能性も残りますが、そこまで厳密さを求められてはいないかとおもいますので。
余談ながら、名古屋の覚王山日泰寺のご本尊がタイ王国から下賜された釈迦如来座像なので「合掌印かな?」と思い、印相を写真で確かめました。結果、右手を降魔印(手を膝に置きながら指先を地に着ける)にして左手は定印でした。釈尊成道の様子を写したものでしょう。
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Name: 田口
Date: 2008/11/19(水) 10:20
No:1694
| 解決
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Title: Re:仏像
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巳朱様、天台沙門様、ありがとうございました。 あの様もコメントありがとうございました。
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Name: サボテン
Date: 2008/11/16(日) 16:56
No:1679
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Title: 無題
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今日お寺にご相談に行きました。 結果:「精神科に行け」と言われました。 「自分でコントロールしろ」と言われました。 「過去は忘れろ!」と言われました。
他のお寺に行って何とか分かって貰ったときも「話が飛び飛びだ」や「主語述語が抜けている」と怒られました。 畜生のような駄目人間の私のお寺に相談したい内容を投稿してもよいでしょうか?
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Name: 巳朱
Date: 2008/11/16(日) 19:20
No:1681
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Title: Re:無題
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自分で自分のことを悪く言うような行為をすること。 自分で自分を「ダメな人間だ」と決めつけること。
これが、あなた自身から自信を失わせて、相手にわかりにくい話をすることになってしまっている原因です。
携帯電話からのようですから、文章が書きにくいかとは思いますが、少しずつ区切ってもいいので、順番に何で困っているのか、どうなりたいのかをお話しください。
公の場所ですので、固有名詞など個人を特定する事柄は、書かない方がいいですけれど、その他は出来るだけ詳しく書いてくださった方が、相談にも乗りやすく、サボテンさんの困っていることを解決するアドバイスも出て来ると思います。
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Name: 勝運寺 山主 [URL]
Date: 2008/11/17(月) 06:44
No:1684
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Title: Re:無題
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サボテン様 拙僧も巳朱様の言われるとおりだと思いますよ。 ただし、あなたに対して精神病院へ行けといわれた僧侶もあながち間違いでは有りません。なぜならばあなたの現状では自分に対して悲観的な見解しか出来ない状態です。ウツ病に近い状態です。 是を少しでも早く改善する為には薬による手助けも必要なのです。 一番サボテン様に今必要なのは生きようとする気力です。 以前拙僧がここに書いた言葉を思い出してください。 「人間死ねば皆平等、六道輪廻は娑婆界の習い」
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/17(月) 11:13
No:1687
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Title: 止観
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自分の表現したいことを上手に表現できず、相手だけでなく自分自身も混乱してしまい、自己嫌悪に陥るという症状ですね。 すくなくとも会話よりも筆談の方が、表現するにあたって客観視しながらの表現が可能といわれてますから、問題の個別化を図りながら投稿いただければよろしいと考えます。そのうえで、回答するにあたって不明な点・曖昧な点については、問い返しがあるでしょうから、対話を繰り返すなかで具体的に改善していけばよいでしょう。
正しい答えを得るには、正しく問うことが必要です。
ちなみに 止:乱れたものを落ち着かせ 観:自分自身を観察する 天台宗の修行の方法であり目的です。
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Name: サボテン
Date: 2008/11/16(日) 18:26
No:1680
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Title: 邪心?
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祈祷は、二十歳になるまでは、親と同伴または親の許可がなくてはしては行けないのではないのですか? それと神様が上手く行かないと言っているにも関わらず祈祷する事を何と言いますか?
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Name: 勝運寺 山主 [URL]
Date: 2008/11/17(月) 06:13
No:1682
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Title: Re:邪心?
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サボテン様へ 神仏自体の降臨は自然には起こり得ません。 いたずらに神仏をもてあそぶ事は止めた方が良いでしょう。 20歳未満の方は親の同伴が望ましいと言うのは祈祷を行なうに際しては其れなりの金銭的な負担が生じるからです。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/17(月) 10:40
No:1686
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Title: Re:邪心?
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【親と同伴または親の許可がなくてはしては行けないのではないのですか?】 私は未成年が祈祷をお願いしてもよいと考えます。合格祈願なんてのは、早ければ小学生だって学校帰りに近所の神前で手をあわせるじゃないですか。
ただし、勝運寺さんのおっしゃるように金銭的負担が生じるという点、さらには俗法的表現での判断能力の問題、および祈祷儀式によっては健康上の問題が生じる可能性から、親御さんの同行をお勧めします。 ですから、きちんと神職に依頼して昇殿祈祷を行う(金銭的負担発生)か、陽のあるうち(健康異常の発生抑制)に拝殿前で二礼二拍手一礼による参拝をなさればよろしいのではないですか?
【神様が上手く行かないと言っているにも関わらず祈祷する事を何と言いますか?】
その用語については仏式祈祷に関しても、私は知りません。
なお「祈祷」ということは「お願いをすること」ということで、本来は「加持祈祷」です。神仏の力を「加えて」いただき、我々がその力を「持つ」ことを「祈祷」するのですね。お願いだけでは駄目で、貸していただいた力を我々が努力して保持することで、祈祷の内容が果たされるというわけです。
この場合、「神様がうまく行かない」と言っていたとしても、自分の願いがかなうよう自分自身が努力をしますから努力を見守っていてください、とお願いすればよいでしょう。神は人と違って邪魔はなさいません。(註:障碍神/祟り神も祀れば守護神となるのが日本の神学です)
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Name: 鎌
Date: 2008/11/13(木) 01:18
No:1663
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Title: 依頼され…
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勝運寺様、天台沙門様お答えありがとうございました。 頼まれたからといい、私をお守り下さった神様にもう私に手を出さないよう言ったり、私が仏道や神道に進むようなら協力しその道に進めぬよう除外するよう頼まれてるだと言われました。 二十歳ではないからと、こちらの意見は聞いては貰えません。やられ放題です。例え二十歳になっても頼まれた事はどうなるかわかりません。 どうして行けばよいでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/13(木) 10:16
No:1666
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Title: Re:依頼され…(確認用の長文です)
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論旨を整理させてください。申し訳ありませんが、ご回答はその後ということで。
【頼まれたからといい、】 (1) 誰が誰に何を「頼まれた」のでしょう?
【私をお守り下さった神様にもう私に手を出さないよう言ったり、】 (2) 「私」とは「鎌さん」ご本人ですね? (3) 「手を出さないよう言った」のは、誰が誰に言ったのでしょうか? (4) 「お守りくださった神様」とは、どういったイメージのかたでしょう?
【私が仏道や神道に進むようなら協力しその道に進めぬよう除外するよう頼まれてるだと言われました。】 (5) この文ですが「進むようなら協力し、その道に進めぬよう除外する」ですか? それとも「進むようなら、協力しその道に進めぬよう除外する」ですか? いずれにせよ、誰と誰が協力するのでしょうか? (6) くどいですが、この項での「頼まれてる」のは誰が誰に何を頼まれているのですか?
【二十歳ではないからと、こちらの意見は聞いては貰えません。】 (7) 「こちらの意見」を聞いてくれないのは誰ですか? (8) 「こちらの意見」とは、どういった内容ですか?
【やられ放題です。】 (9) 誰が誰に何をどう「やられ」ているのですか?
【例え二十歳になっても頼まれた事はどうなるかわかりません。】 (10) 「頼まれた事」とは、(1)・(6)で言及されたことと同一の内容ですか?
以上、ご確認くだされば幸いです。
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2008/11/15(土) 09:54
No:1669
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Title: Re:依頼され…(確認用の長文です)
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鎌様へ
文章の内容が今ひとつ掴みずらいです。
約束事ですがどなたとされたのでしょうか?
生身の人間でしょうかそれとも(神、仏、霊)との約束でしょうか
仔細が判らなければ返答が出来ません。
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Name: 鎌
Date: 2008/11/16(日) 16:18
No:1677
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Title: Re:依頼され…
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すみません。 書き直します。 主語述語が抜けている等お恥ずかしい限りです。
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Name: サボテン
Date: 2008/11/09(日) 16:12
No:1652
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Title: 問題
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神仏に関わって問題が起こった場合何を覚えておけば良いのでしょうか? また、何と相談すれば?
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Name: 巳朱
Date: 2008/11/09(日) 22:27
No:1653
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Title: Re:問題
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神仏に関わっての問題が起きることは、非常に稀なことです。 宗教団体に関わる問題はよく起きますし、ご本人さんが問題の原因を神仏に関わることだと思い込まれることもよくありますが。
ですので、話せる範囲で構いませんので、どういうことで困っているのかという問題点とその経緯をご相談ください。
なお、宗教団体がらみのお話は、直接団体名を出されるよりも、その団体のこう言う所が困っているのだが・・・というような形でのご相談の方がいいかと思います。
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2008/11/15(土) 10:47
No:1671
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Title: Re:問題
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サボテン様へ 神仏に関わっての問題(霊障や祟り)の事でしょうか 霊障や祟りと思われる多くは自己の意識が過剰反応を起こし形成されることが多いです。これを(自己意識による呪縛=自縛)と言います。 本来、(霊障や祟り)が起こりうるはずが無い場所にて感じてしまう事が有ります。多くは自分自身が媒体となり引き寄せている事が多いのです。多くは自縛が解ければ消滅します。
外的要因による(霊障や祟り) これは(神、仏、霊)を正しく在るべき所へお返しすれば無くなります。
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Name: サボテン
Date: 2008/11/15(土) 23:55
No:1673
| 解決
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Title: Re:問題
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ありがとうございました。解決へと向かうよう今一度励みます。 全てを知っている上で邪魔をする人がいるので経緯は言えません。お許し下さい。
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Name: サボテン
Date: 2008/11/13(木) 07:47
No:1665
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Title: 畜生
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最近、「畜生」という言葉を知りました。 意味:人間以外の動物で、苦しみ多くして楽少なく、性質無知にしてただ、食、淫、眠の情のみが強情で親兄弟区別なく残害する事。 近年、このような状態が続いております。 それに関わった神仏様から「来世からは畜生界に堕ちる」と言われた覚えもあるのですが、悪業とは何を指すのですか? 私自身の所業からこのような状態になってしまった事に気付き反省しております。 どのようにしていけば救われる事ができるでしょうか?
このような形で教えを請うてすみません。m(__)m
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/13(木) 10:49
No:1667
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Title: Re:畜生
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【私自身の所業からこのような状態になってしまった事に気付き反省しております。】
宗教用語では「懺悔」といいます。自己の所業の誤りを自覚し、改善に努めようとすることですね。罪の自覚と絶対者への帰依が宗教の本質である、との理解(キリスト教的ですが)もあります。
【どのようにしていけば救われる事ができるでしょうか?】
したがって、罪の自覚と救済者への帰依により救われるわけですから、 (1) 懺悔の対象となる行為(自覚された罪)を繰り返さないよう努力する (2) その行為によって発生した損害(術語的には「悪業」)を埋め合わせるための善事を行うよう努力する ということ、すなわち懺悔を続けることが最低限でしょう。ご自身で反省なさっているのですから、この継続によって救われます。
一切の事物は因(直接的原因)と縁(環境や間接的原因)とによって生起する、のが仏教の基礎です。「悪業」とは悪因や悪縁となる行為を示します。この観点からは、懺悔によって自力で悪業を絶つべく努力すれば、必ずしも救い主は必要ではないということになります。
ちなみに天台宗の教学では、畜生道を含めた六道は必ずしも来世に在るものではなく、現世に生きる我々の心が六道のなかを刻々と移り変わっている、との理解です。 例えば、バイキング形式の食事で、盛りつけるだけ盛りつけておいて残してしまうのは「食の情のみが強情」な畜生道の実践行為です。無理に「残しちゃもったいない」で食べて苦しがるのも、ちょっと踏み込みかけているかなと感じます。この場合は、最初から必要十分な量を判断して、いただきましょう。
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Name: にこ僧
Date: 2008/11/13(木) 15:15
No:1668
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Title: Re:畜生
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畜生にならないためには、畜生のような行いを謹めば良いのです。
むやみやたらセックスしたり、人のものを盗んだり、やたら食物を食べ散らかさなければ良いのではないのでしょうか。
つまり少欲ですね。
ほどほどこそが中道であり、ほどぼどこそが悟りに近いようです。
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2008/11/15(土) 10:25
No:1670
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Title: Re:畜生
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サボテン様 天台沙門様やにこ僧様が言われることもですが 是は拙僧の寺に代々伝わる言葉なのですが 「人間死ねば皆平等、六道輪廻は現世の習い」 生きものすべてが死ねば皆平等であり無と為る 地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天上、の六道は現世において存在する物です。そして絶え間なくこの六道の間を行ったり来たりします。己の心がけ次第で有るということを覚えておかれると良いとおもいます。サボテン様あなたは、ここに投稿された時点は畜生道に 居られたと感じたと思います。しかし、いろいろな方よりアドバイスを受けられ心が軽くなります。まさに是が畜生道をぬけ人間への昇化(進化し変わる事)です。誰もが是を繰り返し生きています。 あまり、深く考えない方が良いかもしれません。 気楽に行きましょう。
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Name: 鎌
Date: 2008/11/06(木) 22:53
No:1646
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Title: お不動様
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お不動様は、主に何宗に奉られていますか? それとも、不動帳(?)閻魔帳(?)のように報告の内容によってという事でどのお寺にも大体奉られているのですか? 余談:昨日お答え頂きました「僧侶」のかたありがとうございました。
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Name: 勝運寺 山主 [URL]
Date: 2008/11/07(金) 07:13
No:1647
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Title: Re:お不動様
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鎌さま
お不動様は多く祈願、祈祷、の時に本尊としてお祀りする事が多く また現世利益に多大なご利益が有るとして良く密教系寺院の本尊にはいたします。真言系寺院、天台系寺院などでは本尊で無く脇仏として祀る寺も有ります。拙僧の寺もご本尊はお不動様です。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/12(水) 09:03
No:1656
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Title: Re:お不動様
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補足です。
【不動帳(?)閻魔帳(?)のように報告の内容によってという事で】
そういうことはありません。 教義的には 「不動明王は修行者の援助を行うために大日如来が姿を変えた存在」 ですから大日如来を信仰体系に含む寺院でしか安置礼拝されません。
行者が自分自身の修行をする場合の本尊として祀ることが本義と考えますが、行者の願いを聞き届けていただくという宗教的機能によって、勝運寺さんのおっしゃるように各種の祈願祈祷の本尊ともなります。 したがって密教をシステムに含む真言宗・天台宗の寺院で祀られるのが正統というわけで、禅宗・日蓮宗・浄土宗のいわゆる鎌倉仏教の各宗では本尊たりえないということになります。 ただし、かつては真言天台の寺であったために不動明王を本尊としていたが、戦国から江戸にかけて鎌倉仏教の宗旨に変わってしまったという歴史的経緯を持つご寺院では、真言天台以外にも関わらず不動明王を祀っている可能性はあるでしょう。
私が預かっている寺では、本尊が阿弥陀如来・本堂の脇侍に地蔵菩薩・庫裡の神棚に大黒天・客殿に聖観音菩薩・別棟の護摩堂に不動明王を、それぞれご安置しています。
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Name: 鎌
Date: 2008/11/13(木) 00:43
No:1662
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Title: Re:お不動様
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返事遅くなりすみません。とてもわかりやすかったです。お陰で悩みの場所がどういう場所かわかりました。 新スレ立てます!
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Name: みこころ
Date: 2008/11/08(土) 08:43
No:1648
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Title: 顔施について
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仏教の言葉の中に『顔施』という言葉があると聞きました。
顔施の意味と、他にも似たような言葉があるのならば、教えて頂けますか?
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/11/08(土) 09:24
No:1649
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Title: Re:顔施について
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顔世という言葉は「無財の七施」のなかの一つです。 無財の七施とは、 1.眼施(がんせ)優しいまなざしで接すること 。 2.和顔施(わげんせ)和やかで穏やかな顔つきで接する。 3.言辞施(ごんじせ)優しい、思いやりのある言葉 4.身施(しんせ)自分の身体を使って奉仕すること 5.心施(しんせ)他のために心を配り、喜びや悲しみを共有する。 6.牀座施(しょうざせ)席を譲ること。 7.房舎施(ぼうしゃせ)雨露をしのげる場所を提供すること。 以上の七つのことをいいます。
お布施には三つの布施「行」がありまして、 財施・法施・無畏施この三つをいいます。
無罪の七施といわれているのは無畏施をいいます。
財施は金品、地位、名誉などで感謝の気持ちを表す。 法施は僧侶などが仏の教えを説くこと。 そして、無畏施が金品も地位名誉も関係ないところで、誰もができる布施行です。
顔施は和顔施(わげんせ)ともいい、「和やかで穏やかな顔つき」で接する、という意味です。 和やかで穏やかな顔つきというのは、にこにこと微笑んでいる顔と、解釈すればよろしいでしょうか。
誰でもいつでもできる布施行が無財の七施です。 日常できるところからの無財の七施を心がけていきたいものですね。
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Name: みこころ
Date: 2008/11/08(土) 12:18
No:1650
| 解決
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Title: お礼
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両願寺さん
早速、教えて下さってありがとうございます。 お金だけじゃない施しがあり、安心しました。 そして、今の御時世だからこそ大事にしていきたいものだと感じました。 感謝のうちに…。
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Name: ☆
Date: 2008/10/31(金) 23:39
No:1622
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Title: 水子供養。教えて下さい。
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私と彼わ籍を入れる前に、子を授かってしまいやむを得ず堕ろす事になリました。でも欲しくて欲しくて授かった子なので、とても悲しく毎日泣いてます。形わ無くても、9週だったので体の大半分かっていたので名前も私達の中で付けました。ずっと謝ってます。そして最近、不幸があリました。水子供養に行きたいんですが、神奈川県でわどこがあリますか?教えて下さい。
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Name: あき
Date: 2008/11/01(土) 08:18
No:1624
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Title: Re:水子供養。教えて下さい。
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平塚に円宗院というお寺があります。
つらいでしょうが、がんばってね。
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Name: ☆
Date: 2008/11/01(土) 15:33
No:1626
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Title: Re:水子供養。教えて下さい。
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私わ横須賀に住んでるんで、なるべく近場がいんですが…他にわあリませんか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/06(木) 18:48
No:1645
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Title: Re:水子供養。教えて下さい。
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お悔やみ申し上げます。
単純に「探す」のであれば、『ヤフー!』または『グーグル』で「横須賀 水子供養」と入力してサーチすればよろしいかとおもいます。他のキーワードとしては「水子地蔵」でしょうか。 携帯電話キャリアのトップページではイマイチでした。
一般論として申し上げると、地蔵菩薩が本尊のお寺または観音菩薩が本尊のお寺が水子供養をしている場合が多いですが、寺を預かっている身としてはご自身またはパートナー氏が直接に縁のあるお寺に頼むのことをお勧めします。
「名前をつける」ということは、一人格を認めるということです。亡くなられたお祖父さんお祖母さんの冥福を祈るように、お子さんの冥福も祈ってさしあげてください。
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Name: t.m
Date: 2008/11/01(土) 14:20
No:1625
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Title: 先祖供養について
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分家初代の父(次男)、母はまだ生存していますが、分家の先祖供養墓を建て、先祖供養をしたいと考えています。私は長男です。 今はお金が足りないので、墓地だけをおさえようと考えていますが、問題はないでしょうか? また、父、母、ともに生存しているうちに、五輪塔をたて、ご先祖様をお奉りすることはもんだいないでしょうか? 水子さんがおられる時は、墓地に水子地蔵を建てて、供養すればいいのでしょうか? できればくわしくお聞きしたいと思います。 よろしくお願いいたします。
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Name: 巳朱
Date: 2008/11/01(土) 18:17
No:1627
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Title: Re:先祖供養について
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墓地購入ってのは、霊園でもお寺の敷地内の墓地でも、その1区画を借りてお墓を建てる権利なんですよね。 だから、だいたいの墓地の1区画の売買条件ってのには、○年以内にお墓を建てること、毎年管理料を支払うことってのが条件になってることが多いです。
だので、生前墓を建てることに問題は無いですけれど、分家で先祖供養も含めて生前墓を建てるのもいいことですけど、墓地の購入はお墓が建てれる目処がついた時が、無駄に管理料を払うことも無いので、経済的にいいと思いますよ。
いつお墓を建てるかわからないけど、とりあえず墓地となる霊園の1区画を押さえておくってのは、下手すると何年もなにもない場所に管理料を払うことになるし、何年もそこにお墓が建てられないと管理団体から「お墓を建てて下さいよ。そうじゃないと権利消滅しちゃいますよ」って連絡が来るようになります。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/02(日) 19:53
No:1631
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Title: Re:先祖供養について
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単に「○○家先祖代々各霊位」という位牌を造立なさり、これを本尊としてご自宅にお祀りしてお勤めなされば、充分な先祖供養となります。別に墓所を確保なさる必要はありません。盆や彼岸やご命日などに、ご近所の著名寺院にご回向を依頼なさるのも便法です。 また、生前に墓を造立することは「寿陵」などと称し、古来から喜ばしいこととされてきましたから問題はありません。
水子地蔵は、まあ、お好みですね。 墓所管理者によっては、墓所への造仏を禁じている場所もありますのでご注意ください。例えば、公営墓地では公営であることを理由に、公的空間である墓所に特定の宗教を明示する事物の存在を禁止する場合があります。政教分離に抵触するという口実ですね。また、寺院でも本堂に本尊がいらっしゃることを理由に墓地の造仏を認めないことがあります。
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Name: t.m
Date: 2008/11/03(月) 10:23
No:1634
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Title: Re:先祖供養について
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巳朱さま、天台沙門 さま 大変参考になりました、ありがとうございます。
自宅にお仏壇を設けて、位牌をお祀りして、お勤めをすることで先祖供養になるのですね。
今、分家初代の父とは別居しており、そんなに遠くはないですが、 この場合、お仏壇(位牌)はどちらの家にお祀りするのがいいのでしょうか?
また、お仏壇にご先祖様の位牌と一緒に、水子さんの位牌(地蔵)などをお祀りすることはできますか?その際の詳しい位牌の作り方、置き方などお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。
また、京都の宇治に住んでおりますが、近く(多少遠くても構いませんが)安心して、ご相談できるお寺などございますでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/06(木) 18:35
No:1644
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Title: Re:先祖供養について
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この『相談室』には (1) 一軒に複数基の仏壇を置いてもさしつかえないのか? (2) 一柱の位牌を複数の家に祀ってもさしつかえないのか? (3) 仏壇(および神棚)に、複数の位牌や仏像やお札をお祀りしてよいのか? という、類似のご質問が寄せられておりますが、私は「どれも問題はない」との立場の回答を行っております。 重要なことは、家庭内に神聖所を設けて祈りを捧げるということであります。よって、その対象が「仏」であろうが「位牌」であろうが「御札」であろうが、極論をいえば「イワシの頭」であっても、それらは形式の相違でしかありません。強いていえば日々の生活に無理がでない(高価すぎない、大きすぎない)という一点だけは守っていただきたいです。
したがって、本家分家の区別なく「○○家先祖代々」のお位牌をお祀りください。もちろん「○○水子之霊位」のお位牌を一緒に安置いただいても大丈夫です。原則論をいうと、地蔵菩薩像を仏壇に祀られる場合、中心奥におくべきは地蔵菩薩であってお位牌ではなくなりますが、まあ原則論にこだわることもないでしょう。 余談ですが、水子であっても母胎において生きていた人間でありますから、水子霊としてひとくくりにするのではなく、一人前の人格を持った存在として扱ってさしあげてください。
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Name: よ
Date: 2008/11/02(日) 12:49
No:1628
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Title: 宗派がわかりません
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父が亡くなりましたが、お墓は公共の墓地ですので特に檀家というわけでもないようで、誰に聞いても宗派がわかりません。 祖父、祖母の戒名は 聖徳院餘慶能得居士 惇徳清江大姉 となっており、臨済宗なのかな?と思ったのですが、お解かりでしたら教えていただけないでしょうか?
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Name: 尊明 [URL]
Date: 2008/11/06(木) 08:55
No:1643
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Title: Re:宗派がわかりません
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こんにちは。むー
天台・真言・曹洞・臨済・浄土であると推測は出来ますが、その戒名だけでは、難しいですね。
これからあなたがご供養をされていかれるのですから、ご自分の信じる宗派で構わないと存じます。 仏縁がありますことをお祈り申し上げます。合掌
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Name: ゆめ
Date: 2008/10/30(木) 16:45
No:1619
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Title: おもちゃが鳴ります
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子供が生まれてからなんですが、ときどき子供用のおもちゃが何もしていないのに鳴ります。いつもではなく、ある時期よく鳴る様になります。引越し前からですし、家とは関係ないかもしれません。鳴るおもちゃも、交代していって今は3代目です。今は電車の踏み切りの音で、その前は車のおもちゃのクラクションです。何か危険を知らせてるのでしょうか?前回は私は気づかなかったのですが、子供がつらい事をがまんしていた時でした。それに気づいてからは鳴らなくなったので、知らせてくれていたのかな、と思ったこともあります。最近よくなるので気になっています。今日は用事で人が来たのですが、面白いように鳴り続け、帰ると鳴りません。ぜひご高察を伺いたいのですが。よろしくおねがいします。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/02(日) 20:29
No:1633
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Title: Re:おもちゃが鳴ります
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いわゆるポルターガイスト現象ですね。
私個人は、広義の心霊現象の実体験がない(宗教者としてのブレイクスルーである神秘体験/光明体験もない)ので、あくまでも不可知論者としての範疇で……。
(1) 本当に音が鳴っていたのですか? (2) なんらかの偶然でスイッチが入ったのではありませんか? (3) あなたをはじめとする大人の観察下で、その現象が発生しましたか?
まあ(3)が複数の人物の観察下で複数回に渡って発生したなら、立派なポルターガイスト現象と考えてよさそうですが、「電車の踏切」にしても「車のおもちゃのクラクション」にしても、接触による通電で音が出そうな物なので大人の監督下にないお子さんが触って音が出たと考えておいたほうが無難かな、とおもいます。
そもそも「ポルターガイスト現象」は、欲求不満の子供の存在と対にして語られることも多く、したがって子供が心霊現象を励起していると考えてもよいのですが、逆に子供への申し訳なさを感じている大人が(1)のように客観的事象ではない「ポルターガイスト現象」を主観的に自覚してしまっている(空耳のように、聞こえていない音を聞いてしまった!)と考えることもできるでしょう。
わたしは、この無意識の「申し訳なさ」が心霊現象の多く(とくに、祟り)の原因になっているのではないかと感じております。フロイトっぽいですがね。
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Name: だんごさん
Date: 2008/10/30(木) 18:38
No:1620
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Title: 枕団子について
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教えてください。 亡くなった方が出て、初七日まで団子をあげますが、亡くなった日に団子を作った人が、初七日になるまで団子を、同じ人が作らないといけない、という風習があります。
それはなぜなのでしょう?どなたかわかる方いらっしゃいましたら、教えてください。よろしくお願いします。
ちなみに、私は東北地方在住です。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/02(日) 20:11
No:1632
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Title: Re:枕団子について
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団子=餅は魂の依代である、という点に理由があると考えられます。 この一点を根拠に、以下、私の推定を述べます。 ですから正しいとは限りませんので、念のため。
葬送儀礼、特に通夜にまつわる儀礼は、身体から離れてしまった魂を呼び戻し身体に入れ戻すことで生き返りを図るということと理解できます。(註:同時に魂の抜けた身体を守るという儀式でもあります。)
枕団子は、正月の鏡餅と同様に米で作った白くて丸いものですから、魂そのものの象徴であり、魂の象徴を死者の枕元に置くことは、魂が自分とよく似た姿の団子を目指して戻ってきて、そのまま元の身体に入り込むという効果を期待しているものと考えてよいでしょう。
もともと、こういった儀礼を司るには特殊な能力が必要とされていたはずで、それはつまり巫女(たとえばイタコ)や神主だったということは明らかです。 したがって、もともとは「枕団子を作ることができる人が限られていた」という理解が正しく、家庭や地域社会での巫女役がいなくなるに応じて「(巫女役の)同じ人物が枕団子を作り続ける」という部分だけが継承されてきたと考えればいいでしょう。
その巫女役(使者の霊魂との交信ができる人物)が枕団子を作り、死者の復活を願うのであり、同時に死霊への捧げ物としての枕団子を作ることで鎮魂の役割を果たしていたということですね。
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Name: みこころ
Date: 2008/10/23(木) 21:49
No:1583
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Title: 結婚と入信
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佛立宗の御住職に伺った話しですと「片方が信者だったら、結婚したら入信は基本」だそうです。 理由は、供養の為には、仏壇を購入し自宅に御本尊を迎えて、毎日、お題目を唱えるのが家族の義務だから‥という事。
他宗派も、そうなんですか?
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Name: 僧侶
Date: 2008/10/24(金) 11:25
No:1584
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Title: Re:結婚と入信
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入信ではなく入檀です。 檀徒になるということです。しかしあくまでそれは家の宗教ですので信徒ではありません。 個人的に信仰する場合は信徒となります。
つまり信者には二つのケースがあり檀徒と信徒に分けられます。
個人の信仰はあくまで自由です。
地域や家の宗教を大事にしながら、自分の好む信仰をすればよいのではないでしょうか。
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Name: みこころ
Date: 2008/10/24(金) 12:23
No:1586
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Title: Re:結婚と入信
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僧侶さん、ありがとうございます!
補足ですが、相手の方は「信仰を持って、入って欲しい」というニュアンスでした。 なので、他の宗教と同時進行は辞めて欲しいという事です。
仏教全般は、そうなんですか?
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Name: 僧侶
Date: 2008/10/24(金) 18:03
No:1587
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Title: Re:結婚と入信
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はっきり申し上げてよくわかりません。 全日仏に加盟している仏教教団ならきちんとした協調性がありますので相手の立場も考えて勧誘や強制はいたしませんが、加盟してない教団は信者獲得に対する思いが強いような感じがいたします。
それと包括体制がきちんとしている宗派ならそういうことはありません。
(特定の団体を非難するものでは決してありません)
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Name: みこころ
Date: 2008/10/24(金) 21:26
No:1594
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Title: Re:結婚と入信
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僧侶さん、再度、お返事をありがとうございます! 仏教の世界も、カルト的な要素を持った宗派があるのですね…。
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Name: みこころ
Date: 2008/10/25(土) 07:56
No:1600
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Title: Re:結婚と入信
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大法院さん、お返事をありがとうございます。
難しい宗派ですね。
アドバイス、ありがとうございます。
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Name: みこころ
Date: 2008/10/26(日) 09:49
No:1603
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Title: Re:結婚と入信
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大法院さん
お返事、ありがとうございます。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/29(水) 19:01
No:1615
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Title: Re:結婚と入信
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【仏教全般は、そうなんですか?】
天台宗ではそうではありません。なんでもあり、ですから。 厳密には、伝統仏教教団は「個人の信仰」ではなく「家の信仰」として存立してきましたから、婚家もしくは養家の宗旨に納まるのが普通でした。もっとも実家の宗旨を「捨てる」ことは勧められなかったことも事実でしょう。
そもそも「仏教」なのであって、ホトケを信じる形式(主たる修業の形式)が念仏なのか題目なのか座禅なのか密教修法なのかの違いに過ぎないというのが、伝統仏教の認識です。
【創価学会の方に「他のご葬儀に出席される時はどうなさってるの?」とお尋ねした所、「心の中でお題目を唱えてる」とおっしゃってました。 】 私は、葬儀の際「お念仏をご一緒にお唱えください」とは言いますが、あわせて「とりたててのご信心をおもちの方は、ご信心なさっている神仏に故人の冥福をお祈りください」ともお願いしています。だれか、念仏にあわせて題目を唱えていただけるとうれしいのですが。
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Name: みこころ
Date: 2008/10/29(水) 20:42
No:1616
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Title: Re:結婚と入信
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家に対する考えが変わってきている最近には、仏教の考えが合わなくなっているのですね。
あと、仏立宗の考えは、仏教の世界の中でも異端の存在なのですね。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/11/02(日) 19:26
No:1630
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Title: Re:結婚と入信
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【家に対する考えが変わってきている最近には、仏教の考えが合わなくなっている】
この点にだけは反論というか注記をしておきます。
仏教そのものは、充分に近代的批判に耐えうる思想体系です。その理由をひとつだけあげるならば、仏教は「神」という存在証明の困難な存在の実在を前提としていないことをあげておきましょう。 ただし日本においては「神仏習合」という民俗的な儀礼体系が発生したという点、江戸幕府時代に「寺請制度」という社会(戸籍もしくは市民権)制度として政治システムにとりこまれたという点、日常言語による教学の確立を怠ったという点において、欧米におけるキリスト教やイスラム文化圏におけるイスラム教のように一般化していないという弱点があります。 いわゆる「家」の宗教として仏教が改変されてしまったのは「寺請制度」が原因です。
ただし、日常言語から仏教由来の漢語を取り除くと、現代日本語ですら抽象表現が難しくなっているという点をおさえておいていただければ幸いです。(註:仏教的意味から離れているコトバのために、仏教が誤解されているという現実があります。)
【仏立宗の考えは、仏教の世界の中でも異端の存在】
異端というものは正統というものがあってのことで、正統のない日本の仏教界では異端そのものがありえません。あくまでも比喩としての「異端」という表現におとどめください。
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Name: しのぶ
Date: 2008/10/29(水) 22:38
No:1617
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Title: 教えてください
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私は今二十歳ですが、二ヶ月前に不倫相手との間に子供を授かりました。彼には二人子供がいて、一度今の奥さんと別れたのですが二人目ができてよりを戻しました。私は絶対産みたいといったのですが彼は産ませるわけにはいかないといい、意見が対立しました。私は子供ができたとわかったとき本当にうれしくて、彼と一緒になることはまったく考えていなかったので一人で産もうと思っていましたが、認知の件などになっていろいろとごたごたになってしまい。私は彼のことがすごく好きで、彼のことも考えてしまって、100%子供のことを考えることができなくて、おろしたほうがいいと思い始めていたときに、つわりがすごくて仕事もできない状態になってしまい会社をクビになってしまいました。私は親にも自信を持って産むということもできなくて、今月はじめにおろしました。それから申し訳ないという気持ちばかりで、どうすることもできません。この間赤ちゃんのために何かできないかと思い、供養をしてもらいました。今はお寺からもらったものを自分の部屋におき毎日お水をあげています。自分だけかもしれませんがいつも一緒にいるような気がして心が落ち着きます。しかし、おろしてからずっと夢でまだ自分のお腹の中にまだ赤ちゃんがいる夢や、おろしたひのことや、そのときも全身麻酔をしたのですが、手術台にのっている記憶もところどころあって、頭の中にいつもまわって夜も寝ることができません。 いつもいつも考えているのですが、赤ちゃんのために何が他にできるかわかりません。答えがでません。本当に赤ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいです。できることなら私も死にたいです。死のうとも考えました。私は体もぼろぼろになって悲しい思いをしてつらい思いもしたけど、赤ちゃんはそれすらも体験する前に私が殺してしまったのです。私がもっと強ければ。間違った選択をしたと後悔しています。私は今体も壊して、家にばっかりいて精神的にもきていますが、私は呼吸もできるし、生活することができる。でも私はそれすらもできない状態にしてしまった。私はこの先どう生活していけばいいかわかりません。何のために生きるかわからないです。親にも人殺し扱いされて、つらかったのですが私はいいんです。自分はどうなってもいいのですが、赤ちゃんのためにどうしてあげれるのか教えてください。何かあるのならそのために私は精一杯生活していきます。その答えがあるなら命をかけてでも、私の赤ちゃんのためにしてあげたいです。
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Name: 勝運寺 住職 [URL]
Date: 2008/10/30(木) 07:57
No:1618
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Title: Re:教えてください
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しのぶさんへ 「住職から水子供養をお考えの皆様へ」 水子の供養を致します前にご理解いただきたい事柄がございます。 まずは「水子の側に立って、水子の気持ちを考えて下さい。 仏教の世界では、この世に生を受ける事は、仏様より娑婆の世界にて修行をしてきなさいと、仏様から遣わされるということです。 しかし、(産む、産まないの選択は親の勝手)とよくいいますが、実は水子の側からすると、自分が産まれることにより悲劇が生まれると感じた時には、母親に対して胎児は自分を早く仏の世界へ返す事を願うのです。 是により水子が生じてきます。 ほんの少しの間でも自分が母と思い、父と思った、縁者に不利益が起こりうるならば自分の命を代償に父母に幸せになってもらう為に生ずる現象、[生んであげられなかった]、と言う結果を水子と言います。 [生んであげられなかった]と言う『思い』は個々の我欲が強い為生ずるとも言われておりますが、それをもすべて理解し仏の世界へ帰って行った胎児の心を理解してください。 娑婆界に呼んでいただいた父母の恩に報いる為、父母に幸せが訪れるように願い仏の世界へと帰っていくのです。 どうか忘れないでください。 「あなたの幸せを願い仏の世界へ帰って行った子供がいた事を。手をあわせアリガトウと言ってあげてください」 勝運寺 住職 慈峯拝書
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Name: しのぶ
Date: 2008/10/31(金) 00:28
No:1621
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Title: Re:教えてください
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勝運寺の住職さんお返事ありがとうございます。 赤ちゃんは私の幸せを願ってくれてると思うと感謝の気持ちでいっぱいになります。 私は相手の男性とは三年前に初めて会ったのですが、自分自身本当に彼のことが好きでしたが、一緒になることは考えていませんでした。しかし赤ちゃんは欲しいと思っていたのです。一人で育てていく結果になるとわかっていても。なのでできたときはほんとうにうれしくて、赤ちゃんがお腹の中にいるときはすごく幸せでした。周りはまだ若いし、やりたいことができなくなる、将来絶対苦労するし、子供がかわいそうだといっておろすことを勧めてきた人がほとんどでした。でも私ははじめは、自分が苦労しても、遊べなくなっても夢を諦めなければいけなくなってもそれでもいいといっていました。おろしてまでも私は幸せになりたくないと。お父さんがいなくても生活がたとえきつくなっても、つらい思いをさせないという自信はないけど私は生まれてきた子供を精一杯愛する自信だけはあるといっていたのに・・・相手の男性にも何度もおろすくらいなら死んだほうがましだといって、何も助けは要らないから産ませて欲しいとたのみましたが相手も奥さんもいて、一度彼の浮気で離婚してるので、反対し続けてきました。私の必死の頼みにより彼は産んでもいいと言ってくれました。しかし認知のけんになって、認知だけはして欲しいといったのですがそうすると相手の奥さんにばれてしまうのでそれでまたもめました。でも彼は時間見て奥さんに話して認知をしてくれるといってくれて産む方向に進んだのですが、突然子供が産まれてから奥さんに話して認知するといってきて前に話したことと違うことをいってきました。それだとあたしは信用できないし、安心できないと思って色々調べて無理やりでもやらせようとも考えたのですが、自分の性格上できませんでした。頭ではなんで私だけと思って相手は私がおろしたら今までどうりの生活に戻れると思って怒りでいっぱいでした。でも私は人がつらい思いをしてまでも、自分がいい思いをしたいとは思わなかったのでそこでおろすことを考えてしまいました。彼のことも考えてしまったのです。彼がつらい思いをするならと。その直後つわりがひどくなり仕事をクビになったのでおろすという決断をしました。彼にはもう怒りがまったくなくなって、産めないのはすべて自分のせいだと思っています。今でもそう思います。気持ちも体がもう少し強ければ、仕事をクビになっていなかったら考えなおしていたと思う。ちょうどクビになったあたりにトラブルもあってそれも原因の一つでした。そのころ仕事を掛け持ちしていたのですがまさかクビになるとは思っておらずもう一つのほうをやめたばかりで、もし続けていれば・・・などと考えて後悔がいっぱいです。すべて自分の行いが悪かったのだと思います。自分勝手だなと。赤ちゃんを欲しいと思っていたのに自分の都合でおろして。なんて自分は最低なんだろうと思います。赤ちゃんのことを願っているとは自分でも理解できます。しかし、いつもそうなのですが自分のことはどうでもいいと思ってしまいます。もちろん楽しい思いもしたいし、幸せになりたいとは思いますが、人一人の命を殺してしまったことがやはりつらいです。いつも私は誰かを傷つけているのではないのかと思ってしまいます。いくら泣いて考えても赤ちゃんは帰ってこないことはもちろんわかっています。しかし、一ヶ月前に戻れたらとか色々後悔ばかりしてしまいます。
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Name: しのぶ
Date: 2008/11/02(日) 17:46
No:1629
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Title: Re:教えてください
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私もそうしたいと思っています。少しずつ進んでみます。 お話を聞いてくださってありがとうございます。
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Name: ふみ
Date: 2008/10/23(木) 13:02
No:1582
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Title: 仏壇の事で教えて下さい。
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現在、結婚していて自分の名義で建てた家に妻の両親と同居しています。 今後、自分の親とも同居する事になるのですが、一家に両家の仏壇があるのは良くない事なのでしょうか? 良くないのであればどう対処すればいいでしょうか? ちなみに自分は一人っ子で妻は長女で兄がいますが音信不通です。 自分は婿に入ったワケではありません。 よろしくお願いします。
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Name: 僧侶
Date: 2008/10/24(金) 11:29
No:1585
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Title: Re:仏壇の事で教えて下さい。
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何の問題もないような気がいたします。信教の自由ですので。
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Name: ふみ
Date: 2008/10/24(金) 18:35
No:1588
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Title: Re:仏壇の事で教えて下さい。
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回答ありがとうございます。 一つ屋根の下に仏壇が二つあるのは良くないと、実父に強く言われたもので不安になってしまいました。 父に今回の回答を参考に話しをしてみたいと思います。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/29(水) 18:49
No:1614
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Title: Re:仏壇の事で教えて下さい。
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私が預かっている寺の檀家さんで、天台宗と浄土真宗とをあわせてお奉りしているおたくがありますが、私は問題を感じません。真言宗の仏壇に、天台のお位牌を置いていただいているのも問題はありません。 また旧家(重要文化財○○家住宅とか)に行くと、ある世代でわけているのか、ご分家の仏壇をお持ちなのか、仏間に仏壇がずらり並んでいるところもあります。
重要なのは「自分に縁のあるこういう人がいる」という証として仏壇に位牌を置いておくことであり、人間の上にいらっしゃる「something the great=なにか偉大な存在」の象徴として、神棚や仏壇(の本尊)をご自宅に祀るという気持ちです。
おそらく、ご尊父がおっしゃる「仏壇が二つあるのは良くない」の根拠は、異なる宗旨の仏壇があるのは良くないということでしょう。とくに法華系と念仏系とは仲が悪いですからね。
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Name: しげ
Date: 2008/10/26(日) 18:06
No:1607
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Title: 厄払い
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私は昭和47年生まれの女性です。本厄です。 今年入り何度も体調を崩したり、人との別れが重なったり私にとっては耐え難い事が重なっています。頑張っても頑張っても辛い気持から解放されません。 厄払いは節分直後にして頂きました。節目、節目にはお墓参りをしています。 先祖供養と言うより大好きな“じいちゃん”“ばあちゃん”に会いに行く感覚でお墓参りをしています。 毎日仏壇のじいちゃん、ばあちゃんに話しかけています。じいちゃん、ばあちゃんに応援してもらい苦しい現状から這い上がりたいからです。 この時期に再度厄払いするのは変ですか?辛くて仕方ないので、気休めに過ぎなくても厄払いをお願いしたいと思ってます。
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Name: 巳朱
Date: 2008/10/27(月) 02:41
No:1609
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Title: Re:厄払い
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厄払いのご祈祷をお願いすることで、気分的に楽になると感じられるのでしたら、お願いしてもいいと思うよ。
ただね、厄年ってのは、色々と体の不調が起きやすかったり、人間関係でややこしい局面になりやすい年回りであるということで、厄払いのご祈祷をしたからそういうことを全て避けれると思うのは、間違いなんだよ。
厄払いのご祈祷をして、神仏の加護を身近に感じて、困難を覚悟して受け止め、この時期を耐えしのぎましょう。と言う意味で厄払いのご祈祷をしていただくんですわ。 何事もそこに学びを見つければ、それは災い転じて福となります。 苦しい時期を耐えたということが、あなたの自信に繋がります。 その為に神仏に念押しして「私をいつも見守っていてくださいよ。必ず乗り越えてみせますからね」と約束することが、ご祈祷の本来の意味です。
年齢的に35、36歳ぐらいは、女性にとって体調が変化しやすい時期であり、人間関係が複雑になりやすい時期なんですよ。 だから、大人として、社会の構成員として、責任感がどれくらいあるのかを試される時期になっているんです。 それは、人生60年と言われていた昔も、人生70年80年となった今も、あまり変わりありません。
これぐらいの年齢の時に、しっかり困難を受け止め責任感を持って適切に対処して来た人が、その後、社会的に認められて自立した大人として、社会を運営していく自信を持つのです。 その自信こそが、自分に幸せを呼び込む力となります。
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Name: しげ
Date: 2008/10/27(月) 21:09
No:1612
| 解決
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Title: Re:厄払い
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ありがとうございます。なんて言葉に表したらいいのかわかりません。 何度も読み返しても、ただ涙が溢れて止まりません。 心の中が嵐だったり、しとしと雨が降ってばかりです。でも何時かは晴れ間が見れる日まで自分を見失わないようにして行きたいです。 天国からじいちゃん、ばあちゃんが見守ってくれていて、周りの支えがあることに感謝しながら…
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Name: 汐
Date: 2008/10/26(日) 10:17
No:1605
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Title: お寺の写真
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初めて投稿します。 以前知人から「お寺や神社など神様のいるところは写真に撮ってはいけない」と教えられました。 今度霊場めぐりをしようと思っているのですが、訪問したお寺さんの写真を残したいとも思っています。 写真を撮ることは止めたほうがよいのでしょうか?
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Name: 巳朱
Date: 2008/10/26(日) 16:18
No:1606
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Title: Re:お寺の写真
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お寺によっては「撮影禁止」の立て札を立ててあるところがありますね。 (例:高野山の奥の院)
そういう立て札や表示がされていなければ、参拝の記念にとスナップ写真を撮るのは、別に問題ないと思いますよ。 気になるのでしたら、お寺の方に(霊場めぐりってことは、お札を納めたり、納経帳に朱印を押してもらったりしますよね。その時についでに)撮影の許可をいただけばいいです。 山門や境内の風景のスナップぐらいは、だいたいどこのお寺でもOKしてくださいます。 ですが、本堂内部の内陣の撮影は、ご遠慮くださいとおっしゃる所は多いです。
これは、ひとつに内陣は、大切な儀式をとり行なう聖域であるため、むやみやたらに公開しないことにしているという理由のため(お寺によっては、特別の儀式の時以外は内陣を一般に公開しないところもあります) もうひとつの理由は、聖域であるために特別視される方が、やれ「写真に仏様が写った」だの「霊が写った」だのと思い込みによる錯視(錯覚でものの影や形がまったく別のものに見えること)をされて騒がれるので、それを防ぐ為に撮影禁止にしてあります。
信仰とオカルトを混同されませんように。 参拝の記念のひとつとして写真撮影をしてください。見えざるものが写ることを期待して写真を撮らないでください。なのです。
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Name: 汐
Date: 2008/10/26(日) 18:47
No:1608
| 解決
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Title: Re:お寺の写真
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巳朱 様 お返事ありがとうございました。
>(霊場めぐりってことは、お札を納めたり、納経帳に朱印を押してもらったりしますよね。 霊場巡りは、乱れて自分でも分からなくなってしまった心を落ち着かせるために思いつきまして(近くのお寺さんに行くと少し落ち着くので)、とにかく参拝したいくらいで考えていました。 そのため「参拝した」という記録(記憶)が欲しくて・・・・
それで質問させていただきました。 どうもありがとうございました。
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Name: 佐助
Date: 2008/10/20(月) 07:57
No:1562
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Title: 改葬時のお骨について
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こんにちは。いつもこちらでアドバイスいただき助かっております。
来月、義父のお墓を改葬します。(現在、義父のお父さんのお墓に入っておりますが、かなり遠方で何かと不便なので、近くにお墓を建てます。現在のお墓は義父の兄弟で継ぐ方がおります)
義父のお骨だけ持ってくるにあたり、新旧のお墓までお寺様にきて頂きますが、書類などのほかに注意、またはやったほうがよい行いはあるのでしょうか? 納骨のときは火葬場から直接だったのですが、行きと帰りの道をわざわざ違うものにしていました。義母は、お骨箱を包んで行く風呂敷も普通のものでいいのか?と小さなことまで気になってしまっているようです。そういったことも含め、何かありましたら、教えてください。
宗派は真言宗智山派です。
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Name: 仁雲房
Date: 2008/10/20(月) 11:43
No:1563
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Title: Re:改葬時のお骨について
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当日来て頂くお寺様に相談されることが一番だと思います。葬送儀礼や先祖祭祀のしきたりは地域差がありますし、拝むお寺様のお考えもあるかと思います。
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Name: 凡夫
Date: 2008/10/22(水) 12:05
No:1580
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Title: Re:改葬時のお骨について
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こんにちははじめまして。 葬送儀礼とか、崇拝方法はそれぞれだと思いますし基本的に従うしかないのかなとおもいますが、実際にやってみて、遠方からの遺骨の移動の移動中のことを書きます。 1、ホテルに遺骨の持ち込み断られることがあります。 2、遺骨は自分で動きませんから持たなければなりません。 3、遺骨の箱結構かさばります。 4、遺骨が誰でどんな人かを知らずそのまま遺骨とわかることに喜ぶ人はいません。 5、考え方だと思いますが、一人の人間としての尊厳は保たれる扱いは必要だと思います。 6、航空機とか、新幹線を使うようでしたら、予約時に説明すると配慮していただけます。(航空機の手荷物扱いですが、検査時も遺骨と話したほうがいいです。)
自分が有ってもいいと思ったのは、お骨箱を包む風呂敷の他に、お骨箱のすっぽり入るバックで、ファスナーのできるストラップが首から下げられる物をご用意された方が良いと思います。 白い風呂敷で首から提げるのもいいですが、周りにいる人への心遣いと持つ人の負担軽減も図れます。 実は、お骨移動時にお坊さんに自分は拳骨いただいたんです。地面にじかに風呂敷に包んだ遺骨置いたときに。 それを思い出しまして、書き込みました。 色々と疲れる事なので、同行者は少なくとも数名ほしいものです。 お役に立つか判りませんが、 道中のご無事をお祈りします。 合掌
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Name: 佐助
Date: 2008/10/25(土) 21:35
No:1602
| 解決
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Title: Re:改葬時のお骨について
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仁雲房様>確かに地域で色々あるようでした。聞いてみたら お寺様からは特になかったのですが、墓石屋さんが 色々と地域のしきたりがあると教えてくれたので お願いしたいと思っております。
凡夫 様>やはり周囲への心遣いを忘れないように。と 再度思いました。 高齢の義母だと、ふとしたときに、お骨の箱を地面におきかねない!と思いました。幸い、車での移動(片道2時間)なので お骨は膝の上に置いての車移動となります。2時間かけてお墓に行き、 お寺様に拝んでもらい、とんぼがえりで2時間かけて新しいお墓へ。。。の予定なのでかなりあわただしく、疲れると思います。 当初、義母と夫だけで今のお墓には行ってもらう予定でしたが 凡夫さまのアドバイスもふまえ、家族全員で行くことにしました。
今までは遠すぎてなかなかお参りできませんでしたが 今度は近所なので行きたいときにお参りにいけるので 家族みんな嬉しくおもっています。 滞りなく済ませられるようがんばります。
アドバイスありがとうございました。
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Name: 空
Date: 2008/10/21(火) 16:05
No:1570
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Title: 供物?
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先日死産をした者です。 嫁に入った先の習慣でよく分からない事があったので、質問させてください。
私の赤ちゃん(お腹の中で亡くなったので水子)の供養の為、近日中にお経をあげていただきます。 義母の話によると、『海の幸、山の幸が必要かも』との事。 これは一体何の為に必要になるんでしょうか? もし赤ちゃんの為の供物だとしたら、お菓子等では良くないでしょうか? それともお寺に納める為に必要なんでしょうか?
私が納得出来ないまま、勝手に進められる事が正直辛くて堪りません。 知らない土地の事に口だしするのも悪いと思いますが、このような風習は当たり前の事ですか?
詳しくご存知の方、お教えください。
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/22(水) 10:42
No:1578
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Title: Re:供物?
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お子様のご冥福をお祈りします。
心中お察し申し上げます。 お母様並びにご家族様のお心が早く癒えます事を祈ってます。
私も別スレで書きましたが死産を致し苦悩の日々を過ごし、仏門にて救われ精進させて頂いてます。 私事になってしまい申し訳御座いません。
さて本題で御座いますが、私の地方(関西)基準でお話致します。
ご仏壇に海の物、山の物、里の物を供えるのは本尊様へお供えです。 水子供養には(乳も口にしてない子です)水供養と言って水だけをお供えすればよいと言われてます。 しかし、母心です、ボーロやウエハース等やジュースをお供えされても大切なのはお心ですからきっと赤ちゃんも喜ばれると思います。
地域により又宗派により異なる事も多々御座います、菩提寺様にお伺い為されても何の失礼にもなりませんよ。 知らぬまま仏法僧へ失礼するよりは、お聞き下さる方が私共僧侶も有り難いのです。
重ねてお子様のご冥福をお祈り申し上げます。 合掌
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Name: 空
Date: 2008/10/22(水) 16:45
No:1581
| 解決
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Title: Re:供物?
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ご丁寧にありがとうございました。 お寺にも伺う事にします。 海のもの等…常識的な事でしたでしょうか。 お恥ずかしいです。。
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Name: 鎌
Date: 2008/10/16(木) 21:50
No:1553
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Title: 午前/午後
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午前と午後(3時過ぎかも)で午後には幽体に関する事を行ったり寺や神社に行くのは止めた方がよいと聴きますが何故でしょうか?
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Name: 巳朱
Date: 2008/10/17(金) 01:30
No:1556
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Title: Re:午前/午後
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一度に全部答えても、携帯からだろうから、見るのも大変でしょう。 一日1個ずつ書きますね。
午後からの参拝があまりよくないと言われるのは、陰陽道や気学、風水の影響です。 これらの共通する思想体系の「陰陽五行思想」では、午前中を「陽の気の時間」午後からを「陰の気の時間」としていて、陽がいいこと、陰がわるいこととされている為に、神社や寺に参拝すること、霊的な行事をすることには、午前中がよく、午後からは良くないと言われるようになりました。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/20(月) 18:54
No:1566
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Title: Re:午前/午後
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巳朱さん曰く「陰陽道や気学、風水の影響です」
事実、仏教そのものには根拠のない言説です。 天台宗では一日を4時間ごとの「六時」に分割して考えていますが、それぞれの「時」に対して修行中に唱えるべき偈文というものがあります。つまり24 時間いつでも修行のときであるという前提です。 実際に仏教の修行体系の中に午後に行うべき修行というものが存在しております。午後に行うべき修行が存在しているということは、その修行を実践する人間や随喜する人間の寺院参詣を否定していないというわけですね。
もっとも修行を実習する側からすれば、午後遅くなってから参詣されると僧侶自身の修行に差し支えるので山門を閉じてしまい、参詣を不可能としてしまう可能性はあります。「3時過ぎかも」の時間的根拠はそんなところかもしれません。
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Name: 鎌
Date: 2008/10/21(火) 21:32
No:1575
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Title: Re:午前/午後
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具体的にご説明していただいてありがとうございました。分かりやすかったです。「唱えるべき偈文」というのは、開経偈みたいなものですか?
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Name: 半俗僧
Date: 2008/10/22(水) 09:26
No:1576
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Title: Re:午前/午後
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鎌さん、修行の過程で口伝により学ぶこともあります。また、聞いたからとて、鵜呑みはいけません。時刻により使い分ける経があることを知っただけでよいではありませんか。修行ははたで見るほど、安易なものではありません。聞いてすぐ、自分のものにはなりません。
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Name: 鎌
Date: 2008/10/22(水) 10:41
No:1577
| 解決
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Title: Re:午前/午後
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そうですね。何処まで聞いてもよいのか一線を置けずすみません。過ぎた事を聞いてしまいました。 教えて下さいりありがとうございました。
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Name: ぴよぽん
Date: 2008/10/20(月) 19:08
No:1567
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Title: クリスタルの位牌でも魂入れは必要でしょうか?
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こんにちわ、私はいま位牌のことで悩んでいます。 もしアドヴァイスを頂けましたら大変嬉しいです。
昨年実家の両親が相次いで亡くなって、一周忌を済ませました。 実兄が家の仏壇をもらって位牌も作ったようです。 私は嫁に行っているので、メモリアルスタンドを買って写真を飾る事にしました。 しかし「戒名が書いたものがあれば亡くなった霊が拠りどころにする事ができる」と聞き、今から位牌がほしくなってしまいました。クリスタルの位牌がメモリアルスタンドの雰囲気にぴったりなのですが、こういった位牌でもやはり「魂入れ」の儀式をしないと意味がないでしょうか? 必要な場合、四十九日を過ぎてもお寺さんで受けつけて戴けるでしょうか? また、嫁に行った先は日蓮正宗で位牌は置かないと聞いていますが、別の部屋であれば私の位牌を置いてもよいものでしょうか?
沢山ご質問して恐縮ですが、どうぞよろしくご教示ください。
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Name: 風来坊
Date: 2008/10/21(火) 06:44
No:1569
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Title: Re:クリスタルの位牌でも魂入れは必要でしょうか?
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クリスタルは衝撃に弱いですから、位牌の材料としてはどうなのでしょう? それ以前に位牌が実兄さんの仏壇にあるなら、位牌は1つだけでいくつも作らないはずです。 作ってしまうと捨てられないし粗末にできないし、意外と厄介者です。
ご両親は声をかけるところどこにでもおられますから、写真にお花を飾って、冥福(幸せ)をお祈りすればよいと思います。 しかし死者のためを思うのであれば、いつまでも写真は置いておかないほうが良いです。 向こうには向こうの都合があって、こちらを忘れることが1つの仕事ですから。
自分の心の整理がついたら、こちらもなるべく忘れるほうがよいと思います。 なかなか忘れられないでしょうけど。
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Name: 僧侶
Date: 2008/10/21(火) 20:10
No:1574
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Title: Re:クリスタルの位牌でも魂入れは必要でしょうか?
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自然の素材を用いるのが通例です。木の位牌と 石のお墓。
クリスタルなら仏壇の中の飾り程度にしか使えません。
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Name: あかいくつ
Date: 2008/10/20(月) 18:36
No:1564
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Title: 中陰供養について
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教えてください。葬儀を行った後に、初七日から百箇日までの中陰供養をしてもらいました。
なぜ、お葬式の日に初七日から百箇日までの中陰供養をするのですか? 極端な話ですが、33回忌までやってもよいものでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/20(月) 19:09
No:1568
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Title: Re:中陰供養について
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それは時間がないからです。
本来、初七日は亡くなってから7日目に行う法要で、2週間目に二七日法要を行い、以後は一週間ごとに7回の法要を行って7・7=四十九日で満中陰とするのが本義です。したがって百カ日を「中陰供養」に含めるのはいかがなものかと考えますし、そもそも葬儀当日に初七日を行うのも「繰り上げ初七日」と称する略式の作法なので、僧侶もご葬家も、それを承知のうえなら仕方ないと考えます。
私は繰り上げ初七日は行いますが、葬儀では法話の時間がとれないので初七日の際に法話の時間を取るために便宜的に行っています。一部で行われている葬儀そのものに初七日を含める「付け七日」は行いませんし、また二七日以降をあわせて修することもしません。本義はそうだ、とお話しします。(註:地域によっては7本塔婆といって、初七日から七七日までの塔婆を葬儀段階で準備します。この作法の変形だとしたら正統なのでしょう。)
葬儀当日に納骨をした場合は四十九日もしくは百カ日を行っていただき、以降、一周忌・三回忌・七回忌……と続けます。
【極端な話ですが、33回忌までやってもよいものでしょうか?】 これはよろしくないです。 すみませんが、時間がないので「よろしくない現代的理由」については、別項にて記載させてください。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/21(火) 18:49
No:1572
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Title: Re:中陰供養について
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続きです。
なぜ葬儀式を1回で済ませてはならないか、という理由ですが、葬儀というものは短期間で終わるものではないからです。 正確にいえば、葬式=葬礼というものは「ある個人が存在しなくなった社会に順応していく」ための期間を示すものですから、葬礼というものは短期間では終わらないというべきでしょう。葬儀というものは葬礼期間を区切る儀式であって、それは定期的に行われることが必要であると歴史的文化的に形成されてきたものです。
逆にいえば、一日で三十三回忌まで行うことによって「生者の鎮魂」が果たされるのであれば、積極的にすべきと考えます。
ところで鎮魂とは葬祭儀礼の目的そのものです。ですが死者の魂を鎮めることばかり目が向き、生者の魂を鎮めることは忘れがちです。生きている人間も魂をもっているわけですから、人の死にあたり発生する、辛い気持ち悲しい気持ち寂しい気持ち、その他もろもろの非日常の感情をなんとかせねばなりません。それが一日や二日でできるのでしたら人類の文化において葬祭儀礼などは必要とされなかったでしょう。
いわゆる「癒し」にはどうしても時間がかかるという点は指摘されております。ある「儀式」に皆が参加するということは、たとえば悲しみという感情を共有する人間が自分以外にもいるという事実の確認にもなり、この他者との感情の共有が「癒し」に必要であることも指摘されています。 お約束の「現代的理由」は、この「癒し」に関する心理学的知見です。
日本の民俗学においては、葬礼と誕生礼との並行性が指摘されます。 死=誕生 初七日=お七夜 百カ日=お喰い初め(宮参り) 一周忌=お誕生 三回忌=数えの七五三(三歳) 七回忌=数えの七五三(七歳) 十三回忌=十三参り(虚空蔵菩薩):干支の一巡 三十三回忌=おそらくは世代の交代 と、いうわけで「死」は「この世」から「あの世」への魂の移動で、「誕生」は「あの世」から「この世」への魂の移動なのです。魂を鎮めるために(あるべき世に定着させるために)日本人は定期的に期間を決めて「お祭り」をしていたわけです。
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Name: 僧侶
Date: 2008/10/21(火) 20:05
No:1573
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Title: Re:中陰供養について
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中陰(中有)は四十九日までです。 それ以降は年回忌法要ですのでその日にやれるはずがありません。
数年後の誕生日のお祝いをまとめてやる人はいませんよね。
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Name: きき
Date: 2008/09/16(火) 18:53
No:1446
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Title: 法名?戒名?
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教えてください。法名と戒名ってどういう違い、意味があるんですか?意味となぜ区別するのかを教えてください。些細なことかと思いますが、よろしくお願いします。
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Name: 勝運寺 住職 [URL]
Date: 2008/09/17(水) 08:06
No:1457
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Title: Re:法名?戒名?
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きき様
法名と戒名の違いについてですが意味は同じ意味です。 *法名とは仏法に帰依した時に授けていただく名前です。 *戒名とは仏の戒めを守りますと仏様に約束をし、仏様との約束を忘れない為に新たに授けて頂く名前のことです。
亡くなられた人へ授けるのは法号と申します。 例題を下記に書いておきます。
法号 (大楽院慈厳悠遊居士)
大楽院/院号=敬称(付ける場合も有りますが余りつけません) 慈厳/道号=現世(氏) 悠遊/戒名=当来(名) 居士/居士号=位号(敬称/様〜)
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Name: きき
Date: 2008/09/17(水) 20:32
No:1473
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Title: Re:法名?戒名?
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詳しくわかりやすく教えていただき、ありがとうございました。
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Name: 松本
Date: 2008/09/18(木) 02:28
No:1474
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Title: Re:法名?戒名?
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宗派によって、戒名、法名と違いがあるようです。
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Name: baka-hage
Date: 2008/10/17(金) 10:28
No:1558
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Title: Re:法名?戒名?
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>>教えてください。法名と戒名ってどういう違い、意味があるんですか?
まず、「戒名」というのは受戒したことでいただく名前です。受戒するということは僧侶として認められたことになります。 それに対して「法名」は、受戒しませんから僧侶になるわけではありません。法名という言葉を使うのは浄土真宗のみのことですが、どのような愚かなものでも阿弥陀仏は浄土へと導いてくださるという教え(法)をいただいた名前で法名となります。
また、日蓮宗でも戒名と言わず「法号」と呼ばれており日蓮聖人の「日」の字を一字いただくことになっています。これは日蓮聖人の教えに帰依し、日蓮聖人のように『法華経』という真実の教えをいただいたという意味があるようです。
さて、 >>意味となぜ区別するのかを教えてください。些細なことかと思いますが、よろしくお願いします。
まず、宗義の違いというものがあります。分かりやすく死後の戒名(法名・法号)というものをベースに説明しますと、
「戒名」を使っていらっしゃる場合、亡くなった方を受戒して僧侶にすることで、生きている間の善行に仏教的な善行を上乗せしてより良い世界に生まれて欲しいという意味があります。
ついで浄土真宗の「法名」は、阿弥陀仏は全てのものをその身そのまま極楽浄土に迎えてくださるのですから、わざわざ後から善行を積ませる必要はありません。 日蓮宗の「法号」についてもいただくときに受戒の義は行われません。日蓮聖人の説いた「南無妙法蓮華経」の教えをいただくことがもっとも大切な善行で、受戒はする必要が無いということです。
まぁ、それぞれの違いとはこんな所ですかね。急ごしらえのため誤字脱字乱文どうぞお許しください。 合掌 南無阿弥陀佛
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Name: きき
Date: 2008/10/20(月) 18:37
No:1565
| 解決
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Title: Re:法名?戒名?
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皆様、詳しく教えていただき、ありがとうございました。
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Name: 鎌
Date: 2008/10/16(木) 22:16
No:1554
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Title: 無題
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お寺に行くといえば、お墓参りや法事や葬式依頼や焼納依頼などがあると思います。 家やマンションに霊がでた場合も寺や神主さんに来て貰いますよね。 その場合なんと頼みますか? また、お寺や神主さん生き霊が着いた場合何と頼みますでしょうか?
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2008/10/17(金) 07:47
No:1557
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Title: Re:無題
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家やマンションに霊がでた場合も寺や神主さんに来て貰いますよね。 その場合なんと頼みますか? また、お寺や神主さん生き霊が着いた場合何と頼みますでしょうか?
答え:この場合どちらも除霊と言います。 しかしながら最近では霊魂が執り付いたと感じる場合の多く は自身の先入観により引き起こされる事例の方が多く見受け られます。
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Name: 鎌
Date: 2008/10/19(日) 18:29
No:1560
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Title: Re:無題
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お答えありがとうございました。 勝運寺様真言宗のお寺様ということでお聞きしたいのですがよろしいですか? 私は真言宗ではないのですが、真言宗の数珠やお守りを持っています。 ですが、本来の数珠や宗派を大切にして行きたいので手放そうと思っていますがどの用にするのが一般的ですか?同じ宗派の方が宜しいでしょうか?
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2008/10/20(月) 07:28
No:1561
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Title: Re:無題
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鎌さま
私は真言宗ではないのですが、真言宗の数珠やお守りを持っています。 ですが、本来の数珠や宗派を大切にして行きたいので手放そうと思っていますがどの用にするのが一般的ですか?同じ宗派の方が宜しいでしょうか? 答え;人それぞれなのですが他宗の数珠を利用されても別段差し支えは御座いません。 どうしても変更したいのであれば 新しくお求めになられてもいいかと思います。本来在家の方が利用される数珠には宗派の違いは有りません。僧侶用の場合は用途が多少違う為、作りが多少違います。 在家用数珠を宗派により特定する事の方が愚としか言えません。 ただし、珠の数における宗派の違いは多少有りますが真言宗で使用しております数珠は何処の宗派でも通用します。 安心してご使用下さい。
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Name: ひろ
Date: 2008/09/16(火) 00:19
No:1440
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Title: 戒名は必要なものでしょうか。
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一ヶ月ほど前に、生後3時間で長女を先天性の病気により亡くしました。 私と妻の両親と兄弟の身内で火葬まで行いましたが、葬儀は行っておりません。
家には菩提寺は無く、49日を向かえ自宅近くの公園墓地を娘のためとやがては両親と私たちのために購入しました。 墓石や墓誌へ名前を刻むことに際して戒名が必要なのかよくわかりません。自宅に娘の位牌は、ほしいと思っています。
私の両親は、自分の時には曹洞宗の流儀で行ってほしいといっており、娘の時にはどうするのかと尋ねられ答えに困っています。 アドバイスを頂けますよう、よろしくお願いします。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/16(火) 01:57
No:1441
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Title: Re:戒名は必要なものでしょうか。
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戒名は、キリスト教でいうなら洗礼名みたいなものなんです。 つまり、仏様の弟子になる、仏教徒になったという印の為の名前。
お坊さんは、得度してお坊さんの資格を得る時に戒名を師よりつけてもらいます。 在家の仏教徒でも、生きているうちから戒名をつけていただく人もいます。(生前戒名) 仏式でお葬式をすると、死後仏様の弟子になって成仏すると言う事になっていますから、戒名がつけられます。
公園墓地などで宗旨宗派関係なくお墓を建てれる所だと、そのまま名前を刻まれる事も多いです。
亡くなられた方の生前の意思、ご遺族のお考え、そのお家と古くからお付き合いのあるお寺の宗派、なんとなく葬儀社や墓地、仏壇屋に勧められるまま・・・なんていうので、どういう形式の葬儀をするか、どういう形式でお祀りするかを決めているのがほとんどですけど、できれば、これを機会に、宗教について、仏教について、各宗派について、多少なりとも学ばれて、決められる事をお勧めします。 葬儀や先祖供養という死者の為だけに宗教はあるものではないんです。
図書館、本屋さんに行けば、わかりやすく各宗教宗派について解説された本もありますから。
そうして、ご家族で納得のいく方法を見つけてください。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/17(水) 15:04
No:1469
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Title: Re:戒名は必要なものでしょうか。
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お悔やみ申し上げます。
已朱さんのおっしゃるように 【戒名は、キリスト教でいうなら洗礼名みたいなものなんです。つまり、仏様の弟子になる、仏教徒になったという印の為の名前。】 というわけですので、仏式で葬礼をなさるならば「必要」です。
理論的には「戒名=仏弟子としての名」ですが、日本の文化史的には「死者の名」にほかなりません。現代的意義としては、いわゆる「墓碑銘」の代用として、その人の記憶を明らかにする記号が「戒名」であろうと考えます。
ですから、お嬢さんにつけてさしあげた名前、つけてさしあげようと考えられていた名前を、そのまま「戒名」として墓誌に刻んでさしあげてください。その旨、ご両親とおつきあいのある曹洞宗のご住職に葬礼ともども、ご依頼なさってはいかがでしょうか。(註:ご両親が曹洞宗式のご葬儀を望まれているという点から、ご縁のある方がいらっしゃると推察します)
墓誌に名が残るということは、お嬢さんがこの世に生きておられた証となります。第一義はこのことが大切なので、戒名か俗名かは二の次とお考えください。
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Name: ひろ
Date: 2008/10/11(土) 21:51
No:1548
| 解決
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Title: 戒名は必要なものでしょうか。
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已朱さん・天台沙門さん
本もいくつか読み、曹洞宗の担当いただけるご住職さんへ色々と相談することができ戒名やその他の事について解決することができました。 お二方の、アドバイスが力になりました。 ありがとうございました。
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Name: ゆう
Date: 2008/09/25(木) 09:50
No:1492
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Title: 菩提寺の変更
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代々の菩提寺に行けなくなった場合、その宗派のお寺を探し変更することはできますか?近くになかった場合どうすればいいのですか
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Name: 風来坊天外
Date: 2008/10/02(木) 10:29
No:1525
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Title: Re:菩提寺の変更
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素人ですが、お墓の移転はよくあると思います。 宗派はご先祖様の習慣がありますから、なるべく変えないほうがよいと思いますが、それにこだわることもないと思います。 お寺でさえ宗派を変えますからね。^^ ご先祖様には事情をよくおっしゃればよいと思います。
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Name: 仁雲房
Date: 2008/10/04(土) 17:05
No:1526
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Title: Re:菩提寺の変更
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菩提寺のご住職様に相談されることをお勧めいたします。墓地の移転を伴う場合には菩提寺の許可が必要になります。当然、檀家ではなくなりますから「離檀」の手続きが必要です。 もし、あなたが分家であり、他に墓地を新たにもとめつつお付合いをするお寺さんを探すのであれば自由に出来ます。その上で、本家の菩提寺と同じ宗派がよいとお考えならば、本家の菩提寺のご住職様に紹介していただくのがよいでしょう。
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Name: ゆう
Date: 2008/10/09(木) 00:03
No:1546
| 解決
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Title: ありがとうございます
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いろいろ教えていただきありがとうございました。 私自身はいまの宗派に満足しており、宗派の変更は考えていません。本家なのでなおさらです。 再検討しようと思います
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Name: 鉄くず
Date: 2008/10/07(火) 10:06
No:1542
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Title: 仏壇の飾りかた
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家の仏壇には花瓶一つと燭台一つと香呂と打ち鳴らしがあります。 花瓶に何時も樒をお供えしてるのですが一本ではなく、二本奉るように親に言われたのですがなぜですか? 一本は葬儀のときだけと言ってましたが理由はそれだけでしょうか?
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/07(火) 10:47
No:1543
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Title: Re:仏壇の飾りかた
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樒ですか。
本来樒と言うものは毒草です。
実を食べた子供が死に至った事もある猛毒を有する植物です。
日本は昔は土葬でした、獣に遺体を掘り起こされ食べられない様に墓所に植えられました。 それが魔除けにも通じ、葬儀の時や、護摩供等の法事事にも使われるようになりました。 地方や宗派により異なるとは思いますが仏壇には仏花を供えるのが本来の姿です。 答えになってなくて申し訳ない。 樒の意味を少し書きました……。
創価学会の方は樒を供えられますね。 創価学会の方にお伺いされるのが一番わかりやすいのでは無いでしょうか。
仏教とは教えも考え方も違うかも知れませんので。
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Name: 鉄くず
Date: 2008/10/07(火) 16:19
No:1544
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Title: Re:仏壇の飾りかた
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有り難うございます。 樒の意味はよくわかりました。
私は真言宗です。
菩提寺には樒と高野槙が供えられておりました
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/07(火) 17:30
No:1545
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Title: Re:仏壇の飾りかた
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私も真言宗です。 山里で小さな道場をお守りしてます。
高野山は標高が高く植物が育ちにくいので、高山でも育つ高野槇を供えます。 祈祷を意向としておまつりする仏様には針木を魔除けとして供えます。 檜葉や槇ですね。 ご先祖供養には色花とビシャコがご供養になると師僧から口伝を受けました。 地方によってもかなり違いますね。
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Name: 竹
Date: 2008/09/30(火) 11:52
No:1518
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Title: 自分の欲‐罪
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仏教では、自分の欲で物を欲しがったりしては罪(語弊があるかもしれない)な事ではないですか。 オシャカ様は服や食べ物を全て貰った物で生活をしていました事ですし。 どのような罪(?)なのでしょうか?
また、罪汚れのない生活をする行いの関係で六波羅蜜しかわかりません。お願い致します。教えて下さい。 余談、「寝る時‐線香」をお答え頂き誠にありがとうございました。もう少しだけご返送を延期させて下さい。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/30(火) 16:50
No:1519
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Title: Re:自分の欲‐罪
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う〜ん、実は仏教思想に「罪」という概念は明確に存在しないのが本当なんですが(^^;;
仏教が勧める凡夫(普通の人、平凡な人、一般大衆ぐらいの意味、成仏していない人ね)の生き方としては、他人を思い遣り、自分の足りる分を自覚した生き方なんですね。
「罪」と「罰」の概念は、その生き方を広めようとする過程で、ひとつの方便として語られたものの表面的な意味だけが、勝手に一人歩きしてしまっているものだと思います。
欲=罪と単純に図式化するのは、仏道の指し示す方向から微妙に外れてしまうことなので、あまりその図式にこだわらない方がいいですよ。
本来の仏教の教えは「こんな風に生きるといいですよ〜」「〜をしてみませんか?」という、ゆるい生き方の方向付けなんですよ。 お釈迦様は、ほとんど「○○するのは悪い事だからやってはいけない」とか「○○しないとならない」という強制、押し付けをされていません。 どのお経を読んでも、だいたい「○○するとこんなことがおきます。だから○○したほうがいいと思いませんか?▲▼をするとこんなことがおきます。だから▲▼はしないほうがいいと思いませんか?」ということが書かれているんですね。
したがって、罪のあるなしも穢れの有る無しも、お釈迦様は明確に定めていないのが本当なんです。 ある一つの事柄に極端に偏ることなく、どの事柄も同じ価値、同じ距離感で生きる「中道」の生き方を勧めているのが仏教です。
托鉢を生活の糧とする出家者の生活(お釈迦様のような生活)は、どういう事かと言えば、選り好みをしない生き方だということです。
人は、生きていれば当たり前にお腹がすきます。 お腹がすけば、何かを食べたいと言う欲求が生じます。これは、当たり前の事ですね。 その欲求が生じたとき「ステーキが食べたい、フォアグラが食べたい、焼き肉食い放題がしたいと思わないで、目の前にある食べられるものを食べて満足しましょう。」ということが、托鉢修行なんですよ。
托鉢では、なにがいただけるのかわかりませんね。 おにぎりの時もあれば、菓子パンのときもある。気前の良い人がカレーライスを驕ってくれるかもしれない。 でも、その時、寿司が食べたいなぁと言うなということ。
おにぎりでもカレーライスでも、どちらでもお腹がすいた状態から、お腹を満たした状態に変われるのだから、その時いただいたものに感謝して、我侭言わないで食べましょう。ってことよ。
欲求の否定が仏教の思想ではないの。 欲求の本質を知り、自分の満たされる本当の範囲を知ることが、まず、仏教の基本的な思想です。
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Name: 竹
Date: 2008/10/01(水) 15:43
No:1520
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Title: Re:自分の欲‐罪
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知慧というやつですね
我侭を言わず与えられたものを与えられたままに熟していく事ですね。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/06(月) 19:39
No:1541
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Title: Re:自分の欲‐罪
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【仏教では、自分の欲で物を欲しがったりしては罪な事ではないですか。】
強いていえば戒律に反する行動が罪にあたると考えてよいでしょう。手元に仏教辞典がないので、おおざっぱに「殺す・盗む・不倫なセックス・嘘をつく・酒を飲む」が罪としておきます。とはいえ、出家と在家とに戒律の違いがありますし、そもそも日本の仏教には正統的な意味での戒は存在しません。(←これは史的には天台宗の責任に帰するといわざるをえませんが)
あくまでも「罪」とは「規則に反する行為」のことです。一神教的な意味でも「神」との契約違反が「罪」です。したがって人間が本然的にもっている「欲」とは別個の概念でしょう。もちろん宗教の戒律の普遍的な性格として過度の欲求の制御というものがあるといえます。(註:梅原猛は、一神教の不殺戒は信仰を同じにする者に限っている、との批判をしています)
【また、罪汚れのない生活をする行いの関係で六波羅蜜しかわかりません。お願い致します。教えて下さい。】
やはり仏教辞典がないのでおおざっぱに。
布施波羅蜜:誰かに何かを与えること・ボランティア 持戒波羅蜜:戒を守り正しい生活をすること・当然といえば当然だ 忍辱波羅蜜:苦難に耐えること・精進は内向的 精進波羅蜜:六波羅蜜を行うよう努力すること・忍辱は外向的 禅定波羅蜜:瞑想を行い自己をみつめること・自己の客観化 智慧波羅蜜:覚り/悟りを得ること・仏教の目的であり手段
極論をいえば、僧侶が信者に与えた「法施」に対して信者から僧侶にフェラーリが「物施」されたとしても、それはそれで正当なものといわざるを得ません。現実問題は別として。
しかしながら六波羅蜜を実行したからといって、それがそのまま罪科のない生活という保証はありません。 不殺生戒に関していえば、釈尊は「自分への布施のために殺された動物は食べてはならない」とおっしゃいましたが、余り物の肉や魚が布施されることは否定なさいませんでした。とはいえ、その前段で殺生が行われていることは事実ですし、さらには殺生を生業としている人間の存在を認める以上、間接的に不殺生戒を破っていることにもなるわけです。よって、罪のない人間などいない、という諦観(冷厳たる現実認識)が仏教には存在しています。(註:遠藤周作はキリスト者として「他の生物の死のうえにしか人の生がありえないことこそが人間の原罪である」と言い、この解釈がローマ教会により「異端ではない」とされ安堵したそうです)
神道的概念では「だからハライやミソギが必要なんだ」ということになるでしょうし、仏教では「布薩」=「懺悔」ということが必要とされるわけです。
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Name: 佐助
Date: 2008/09/29(月) 12:24
No:1510
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Title: お墓を間違い
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昨日、彼岸に行けなかったお墓参りに行きました。山の中の遠方なのでめったに行けないとはいえ、何度も来ているのに、隣のお墓を間違えてきれいに掃除してしまいました。しかも私と夫、二人して気がつかず途中で気付きました。墓の作りや名前が同じでしたが夫婦してキツネにつままれた感じです。間違えたお墓の枯れたお花や虫の入った飲み物など片付けてしまっていたので、後で、お線香をあげて、「間違えて申し訳ありません」と手を合わせたのですが失礼にならないでしょうか?もちろん自分の先祖のお墓はきちんとお参りしました。
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/09/29(月) 12:34
No:1511
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Title: Re:お墓を間違い
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こんにちは。間違えたとはいえ、よいことをされましたね。隣に眠る方々も感謝してることでしょう。失礼ではありませんから気にしませんように。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/06(月) 18:13
No:1538
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Title: Re:お墓を間違い
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両願寺さんのおっしゃる通りです。「キツネにつままれた感じ」というのも不可思議な縁というものとご理解ください。
余談ですが「氏神さま」は異なる氏族の参拝を忌むといいます。もっとも現在では「氏神」と「産土神」との区別は誰もしていませんが、この深層意識が残って「無縁仏に詣でると憑かれるから、やめたほうが良い」という習俗が発生したことは事実です。 だからといって、隣のお墓を掃除することが、そのお墓に眠る方々に取って失礼になるということはありえません。向こう三軒両隣の前を掃除することは、ある意味、常識ではありませんか。
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Name: 佐助
Date: 2008/10/06(月) 18:52
No:1540
| 解決
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Title: Re:お墓を間違い
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両願寺様、 天台沙門 様、ありがとうございました。 失礼にはあたらないとの事で、安心しました。 墓石まで掃除してしまったので、他人のお墓なのに とあせってしまいました。
間違えたお墓はお彼岸だったため、お線香やお花はありましたが 墓石がとても汚れておりました。 隣のうちのお墓は親族がきれいにしていてくれたので、 きっと、きれいにして欲しかったから呼ばれたのかな?思うことにしました。
今後も両隣のお墓の前など(さすがにもう間違えて墓石まで 掃除はしないですが・・・)草やゴミなどあることが多いので その時はきれいにしていきたいと思います。
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Name: 撥
Date: 2008/10/01(水) 15:56
No:1521
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Title: 動向
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神通力により見てもらった将来はかわる事はないのでしょうか? 変えよう変えようと試みても所詮いつも動向は、見てもらった手の中で踊らされているに何ら代わり映えありません。 私にどうしたらここから解脱出来るか知慧をお授け下さい。
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Name: 非力
Date: 2008/10/01(水) 16:45
No:1522
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Title: Re:動向
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どのような神通力で将来をみてもらったのでしょう。神通力のある方もよく考えれば人間です。人間が人間の将来を見通す力は有り得ないとお考えください。また、非力無力であっても、日常の努力を怠らず、神仏を敬い、ご先祖様を大切にしてコツコツと地道ながら生活していくことをしていればいいのです。また、相談される方に恐怖心を煽るような言霊を吐かれる方は果たして神通者といえるでしょうか。冷静になってお考えください。みな、同じ人間ですよ。
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Name: 風来坊天外
Date: 2008/10/02(木) 07:11
No:1524
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Title: Re:動向
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人間は自分の無意識に刷り込まれている習慣に支配されています。 わかっちゃいるけどやめられないのはそのような理由です。 その習慣が行動を生んで、行動が同じ結果を招きつづけます。 手の中で踊らされているように感じるのはそのような理由です。
その無意識の習慣を変えるのが実は仏教の目的です。 なりたい自分になる方法・・・ということです。 自分を変える方法は2つあって、行ぎょうを繰り返すことによって無意識にある習慣を自分で刷り変える方法と、自分の姿を欺瞞ぎまんなく見つめ、望まれる姿をイメージしながら神仏に自らを委ねる方法の2つです。
私は25年間前者の方法をとりましたが、つい最近後者の方法を付加しました。 どちらにしても、自分は変えられる、自分を変える!と強く思うこと。 その熱意が自分を変える道に自分を導いてくれます。 そうやって自分を変え、自分の運命を変えることができれば、自分の未来も変わります。 だから神通力で自分の過去はわかっても、未来はわからない。 占いは自分の習慣が変わらないことを前提にした予測です。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/10/06(月) 18:48
No:1539
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Title: Re:動向
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【神通力により見てもらった将来はかわる事はないのでしょうか? 】
以前「運命は変えうるか」という趣旨のスレッドがあり、そのときにも回答いたしましたが、仏教という立場にたつ以上、将来は可変であります。(正確にいえば、不定でしかない、ということですが) 教理的な文言で表現しますが、仏教の本質は縁起説すなわち「すべての事象は因と縁によって生起し、固定した実体は存在しえない」という認識に基づき、自己の生を生きるという点にあります。この認識を「悟り/覚り」と表現し、この状態で生きぬき死を迎えることによって輪廻転生からの脱却すなわち「解脱」が成されます。(註:サトリとは、ある状態ではなく、あり続ける過程であることに留意ください)
【変えよう変えようと試みても所詮いつも動向は、見てもらった手の中で踊らされているに何ら代わり映えありません。】
どのような「神通力」で、どのような「将来」を「見てもらった」のかは不明ですが、その将来=ありうべき未来を知った段階で、知らなかったご自身とは何かが変わっています。 科学(量子力学)的なアナロジーを申せば、観測すること自体が観測対象に影響を与えるので、未来というものは確率的にしか予測はできません。 しかしながら社会学上では「予言の自己実現」、心理学では「シナリオ化された人生」という概念があります。どちらも「こうなるかもしれない」という文言に対して、「そうしてしまう」という心理反応を表現したものです。ちなみにポジティヴな価値付けをされたものは「成功法則」と呼ばれます。 (註:アイザック=アシモフ『ファウンデーション』シリーズをご一読ください)
いずれにせよ、提示された未来を受けいれるにせよ抗うにせよ、それはご自身の判断と行動によるものであり、その結果は自己責任において受け容れるべきもので、その原因を「神通力」に帰すべきものではありません。なぜなら「神通力」を信じたのは、誰あろう貴方自身の判断なのですから。
【私にどうしたらここから解脱出来るか知慧をお授け下さい。】
というわけで「神通力」による「予言」に対して、「そうはなりたくない」との意志をおもちなのであれば、その「神通力」に頼らないということが貴方のおっしゃる解脱の最適な方策です。その「神通力」による「予言」は二度と聞かないというだけのことです。
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Name: きい
Date: 2008/10/05(日) 20:09
No:1530
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Title: 日蓮宗について
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僕は以前創価学会と日蓮正宗を信仰していましたが、幸福になるためには折伏しなければいけないと言われ友人に勧めたりしていたのですが、僕はどんなに自分が好きなものでも人に勧めることが苦手で折伏が苦痛でした。でも、信仰は嫌ではないので現在も一人で唱題をしているのですが、学会やお寺に行っていたときのように皆で唱題をしたいのですが、日蓮宗でも折伏しなければいけないのでしょうか?
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/05(日) 20:45
No:1531
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Title: Re:日蓮宗について
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新興宗教と違い伝統仏教では、その様な強制は御座いません。
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Name: きい
Date: 2008/10/05(日) 21:14
No:1532
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Title: Re:日蓮宗について
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沙穂さんありがとうございます。じゃあ、日蓮宗だと折伏しなくても良いんですね。ところで沙穂さんは日蓮宗なのですか?
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/06(月) 00:17
No:1533
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Title: Re:日蓮宗について
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真言宗ですが、同じ日蓮宗の僧侶の友人も居りますし。 何度申し訳ないですが、伝統仏教では強制はありません。
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Name: きい
Date: 2008/10/06(月) 00:23
No:1534
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Title: Re:日蓮宗について
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そうですか。けど、日蓮宗は誰でも入信できるのでしょうか?
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/06(月) 00:58
No:1535
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Title: Re:日蓮宗について
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多宗の事ですので、出来ましたら インターネットや電話帳で近くの寺院をお調べになり、お問い合わせに成られれば如何なものでしょうか。 仏縁とはご自身で努力して結ぶものであるから有り難いのではないでしょうか。
携帯サイトもありますので、日蓮宗で検索されれば宜しいかと思います。
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Name: きい
Date: 2008/10/06(月) 01:03
No:1537
| 解決
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Title: Re:日蓮宗について
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わかりました。調べてみて問い合わせしてみます。いろいろとありがとうございましたm(_ _)m
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Name: S.T
Date: 2008/10/04(土) 19:49
No:1527
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Title: 先祖供養について
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はじめまして。先祖供養のことで、ずっと悩んでいます。
うちは、父方の祖父が若い頃に実家を出てから実家と疎遠に なっており(喧嘩して家を出たのかもしれません)、 私たち家族(父母姉私)は、ご先祖様のお墓がどこにあるの か分からず、今までお墓参りやお盆の供養も何もしたことが ありません。 祖父は、実家の話をするのが嫌なようで、無理強いして 聞くわけにもいかず、そんなうちに認知症になり、 ご先祖様のことは全く分からなくなってしまいました。
先日、父方の祖母が亡くなったときは、あるお寺で永代供養を していただきました。これから、祖母のお参りや供養などは そちらへ行ってすることができるのですが、 他のご先祖様のことはずっと気になったままです。 父と母は、心の中で想っていれば形は関係ないとか言います。 ですが、私は他のご先祖様のこともきちんとしたいのです。
祖父のご先祖様のお墓は、祖父の兄弟が実家で守ってくださって いるのかもしれませんし、そうではないかもしれません。 宗派についても何も分かりません。
こういった場合、どうすればいいでしょうか?
ちなみに、母方のご先祖様のことは母の兄弟がきちんとして くださっていて、私たちも時々お墓参りに行きます。 また、上に書きました永代供養していただいた父方の祖母に ついては、家に小さな仏壇を設け、毎日水をかえてお祈りして います。
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/04(土) 21:21
No:1528
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Title: Re:先祖供養について
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こんばんは。
お父さま方のご自宅にご仏壇がおありになられてますので、お位牌に○○家先祖代々諸霊位と言うお位牌をお作りになり、おばあ様の永代供養のお世話を頂いてる、お寺様に開眼して頂きご供養に成られれば宜しいかと思います。
お仏壇はおばあ様のお位牌置き場では無く仏界を再現してます。
あなたの手を合わせる尊いお姿にご本尊様もご先祖様もきっとお見守り下さる事でしょう。 合掌
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Name: S.T
Date: 2008/10/05(日) 08:46
No:1529
| 解決
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Title: ありがとうございます
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沙穂様
詳しく教えていただき感謝します。 お仏壇は、仏界を再現しているんですね。 さっそく家族に話して、きちんとご供養したいと思います。
ずっと悩んでいましたので、ご供養できることが分かり ほっとしました。本当にありがとうございました。
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Name: 沙穂
Date: 2008/10/06(月) 01:02
No:1536
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Title: Re:先祖供養について
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どうぞ、ご先祖様、ご自身、ご子孫の為にご供養にお勤め下さいませ。
合掌
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Name: みゆ
Date: 2008/09/26(金) 00:41
No:1498
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Title: のし袋の表書き
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生前墓の開眼と納骨もどき(田舎の墓地の土を納めるそうです)を一緒にする場合、施主に現金を包む時の、のし袋の水引と表書きを教えて頂けませんか?よろしくお願いします。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/27(土) 14:05
No:1502
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Title: Re:のし袋の表書き
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調べてみました。
生前墓の建立は、祝い事行事になるので紅白の水引で、表書きは「建墓祝」とするのが一般的なようです。 地域によって多少違いがある場合がありますので、その地域の仏具店や墓石屋で確認するのがいいかと。
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Name: みゆ
Date: 2008/10/01(水) 20:37
No:1523
| 解決
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Title: Re:のし袋の表書き
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大変遅くなり申し訳ありません。ご丁寧に調べて頂きありがとうございます。地域の仏具店で尋ねましたところ建墓祝で代書もしてくれました。ありがとうございます。
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Name: 実
Date: 2008/09/29(月) 10:44
No:1509
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Title: お経について
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週末に寺院巡りをして来ました。 行った先のお寺さんに御朱印を頂きお参りをさせて下さいというと、どこも気軽に本堂内で色々と説明や焼香をさせてくれました。 説明を聞いてから「開経偈、般若心経や延命十句観音経」を読み挨拶をして帰る時に住職さんから、「開経偈は経を開く」という意味です。その時はハイと言いましたが後から考えると「お経を閉じます」と言うお経もあるのでしょうか?あるのなら教えて下さい。 そこまでしなくても良いのでしょか?わかりません・・・
私は知人から開経偈を読んでから般若心経や延命十句観音経等を読むと良いと勧められ今まできました。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/29(月) 16:26
No:1512
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Title: Re:お経について
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お経を閉じるというか、お勤めの最後は、回向です。
開経偈の「むじょうじんじんみみょうほう〜」の意味は、
「すごくありがたくてめったにふれることのできない尊いお経をこれから読む事が出来て、ごっつうれしいです」って意味。ものすごい意訳だけどさ。
で、開経偈で「すごくありがたくてめったにふれることのできない尊いお経」が「般若心経や延命十句観音経」でしょ?
ものすごく嬉しい体験が出来たので、その嬉しさをまわりの人にも分けてあげたいと思う気持ちをあらわしたのが回向。
「願わくば、この功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に、仏道を成ぜんことを」が、まぁ、一番簡単な決まり文句。
合掌、開経偈で始まり、般若心経や延命十句観音経をお唱えして(ここは宗派により読むお経が変わる事あり)、回向、合掌で閉めるのが、在家仏教徒の標準的なお勤めの作法ですかしらね。
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Name: 実
Date: 2008/09/29(月) 21:42
No:1514
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Title: Re:お経について
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巳朱さま、ご返答ありがとうございます。
>「般若心経や延命十句観音経」でしょ?
って、事は他のお経の方が良いのですか?
それとも般若心経や延命十句観音経だけで十分ですか?
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/30(火) 00:04
No:1515
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Title: Re:お経について
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お経は、どれでも等しく尊いもの。どれにもありがたい教えが説かれているもの。
お作法としては、つまり。
開経偈で<読経という行為>を始める定型句。手紙の季節の挨拶の定型文と同じ
読経する<これが行為> 般若心経や延命十句観音経、その他宗派によって唱えるお経が決まっている。どれでも好きなものを唱えればいいし、親しみのあるものを唱えればいい。 手紙の本題の用件と同じ
回向 <行為の終わり>の定型句。敬具とかかしことか、手紙の結びの定型文と同じ
こういう構成になっていると言う事ですよ。
難しく考えない方がいいよ。
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Name: 実
Date: 2008/09/30(火) 08:41
No:1516
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Title: Re:お経について
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巳朱様、ありがとうございます。
良くわかりました。 回向を読んで最後に合掌するようにします。
以前お経を暗唱していたら暗唱ではなく、経本を読むようにと言われた事があります。 私の経本は手作りなので、回向を書き足して読むようにします。
ありがとうございます。合掌
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Name: 実
Date: 2008/09/30(火) 08:43
No:1517
| 解決
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Title: Re:お経について
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解決のチェック忘れてました。
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Name: みか
Date: 2008/09/25(木) 19:51
No:1497
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Title: お経を唱えたいのですが
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はじめまして。兵庫県神戸市在住のみかと申します。 お経を唱えられるお寺を探しています。 小学生の頃、日曜日に家の近くのお寺に掃除・読経をしに行ってて 気持ちよかったです。お経を唱えると心が清められる感じがします。 そのお寺は子供対象なので大人でも参加できるお寺をご存知の方、 宗派は問いませんので教えていただけたら嬉しいです。 自宅から通える範囲で神戸・西宮・芦屋にあるお寺を希望します。 よろしくお願いいたします。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/27(土) 14:24
No:1503
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Title: Re:お経を唱えたいのですが
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写経会などに参加されてはいかがでしょう? 神戸と言うことでしたら、須磨寺が定期的に写経会を開いているようです。 毎月18日が写経会で毎月20日が読経と住職様の説法を聞く会、一般参加が出来るおつとめの日だそうです。
また、近くに懇意のお寺があるのでしたら、子供対象だからと決めつけていないで、ボランティアで参加させてもらえないかと一度問い合わせてみられては? 子供が集まるのであれば、その子供達を世話する大人の手も必要でしょう? 大人、子供関わらず、ご奉仕は、歓迎されると思います。
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Name: みか
Date: 2008/09/27(土) 22:15
No:1504
| 解決
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Title: Re:お経を唱えたいのですが
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巳朱さんありがとうございます。 須磨寺にはお参りしたことがあります。 読経と住職様の説法を聞く会があるんですね! 須磨寺のHPで確認しました。 昔通っていた近所のお寺にも確認してみます。 震災後、子供が集まる会もどうなったかわかりませんが…。 小さい時にお寺に通って、私は本当に良かったです。 ご飯も残さなくなったし、命についてのお話等を子供にも わかりやすくしていただいたのでずっと心に残っています。 正座してしびれがきれることもありましたが…。 また、楽しんで通おうと思います。 ご回答ありがとうございました。
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Name: rider
Date: 2008/09/28(日) 15:55
No:1506
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Title: Re:お経を唱えたいのですが
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解決済みマークが出ていますが、1つだけ。 神戸市に住んでいますが、神戸市では心当たりがありません。 しかし、京都にある「霊山観音」では毎月8、18、28日に護摩祈祷がとりおこなわれます。(今日僕も行ってきたのですが) 一緒にお経や真言を唱えさせていただけますよ。 休憩時間に山伏さんたちからコーヒーとパンを頂いたりして楽しかったです。
また大阪では法善寺横町の水掛不動尊で毎月28日に護摩が行われます。
どちらも神戸から1時間もあればいけますので、是非行ってみてください。
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Name: みか
Date: 2008/09/29(月) 19:10
No:1513
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Title: Re:お経を唱えたいのですが
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riderさんも神戸在住ですか〜。何か嬉しいです。 貴重な情報ありがとうございます。 ローカルな質問なのに丁寧に答えてくださって感謝です。 最後の手段はタウンページを見て一つ一つお寺に電話で問い合わせするしかないかな…と思っていたので本当に助かりました。 「霊山観音」と「水掛不動尊」も是非行ってみます! 楽しみです。
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Name: あいあい
Date: 2008/09/27(土) 22:58
No:1505
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Title: 息苦しいです。
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今までお世話になっているお寺さんとの関係で悩んでいます。
父が4年前に亡くなり、経済的事情などで母方のお寺のお墓に眠っています。父が亡くなった時、私は子供がまだ小さく、母も認知症の初期症状がでており、月命日を半年ほどでお寺へ告げて、止めておりました。 姉がいますが、当初は諸事情で縁を切った状態でした。 姉とは最近はたまに連絡をとるのですが、その際の話で 「月命日代やそのほかの供養代をいままで、自分ひとりがお寺に払ってきたので、お金を返してほしいと言われました。」 姉がお寺に電話した際に、お金の事を言われ、いままで払ってきたようです。(姉は遠方で供養を頼むとそう言われたらしいです。) そんな問題もいろいろあり、今回、別の場所に納骨堂を購入しました。(姉と私とで分骨というかたちにしようとなりました。)
先日、改葬手続きに署名をしてもらう為、住職に電話し郵送という 形にさせていただき、今日に至ったのですが。 また、今日、姉から連絡があり、 住職が「電話で改葬の話など非常識だ!」 などといつものごとく私を批判していたようで、なんだか 私は息苦しくなりました。 いままで散々、こちらの事情も汲んでくれず、私への不満などを親戚や姉などに電話して言っています。 私はまだ子供が小さいとか、母の面倒を見ているとかを理由に してた部分もありましたが、お寺さんがこういう事を言うことが とても悲しいです。 私が非常識なら、その場で教えて下さったほうが、私も勉強になりますし、そこで住職さんとの信頼関係もできると思います。 すいません。感情的になり話がそれてしまいました。
この先、改葬手続きが終わり、遺骨を姉と一緒に受け取りにいこうと思っています。 新しく用意した、納骨堂で納骨式をそちらのお坊さんにしていただこうと思っています。 今のお寺さんに遺骨を受け取りに行く際は、お礼代を渡したほうがいいと、言われたのですが、改葬に際してお経などをあげてもらうのでしょうか?? もうお寺が怖くて、早く逃げ出したいです。 長文、乱文、失礼いたしました。
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Name: 僧侶
Date: 2008/09/28(日) 19:05
No:1507
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Title: Re:息苦しいです。
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はじめまして。申し訳ないですが、非常にわかりにくいお話です。
お金を返してくれって言ったのはお姉さんですか?
突然の改葬(離檀)では怒るのも当然な気もいたします。
いろいろ頭の中も心の中も整理してみてください。
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Name: あいあい
Date: 2008/09/28(日) 20:14
No:1508
| 解決
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Title: Re:息苦しいです。
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わかりにくい文章ですいません。 お金を返せといったのは姉です。
はい。昨日は興奮気味で頭がパニックでしたので 整理してみます。
改葬については、もともと母方のお墓に宗派の違う父が はいっているのを、お寺側も母方の親族もいいようには 思ってなかったので、経済的事情が落ち着いたら、別の場所に ということは、お互いにわかっていたことです。
いろいろと自分なりに考えて見ます。
ご貴重な意見有り難うございました。
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Name: ヒロハル
Date: 2008/09/23(火) 17:58
No:1491
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Title: 念持仏
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家のご本尊とは別に個人的に信仰する仏様を、個人的に仏壇ではなく手元に置きたいと思っています。仏像を持つにあたって注意することはありますか?
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Name: 僧侶
Date: 2008/09/25(木) 13:25
No:1494
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Title: Re:念持仏
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何に手を合わせるかです。仏様、菩薩様、神様。
一切衆生の本仏釈尊か、極楽の阿弥陀仏、太陽の大日如来か、薬師如来。 観音さまか、地蔵さまか。 自分は何に近づきたいのか、何に縋りたいのかをはっきりしなくては神仏の力は頂けません。
心の中にある仏性を形に現して、持仏とするわけです。 自らの心を主観的にも客観的てきにも観察をしてみては如何でしょうか。
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Name: ヒロハル
Date: 2008/09/26(金) 20:12
No:1501
| 解決
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Title: Re:念持仏
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参考になるコメントを頂きありがとうございます
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Name: しん
Date: 2008/09/26(金) 16:53
No:1499
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Title: 水子供養
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私は来週の水曜日に中絶手術をします。。出来ることならば産みダッコをして頭をなでてあげたかった。でもどうしても経済的理由などから産んであげる事が出来ません。。 私の出来ることを考えたらこれから先もこの子が私の所へ来てくれたことを忘れないこと、ちゃんとご供養して成仏させてあげることと思いました。ですがドコに相談しお願いしたらいいのか分かりません。どこのお寺でもやってくださるものなのか。回答お願いします。。
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Name: 阿
Date: 2008/09/26(金) 18:32
No:1500
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Title: Re:水子供養
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携帯でもPCでも「水子供養」という検索ででてきます。 ご自身がお参りにいきやすいお寺をみつけられますよ。
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Name: 実
Date: 2008/09/25(木) 12:46
No:1493
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Title: 写経について
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先日、子供の文化祭に行きイベントで写経をして来ました。 この写経は下手な字ですがお経なので粗末にできません。 お寺さんに持って行き納めるのが良いでしょうか? 写経した最後の一行に、「斎淋沐浴 岸本磯一浄写」と書かれていたのでそのまま写しましたが、どのような意味なのでしょうか?
よろしくお願いします。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/25(木) 15:24
No:1495
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Title: Re:写経について
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そうですね、少し大きなお寺さんに行くと、お写経の納経受付があったりします。
ネットで「写経 納経」のキーワードで検索しても、納経の出来るお寺を探すことが出来ますし、郵送でも受け付けているお寺もあります。 いくらかのお布施と一緒にお送ください。
「斎淋沐浴 岸本磯一浄写」
これは、前半部分「「斎淋沐浴」は、「潔斎して心を清くして、沐浴(お風呂に入ったり水浴びをすること)をして体もきれいにしました」という意味。 後半「岸本磯一浄写」のうちの「岸本磯一」って言うのは、お写経の作法の本とか、般若心経の解説の本とか、仏教についてのご本をたくさん書かれている仏教研究者/お習字の偉い先生のお名前のようですね。 「浄写」は、「清らかな気持ちで書き写しました」ぐらいの意味です。
ですので、先生のお名前の所だけ、ご自分のお名前に書き換えて納経されるといいですよ。
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Name: 実
Date: 2008/09/25(木) 16:20
No:1496
| 解決
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Title: Re:写経について
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巳朱さま、ありがとうございます。
私は霊場・札所を巡拝する事が好きなので、次回巡拝に行く時に持参して読経をし、納経して御朱印を頂いてきます。
お世話になりました。
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Name: 来迎
Date: 2008/09/15(月) 21:33
No:1438
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Title: 阿弥陀様について
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図書館で浄土真宗の本を読んだ際、自力では救われない。と書かれていました。僕はお不動様や弘法大師様を信じています。また、阿弥陀様も信じています。そこで質問なのですが、僕は今までの信仰をやめ、絶対的に阿弥陀様のみを信じなければ来世に往生はかなわないのでしょうか? どうかお知恵をおかしください。
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Name: 僧侶
Date: 2008/09/15(月) 21:43
No:1439
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Title: Re:阿弥陀様について
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不動明王は火の神さま。弘法大師様はお坊さん。 阿弥陀様は極楽浄土の仏さま。 あなたは裟婆の人間です。 まずは今をしっかり見つめて生きること。
仏教は生きるための教えです。
善い行いをすれば仏に成れるのです。
何もせず、お経だけ読んでいても仏にはなれません。 仏様に対し、好きとか嫌いとかで縋ってはいけません。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/17(水) 14:33
No:1467
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Title: Re:阿弥陀様について
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岩波文庫『浄土三部経』(上・下)をご一読ください。
【自力では救われない】 なにか誤解があるようです。自力で救われる人というのは、正しい修業を正しい方法で長きにわたって行える人で、歴史的にいえば釈尊その人が自力によって救われた人の代表です。唯一の人といってもいいかもしれません。仏教的には、これを解脱といいます。(善人なおもて往生す『歎異抄』) 解脱することは難しいので、ある時期から人々は救済を求めます。これを大乗仏教の成立と言い換えてもいいでしょう。 阿弥陀如来は大乗仏教の仏であり、その実、釈尊その人の教えとは関係はありません。西域起源の光の神(メソポタミアの光明神ミトラとも、ゾロアスター教のアフラ=マツダとも)が仏教の体系に取り込まれたものです。
この点で、阿弥陀如来は大乗仏教の仏のうちのメジャーなおひとりに過ぎないということがわかります。
阿弥陀如来の本願すなわち存在意義のなかに、すべての衆生を往生させる、というものがあります。絶対他力とは、この本願にすがるということです。言い換えれば、自分自身の努力によって解脱を得ることを諦めるということ、人間としての限界を現実として認識し、そのうえで救済を絶対者たる阿弥陀如来の本願に委ねるということです。(まして悪人においておや『歎異抄』)
重要なことは、人間のおもいなしによる信仰や契約の結果として極楽往生を保証するのではないということです。あくまでも弥陀はその本願により衆生を往生させるのであって、こちらの都合は関係ありません。 おそるべき存在です。 冒頭に紹介した本にのっている『仏説阿弥陀経』には「阿弥陀如来は人がその命の終わりに臨んだ時、来迎し往生させる」と説かれています。信じる者という限定はありません。 本来、仏教は死後を説かない宗教です。なぜなら死後のことは不明不可思議だからです。釈尊もお答えにはなりませんでした。
釈尊は「死後のことはわからない。わからないことを考えることは無駄である。考えるならば答えのあること、死ぬまでいかに生きるかを考えよ」と説かれました。しかし人間は死後の世界のイメージを持たないと不安という病にとりつかれます。阿弥陀如来の本願とは「人はすべからく死ぬ、死ぬが私が漏れなく救う、だから安心してこの世を生きよ」ということにほかなりません。
結論:阿弥陀如来を信ぜずとも、弥陀の本願により極楽往生してしまいます。
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Name: 来迎
Date: 2008/09/23(火) 12:09
No:1490
| 解決
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Title: Re:阿弥陀様について
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返事遅くなり申し訳ありません。 僧侶様、天台沙門様ありがとうございます。 自分なりに善いことをしていきたいと思います
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Name: マスターキタ
Date: 2008/09/23(火) 08:42
No:1488
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Title: 改宗は可能でしょうか?
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私の実家では祖母、父の代から日蓮正宗でしたが、檀家でもなく葬儀と戒名を付ける時にお世話になった程度の関係です。現在では祖母は亡くなり、父に至っては仏事に全く関心がありません。 私は長男で最近、家を購入し実家の仏壇を引き取りました。一度 けじめの先祖供養をしたいと考えておりますが、私自身、曹洞宗に思い入れがあります。もし曹洞宗で法要をお願いする場合、改宗ということになるのでしょうか?またその場合、お墓、仏壇の戒名はどうなるのでしょうか?
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Name: 僧侶
Date: 2008/09/23(火) 10:27
No:1489
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Title: Re:改宗は可能でしょうか?
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戒名を付けてもらえば完全な檀家ですよ。 戒名は法号ですので信者(檀徒)の証です。
菩提寺を変える場合は戒名を付け替えなくてはいけません。
再び戒名料を新しいお寺に収め、戒名を頂く形となります。
戒名料と言うより本来は志ですので、菩提寺に何かを寄進する程度が本来のやり方なのかもしれません。
日蓮正宗は日蓮宗とは全く違い、カルト性がある教団ですので、くれぐれも慎重に。
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Name: タマゴ
Date: 2008/09/20(土) 18:31
No:1479
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Title: 教えて下さい
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今年は初彼岸になるのですが、お坊さんにお経よんで頂くのが常識なのでしょうか。 彼は嫌ってはいたものの、彼の友人が熱心な宗教に入っており、その形でお葬式をあげました。友葬です。 しかし、納骨堂はまた別の宗教です。49日とお盆はそちらでお経をあげて頂きました。 でも、私は無宗教ですが相談をしている所があり、そこで2、3ヶ月おきに彼の供養をお願いしています。九月は頭にそこで供養して頂いたのですが、初彼岸ということでお寺さんにもして頂いたほうがいいのか分からないままです。 そこのお坊さんは檀家にならないので、あまり熱心にしてはくれないのもあるし、いつも不在で頼みにくいのもあるのですが。。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/23(火) 08:38
No:1487
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Title: Re:教えて下さい
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【初彼岸になるのですが、お坊さんにお経よんで頂くのが常識】
「墓参をして、ついでに菩提寺の住職さんに法要をしてもらう」ことは、まあ常識かなとおもいます。ただし、この場合の常識とは日本の習俗としての常識という意味で、大多数の人々が行っており行わねば非常識と後ろ指をさされるという意味ではありません。法要についても、年回法要のように個別に行うのではなく「当山檀信徒各家一同」とか「某家先祖代々各霊」という形式でまとめてしまうのが普通でしょう。 「自宅に招いて仏壇で簡単な法要をしてもらう」ことを「常識」としている地域もありますが、これはあくまでも地域の習俗です。私が預かっている寺では、この(棚行/棚経という)慣習はありません。
【納骨堂はまた別の宗教です。49日とお盆はそちらでお経を】
でしたら、同様になさってさしあげればよろしいかと考えますが、9月初頭にご供養いただいたのなら、あなたが墓参をしてさしあげれば充分でしょう。
厳密に言えば、春秋の彼岸は仏教そのものとは関係がありません。日本古来の民俗信仰に由来する太陽信仰および収穫祈念祭が、仏教の浄土信仰と習合して成立したものです。仏教的にこじつければ、入り日を眺めながら西方極楽浄土すなわち「あの世」に往ってしまった人々を「この世」から偲ぶことが目的と理解しています。 ちなみに冬の正月と夏の盆には「あの世」から「この世」に祖先霊をはじめとする神霊が還ってくれると信じていたのが、日本古来の民俗信仰の本筋です。
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Name: なむ
Date: 2008/09/21(日) 00:46
No:1481
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Title: 教えてください
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父(次男)が五年前に亡くなり、その時は経済的理由から実家(本家)のお墓に入れてもらいました。 しかしそれではいけないと思い、今年お墓を作りました。本家とは遠距離のため、御骨をとりにいった時、お世話になった親戚にお食事会を開こうということになったんですが…これは法事?法要?なんでしょうか? ちなみに今まで、何回忌?という事は経済的理由からできませんでした。 よろしくお願いします
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/22(月) 07:55
No:1484
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Title: Re:教えてください
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改葬のためのご供養、ということになりますから、ご本家の菩提寺さんでも「法要をしましょうね」ということになるとおもいます。 したがって法事です。ついでに(スジ論で)いえば新しく地元に建立なさるお墓の開眼法要も必要ということになります。
いわゆる年回法要とは別個に行うのでよろしいとおもいますが、ご本家の菩堤寺さんとご相談ください。(註:菩堤寺さんが法要はしなくていい、とおっしゃる可能性もなきにしもあらずで、その場合でもご親戚でお父様を偲ぶ食事会は僧侶がいないだけの法要という考え方もできますが)
原始的宗教感情からすると、墓というものは死者の霊魂が鎮まっているところですから、改葬というかたちで「開ける」ことは、そこに鎮まっている各霊の眠りを妨げることとなります。ですから、先祖供養ならびにお父様へのご供養という目的の法要を営まれることがよろしいかと考えます。
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Name: なむ
Date: 2008/09/22(月) 17:16
No:1486
| 解決
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Title: Re:教えてください
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詳しくお答えいただき、ありがとうございました。
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Name: 沙穂
Date: 2008/09/22(月) 16:37
No:1485
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Title: Re:教えてください
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天台系、真言系の寺院にて赤ちゃんの具合をお話になりお加持を受けるのが宜しいでしょう。
他はご自分で民間的に為さる方法が色々御座いますが。
一番は赤ちゃんが安心出来るようにお母さんがお腹や背中をそっとさすって差し上げて、子供はお地蔵様が御守りですので、 おん かかかぴ さんまえい そわか と唱えて差し上げて下さい。 そして事故等の地蔵尊ではない(事故等の地蔵尊は祀ってる意向が違うので)近くのお地蔵様に赤ちゃんの無事成長をお願いして下さい。 お母さんの優しさと根気よく接する事で赤ちゃんは安心しますよ。
合掌
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Name: 在家素人
Date: 2008/09/19(金) 17:30
No:1476
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Title: 先祖供養
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近所の寺(檀家ではない)で先祖代々の供養をお願いしたところ、一人一人の名前を読み上げず大勢の人の供養を一まとめに行っていました。 名前を読み上げなくても先祖供養にはなるのでしょうか? きちんと名前を読み上げてくれるお寺を探したほうがいいのでしょうか?
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Name: 仁雲房
Date: 2008/09/20(土) 11:53
No:1478
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Title: Re:先祖供養
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ケースバイケースだと思います。通常、一霊一霊を供養する法事ならば戒名(法名)を読上げることが多いですが、先祖代々で一霊一霊とは何代前までを読み挙げればよいのでしょうか。個々の霊位に対して丁寧に供養したいのであればそれぞれ法事を営む事になります。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/20(土) 20:40
No:1480
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Title: Re:先祖供養
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実際問題として 【通常、一霊一霊を供養する法事ならば戒名(法名)を読上げることが多いです】 そのとおりです。
ですから、具体的な個人(故人に非ず)の名をあげずに 「先祖代々のご供養をお願いします」 というと 「秋彼岸(いま時分なら)供養のところ、某家先祖代々各霊証大菩提」 と読み上げをするのが一般的です。これは、いわゆる「檀家寺」ではない寺院での回向供養を依頼するとそうなってしまいます。 理由は、仁雲坊さんのおっしゃる 「先祖代々で一霊一霊とは何代前までを読み挙げればよいのでしょうか。」 という点がネックになるからです。
過去帳に記載されている皆さんの名を読み上げてのご供養をご希望でしたら、すべてのお名前について「読み上げてください」とご依頼せざるをえないというのが実情です。
ついでにいえば、日本人の信仰体系では個人としての霊魂と、先祖としての総合的な霊魂とを区別していないという特殊性があります。寺院で年回法要を営むときには、個人の霊魂に対する法要ですが、春秋の彼岸と夏の盆供(あとは冬の正月)では漠然としたというか総体としての先祖霊の供養を行っています。
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Name: 在家素人
Date: 2008/09/22(月) 01:18
No:1483
| 解決
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Title: Re:先祖供養
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お答えいただきありがとうございました。 大変参考になりました。
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Name: こんこん
Date: 2008/09/17(水) 16:53
No:1470
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Title: お墓の移動
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実家のお墓のことで悩んでいます。 先日母が亡くなりました。田舎にご先祖様のお墓がありますが、お参りなどしておらず、ほったらかしの状態です(親戚の方がお世話してくれています) 父は、ご先祖様のお墓とは宗派が違うこともあり、近所にお墓を建てると言います。私は、ご先祖様のお墓があるのに、またお墓を建てるのはおかしいと言って反対しています。しかし父は聞き入れてくれず、ご先祖様のお墓には入れたくないの一点張りです。 仕方がないので移動を考えてはいますが、父一人の都合でご先祖様のお墓を移動することはどうなのでしょうか。 ご先祖様のお墓は分家からで、父(長男)が三代目です。 あともうひとつ最近気になることは、お墓のことを調べていて、墓相がよくないことがわかりました(方角、近くに木があるなど) ならば、この際に移動して、きちんと建て直してあげるほうがいいのかとも考えています。 わからないことだらけで困っています。 よろしくお願いします。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/18(木) 23:44
No:1475
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Title: Re:お墓の移動
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まずは、田舎のご親戚の方と相談してみては?
田舎だと、1つのお墓(というか墓地の1区画だな)に、一族郎党みんなひとまとめで祀っている事もあります。 そのお墓の祭祀継承者を誰にするかをご親戚と話し合われて、墓所を移動させるのか、お母さんのお墓を新たに今お住まいになってる所の近くに作るのかを決めればいいのではと思います。 3代目ってことは、おじいさんの兄弟の家系にとっても、お父さんの兄弟の家系にとっても、そこはご先祖様ですから、田舎にいる親戚が祭祀継承を引き継ぐのは、問題ないはず。 ご先祖様をお仏壇の方にお祀りするのは、田舎のご親戚とこんこんさんの今の家と両方でしても別にたいして問題にはならない。(宗派が違っちゃうとちょっとややこしいかも?だけど)
陰宅(墓相云々ってのは気学や風水の思想から出てきたものなので、お墓のことを陰宅と言う)の吉凶ってのは、あまりこだわり過ぎると住宅難というか陰宅難になっちゃいますので、ほどほどに。 方角はともかく、近くに木があると悪いと言われるには、合理的な理由がありますけどね。 どういう理由かといえば、大木になる木が近くにあると、墓石の下の納骨所を張ってきた根っこが壊しちゃうんですよ。 いずれ長い時間をかけてお骨は土に返るとは言え、納骨所を根っこに壊されたんじゃ、ご先祖様が安心して眠れないだろうということで、ダメだって言われるの。
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Name: こんこん
Date: 2008/09/20(土) 00:33
No:1477
| 解決
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Title: Re:お墓の移動
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巳朱さん、お返事ありがとうございました。
親戚の方とは最初に相談をしました。ご先祖様のお墓は遠方だから新たに近くに建てては?ということでした。 「親戚が祭祀継承を引き継げる」ことは、知りませんでしたが、今まで任せっきりだった上に、これからも。。という事はたぶんできないだろうと思います。 お墓は障るとよくないと聞くので、やはり移動をすることに躊躇をしています。 もう少しいろいろ考えたいと思います。
お墓の吉凶は、あまり気にしないほうがいいですね。考え出すと全部ダメなような気になってきます。 木に関しては問題がありそうなので、それはそこのお寺に相談してみないといけないのでしょうかね。 再度じっくり考えてみます。 ありがとうございました。
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Name: 長男の嫁
Date: 2008/09/17(水) 08:40
No:1458
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Title: 寄付について
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お寺さんから今回は、いくら寄付をお願いしますと 言われますが これって寄付なのと思ってしまいます。
言われたとおり出す物なのですか?
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/17(水) 12:39
No:1464
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Title: Re:寄付について
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本来、寄付、布施ってのは、出す側の気持ちで額をきめるものなので金額が決まって無いものなんですけどね。(ある程度相場ってのはあるにしろ)
檀家制度の弊害ってやつですね。 現実的な話、例えば本堂の修理に100万かかると見積もり、で、檀家が100件あれば、1件1万寄付してもらえば集まる、1000件なら1000円でOK。50件しかなければ2万・・・ってな、計算をしてるんじゃないかと。
ご住職様に相談してみてはいかがでしょう?
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/17(水) 14:49
No:1468
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Title: Re:寄付について
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立場上、ご依頼額をお納めいただきたいのですが、これも金額と事業目的に納得いただいてのことでございます。
【現実的な話、例えば本堂の修理に100万かかると見積もり、で、檀家が100件あれば、1件1万寄付してもらえば集まる、1000件なら1000円でOK。50件しかなければ2万・・・ってな、計算をしてるんじゃないかと。】
実際のところ、巳朱さんのおっしゃるとおりです。 寺院によっては、檀家総代会などというものがあって、その場で「あの家はいくら」「この家はいくら」「じゃあ、あんたはその倍だな」「住職さんと先代の奥さんで半額は大丈夫だろうね」などと話をしております。都会や大規模寺で檀家相互の関係が薄いところでは、単純頭割りや口数制度を採用する傾向があります。 また、短期で集めたいのか、必要額が集まった時点で事業開始になるのか、そういった背景にもよっても勧進の方法は変わります。
最近の傾向では、住職個人(や住職の家族)の寄付金額を明示する例が増えているようです。
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Name: 長男の嫁
Date: 2008/09/17(水) 19:17
No:1472
| 解決
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Title: Re:寄付について
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有り難うございます。
出せる範囲でお願いしてみます。
来ると寄付とまた、言われる気がして 毎月お寺さんが来るのも苦痛に感じてきたもので・・・。 仏様を預かるのは、大変なことですね。
交際も増えるし・・(親の交際が来て)
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Name: みゆ
Date: 2008/09/15(月) 11:43
No:1430
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Title: 人付き合いで
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こちらに相談すべきか悩みましたが、有り得るか有り得ないかの、ご意見を賜りたく書かせて頂きます。人とのお付き合いにおいて、「この人と付き合うとツイてる」「この人と付き合うとツキが落ちる」というのは有り得る事なのでしょうか? 例えば私ですが、ギャンブルが好きでほとんど負ける事はありませんでしたが、ある家族とお付き合いをしだしてから負ける割合が格段に増えました。偶然そういう時期なのか、それともツキを吸い取られているのか疑問に思いました。ちなみに、その家族は良い方ばかりですが「ツキ」とか「お金」という言葉とは縁がないような家族です。
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Name: 風来坊天外
Date: 2008/09/15(月) 14:19
No:1431
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Title: Re:人付き合いで
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あまり仏教と関係なさそうですが、ツイてるって何か?ですね。
因果関係でいえば自分が思い描いたことは現実化しますから、、「この人と付き合うとツイてる」「この人と付き合うとツキが落ちる」と自分が思えばどちらもそうなるでしょう。 ギャンブルで勝っていることをイメージしていれば、勝ちますし、負けることを恐れていれば負けるようになります。
相互関係では、相手のオーラ(運気)が自分の心理状態に影響を与え、それで自分の思い描くことが左右されることはあると思います。 仏様(如来)でない限り、人間は完全に主体的ではありませんからね。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/15(月) 17:00
No:1435
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Title: Re:人付き合いで
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小松和彦『憑霊信仰論』講談社学術文庫、が参考になります。ご一読ください。
【人とのお付き合いにおいて、「この人と付き合うとツイてる」「この人と付き合うとツキが落ちる」というのは有り得る事なのでしょうか?】
ありえます。現実に貴方がそのようですから。
この議論で重要なことは、可能性を問題としているだけで因果関係の証明をしているわけではないということです。例示をすれば、そのご家族が他の人々にとっても「貧乏神」的要素を持っているのか不明である以上、そうかもしれないという可能性の話しかできません。さらにいえば、他の事物(ギャンブルにおける確率と統計)が貴方にとって「貧乏神」的要素を持っていないとの証明ができない以上、そのご家族が貴方にとっての「貧乏神」である証明も不可能です。
よって「そうである可能性が存在する」=「ありえます」との回答しかできません。
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Name: みゆ
Date: 2008/09/16(火) 21:13
No:1449
| 解決
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Title: Re:人付き合いで
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主旨の違うくだらない質問に、ご丁寧にお答え頂きましてありがとうございます。やはり、話としては有り得てもおかしくないんですね。良いお付き合いをさせて頂いているので良い方向に行く事を願いつつ対処できれば…と思います。ありがとうございます。
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Name: あき
Date: 2008/09/16(火) 18:04
No:1445
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Title: 迷ってます…
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以前相談した者ですが 年下彼に精神的に耐え難く相談したら 別れなさいとアドバイスを頂いたのですが 先日 彼が仕事に出た後 置き手紙をして別れを告げました。 反対されてた、遠い実家や子供達に頭を下げて許しを得て 戻ってきたのに何故か 心が晴れなく 彼からもメールや電話で何度も 戻ってきて欲しいやり直したいと言われ 私もまだ彼を愛しているのに気付き また 許しを得た実家や子供達を裏切って 彼の元に戻ろうか迷ってます。 他の人に相談したら 戻っても また同じ繰り返しだろうし 今度こそもう帰る場所も助けてくれる人もいないよ…て言われました。 確かにそうなのはわかってるのだけど でも 彼が忘れられなくてせつなくて 苦しくて…。どうしたら いいか 私は恵まれてるのに 自ら苦労の道を選ぼうとしてる 自分が嫌で このまま死にたい気持ちです。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/16(火) 18:56
No:1447
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Title: Re:迷ってます…
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彼の元にこそあなたの幸せがあるのだと思うなら行けばいい。 ただし、行ったらもう後戻りは出来ない。「やっぱりや〜めた」は、2度も3度も通用しない。
あきさんが、今、考える事は「どれを選べば幸せになれるか」ではなくて「選んだもので幸せになるには、どうしたらいいか」なんですよ。
受け入れてくれ、居場所を提供してくれる実家よりも、彼の方がいいと選んじゃったから、実家にいても心が晴れないんじゃないかしら?
あれもこれもと全部を持てないのが人生です。どっちをとるか決めたら、決めた事で幸せになろうとするしかないの。
実家に幸せがあると思うなら、そこにいて、そこで幸せになれる方法を探しなさい。 彼の元に幸せがあると思うなら、彼の所に帰って、苦労する事を受け入れた上で、幸せになれる方法を探しなさい。
その、覚悟をしないとね。どこにいても幸せになれないんだよ。
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/08/19(火) 13:20
No:1232
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Title: お墓について
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主人の両親が三ヶ月前亡くなりました お墓は田舎にありますが父方は長男ですが家を出て継いでいません 田舎のお墓は誰が守っているのかもわかりません 近辺にお墓を建てますが 主人は父方はわけあって家を出ているから実家の宗派を継がせたくないと言います 両親は無宗教でいいといいます 四十九日も 戒名も 仏壇さえありません それでも大丈夫なんでしょうか 父の代から**家はよくない事ばかりだそうです 普通に供養できないのが不安でなりません 主人の子供は男の子が二人います ちゃんとした供養をしなくて 無宗教で 子供の将来に影響を及ぼすか心配でなりまん
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/20(水) 04:50
No:1235
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Title: Re:お墓について
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ご両親のご冥福をお祈り申し上げます。
ご供養の大切さ…こちらをご覧下さい。 http://senzokuyou.com/
七七日(四十九日)の追善供養についてはこちらです。 http://senzokuyou.com/1-5.htm
昨今は遺されたたちの都合により葬儀やご供養が形式化してまいりました。 追善供養は遺された者たちへいずれは還ってくる功徳といわれています。 つまり、故人やご先祖様をご供養する心を失わずにいますことが、遺された子孫へ功徳(幸せ)がもたらされることであります。
しかし、文面を読む限りでは、ご主人を説得することは難しいかもしれませんね。 祀り方で夫婦間がギクシャクしてもなりませんから、あなた様が故両親を蔭ながらご供養されてください。 供養のあり方は様々あります。 家族がけんかせずに仲良く明るく元気にいることも供養の姿です。
どうぞ、ご精進下さい。 そして、また、悩んだときにはいつでも遠慮なくこちらへ書き込まれてください。
疲れたまま様に福徳がありますよう祈念いたします。合掌
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/08/20(水) 11:51
No:1238
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Title: Re:お墓について
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ありがとうございました 少し複雑な心境です やはり供養の事では揉め離婚話までになりました 先祖供養について全て読みましたが やはり子供の為にはできる限り行いたいと思います 実は主人の両親は生活苦から自殺しました 亡くなり方が亡くなり方の為 私は怖くて位牌も仏壇も家に置くのは嫌でした でも時が経つにつれ怖さが薄れて行き お墓を建てるのに戒名も必要ですし 子供の為に今からでも遅くないのなら戒名をつけてもらい位牌も仏壇も用意したいと思います 宗派はやはり先祖の宗派でないと駄目でしょうか つけなくて大丈夫でしょうか 主人はお墓を建てた後の開眼供養もやらないつもり なのですが 離婚をかけてでも子供の為にちゃんとしたいのですが お墓を建てるのに宗派はなくてもよいのでしょうか 墓石屋さんは 無宗教ならそれでいいといいますが 開眼供養もしないでいいといいます そんなのでよいのでしょうか お墓も主人の両親だけで 入りません 私達は私達のお墓をと思っていますが
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/20(水) 12:40
No:1239
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Title: Re:お墓について
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>>やはり子供の為にはできる限り行いたいと思います。<< このお気持ちを通されていかれますことが望ましいでしょう。 しかし、焦りは禁物です。
仏教徒であれば法名(戒名)をつけ、み仏様の仏弟子として旅立つものです。 昨今は葬送儀式や供養も簡略化され形骸化され魂の鎮魂がなされていないことが多く、それらの隙をつく商法も現れています。 お気をつけ下さい。
>>宗派はやはり先祖の宗派でないと駄目でしょうか。<< 宗派でなければならないということはありませんが、一家を見守ってくださるお寺様、または神社とご縁されますことが、のちのちも安心するのではないではないかと存じます。
>>お墓も主人の両親だけで入りません 私達は私達のお墓をと思っていますが。<< お墓は建立したからそれでよいのではありません。 永代に渡って供養されますことです。 一代墓にしますときには永代供養をして下るところを探されますように。
>>墓石屋さんは無宗教ならそれでいいといいますが 開眼供養もしないでいいといいます そんなのでよいのでしょうか。<< 無宗教だから開眼をしないでよいということはありません。 開眼というのは仏の心を開く、つまり、墓石という固定のものに仏の魂を入れるということです。 ものの通りを違えてしまえば、供養の意味からずれてまいります。 それなら初めから建立されないほうがよろしいです。 間違いを生じないためにも、導いてくださるお寺様か神社様にご縁し、末永く見守っていただくことが子々孫々の功徳となるのではないかと存じます。 墓石を建立することよりも先に疲れたまま様の心を導いてくださるご本尊様に縁しますことを祈念いたします。
焦らないで下さい。 必ず、よき縁が生じることでしょうから。合掌
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/08/20(水) 15:50
No:1241
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Title: Re:お墓について
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本当にありがとうございます 今週の日曜に主人達兄弟でお墓見学に行き契約をするそうなのですが その時迄に戒名も決めてもらわないといけないのでしょうか 墓石屋さんでは公園墓地はそこの管理している所で決まったお寺さんがあるそうなのですが 先祖の宗派もわからないので 新しく宗派を作っても大丈夫なのでしょうか それとも宗派はなくてもよいのでしょうか 開眼供養をもししてくれると言ったら やはり宗派はなくてはいけないのでしょうか しかしながら主人には主人と兄弟に納得行くように供養について説明できないとこのまま無宗教のまま 主人は気持ちだから心で祈ればいいといいます どうしていいのか焦る一方です どちら様のお寺様に行けばいいのかもわかりません 主人を説得するには どうしたらよいにでしょう お教え下さい
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/20(水) 17:21
No:1242
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Title: Re:お墓について
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>>公園墓地はそこの管理している所で決まったお寺さんがある<< ということでしたら、ご事情をお話して、そのお寺様に戒名、その後の供養のことを相談されてはいかがでしょう。 霊園墓地のお寺様とのご縁を待たれている方々もいらっしゃいます。 迷っていずに、ご主人ともどもお会いしまして相談されましたら、と思います。
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/08/23(土) 14:58
No:1259
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Title: Re:お墓について
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長々と相談ばかり申し訳ありません 主人と少し話ができました 開眼供養はしてくれるそうです 主人は田舎のお寺に一回しか行った事がないのでお寺を探し当てて宗派を確認し 開眼供養の時に その宗派のお坊さんを呼んでくれる事になりました 一周忌 三回忌も供養はしてくれると言ってくれましたがお墓自体にはやはり宗派を刻まず 家紋も入れず 無宗教のままだといいます 戒名も 葬儀屋さんに入れなくてもいいですと言われたので 生前の名前をいれるそうです 本当にそれで大丈夫なのでしょうか お墓も理由が理由の為 私の気持ちを考慮してか二男の主人は入りませんが 三男の弟が継ぐことになりました 因みに独身です
主人は自分達のお墓から宗派をつければいいと言ってくれています 祖父母は無宗教で子の所だけ宗派があってでも大丈夫でしょうか 戒名もやはり作らないと言っているので位牌も仏壇もやはりつくらないと言っています お坊さんに相談してみてはと言ってもやはり駄目でした 祖父母の因果は孫にといいますがそれは本当ですか お教えください
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/23(土) 15:39
No:1260
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Title: Re:お墓について
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こんにちは。 ご主人様がいくらかでも譲歩してくださいましてよかったですね。 ご主人様にはご主人様のお苦しみがおありになったと存じます。
>>主人は自分達のお墓から宗派をつければいいと言ってくれています 祖父母は無宗教で子の所だけ宗派があってでも大丈夫でしょうか 戒名もやはり作らないと言っているので位牌も仏壇もやはりつくらないと言っています お坊さんに相談してみてはと言ってもやはり駄目でした。<<
戒名もなく位牌もなくお墓に眠られるご両親が何かの形で障るのではないかというご心配ですが、これを払拭しますのは残されました方が一生懸命にご供養することです。
供養というのはお供え物、お水、お花を墓前に供えるだけではありません。 家族が仲良く暮らしていく。健康で元気に暮らす。家族が幸せに暮らすこともご供養です。
>>祖父母の因果は孫にといいますがそれは本当ですか<< あんじてばかりいて心が暗くなりましたらそれは不幸になります。 ご主人が譲歩してくださったのですから、これはこれでよしとして、亡くなられたご両親のご供養をしっかりとされてください。
お供え物の意味を書きましたブログです。 ご参照下さい。
http://tousenji.at.webry.info/200706/article_1.html
また、困ったことや分からないことがありましたら、どうぞいつでもご相談下さい。
ご両親のご冥福を蔭ながらお祈りし、ご家族が仲良く過ごされますことを祈念申し上げます。合掌
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/08/25(月) 12:10
No:1288
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Title: Re:お墓について
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気持ちが複雑なままなのでまたご相談ばかりで申し訳ありません 日曜日にお墓の見学に行って参りました 墓石屋さんともお話をしていただきましたが 最近では 家紋も入れず戒名もいれない方 宗派もわからず 入れないかたが増えていらっしゃる といいます 兄弟と相談の結果 田舎から宗派と家紋が分かれば 家紋はいれる しかし宗派はあくまでも無宗教なので無宗派 という事になりました 家紋はどうしてもいれなければいけないのでしょうか 開眼供養のときは田舎の宗派がわかれば管理事務所でその宗派のお坊さんを呼んでいただき その後も一周忌 三回忌 そのおぼうさんでお願いするか 宗派がわからなかったら葬儀の時 来ていただいたお坊さんの宗派でお願い仕様という事になりました **家は 本当に良くない事 苦労してきたので 先祖と言うより この祖父母の代から始めようと言うことになりました なので もし私達が祖父母のお墓に入るなり 自分達のお墓を作って入る時から宗派を付けても大丈夫でしょうか その時の宗派はどこにすればいいのでしょうか 今まで宗派ということすら縁がなく考えた事すらありませんでした どうかお教えください
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/25(月) 12:35
No:1289
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Title: Re:お墓について
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少しずつ進まれているようで安心いたしました。
>>開眼供養のときは田舎の宗派がわかれば管理事務所でその宗派のお坊さんを呼んでいただき その後も一周忌 三回忌 そのおぼうさんでお願いするか 宗派がわからなかったら葬儀の時 来ていただいたお坊さんの宗派でお願い仕様という事になりました **家は 本当に良くない事 苦労してきたので 先祖と言うより この祖父母の代から始めようと言うことになりました。<<
宗派が分からずに自分たちの代からという方々もたくさんいます。
取り越し苦労をされずに、ご両親のご供養をされてください。 まず、なすべきことはそれが先です。 そうして、供養する中でご縁が生じると思います。
ここは心落ち着かれてご両親並びにご先祖様のご供養をいたしましょう。 供養というのは日々の生活をみんな仲良く、元気に過ごしますのも供養の一つです。
疲れたママさんが疲れないママさんになりますよう、蔭ながらご祈念しています。
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/08/25(月) 13:20
No:1292
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Title: Re:お墓について
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少しずつですが前進しております 本当にありがとうございます 焦らず 供養していきたいと思います 申し訳ございませんが また一つお聞きしたい事があります 開眼供養 など納骨の日にかかる金額ですが 二人同時にと言う時は 一人一回ずつかかるのでしょうか 現実的な問題なのでお教えください
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Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/08/25(月) 15:46
No:1293
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Title: Re:お墓について
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>>開眼供養 など納骨の日にかかる金額ですが 二人同時にと言う時は 一人一回ずつかかるのでしょうか 現実的な問題なのでお教えください。<<
ご質問の件は墓石屋さんに聞かれたら、と思います。 規定があるかとは存じますが、こちらの事情を忌憚なくお話されればよいかと思います。
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Name: 疲れたまま
Date: 2008/09/16(火) 17:44
No:1444
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Title: Re:お墓について
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ご無沙汰しておりました 先日主人の父の田舎のお寺様とお墓を探しあて 姉弟 主人と私共でお墓参りに行って参りました 主人が家紋は入れてあげたいと言っていましたが墓石が古くて中々読み取れませんでした 主人は大体わかったとは言ってましたが お寺様にご挨拶には行きませんでしたが 家紋は写真で撮りましたがもし分からない場合はお寺様に電話をして聞いてもかまわないでしょうか 墓石には左側に大正** 右側に明治** と書いており 正面には 普通は**家の墓だと思うのですが 戒名が 二つ刻んでありまし 相当古い墓石だと思います その周りにも小さな墓石が三つ程ありましたが墓石がふるくてまったく読めません
同じ区画にはもう一つ 別の姓の墓石がありました その墓石の右側に ***家のお婆(主人のお祖父ちゃんの妹さん)がお墓を守ったが その長男が別の所に***家のお墓を建て 今は長女の**子が 嫁いだ先の姓で墓石を建て 主人の実家の墓・・家は事情により長女の嫁ぎ先の**家として**を盛建てる 様な事が書いてありました それは どういうことなのでしょうか ・・家は長男(主人のお祖父ちゃん)が一度は田舎を離れたので 妹さんが嫁いだ先のお墓と一緒に・・家を守ってきたみたいですが 今はその長女が 主人のお祖父ちゃんは亡くなってからは 田舎のお墓に入っているみたいなのですが もうそのお墓は無縁墓なのでしょうか そのままにしておいて大丈夫なのでしょうか 分からない事だらけです
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Name: 混乱気味の姉
Date: 2008/09/09(火) 22:49
No:1388
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Title: 弟の死後・・・
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今年のお盆に弟が自殺しました。公園の大きな木で首を吊っていました。
1.一晩探して見つける事が出来なく、死亡推定時刻に近くの公園は探したのに、その公園には行かなかった事・・・後悔の毎日です。もしかして、彷徨っているのかなと考えています。
2.お盆に亡くなるとは・・・自ら命を絶つというのは・・・成仏出来るのか考えています。
3.元々、真言宗なのですが母、兄弟の複数が現在、別の宗教を しています。私は手を合わすのはお墓くらいで、全く興味無かったのですが、今後どうすれば良いのか考えています。 とにかく、自殺の1つであろう要因を弟の気持ちを思いつつ、整理を進めている途中です。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/10(水) 11:10
No:1393
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Title: Re:弟の死後・・・
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お悔やみ申し上げます。
自死/自殺をはじめ、事故・被災死・戦災死ひいては若年の死を一括して「異常死」と称します。このような「畳の上の死」でないものは遺族にとって「受け容れがたい死」です。 その受け容れがたさをなんとかするために、異常死に対する葬礼は普通死に対する葬礼よりも手厚く(もしくは異なる方法で)行われてきました。
【1.もしかして、彷徨っているのかなと考えています。】
古典的宗教観では死者は間違いなく「あの世」にいくことになっています。どのような死に方をしても、死者がこの世にあり続けることはありません。ただし「この世」の生のありかたによって「あの世」での「生のありかた」が規定されると理解されています。 死者を彷徨わせる、すなわち死者をこの世にあり続けさせようとするのは、じつは生者の未練です。その理解はすでに近代以前の『賽の河原地蔵和讃』に表れています。 貴方の場合であれば、その場にいかなかった後悔の念が、弟さんが彷徨っていると考えさせていることになります。 その考えは自然な、ご遺族としては当然のものです。
【2.お盆に亡くなるとは・・・自ら命を絶つというのは・・・成仏出来るのか考えています。】
口碑では「お盆とお彼岸に亡くなるのは寿命である」といいますが、この場合をあてはめるのは無理でしょう。 さて、一神教(契約的)宗教観では自死/自殺は神に対する犯罪行為になっています。儒教も先祖への失礼ですから同様です。 ただし、仏教では自分自身に対する殺生ですから禁止事項ですが、浄土教的には阿弥陀如来は自死/自殺を行った人にも来迎してくださり極楽に往生させてくれるという理解は成り立ちます。(註:成仏と往生は、まったく異なる概念です。この世で成仏できなかったから、往生して極楽で修行して成仏しようとするのです。)
【3.元々、真言宗なのですが母、兄弟の複数が現在、別の宗教をしています。私は手を合わすのはお墓くらいで、全く興味無かったのですが、今後どうすれば良いのか考えています。】
私は宗教の形式はどうでもよいと考えます。 人の死にあたって宗教と信仰が目的とすべきは、生者が死者のことを忘れないでいるということ、生者が「死」という事象をうけいれ(のりこえ)心身とも健康に生活していけること、の2点ですから。
まずは、弟さんのことを忘れないでさしあげてください。生きていたかったのだろうけれど、でもどうしようもなくて自死/自殺をしてしまった弟さんの無念と、助けることのできなかった貴方ご自身の後悔の念を大事にしていてください。
死を受け容れるために人間は葬儀という文化システムを発生させたわけですが、そもそも、葬儀の本質は鎮魂にあります。亡くなった人の魂を鎮め、生きている人間の魂を鎮めることが鎮魂の目的です。 冒頭に述べましたが、異常死の死者が手厚く葬られてきたのは、その死を受け容れることが難しいからにほかなりません。普通死においてすら葬儀は数年かけて行います。(註:とりあえず三回忌までの丸2年が葬儀であろうが、それを遺族に意識させる僧侶は少数派) 時間をかけて、その人がいなくなった「この世」の生活に適応していくことすべてが葬儀すなわち鎮魂です。
ですから、異常死である弟さんの場合、その鎮魂には2年以上がかかって当然でしょう。それだけの時間をかけ、ゆっくりと弟さんのいらっしゃない娑婆世界に慣れていこう、と考えてください。あと大事なことは、ひとりではなくみんなで、ということです。ご家族のみなさんで、支えあっておすごしください。
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Name: 混乱気味の姉
Date: 2008/09/10(水) 19:24
No:1407
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Title: Re:弟の死後・・・
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天台沙門様、ありがとうございます。お返事を読んでいるうちに、涙が止まらなく、何度も何度も読み返しました。少しずつ、気持ちの切り替えをして行きたいと思います。仕事しながら、弟の整理をして、家事・・・やっと、座ると弟の事を考え涙の毎日です。今日も仕事の間に公園に行って『此処にいてはだめだよ、母の所に帰ろう』と心の中でつぶやいて来ました。いろんな人からアドバイスを頂くのですが、【魂を連れて帰る】というのを聞いたのですが、どういう意味でしょうか?公園で何かしなければいけなのでしょうか?今はお花、コーヒー、蝋燭などを許可を頂いて置かせてもらっています。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/11(木) 16:07
No:1410
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Title: Re:弟の死後・・・
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ご返事ありがとうございます。励みになります。
【いろんな人からアドバイスを頂くのですが、【魂を連れて帰る】というのを聞いたのですが、どういう意味でしょうか?】
よくわかりません。わかりませんが、手がかりになる思想があります。 1)前稿での「亡くなった人の魂を鎮める」ことの目的は、死者を死者の国に送り生者とは異なる場所に置くということ、具体的には祟りをもたらさないようにすること。 2)中世期の日本に存在した「異常死をした人間の墓所は死の場所に設けねばならない」という風習。 3)オカルト用語としての「地縛霊」というもの。
1)は、生者の死者に対する畏れの表れです。現在の宗教者は「死者が祟る」という信仰があったことに触れないようにしていますが、この感覚は現代の人間にも残っているはずです。実例として、平安時代最強の祟り神であった菅原道真と平将門が、その後世に祀り上げられることによって最強の守護神となったことをあげておきます。 2)は、その場所でその出来事が起こった、ということを記憶するためと考えられます。事件を記憶することで、それに関わった人を記憶するのですね。大事故・大事件があった場所に設けられる「慰霊碑」という形で残っておりますし、交通事故があった場所に花束が置かれるのも、この感覚です。 3)は、読んで字の如く、ある場所に存在し続ける霊魂があるという考え方。貴方が「彷徨っている」と表現なさった状況でしょう。2)の思想が通俗化したものと想像します。
「魂を連れて帰る」のは、魂をあるべき場所に納めて祀るためと考えられます。 遺族にとってもっとも恐るべきは自分が知っている魂が祀られぬまま祟り神となることです。魂があるべき場所にない状況(=彷徨ったまま)が続けば、いつかは祟り神(=地縛霊)になってしまうという恐怖感が「魂を連れて帰りましょう」との気持ちになるわけです。 実際、魂(=神)は一定の場所に納めておくもの、というのが日本の信仰形態です。普段は神社など結界された場所に鎮まってもらう。祭のときには、神輿や山車によって結界の外に出てもらう。ご先祖さんなど身近な死者にはお墓や仏壇に納まっててもらう。
多くの生者は、死者に対してなんらかの「申し訳なさ」をもって生き続けるものです。その「申し訳なさ」が、死者への畏れ/恐れ/怖れとなっていると理解しています。もちろん原始的・本能的な理由からも死者への恐怖・畏怖は表れますが。 逆にいえば、「申し訳なさ」が軽減されることが「死者への畏れ/恐れ/怖れ」の解消ということになります。そのためには「死の場所にはいない」・「納まるべき場所に戻ってくれた」と遺族が納得することは必要です。 そのためには、やはり今いらっしゃるとおもわれる場所で冥福を祈られることが最善でしょう。
【公園で何かしなければいけなのでしょうか?】 【今はお花、コーヒー、蝋燭などを許可を頂いて置かせてもらっています。】 【『此処にいてはだめだよ、母の所に帰ろう』と心の中でつぶやいて】
それでよろしいとおもいます。「しなければならない」のではなくて「してさしあげたいからする」のは、上記の2)の感覚の自然な発露ですから。感情を抑圧するのが、悲しみを癒すに一番の妨げです。
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Name: 混乱気味の姉
Date: 2008/09/11(木) 19:14
No:1412
| 解決
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Title: Re:弟の死後・・・
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天台沙門様、お返事ありがとうございます。良く解りました。私の今の気持ちは、弟を苦しめた事から早く楽にしてあげたい!迷わなく逝けるよう、いろいろな事を整理したい!それしかありません。自らを裁くかの如く絞首刑のように・・・誰にも相談することなく弟の出した答えは悲しい結果になった訳ですが、これからも、弟の供養、弟の忘れ形見の姪、母、妹弟を支えて行きます。
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Name: 混乱気味の姉
Date: 2008/09/14(日) 23:07
No:1427
| 解決
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Title: Re:弟の死後・・・
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小法弟様、ありがとうございます。とても参考になります。ゆっくり、ゆっくり前へ進んでいきたいです。
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Name: 小法弟
Date: 2008/09/15(月) 08:37
No:1428
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Title: Re:弟の死後・・・
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>ゆっくり、ゆっくり前へ進んでいきたいです。
とってもいいですね〜
もし体調がよければ太極拳やヨガや気功の教室に行かれてアタマをカラにするのもいいですよ。
お姉さんはの場合は今「供養する」のも大変結構ですが、 これもまた「魂を連れて帰る」ということにならなければいいのですが・・・
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Name: 混乱気味の姉
Date: 2008/09/15(月) 18:06
No:1436
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Title: Re:弟の死後・・・
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小法弟様ありがとうございます。来年、ちょっとした試験があるので、勉強も始めなければ・・・と思っています。
>お姉さんはの場合は今「供養する」のも大変結構ですが、 これもまた「魂を連れて帰る」ということにならなければいいのですが・・・
とは、どういう事でしょうか?
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Name: 小法弟
Date: 2008/09/15(月) 20:21
No:1437
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Title: Re:弟の死後・・・
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>「魂を連れて帰る」
これは公園に行ったりすると、また亡くなった方のところに意識が集中して、よりあなたの悲しみを深め、ご自分を責めることになるかと思えるからです。その事を「魂をつれて帰る」といったのでは・・
それよりも今は来年の受験に集中することが今のアナタのおかれている状況から抜け出る道と思えます。
私達の意識は一点しか意識できないという、よさと欠点があるわけですから、ジッとしているとその分より弟さんのネガティブなイメージだけが広がりかねません。 そしてあなたの頭の中でい絶えずネガティブな「思う、考える」ということに支配されます。
今は受験のされる、そこに全力をあげてあなたの合格したイメージをリアルに「感じ、味わう」ことが大事です。 今生きるのに自分にとって必要なことに集中して全力をあげることが大事で、そのときのみ「悪夢」のあの状況の言葉がアタマから消え去っています。
言葉のレベルでは説明しずらいですが、瞑想や気功では「臍下の一点」に集中します。集中している時のみ心は解放され自由になります。これが「不動心」ということです。
今はとりあえずいっぺん疲れた神経を一度休ませ、勉強というこのまたとない最大のチャンスと受け止めをそこに「集中」されることが大事かと思います。
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Name: はる
Date: 2008/09/15(月) 10:02
No:1429
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Title: 無題
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教えてください。
先日父がなくなり、献体に登録していたので登録している病院にいきました。 遺骨は2年後に帰ってくるのですが、それまでの間手を合わせるところがありません。 住居は父と私(息子)は別で実家に仏壇もありません。
嫁がせめて手を合わせるところを・・・というのですが、どうすればいいのかわかりません。 私の住居で手を合わせるところを立てていいものなのでしょうか? もし、実家に立てた場合は2箇所できることとなりますが・・・。
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Name: 風来坊天外
Date: 2008/09/15(月) 15:08
No:1432
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Title: Re:無題
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お坊さんではありませんので正解とは言いませんが、宗派によって考え方が違いますのでね。
遺体やお骨に執着を持っていれば別ですが、ふつう遺体やお骨はどこにあっても、魂は位牌に宿るというのが日本人の考え方だと思います。 実家に位牌はあるのでしょうか?
もし別居されているのであれば、こぎれいな場所に花とお水とお父さんの写真を置かれて、写真に祈られたらよいと思います。 声をかけるところどこにでもお父さんはおられると思うのですね。 可能であれば、ローソクと線香とおりん(鈴)を写真の傍において使われたほうがよいと思います。
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Name: 巳朱
Date: 2008/09/15(月) 15:28
No:1433
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Title: Re:無題
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手を合わせる所を立てるとは?
お墓を作るにしても、仏壇を置くにしても、ご遺骨がどうしてもなければならないと言う訳ではないですよ。 「2年後ご遺骨が戻ってこられる時に収める場所をあらかじめご用意しておこう」とご家族でご相談されてみてはいかがですか? そうして、墓石屋さんとか仏具屋さんにみなさんで相談にいきましょう。 ご遺骨が今手元に無い場合、どのようにすればいいかのアドバイスもいただけると思います。
献体にご遺体を提供したとしても、お葬式はできるはずですから、その時に戒名をいただきませんでしたか?戒名を書いた白木のお位牌とかは? このあたり、宗旨宗派によって様々ですけど、宗教関係無しのお葬式でも、ご遺影のお写真はあると思う。
きれいにした棚にご遺影のお写真を立てて、お花や果物などをお供えするだけでも、簡単な礼拝場所にする事が出来ます。 まずは、お家にそのような一角を作って、手を合わせるようにしてみては? このような礼拝場所は、ご実家とはるさんの家と両方にあっても、何も問題ありません。 むしろそうやって、たくさんの場所でお父様のご冥福を祈り、思い出してあげてください。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/15(月) 16:42
No:1434
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Title: Re:無題
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壇家さんで献体なさった方がいらっしゃいました。 おひと方は、病院から一旦ご自宅に戻り、通夜葬儀をしました。そして出棺のときに、火葬場ではなく献体先の病院に向かわれました。もうひと方は、亡くなられた病院が献体先でしたので、ご遺体のないまま通夜葬儀を行いました。 いずれのかたも、満中陰(49日忌)を期して位牌の開眼供養をして、以降、ご自宅の仏壇にお位牌をお祀りいただきました。同時に墓誌にご法名を刻みましたので「遺骨のない死者」という扱いで、お墓参りもしていただいてます。
【私の住居で手を合わせるところを立てていいものなのでしょうか?】
というわけで、お位牌を新調なさり(べつに俗名の位牌でも大丈夫ですし、そもそも位牌である必要もありませんが)、ご家庭でお祀りください。 はっきり申し上げますが、墓石にせよ位牌にせよ遺影にせよ、亡くなった方を象徴する「ハードウェア」にすぎません。ここではないどこかにいらっしゃる人を偲ぶとき、人間は物がないと落ち着きませんから。
【もし、実家に立てた場合は2箇所できることとなりますが・・・。】
複数箇所にあってもなんの問題はありません。なぜなら、死者の記憶を具体化する装置として墓所が存在する以上、位牌という物を用意した段階で、すでに2カ所に装置が存在することとなっているからです。(註:位牌が複数あると、どこに戻っていいかわからなくなるから、という理由付けをなさる方がいますが、私は死者の魂は神仏と同様に時間も空間も超越した存在であり、いつでもどこにでもいてくれるものと反論いたします。)
ちなみに天台宗では本尊にあわせ、今上陛下の玉体安穏を祈願するための位牌をお祀りすることが建前となっています。つまり当今さんは日本中にたくさんのお位牌が存在するわけですね。
ご一考いただきたいことは、具体的な物体としてのご遺体を礼拝・崇拝の対象としているのか、亡くなった方の魂というものを礼拝・崇拝の対象としているのか、ということです。
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Name: キッター
Date: 2008/09/12(金) 16:05
No:1421
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Title: 義父母の改宗
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私の実家は代々曹洞宗です。母の実家、祖母の実家も全て曹洞宗ななのです。熱心な信者というほどではありませんが、結婚の際、主人の家も曹洞宗と知り安堵したのも事実です。しかも主人の祖父と曽祖父は住職を勤めていたとのこと・・・ ですが、義父は4男で、新たにお墓を作らなければならず、生前に・・・と私共には相談もなくに墓地の購入を致しました。浄土真宗のお寺さんの新規墓地区画を購入したとかで、母とともに改宗するとのこと。 義父母は義弟一家と同居しており、お墓もいずれは義弟に譲りたいとのこと。弟は宗派やお墓のことには何の関心もありません。 もともと跡継ぎは義弟ということで暮らして参りましたので、義父母のお墓を弟に任せることには何の依存もありませんが、このような場合は主人も浄土真宗に改宗しなければならないのでしょうか。 どなたかお教えいただければ幸いです。
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Name: 天台沙門
Date: 2008/09/13(土) 10:43
No:1425
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Title: Re:義父母の改宗
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日本人の宗旨は家の宗旨であって個人の宗旨ではありません。 いままではともかく、実際問題として多くの新宗教・新々宗教の方は「ご先祖さんは代々の菩提寺に任せなさい。あなた個人の現世利益は我々に任せなさい」との話をなさいます。 そもそも、正月は神社・彼岸は寺・歳末はクリスマス・旅行に行けば有名な神社仏閣への参拝というのが日本人の宗教意識です。一神教的な「改宗」という言葉は日本人の宗教意識にはありえません。
【義父は4男で、新たにお墓を作らなければならず、生前に……浄土真宗のお寺さんの新規墓地区画を購入したとかで、母とともに改宗するとのこと。】
義父さんの「改宗」とは、墓所管理者の寺院が真宗さんなので法名やら法事やらを真宗の形式で行う、という程度のことと考えられます。 「今後は曹洞宗式の法事には参加できない」などとおっしゃられると親戚つきあいなどの問題が発生しますが、伝統宗教間では相互尊重が当然であり、他宗への関与を否定することを勧めるなどありえませんから、現実問題としての不都合は生じないとおもわれます。
【このような場合は主人も浄土真宗に改宗しなければならないのでしょうか。】
そのようなことはありえません。例外は義父さんがお求めになった墓所にご自身も墓所をお求めになる場合です。 宗教法人が管理する墓所においては、祭祀の方法はその宗教法人による宗教儀礼によることとなっております(例外は、管理者=住職の許可があった場合です)ので、真宗の寺において曹洞宗式の法要を営むことは、まず不可能です。したがって「改宗」せざるをえません。 それも、あくまでも寺院においてのことであって、ご自宅の仏壇が曹洞宗式であって も問題は(お寺さんがご自宅の仏壇を見て苦笑なさる程度)ありませんし、普通に真宗以外の社寺に参拝することも問題はありません。
ただし、本当に「改宗」なさったのであれば、一向ひたすらに「南無阿弥陀仏」のお念仏を唱えられ、弥陀の来迎と極楽往生を信じるということになります。 自力の救済の可能性を顧みず、一切を弥陀の本願に委ねるという意識を持ち続けるわけで、これはこれで大変な根性を必要とすると想像します。
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Name: けん
Date: 2008/09/10(水) 18:05
No:1405
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Title: 教えて下さい。
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初めまして。仏事でいいかわからないのですが、相談させていただきます。 本を読んでいたら九字切りの方法(縦横のものと、×のもの)がのっていて、何も知らずに何回か行ってしまいました。 ネットで調べてみると、素人がやると逆に悪いことが起こるなどとありました。 これはどうしようもないですか?それとも素人が行ってしまった場合にやるべき事などありますか? 教えて下さい。
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Name: 沙穂
Date: 2008/09/10(水) 19:44
No:1408
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Title: Re:教えて下さい。
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初めまして。
師匠よりの代々の天下りの口伝にて伝授された作法での印法でなければ、九字もご真言も効力を発揮しません。 オッサンマヤと言う罪になりますが、知らぬが仏と言う言葉があるように、知らずにしてしまった事に法罰はありませんよ。仏様へ知らぬ事とは言え無礼を詫びて下されば、それでいいですよ。
今後は為さらないで下さい。
もし為さりたい場合は師匠を探し、弟子になり、口伝を受けて下さいね。 合掌
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Name: けん
Date: 2008/09/12(金) 09:33
No:1416
| 解決
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Title: Re:教えて下さい。
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沙穂様、お答えありがとうございます。
不安だったのですが、安心いたしました。 今後はもうしません。
本当にありがとうございました。
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Name: 沙穂
Date: 2008/09/12(金) 21:26
No:1424
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Title: Re:教えて下さい。
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ご理解頂けてよかったです。 有難う御座います。 合掌
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