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Name: 檸檬
Date: 2011/02/09(水) 18:01
No:4140
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Title: ある宗教について
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教えて下さい。真如苑という宗教は本当の真言宗なのですか?職場の方に誘われ一度、寒修行とやらを見学したんですが教主やその嫁、長男、次男の金色の銅像を拝ましたり教主が自ら作った涅槃像を拝ましたり訳がわかりませんでした。
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2011/02/09(水) 18:15
No:4141
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Title: Re:ある宗教について
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「本物」の定義は人・場合によって違うし、それを言いだしたら果てしなく不健全かつ非建設的で不毛な議論が起こるだけですから、私は「本物・偽物」を断定的に云々しません。また、それは恐らく出来ないとも思います。
ですから、客観的にどうこうは言えないのですが、私個人の場合として言えば、真如苑に何か真実らしいことを求めて近づこうとは、恐らく、まったく思わないでしょうね。仏教のカテゴリとして考えても、私の信受して理解している仏教とはちょっと違いますし。 真如苑の言うところの「超能力」が仮に本当にあったとしても、「だからそれで? 覚とは関係ないでしょう」とだけしか思えませんし。
まぁ結局、あれは仏教でも真言宗でもない、「真如苑」という一宗教なんだと思います。その意味では、偽物とは言えませんよね。
それ以上の事は、私は真如苑によって修行しているわけでなし、その道を歩く者にしか言えないこともあるでしょう。 それはどの教えを奉ずるにしても同様のことですから、「本物・偽物」論争は結局、無意味な水掛け論にしかならないわけです。
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Name: ペンペン
Date: 2011/02/09(水) 19:15
No:4142
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Title: Re:ある宗教について
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真如苑はチベット仏教のマントらやら日本仏教やら何でも 適当にゴチャゴチャ混ぜていたと思いました。 神仏よりも教祖を拝めと。ただ教祖だけ信じれば何もしなくても 幸せになれる。そんな感じの宗教ごっこに感じて自分は3ヶ月で 辞めました。普通の日本人の仏共感を持っていればどちらかは 判断できます
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Name: 勝運寺山主
Date: 2011/02/10(木) 07:08
No:4143
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Title: Re:ある宗教について
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檸檬さまへ 真如苑の教義に関しましては真言宗の基本的教義からは大きくずれていますので真言宗では無いと言えますが現在では宗教団体としては存在しています。法的な宗教法人を真如苑に与えてしまった事が本来の間違いなのです。被害者の会と言うのも存在すると言う事も頭の中に入れておいてください。経済的にも精神的にも被害を受けられた方がおられる事は事実として存在いたします。 常識人であればそのうち「ごっこ遊び」にも飽きてくるだろうと拙僧や多くの僧侶は思ってます。
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Name: 水波坊
Date: 2011/02/10(木) 08:53
No:4144
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Title: Re:ある宗教について
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宗教法人格を与えているのは別にいいですよ。行政が教義内容まで介入判断するわけでもないし…。それに真如苑よりもっと問題のある宗教がありますからね。珍味売り飛ばしてたりするような。 私は、真如苑であれ何であれ、どのような教えを主張したとしてもそれは自由なことですし、それを否定する必要もないと思っています。被害云々については、個々別々・現実的に対処していくしかないでしょう。 問題は行政ではなくて、某本山が真如苑と一体化してお堂まで建てさせ彼らの権威づけに利用され、挙句には本山で導師までやらせちゃってる状況です。これじゃ完全に「真如苑は真言宗」と、伝統宗派の側でお墨付きを与えているようなもんですね。
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Name: 檸檬
Date: 2011/02/10(木) 18:47
No:4146
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Title: ご回答くださり有り難うございます。
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やはり本当の真言宗ではないのですね。私は今まで人とのお付き合いで為二つの新興宗教(真如とその他)の集まりを見学させていただきましたがやはりどちらも仏教だといって教主の銅像を作り拝ませる宗教でした。そのことで今現在、仏教という宗教がわからなくなっています。やはり信仰するなら慎重に見極めが肝心ですね。
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Name: カッコ
Date: 2011/02/07(月) 22:03
No:4125
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Title: 御朱印帳
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「御朱印帳」のことでお聞きしたいのですが…。
親族の病気平癒の祈願参りに近々出たいと考えております。 その際に、御朱印をいただければと思うのですが、御朱印帳は、神社と寺院、さらには寺院では宗派によって分けた方がいいのでしょうか? 検索をかけてみるといろんな情報があって何が正しいのか、どれを信じればいいのかわかりません。 自分的な解釈では、神社と寺院は分けた方がいいのでは?とは思います。 寺院の方は、日蓮宗のお寺については、他の宗派とは別にした方がいいと検索エンジンには記載がありました。
ちなみに、霊場巡りではないので、霊場巡り用の御朱印帳ではありません。
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Name: 勝運寺山主
Date: 2011/02/08(火) 08:26
No:4129
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Title: Re:御朱印帳
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カッコ様 朱印帳は1冊で十分です。分ける必要はありません。
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Name: 天台沙門
Date: 2011/02/08(火) 12:20
No:4136
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Title: Re:御朱印帳
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「朱印帳」は、もともとは「納経帳」といいまして、社寺に経典を納めた証として朱印または黒印を押してもらうものです。そのような意味あいの物ですから、参拝記念のスタンプではないということだけはお心掛けください。
さて、現在の一般的な信仰感覚がそうであるように、明治以前は神も仏も特段の区別をしていませんでした。ですから納経帳も神仏共用かつ宗派共用でよろしいと考えますし、とくに病気平癒のご祈願とのことですから、なおさら分冊の必要は感じません。
ついでながら、ご祈願ごとですから事前に『般若心経』を写経いただき、御朱印を頂戴する際にお納めください。末尾には「何某病気平癒の祈願の為に」と記載なされば丁寧でしょう。「何某」はご親戚のお名前を記してください。 もしかすると、御朱印用の納経料(ハンコ代)とは別の納経料を請求されたり、写経の受け取りを謝絶される可能性はありますが、それはご了承ください。
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Name: カッコ
Date: 2011/02/08(火) 13:11
No:4138
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Title: Re:御朱印帳
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勝運寺山主様、天台沙門様
この度は、ご教示誠にありがとうございました。
大変ありがたい限りです。
また何かありましたら、ご教示ください。
合掌
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Name: 圭
Date: 2011/02/03(木) 18:12
No:4112
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Title: お札の処分について
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失礼致します。 数年前にある霊能者から頂いたお札の処分についてご相談があります。 神社等に納める方法以外に自分で出来る方法は無いのでしょうか。 アドバイス宜しくお願いします。
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Name: あき
Date: 2011/02/03(木) 22:09
No:4114
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Title: Re:お札の処分について
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塩をかけ般若心経をあげる
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Name: 勝運寺山主
Date: 2011/02/08(火) 08:09
No:4127
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Title: Re:お札の処分について
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圭さま 残念ながら神主や僧侶以外では發遣(お焚き上げ)は出来ません 面倒でも神社やお寺に納めて下さい。 あきさん御免なさい「塩をかけ般若心経をあげる」などの方法では何も出来ません。ゴミ箱に捨てるのと同じです。 本人の自己満足と気休めにしかなりません。 お札には神様や仏様が宿っておられますのでその方たちに正しい方法でお帰りいただかないと災いが起こる事も有ります。 「塩をかけ般若心経をあげる」この方法は(祓い)の略作法の略作法ですので無意味であり行わない方がマシとまで言われております。
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Name: 天台沙門
Date: 2011/02/08(火) 11:52
No:4134
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Title: Re:お札の処分について
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別項でも類似の回答をしておりますが、第一義的には御札を授かられた方にお返しすることをお勧めします。 これは、年末に古い御札・御守を社寺に納めて、新年の御札・御守をいただくということと同様ですね。
古俗では、一定期間の「厄」を持ち主に代わって受けることが御札・御守の役割ですから、その期間が終われば「厄」を一緒に祓ってしまう(具体的には、川や海など水に流したり、火で焼き払う)のです。
なぜ、社寺に納める以外の御札の処分法をお知りになりたいのかが不明なので、冒頭に記したこと以外のアドバイスはいたしかねますが、少なくとも、災厄とともに祓い遣るべき御札と、守護をいただいた時期が過ぎたのでお還しすべき御札では、処分の方法が異なることを申し上げておきます。
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Name: ぴろし
Date: 2011/02/04(金) 16:55
No:4115
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Title: お不動様の剣が無くなりましたが
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密教僧の方に開眼供養をしていただいたお不動様を日頃から礼拝していました。
先日引っ越しをしました。 丁重に梱包して、現在のアパートに運んだのですが、 何故かお不動様の剣がなくなっていました。
脱着するようになっていたので、運ぶ際に折れたりしたら大変だと思って外して梱包したのですが それが間違いでした。
さあ、今まで通りに礼拝しようと思い梱包を解いたのですが、どうしても剣が見当たりません。
このまま礼拝を続けても差し支えありませんでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2011/02/08(火) 11:25
No:4133
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Title: Re:お不動様の剣が無くなりましたが
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さしつかえないとは考えますが、まずは開眼していただいた行者さんにご相談いただくことがよいでしょう。
ものの考え方として、「単純な紛失」として意味を探らない立場と、「なにかの暗号」として意味を見出そうとする立場があります。 前者の場合は、あらためて剣を新調なさって礼拝をお続けいただければよいでしょう。 後者の場合ですが、私見ながら剣は煩悩を破るという能動的な意志力を象徴しますから、「剣がなくなった」ということは、ご自身の能動的・外向的な部分やら積極的に行っているなにごとについて再考することを示唆していると理解することもできます。 (同様の私見で、羂索は煩悩を抑える受動的・内向的な意志力の象徴と理解します)
くりかえしになりますが、御尊像と行者さんと貴方にはなにかの御縁があったわけですから、その縁を大切にする意味からも行者さんにご相談いただき、そのご教示に従われることが最善と考えます。
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Name: ペンペン
Date: 2011/02/05(土) 17:37
No:4119
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Title: 般若心経と法華経の2つで先祖供養して大丈夫ですか
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去年の5月頃に母親が自宅に訪ねてきた佛●護念会と言う新興宗教団体に加入しました。ただ入信時は自宅で先祖供養の為のお経を個人で上げるだけと言われ法華経をあげていました。ただ去年の年末から自宅にその教団の仏具などを購入させられて先祖の戒名などを 勝手に作り祭り込んでいます。そこで質問ですが我が先祖は何百年間も曹洞宗のお寺で先祖供養をしています。もちろん法事や葬儀などもそのお寺で行ってきています。曹洞宗は般若心経で御供養しますがずっと般若心経で供養してきている御先祖様を法華経などで 供養しても大丈夫なのでしょうか。新興宗教団体は宗派は関係なく全ての先祖霊は法華経だけでしか供養できないと言い張り今年に なって月に何度も訪ねては法華経を母親と一緒に唱えて帰って行きます。また戒名ですが正規の曹洞宗のお寺で付けて貰った戒名を 勝手に自分達で作って祭り込んでいます。戒名と行ってもお寺のお坊さんでなくただの一般の主婦が勝手に戒名を付けています。 自分としては曹洞宗のお寺で般若心経でずっと御供養していたのに教典の違う法華経で勝手に先祖供養している事と戒名までも勝手に 作り替えて祭り込みまでしている点が非常に気にかかっています。 こんな事をしていて御先祖供養は大丈夫でしょうか。 よろしくお願いします。
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Name: SPEED
Date: 2011/02/07(月) 17:26
No:4120
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Title: Re:般若心経と法華経の2つで先祖供養して大丈夫ですか
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こんにちは。
当方、ズブの素人なので立派なことは言えませんが、 法華経だけでしか先祖は供養されないなんてのは 大ウソです。
戒名を勝手に作り替えるなんて言うのも、罰当たりも甚だしい。
騙されてはいけません。
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Name: あき
Date: 2011/02/07(月) 19:23
No:4122
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Title: Re:般若心経と法華経の2つで先祖供養して大丈夫ですか
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好きにするのが一番ですよ〜。
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Name: ペンペン
Date: 2011/02/07(月) 21:03
No:4123
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Title: Re:般若心経と法華経の2つで先祖供養して大丈夫ですか
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色々とご意見ありがとうございます。
ただ自分が気になるのは自宅に曹洞宗のお寺で代々御供養してきた
正式なご位牌と戒名があるのにまた別に新しい独自の戒名を付けて
身霊入れなどの儀式など本格的な事を行っている事です。
1人の御先祖様が2つの名前を与えられて2つの仏壇があると言う
状態で本当に大丈夫ですか
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Name: あき
Date: 2011/02/07(月) 21:42
No:4124
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Title: Re:般若心経と法華経の2つで先祖供養して大丈夫ですか
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それは〜ほっとくしかないですね。 気持ちの問題だからです、祈る。 アナタは禅宗を貫き通せばいいし。
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Name: みなみ
Date: 2011/02/05(土) 13:53
No:4118
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Title: 遠方のお寺、お墓
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母と弟が他界し、先祖代々の墓を守る立場になってしまいました。 お寺は車で4時間、墓はそこからさらに、車で1時間の山奥にあり、墓参りが苦痛でなりません。また、お寺の行事も多く、「あれが足りない。ここはこうすべきだ」と親戚に言われるのも、イヤでイヤで、たまりません。お寺の檀家でなくなる方法、お墓を処分する方法はあるのでしょうか?イヤイヤ供養をしても、仕方がないと思うのですが。私は既に嫁いでいますので、婚家のキリスト教に改宗したいと思っています。
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Name: SPEED
Date: 2011/02/08(火) 06:09
No:4126
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Title: Re:遠方のお寺、お墓
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私は今は墓守りではありませんが、いずれそうなるでしょう。 今住んでいるところから墓まで、電車で一時間、徒歩三十分と、あなたよりは比較的楽に墓参りできます。
私は毎月末に墓参り(簡単に、ですが)しています。
墓参りが嫌で嫌で、苦痛で…と言うのであれば、あなたな事情を理解してくださるご親戚などには頼めませんか?
お墓を処分…云々とか書いてありますが、それは最後の最後の手段にしてほしいと、個人的に思います。
キリスト教には、先祖供養と言う概念はないんですかね?
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Name: 勝運寺山主
Date: 2011/02/08(火) 08:23
No:4128
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Title: Re:遠方のお寺、お墓
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みなみさま 貴女は嫁がれて家を出たのですから実家の御墓を守する事はおかしな話です。 残念ながら貴女の御実家の墓は後継者がいなければ絶家と言う事になります。 貴女が嫁いだ時点で菩提寺の檀家では有りません。 実家が跡継ぎがいなくて絶家の状態ならば先祖供養は婚家のキリスト教のしきたりで行ってもOKですよ。嫌々のご供養ならば行わない方がましです。 追伸 貴女の親戚を悪く言うのは気が引けますが「どう考えても自分や一族の見えと体裁を考えて喋っているとしか思えません」 ちがったら御免なさい。
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Name: 新米僧侶
Date: 2011/02/01(火) 13:34
No:4107
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Title: 半装束念珠
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半装束念珠についてお尋ね致します。 水晶と組み合わせるのに、何れの珠に致せばよいか迷っております。黒檀が一般的のようですが、紫水晶をとも考えております。黒檀、紫水晶にする違い、理由などあるのでしょうか?また、お大師様はじめ、その頃におられた方は如何様な組み合わせの半装束念珠をお持ちだったのでしょうか?
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Name: 光明
Date: 2011/02/03(木) 22:03
No:4113
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Title: Re:半装束念珠
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いわゆる宝石・貴石といわれる紫水晶も宜しいかと思います、黄水晶などで作られる方も居られます。
宗派によって違うのかもしれませんが、真言宗では修法の内容によって使い分けてます。 厄除けや護摩の際、「息災法」では菩提樹を使います。 修法には息災、増益、敬愛、鈎召、降伏などがあります。 息災に菩提樹 増益には宝石類 敬愛には蓮華子 鈎召には雑色宝珠 降伏には金剛子を用いるとあります。
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Name: あすか
Date: 2011/01/28(金) 23:41
No:4100
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Title: 仏壇と位牌と仏壇の御本尊さん
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仏壇と位牌と仏壇の御本尊さんを買わなければいけないんですがお葬式にお金がかかりいっぺんに買えません。仏壇の御本尊さんは都合がつきました。仏壇がなくて位牌だけを作ってもいいんでしょうか?
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Name: 菊雅
Date: 2011/01/29(土) 05:07
No:4101
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Title: Re:仏壇と位牌と仏壇の御本尊さん
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良いと思います。
うちは箱の仏壇が無くて、低い箪笥(引き出し型の収納ボックス)の上に白い布をひいてその上にご本尊様や位牌をお祀りしています。 (ご本尊様は板などを下に入れて一段高くしています。)
初めのうちは線香立てやロウソク立等は100円ショップで揃えました。 凜は、仏具屋さんで揃えた方がいいです。
箪笥等の高さですが、できれば腰の高さぐらいが丁度良いです。
箱などに置いてお祀する場合は、ロウソクを点けた時に上の方がけっこう熱くなりますので火事にご注意ください。
お坊様がこられる時などは、小さなテーブルを前に置いて白い布をかけ、その上に線香立て・ロウソク立て・凜などを置くと拝みやすいです。
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Name: あすか
Date: 2011/01/29(土) 07:57
No:4102
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Title: Re:仏壇と位牌と仏壇の御本尊さん
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菊雅さんありがとうございます。とりあいず位牌だけでも揃えて仏壇はのちのち買うとします。
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Name: フクフク
Date: 2011/01/10(月) 21:46
No:4081
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Title: 基本の様なことですが。
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仏壇、位牌を「入仏式」あるいは「開眼供養」する場合仏壇をお寺さんに持って行くんでしょうか?お坊さんに自宅迄来てもらえればいいんでしょうが。事情があり出来ません。位牌はともかく仏壇はかさばります。それと当方にも故人にも信仰している宗教がありません。
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Name: 健
Date: 2011/01/11(火) 15:46
No:4084
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Title: Re:基本の様なことですが。
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私の場合、小型仏壇だったので寺まで車で運んで、入仏してもらいました。後、位牌など増えたら、その位牌だけ持って開眼してもらってます。寄付は寸志です。
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Name: 菊雅
Date: 2011/01/13(木) 08:58
No:4085
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Title: Re:基本の様なことですが。
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開眼供養は仏壇にお祀りする仏像や仏様の掛け軸にするものですから、仏像や掛け軸をお寺さんに持って行っても良いと思います。 信仰している宗派が無いということですが、ご位牌を作るということは、戒名をお寺さんから頂いているはずですから、そのお寺さんの宗派で開眼供養をして頂いたほうがよろしいと思います。 ご本尊様もそのお寺さん・その宗派のご本尊様が良いと思います。 ご位牌に戒名を入れる場合、宗派によって多少の違いがあります(ご位牌を作らない宗派もあります)。
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Name: ケンケン
Date: 2011/01/13(木) 20:41
No:4086
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Title: Re:基本の様なことですが。
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ご回答ありがとうございます。戒名は無宗教と言う事で大阪の四天王寺さんで付けてもいました。仏像や掛け軸の類はありません。此の様な場合どうすればいいんでしょうか?
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Name: 菊雅
Date: 2011/01/13(木) 22:26
No:4087
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Title: Re:基本の様なことですが。
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仏像叉は掛け軸は仏具屋さんで売ってます。 もし四天王寺さんで購入できるのなら、そうしてください。 仏壇は仏様をお祀りしないと、ただの箱と同じですから。 四天王寺のご本尊様は観音様?だったような気がします。 確認してみて下さい。
あと、少し前に別の相談をしてますよね? 違ってたらすみません。 ちょっと気になったのですが、その相談で分骨とありましたが、元の遺骨がある家の方では戒名を頂いて無いのでしょうか? もし戒名を頂いてたなら戒名が二重になってしまうのでは? (戒名が同じなら問題ないですけど) まぁ〜二重になっても問題が無ければ、この話は無視してください。
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Name: 菊雅
Date: 2011/01/14(金) 12:45
No:4088
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Title: Re:基本の様なことですが。
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追記で、
ちなみに、私の場合は仏様を和紙に書き写し色を塗った物を仏具屋さんで掛け軸にしてもらいました。 一番小さい掛け軸で製作費が7千円ぐらいでした。
あと、仏様をお祀りするように書いてありますが、けしてどれかの宗派に入りなさいと言うことではありません。 わたし的ですが、 やはり成仏(仏様に成る)してもらうためには、仏様に導いて頂く・お力添え頂くのが一番確実ではないかと思っているからです。
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Name: ケンケン
Date: 2011/01/14(金) 22:25
No:4089
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Title: Re:基本の様なことですが。
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菊雅様ご回答ありがとうございます。戒名は実家で頂いた戒名を使います。ちなみにこちらでつくる位牌は実家と同じ形式じゃなくてもいいんでしょうか?
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Name: 菊雅
Date: 2011/01/15(土) 04:53
No:4090
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Title: Re:基本の様なことですが。
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同じ形式にしてご位牌を小さくするか、簡素にするとかでもいいんじゃないですか。 実家さんのご位牌より大きいとか、違う宗派さん形式とかにしなければ問題無いと思います。
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Name: フクフク
Date: 2011/01/28(金) 23:33
No:4099
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Title: Re:基本の様なことですが。
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回答してくれましてありがとうございます。
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Name: 黒檀
Date: 2011/01/19(水) 02:24
No:4091
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Title: お護摩について
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以前、千日回峰行を満行なさった阿闍梨様の護摩の後、 お加持を受けました。
その後、願いが叶ってからというもの、何か願いがあれば近くのお寺に行って、護摩木を書いているのですが、
やはりお護摩を焚いているときに、臨席の上、願ったほうが良いのでしょうか?
仕事上、お護摩の時間に抜けることもできないのですが。 28日は初不動でもあり、仕事を抜けてお護摩を拝みたいのですが、時間が取れるかどうか…
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Name: 天台沙門
Date: 2011/01/19(水) 09:38
No:4093
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Title: Re:お護摩について
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願意がかなわれたということ、おめでとうございます。
さて、加持祈祷の際の臨席ということですが、事情によってかなわないならば、それはそれで仕方ないと考えます。 身も蓋もない話ですが、祈祷供養にせよ回向法要にせよ、僧侶は施主さんの代理で修行しているわけです。「代理」という点を考えれば、その場(神仏の御宝前)にいることができないので代わりに御祈願を、ということも含まれてきます。ですから、必ずしも臨席の必要はないといえます。
実際のところ、願意がかなうかどうかは祈祷をして神仏の加護をいただくだけでは不充分で、日常生活という現場で人が自身の最善を尽くす必要があります。それがあるべき姿ですから、まずは日々の生活のなかで神仏の加護を意識しつつ、願意がかなうようご精進いただければ、それでよろしいでしょう。
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Name: 黒檀
Date: 2011/01/22(土) 22:31
No:4094
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Title: Re:お護摩について
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ありがとうございます。
28日は何とか都合つきそうなので、行って参ります。
護摩堂の中には入れませんので、寒空の下、なーまくさーまんだーとやってきます。
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Name: かっぱ
Date: 2011/01/02(日) 17:44
No:4063
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Title: 塔婆について
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はじめまして、お寺について質問できる場所があり助かります。 昨年祖母が他界し、まもなく一年がすぎます。 で、塔婆をお寺に返しに行く事になったのですが、家族そろっていくべきものなのでしょうか? またこのときの服装は、どのような感じでしょうか? このような事は初めてなので、どうすべきか分かりかねますので、ご教示願います。
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Name: 尊明 [URL]
Date: 2011/01/03(月) 20:49
No:4067
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Title: Re:塔婆について
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出来れば、皆さんで行かれることをおすすめします。
いかなければならないというものではありませんが、 お礼の気持ちを表すという意味でも・・・。
処分しに行くのではなくお礼に行くのですから、 出来るだけ清楚な服装がいいでしょう。 喪服でなくともかまいません。
もっとも、この事で、お寺様がこうしなさい。ああしなさい。という決まりごとはないと考えます。
もう少し気楽でいいのではないでしょうか。
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Name: 天台沙門
Date: 2011/01/05(水) 09:53
No:4073
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Title: Re:塔婆について
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私の預かる寺のある地域には、卒塔婆を寺に返す、という風習がありません。 ですから、まず第一に卒塔婆を返す先のお寺の住職さんに、何をどうすべきかお訊ねになることが間違いないと考えます。
例えば、一周忌の法要にあわせて「卒塔婆を返す」ならば、「返す」だけの支度ではなく一周忌の法要そのものの支度が必要ということになります。もしかしたら、返す際の卒塔婆は奇麗な紙で包まねばならないなどという、その地域独特の風習があるのかもしれません。
以上、ご参考までに。
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Name: かっぱ
Date: 2011/01/10(月) 18:18
No:4080
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Title: Re:塔婆について
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昨日、返しに行ってきました。 お墓のお寺と、菩提寺となるのでしょうかもう一つお寺があって、なかなか難しいです。 お墓のお寺に卒塔婆を返しに行ってきたのですが、親からは「寺に卒塔婆を返しに行く」ということだけを聞かされていたので、菩提寺の方かどちらかわからなかったのも、混乱の一因だと思います。 半時間ほどでしたが、行ってよかったです。 参考になりました。有難うございます。
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Name: 和
Date: 2011/01/04(火) 12:41
No:4069
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Title: 檀家名義変更
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実家でお世話になっているお寺の檀家名義が、父亡きあとに母が再婚した相手(義理父)の名義になっています。 つい最近、母が病死したために、義理父は実家の財産をすべて売却処分し、転居しようとしていることがわかりました。 このため、檀家名義人を義理父から私が引き継ごうと考えております。 なお、私は既に結婚し、妻方の名字になっていますが、妻方では付き合いのあるお寺も墓地も持っておりません。(今後、持つこともありません)
どのように手続きすればいいのでしょうか? 宜しくお願いします。
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Name: 水波坊
Date: 2011/01/05(水) 09:05
No:4071
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Title: Re:檀家名義変更
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檀家さんに関しては、別に法律で定められた手続きはありませんから、寺としては、ご家族で円満に話し合われて、みんな合意の上であればどたらが施主であっても構わないと思います。 そのあたりは寺に直接、相談するのが早いです。 あとは、名字自体も変わるわけですから、形の上で義理の父親が仏壇その他をあなたに引き渡して離檀し、あなたが新たに檀家として寺に入る、というやり方もあるかとは思います。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2011/01/07(金) 16:16
No:4079
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Title: Re:檀家名義変更
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檀家名義変更に関しましては名義変更の書類だけで大丈夫です。 この件につきましては拙僧の拝読しての感想ですが本来の持ち主に 戻っただけと言う感想です。義理のお父様には申し訳ありませんが貴方に経済力が付き菩提寺とのやりとりができるまでの橋渡しを仏様が義父にお願いされたとしか思えません。 これで誰はばかることなく父母や貴方の本来のご実家の供養が出来ます。これもやはり縁で在り仏様やご先祖様の導きであると感じます。合掌
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Name: 竜也
Date: 2011/01/03(月) 03:24
No:4064
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Title: 無題
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父の13回忌で、主催の長兄が案内状を出さない兄弟がおります。 私は5人兄弟。長兄と長姉及び次男と不仲で、13回忌に長姉・次男には 案内状も出さないと言っております。7回忌までは兄弟5人とも出席し ておりました。出る出ないは本人の意思、案内状だけでも出すべき、 出さないと私達も出づらい、父も浮かばれない、と説得をしております がなかなか折れてくれません。 この様な場合、@主催する長兄の意志を尊重すべきでしょうか? それとも、A飽くまでも案内状を出すよう説得すべきでしょうか? 案内状が2人に出されなくとも私共夫婦は出席しますが、 B2人には事前にはなしておいた方が良いでしょうか? (2人とも今年が父の13回忌であることは知っていると思います)。
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Name: 想月
Date: 2011/01/03(月) 20:34
No:4065
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Title: Re:無題
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なかなか難しい問題ですねぇ〜。
どんな事で兄弟喧嘩をしてるのでしょうねぇ。?
これから書き込みする文面は私個人としての意見です。
私としては長兄には内緒で法事の日時や場所を伝えますね。 ご親戚などを通してでも… 若しくは、直接でも… しかし、私から聞いた事は内緒にしてもらいます。
兄弟がせめて供物を…と言うのなら自分の名前を使って供物をお供えします。 兄弟の名前を出したら収集がつかなくなりますからねぇ。
また、疎遠になりつつある兄弟には日を改めて菩提寺に来て供養してもらう。
どうでしょうかねぇ。
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Name: 尊明 [URL]
Date: 2011/01/03(月) 20:44
No:4066
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Title: Re:無題
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難しい問題ですね。
さて、法事とは何でしょうか? 故人のためにするだけでなく、法事を通じて遺族の縁を 感じ、故人に感謝の心を向けることであると考えます。
ですから、出来れば、説得され、皆さんが参列されるのが望ましいと考えます。
しかしながら、施主の判断となります。
当方にも、遠方で参加できないとかの理由で、別々に法要を厳修するケースもたまにございます。
供養の観点からすると、それぞれの方法でやればいいという事になりますが、可能であれば、この機に法事とともに仲直りが出来ればよいと考えます。合掌
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Name: 天台沙門
Date: 2011/01/05(水) 09:42
No:4072
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Title: Re:無題
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現実問題として、ご親戚間の仲違いの結果として同じ仏様に対して2回以上の法要をせざるをえない場合はあります。
法要をうけたまわる立場としましては、「呼ばなくてもかまいませんよね?」と訊かれれば「形式としてご案内の手紙だけでも出すことをお勧めします」とお答えしますが、あくまでも誰に参列の案内をするかは施主の判断です。
以上は、「第三者」である寺の者の公的な言葉ですが、そうはいっても法要には故人に有縁の方にたくさん集まっていただきたいということが僧侶一般の間隔でしょう。 ですから、 Aについては、ご自身の意見としては案内状を出すことを勧めるが、施主の判断を尊重する旨もあわせてお伝えする。 Bについては、「連絡があるかどうかはわからないが」と前置きをしたうえで、日程をお伝えする。 ということがよろしいのではないでしょうか。
正直なところは、「不仲」の原因にもよりますので、ご参考までにとしか申し上げられません。悪しからず。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2011/01/07(金) 15:01
No:4078
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Title: Re:無題
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本当に難しい問題ですがこの様な状態を亡くなられたお父様が見たらどの様に思われますか考えてみてください。 回忌法要とは、そもそも先亡者の霊をなぐさめ、そして感謝を表す事なのです。 父母が在り、先祖が在るからこそ今の自分が在る事を理解するべきです。 ご長男が長女や次男に連絡をしないのであれば貴方が電話にても良いですから法要の日時と場所を連絡してあげてください。 長男さんの父であると同時に貴方や長女さんや次男さんの父でもあるのです。 そこの処を良く考えて見てください。 答えが見つかります。合掌
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Name: 軽井沢
Date: 2010/12/20(月) 14:29
No:4043
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Title: 半装束念珠
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半装束念珠って何でしょうか?一般の檀家の私が持ってはいけないのでしょうか?私の家は数百年続いていて檀家も2千軒あるお寺の住職を、代々してきた家でしたが、大僧正であった祖父の代でお寺が欲しい僧侶によって寺を追い出されてしまいました。その祖父が私に大きくなったら使ってくれと形見に残した半装束念珠があります。私は30代のサラリーマンですが、僧侶になるつもりもありません。そんなに私が祖父の形見の半装束念珠を使う資格はありますか?水晶と紫水晶の玉を貫いている糸は赤で、白い玉の房?がついています。
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Name: 水波坊
Date: 2010/12/21(火) 14:05
No:4048
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Title: Re:半装束念珠
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普通、法会等で伴僧・識衆が使うものですよね。一般の方が使う事はないと思います。資格は…と問われれば、まぁ、別に資格というものではないでしょうが、普通は…というところです。 恐らくおじいさんは、あなたに僧侶になって欲しかったのかも知れないので、そう言ったのかも知れませんね。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2011/01/07(金) 14:38
No:4077
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Title: Re:半装束念珠
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半装束念珠ですが本来、在家の方がお持ちになるのは珍しいです。 しかしながら今回は亡くなられた老僧の形見でもあり大僧正まで勤め上げた方が使われた形見の品ですので大事にお持ちになられると良いと思います。ただし、他家の葬儀や法事でお使いになられるのは避けてください。目敏い僧侶ですと気分を害される方もおられます。 老僧の法要の時だけはお使いになられても差しさわりが無いと思います。もし念球の事で僧侶から聞かれたら堂々と祖父の形見である事を説明してください。 この半装束念珠は間違いなく貴方の家の家宝になります。 大事にしてください。
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Name: 京丸
Date: 2011/01/06(木) 15:09
No:4074
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Title: 白位牌
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ここで回答が見つかればいいなと思い書き込みました。 前年に父を亡くしました。 すでに49日も終わっています。 ひょんなことからお寺に預けた白位牌が他人の家にあることがわかりました。 住職に話をしたところ、知らぬ間に許可なく持ち去ったようです。 本位牌にしているとはいえ、当家には許しがたいことです。 警察に相談したところ、お寺からの届けは受けるとのことだったので、住職に被害届けを出して欲しいと言っても出してもらえません。 いくら本位牌に魂を入れたと言っても住職に今後お世話になりたいと思えません。 当家としては被害届を出していただく等して、白位牌をあるべきところに戻していただければそれだけで良い話です。法律論をするつもりはありません。 今後他のお寺でというのは難しいでしょうか? 現在のお寺は父の死後からのお付き合いです。
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Name: 天台沙門
Date: 2011/01/06(木) 23:18
No:4075
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Title: Re:白位牌
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それは不愉快なことと、お察しします。
私としては、なぜ他家の白木の位牌を持ち帰るのか、という動機のほうに関心をもってしまいます。また、許可なく持ち出されたもの(窃盗罪!)について原状回復を要求しない住職についても、その理由が気になりますね。
それはさておき、寺院サイドの原因によるトラブルを理由に離檀することについては檀家の正当な権利と考えます。 ただし、その寺に墓所を設けていたりすると、離檀にあわせ墓所の撤去費用を請求される可能性があります。また新規に墓所を設けるなどの出費も想像できますから、これらに対して「これこれの理由で請求された撤去費用は当方の受けた精神的苦痛に対する損害賠償とを相殺すべし」など最終的には「法律論」で解決せざるをえない問題に到ってしまうのではないかと危惧します。
以下、率直に申し上げます。 「父の死後からのおつきあい」ということは葬儀社の紹介によるものと想像できますが、もしそうであり、その住職さんに不信感をおもちならば、あらためて信頼のおける方をみつけたほうがよろしいと考えます。
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Name: 勝運寺山主 [URL]
Date: 2011/01/07(金) 08:37
No:4076
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Title: Re:白位牌
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京丸さま 大変不愉快な思いをされましたね。 白木の位牌ですが本来は魂抜きをした後はお焚きあげのご供養をいたします。ただしさすがにお寺でも何時も行うわけではなく年に数回行う程度ですのでそれまでは最近では個人情報の保護の為厳重に保管をいたします。 戒名を書いて有るならば之を勝手に寺から持ち出す事は窃盗罪が成立します。また、白木の位牌ですので故人の戒名や生前の名前等が書いて有りますので此れは個人情報にあたりますので住職は@守秘義務違反とA契約不履行を犯した事になります。どちらにしても軽犯罪がせいりつします。これを黙認するような住職でしたらお付き合いは控えた方が宜しいかと思います。
注釈 @(守秘義務違反)個人や企業が情報の流出により被害をこうむる可能性のある文書(個人情報、企業機密文書)が含まれる物を本人以外が内容を流出させる事。 また本人や企業が発表する文章を公示文書と言います。 葬儀時の立て看板は遺族の承諾において立てますのでこの時は期日付公示文にあたりますがそれ以外は公示できません。
A(契約不履行)この場合の契約は(京丸様が住職に白木位牌の供養をお願いしたことになります)のでこれを行う事が出来なくなったために成立します。
最悪の場合ですが住職が他人に白木の位牌を転売(戒名)した可能性があります。
いずれにしても問題のある住職ですので気おつけてください。
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Name: フクフク
Date: 2011/01/04(火) 07:20
No:4068
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Title: 遺骨の扱い
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内縁の妻の遺骨を分骨してもらいました。現在自宅に置いています。お墓は今のところ考えていません。仏壇を買うとしまして位牌と遺骨はどの様に扱えばいいんでしょうか?仏壇には位牌しか奉れない様なことを聞きました。
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Name: 尊明 [URL]
Date: 2011/01/05(水) 05:53
No:4070
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Title: Re:遺骨の扱い
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位牌と仏壇(本尊)は、お知り合いのご住職に開眼法要をしてもらってください。 お知り合いがなければ、仏壇店でも紹介してくださるでしょう。
仏壇は、ご本尊を祀る為のものです。 その横に位牌を置かせていただいているのです。
その事を理解されたうえで、仏壇に安置されるといいでしょう。 仏壇の中に入れてはいけないということではありません。
分骨ですから、骨壷も小さいことでしょう。
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Name: やす
Date: 2010/12/15(水) 15:49
No:4025
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Title: 教えてください
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私の家は浄土真宗です。しかし家の仏壇には真言宗の位牌(先祖が真言宗?)があります。さらに真っ黒で読むことができない位牌もあります。この位牌は今のままでは駄目なのはわかっていますが、どうしたらよいかわかりません。教えてください
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Name: 天台沙門
Date: 2010/12/16(木) 09:38
No:4029
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Title: Re:教えてください
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ご質問の趣旨が「位牌の復旧」という点でしたら、仏具屋さんにご相談いただくのがよいでしょう。黒漆の上の金泥の文字が読めなくなったと推測できますので、文字の跡を読み取って復元することが可能かもしれません。
または「家のご宗旨と位牌のご宗旨の違い」という点でしたら、まずは「ご先祖様=ご自身に有縁の方々」という理解で真宗式の法要を営まればよいでしょう。
いずれにせよ、第一義的にはおつきあいのある住職さんにご相談いただくことが最善と考えます。
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Name: 福島
Date: 2010/12/10(金) 23:41
No:4015
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Title: 仏の概念
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供養の中でよく『成仏する・しない』というのを耳にします。この成仏とは、一体どういう状態を指すのでしょうか?私見ですが、仏とは、俗務を捨て、ひたすら血の滲むような苦行を続け、ようやく悟りに到達した一握りの人達という印象があります。従って、人が亡くなり、遺族の供養によって(いわば他力によって)『仏に成る=成仏』ということが本当にあり得るのでしょうか?成仏の仏と、崇め奉られる仏陀としての仏とは異なるのでしょうか?
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Name: 一九
Date: 2010/12/11(土) 06:17
No:4016
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Title: Re:仏の概念
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人間は死んだ後もずっと学び(気づき)続けて、少しづつ成仏に近づいてゆきます。 それは釈迦の成仏と本質的に同じものですが、釈迦は全体意識であるのに対して、人間はカルマ(心理)が残された個としての全体意識で、再び輪廻を選びます。
家族の供養というのは、生前の執着を解くために家族関係をよくすることがとても大切なのです。 家族関係にはその人のカルマが集積されているからです。 家族は親子関係で代々連鎖していますから、先祖供養ということになります。 ですから供養といっても〜回忌といったものではありません。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/12/11(土) 17:28
No:4017
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Title: Re:仏の概念
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>成仏の仏と、崇め奉られる仏陀としての仏とは異なるのでしょうか?
異なります。 前者は仏教の本義でいうところの「仏」ではなく「死者の人格」を意味しますが、後者は救済や守護という宗教的な機能をもった「仏格」を意味します。 具体例として、歴史的人物である「釈尊」は前者であり、仏教の本質そのものを象徴した「釈迦如来」は後者です。
古典仏教的には、「肉体などの存在の制約から完全に離脱した状態」を「無余涅槃」といいますが、この境地は心の惑いを消しただけでなく執着の原因となる肉体も消した状態とされますから、これをもって「死」そのものが「涅槃」であり「死=成仏」とする解釈が発生します。 密教的には、死によって肉体から人格の象徴である魂が解放され、死者の人格が大日如来という仏格と一体化することをもって「死=成仏」と理解できます。
いずれにせよ、肉体のもたらす種々の感覚が執着つまり解脱への障害となるという認識が根底にあることを指摘しておきます。
さらに日本の民俗信仰として、死者の魂(荒霊)は鎮魂儀礼を繰り返すことによって神(和霊)に変容し、生者に対する守護や利益をもたらすという意識があります。これが、仏教儀礼に基づくと、死者の魂をご供養することで仏様になり(=成仏なさり)子孫を守護する利益をもたらしてくれるというわけです。 「成仏させるために供養する」のは、カミ祀りを仏教式に行っているということですね。
なお仏教用語で「他力」といった場合、阿弥陀如来の本願によって極楽往生すること、を示します。
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Name: 福島
Date: 2010/12/12(日) 18:49
No:4020
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Title: Re:仏の概念
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一九様、天台沙門様ありがとうございました。本当よく分かりました。謎が解けました!
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Name: とうまま
Date: 2010/12/06(月) 12:16
No:3980
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Title: 教えてください
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私の実家は浄土真宗で、主人の実家はある宗教です。私と子供はそこには入会してません。この先、私と子供に何かあって葬儀となった時、私の実家の浄土真宗の宗派のお寺のお坊さんをお願いしてもいいのですか?私自信、小さい時から浄土真宗のお経を聞き慣れているのもあり、新しい宗派よりもこのまま実家と同じが良いのですが…
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Name: 天台沙門
Date: 2010/12/07(火) 10:28
No:3994
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Title: Re:教えてください
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私としては、ご夫婦の将来の問題としてきちんとお話ください、としか申し上げられません。
本来、信仰は個人のものですから、葬儀をはじめとした宗教儀礼は、その人が信じている信仰システムに則って行われるべきです。 なおかつ、現代日本の宗教儀礼のありかたは、生者は神式・死者は仏式・そのうえでキリスト式の儀礼も普通に受容するという、好い意味での無節操です。これは明治の神仏分離以前の意識の延長です。 ならば、個人の信仰は自由かというと、そうでもありません。江戸時代の寺請制度の延長であるイエ(一族・世帯)の信仰で葬儀をするという習慣が残っています。もちろん人間の感情の問題として、一家が同じ信仰をもっているほうが安心できるという点も大きいでしょう。
よって現実問題として、貴方のご葬儀の際に喪主となるであろうご主人が、ご自身(およびご婚家)の信仰と異なる貴方の信仰を認められるか、という切実な問題が発生します。 これは、ご主人のご実家の信仰システムが、他の宗派・宗旨に対しどのていど寛容であるか、という問題にもなるのですが、例えば、キツい信仰ですと他宗の儀式への参加はおろか他宗に一般的な敬意をはらうことすら認めませんし、ユルい信仰ならば「現世利益は我々の信仰が一番だが、先祖供養はご先祖のお寺に任せなさい」という立場をとられます。
お墓のありかた、どちらかの死後の儀礼のありかた、お互いに話し合われた上でご両者のご親戚の了解も得ておくだけの支度は必要かと考えます。
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Name: はは
Date: 2010/12/06(月) 13:39
No:3982
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Title: おしえてください
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はじめまして お尋ねしたいことがあります。夫の父の祥月命日(お寺さんなし)と私の祖母の7回忌が同じ日になってしまいました。朝から法事が行われるので、祖母に手を合わせてからすぐに移動し、義父に手を合わせに行こうと思っているのですが、いけないことなのでしょうか? 嫁ぎ先を優先にするべきなのでしょうか?
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Name: 菊雅
Date: 2010/12/06(月) 18:14
No:3984
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Title: Re:おしえてください
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いけないことではないでしょう。
どちらかと言うと七回忌の方を優先すると思いますよ。 だって、祥月命日は毎年ありますが七回忌は一度しかないですからね。
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Name: あかしや
Date: 2010/12/05(日) 11:09
No:3975
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Title: 脇持について。
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脇持についての質問です。例えば、釈迦如来の脇持はご承知の通り、普賢菩薩と文殊菩薩です。普賢菩薩は徳、文殊菩薩は知恵の菩薩でいらっしゃいますが、釈迦如来は万能であって、徳も知恵も充分に兼ねていらっしゃると思うのですが、なぜ改めて徳の菩薩と知恵の菩薩を脇に置くのでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/12/06(月) 09:39
No:3979
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Title: Re:脇持について。
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歴史上の釈尊(=人格)とは別に信仰の対象としての釈迦如来(=仏格・神格)を考えた場合、その象徴するところは「仏教の本質」であろうと考えられます。 その仏教の本質とは「智慧」と「慈悲」です。 この2点があることを意識するために、あえて「智慧」を象徴する仏格として文殊菩薩を、「慈悲」を象徴する仏格として普賢菩薩を、それぞれ個別の存在として提示していると考えられます。
「智慧」とは十二因縁をはじめとする理論体系であり、近代西洋哲学における「理性」といってよく、「慈悲」とは修行の動機となる他者との共感能力であり、こちらは「感性」といってよいでしょう。 「智慧」と「慈悲」は、「理論」と「実践」もしくは「アタマ」と「ココロ」と言い換えてもよく、つまりは、どちらが欠けても仏道の成就には至らず、文殊菩薩に体現される智慧の実践と普賢菩薩に体現される慈悲の実践とを共に行ずることが必要であるということ、どちらをも意識せねばならないということ、そして別々の心的機能である「智慧」と「慈悲」を統合したものが「覚り/悟り」であるとすることを、三尊像という形式で象徴していると理解できます。
ところで、釈迦如来の脇侍を呼ぶときは「文殊・普賢」と「智慧・慈悲」の順で呼ぶのですが、阿弥陀如来の場合には「観音・勢至」と「慈悲・智慧」の順で呼びます。これは、釈迦如来という仏格は「智慧」の面が重視されるべきものであり、対して阿弥陀如来は「慈悲」が重視される仏格だからである、と梅原猛『仏像のこころ』(集英社文庫)で指摘されております。
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Name: あかしや
Date: 2010/12/06(月) 17:57
No:3983
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Title: Re:脇持について。
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菊雅様、天台沙門様ありがとうございます!大変参考になりました。不足を補うために脇持が存在するのではなく、むしろその逆、本尊の知恵と徳を強調するために力を合わせ、あたかも光を束ねるがごとく、その太い威光によって人々を救おうとなされているという点がよく理解できました。菊雅様のわかりやすい解説、天台沙門様の専門的で的確な解説、ありがとうございました。
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Name: 佐藤
Date: 2010/12/03(金) 04:49
No:3972
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Title: 人形供養
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佐藤と申します。人形供養の事でご相談が有ります。先日、掃除中に私が子供の時に飾っていた五月人形が出てきてどうしたら良いかと悩んでいます。兜や他の装飾品は無く、むき出しの人形のみなので人形供養に出したら良いのか、人形自体は傷などは無く綺麗なので又装飾品などを買い揃えて飾ろうか悩んでいます。お人形にとって一番幸せな形をと思いアドバイス頂けたらと思います。宜しくお願いします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/12/05(日) 09:52
No:3974
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Title: Re:人形供養
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「人形にとって一番幸せな形」でしたら、やはり装飾品を新調なさって飾られることをお勧めします。
理由は「もったいない」からだけではなく、その五月人形には貴方の健康や幸福を祈って贈ってくださった方々の気持ちが込められているからです。ですから、人形を大事にするということは、そういった祈りを大事にするということになります。 できることなら、そういった気持ちを貴方ご自身のお子さんに、人形とともにお伝えください。
〈追記〉 上記の2010/12/04_17:24[3973]:「処分なさるなら、お塩を人形にかけ般若心経を唱え燃やしてください。お好きにどうぞ」の投稿者は2010/11/26_21:49_[3959](削除済)の投稿者と同一の方でしょうか? 【仏事の相談室】内の《天台沙門》というハンドルは、私が2008年なかごろより使用しておりますので、以降は重複ハンドルの使用をご遠慮ください。
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Name: 太陽
Date: 2010/11/28(日) 11:40
No:3962
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Title: 【空】について
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写経の一年生です。【空】についてある人に相談したところ「空=つまり何も無い。あらゆる有が無から出発し終局的には無に帰着する」という解釈を得ました。しかしこの解釈には違和感がありました。無が出発点だとしたなら有が生まれる余地はないし、世の全てが虚無なら虚しさしか残らないと思ったからです。そして今朝、ある仏教者の本を読んでいたところ、【空】とは何も存在しない(皆無)という意味ではなく、あらゆる形(有)を成す素材の存在する温床的な世界の総称であるというような解釈を得ました。【真如】という言葉でも言い表されるようなのですが、【空】とはつまり、何も無い、皆無・虚無ではないという解釈で正しいのでしょうか?詳しく教えていただければ幸いです。
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Name: 一般人
Date: 2010/11/28(日) 17:02
No:3963
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Title: Re:【空】について
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空が無であるという解釈は間違えであると、よく言われているところだと思います。無であるという解釈をする方に私は出会ったことはないですが、まだいらっしゃるんですね。貴重な存在にすら思います。
空はゼロに似ているという人もいます。ゼロは、何もないのではなくて、すべての数を含有していて無ではないのだと。間違ってたらすみませんが、そんな感じの解釈だったと思います。
無になりきれと、禅ではよく言われるところでもあります。 が、からっぽの中身のない人間になれといっているのではなく、ごちゃごちゃと自分で作った概念を離れろとか、くだらないことを考えるのをやめろとか、そんな意味あいの模様です。
空が本当に理解できれば悟りだという方もいます。空を理解し体得に至るには、それなりの時間が必要なのだろうと思います。
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Name: 太陽
Date: 2010/11/28(日) 19:06
No:3964
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Title: Re:【空】について
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一般人様ありがとうございます!空=虚無という考え方はやはり間違いなんですね。私に教えてくれた方は、結局は全てが虚無だからこそ、今の悩みも心配事も不要だという解釈でしたが、正直、釈然としませんでした。空は虚無のことではないと解釈すると、すっきりします。 皆様への追加の質問ですが、一般社会的において【空】はカラ、虚無という解釈になろうかと思われますが、なぜその【空】を有を成す要素の総称的世界を表す字に充てたのでしょうか?
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Name: 菊雅
Date: 2010/11/28(日) 20:30
No:3965
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Title: Re:【空】について
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遥か昔に使われた言葉(意味)を、一般社会(現代)の言葉(意味)と比べるのはどうでしょう? 虚無=広辞苑(携帯辞書)には「史記」老子の説として、 有無相対を超越した境地。 天地万物は一つと称する認識を超越した本体より〜〜と記載されています。 現代の言葉や感覚に合わせて解釈しようとすると、難しくなりますね。
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Name: 仏教徒
Date: 2010/11/28(日) 21:34
No:3966
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Title: Re:【空】について
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【空】の読み方には『そら』もあります。 『そら』は無限に広がり、宇宙ともつながっています。 宇宙は一見、何も無い空間にも見えますが、実際はいろんな星や物質に満ち溢れているんですねぇ。 つまり、【空】も無いように見えて実は在るものなのです。 すべては心の働きによるもので、在ると認識すれば在り、認識しなければ無いのです。
電車に乗って満員だと空いているイスは無いのですが、実際にはイス自体は存在するわけです。 お酒を飲んで中身が空になってもビン自体は存在するのです。 夢中になっていて気付かなかったけど、実はもう1時間経っていたりするのです。
仏教は『心』を重視します。 【空】は心の作用を表すためのもので、「気付けば在り、気付かなければ無い」、「在るのだけど無い、無いのだけど在る」というものなのですね。
ややこしいかなァ・・。(苦笑)
合掌。
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Name: 太陽
Date: 2010/11/28(日) 21:38
No:3967
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Title: Re:【空】について
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菊雅様ありがとうございます!虚無の歴史的ご解説ありがとうございます。たしかにそうですね。般若心経の中でも【色】という字が出てきます。これは現代でいうと(固有の形)のような意味らしく、単に字から意味を探ろうとすると確かに混乱します。すると【空】は昔で言うところの際限ない存在世界、というようなことを示したかったのでしょうか…
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Name: 太陽
Date: 2010/11/28(日) 21:49
No:3968
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Title: Re:【空】について
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仏教徒様ありがとうございます!「気づけば在る、気づかなければ無い」ということは心象的な存在空間を示しているということですかね。しかしそうなると具体的な色(形)が即ち空であるという解釈との関係でまた混乱してきます↓。私はまだ仏教に詳しくないので不愉快にさせたなら申し訳ありません。
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Name: 仏教徒
Date: 2010/11/28(日) 22:02
No:3969
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Title: Re:【空】について
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心が認識しなければ、形あるものも目に入りません。 一所懸命に勉強している時に差し出されたコーヒー。それに気付かなかったという経験のある人も多いと思います。 そこにコーヒーは『在る』のですが、いくら形があっても心が認識しなければ『無い』と同じになるのですね。
形にこだわらず、【空】とは『心の作用』だと考えると少しは判りやすいかも知れません。
ご参考までに。
合掌。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/30(火) 16:27
No:3970
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Title: Re:【空】について
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Q:【空】とはつまり、何も無い、皆無・虚無ではないという解釈で正しいのでしょうか? A:「空」≠「虚無」で正解です。
中村元『仏教語大辞典』によりますと、 【空】くう (1)うつろ。原語śūnyaは、ふくれ上がって中がうつろなことの意。転じて、無い、欠けた。またśūnyaはインド数学では零を意味する。(2)もろもろの事物は因縁によって生じたものであって、固定的実体がないということ。縁起しているということ。……(後略) と、あります。 原語に「虚ろ」という意味があるうえに、「固定した実体がない」という表現が「物質的実在がない」と誤解されてしまい、「空とは何も無いことで、皆無・虚無といってよい」という通俗的理解が生じたのですね。
すべての事物は、直接的原因を示す「因」と間接的原因や環境を示す「縁」によって発生しているから、関係性を離れたところで事物の存在を云々しても意味がない(関係性を吟味せねば意味がない)、ということが「空」という言葉の哲学的意味です。 なお、私は実践倫理としての「空」を「先入観から自由になれ」と理解しております。
〈余談〉 仏教の術語である「空」を「無」と表現する時代は仏教史的には2度ある。 初めは、仏教が中国に伝来した「格義仏教」と呼ばれる時代である。仏教の「śūnya」と道教の「無」が同じであると考え「śūnya=無」と翻訳した時代だが、śūnyaと無との相違が明らかになると「空」という訳語が確定した。 次いで、中国で禅宗が勃興した時代に「空」をあえて「無」と表現して以降である。これは、環境(=色)内部における「固定した実体」を否定するのみならず、認識主体たる自分という「固定した実体」をも含めて否定するために、「無」という術語を使ったと理解してよい。
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Name: 太陽
Date: 2010/11/30(火) 22:11
No:3971
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Title: Re:【空】について
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天台沙門様ありがとうございます!なるほど!「固定した実体がない」が【空】の根幹的な意であると納得致しました。例えば大地を流れる川は【川】という概念なり固定した形を保っていますが、手ですくって見れば、手の中に収まるのは【川】ではなく水であり、その水もさまざまな過程を経ての姿であって、氷(固体)、蒸気(気体)など無常の姿の中に【(物質を成す)素】は変化を重ねているわけですから、一点だけを捉えた固定性や概念は、単なる殻(空)にしか過ぎなくなりますね。【空】と【無】が同時に解けた思いです。
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Name: カマル
Date: 2010/09/16(木) 21:44
No:3840
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Title: 数珠について
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はじめまして。数珠についてお尋ねいたします。 真言宗の正式な数珠を持ちたいのですが、在家が持ってもよい数珠の大きさは、尺3でよいのでしょうか?お教えください。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/27(土) 13:52
No:3960
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Title: 管理人様ならびに各位
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上記、2010/11/26_21:49_[3959]の投稿者は、私こと(常連の)天台沙門とは別人でございます。 文字色・アイコンが異なるなど、とりたてての悪意は感じませんが「私ではない」ということは明らかにしておきます。
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Name: ぷー太
Date: 2010/11/21(日) 22:37
No:3951
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Title: 教えてください。
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私の母は一人娘であったのですが、私の父の家に嫁ぎ、名字も変わっております。 私は次男で、母方の祖父母が住んでいた家を引き継ぎ、お墓の世話をすることになっております。 必然的に、私とこのお墓の名前は違う名字なのですが、私は将来、このお墓に入ることが出来るのでしょうか? また、仮に私が嫁の名字を名乗ることになった場合(但し養子縁組はしない)、嫁共々、このお墓に入ることは出来るのでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/22(月) 15:08
No:3952
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Title: Re:教えてください。
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可能です。 理由は貴方が「家を引き継ぎ、墓の世話をする」からです。
そもそも「家を継ぐ」という慣習法的な内容には「墓を継ぐ」ということが含まれていますし、いまでも相続の対象となる権利とみなされる「祭祀権」というものがあります。具体的には、先祖祭祀の執行権や墓地を使う権利を持つということですから、家を継ぎ墓の世話をする人が自身の「祭祀権」を継承することも当然です。
名字の差異は関係ありません。
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Name: ぷー太
Date: 2010/11/23(火) 08:16
No:3954
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Title: Re:教えてください。
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天台沙門さま、明確なご回答有難うございました!
もう一点伺いたいのですが、名字が違う複数の人間が同じ墓に入る場合、墓碑にはなんと刻めば良いのでしょうか?
今現在は母方の名字が刻まれておりますが、今後は「先祖代々之墓」のような感じに改めるべきなのでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/25(木) 09:57
No:3957
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Title: Re:教えてください。
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施主さんの姓が変わった場合、いくつかの案はあります。
私の預かる寺での実例ですと (1) 「○○家之墓」を「××家之墓」という墓石に建て替え、「これこれの事情で、○○家墓所を××家墓所に改めた」との碑文を残す。 (2) そこに祀られている方々の戒名(および俗名・若年月日・享年)を記す墓誌スタイルの墓石にして、「○○家之墓」や「先祖代々之墓」という表記を止めてしまう。 (3) そもそも家の名を記せないデザインの五輪塔などにして、脇に戒名等を刻んだ墓誌を建てる。 (4) とりあえず現状維持。 というものがあります。
公営墓地ですと墓所のデザインは管理者(施主)さんの好みで決められますが、寺院墓地だと住職さんの同意を得ておいたほうがよいとおもわれます。でも本質的には、施主さんの好みで決めるべきものだと考えます。 今すぐ変えねば、という必要性がなければ「墓参らー」的に色々な墓地の様子を調べてみて、いちばん落ち着く感じのデザインにすればよいでしょう。
ご参考までに。
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Name: なみだ
Date: 2010/11/03(水) 07:56
No:3931
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Title: 中絶後の供養
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訳あって、中絶してしまいました。 自宅で供養をしたいのですが、どのようにしたらいいのかわからないので教えてください。
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Name: あき
Date: 2010/11/03(水) 09:49
No:3932
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Title: Re:中絶後の供養
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うちでは市販の短冊に「水子供養」と書いて仏壇に置き、普通の先祖供養と一緒に供養しています。信頼する霊能者&祈祷師から「水子の霊などこの世に存在しない」と言われ、心の安らぎとして上記の方法を教わりました。肉体と魂の関係で言えば、死とは肉体から魂が抜け出ることですが、逆に言えば、生とは魂が肉体に宿ることです。水子の場合は、完全に完成された肉体がないのですから、魂が宿る以前の段階、つまり、もともと魂は宿ってないと思います。お金をかけず、それでいて心が安らぐ方法がお勧めです。
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Name: のぶやま [URL]
Date: 2010/11/04(木) 11:54
No:3933
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Title: Re:中絶後の供養
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浄土真宗の寺の住職をしています。 私の寺のホームページ(http://www.mangyoji.jp/)内に掲載しています。「仏事あれこれ」の下方に「仏事の問い」Q2をご覧下さい。 ここでは流産のケースですが、中絶で申し訳ないとあなたの心にまだ深い溝が残っているようでしたらおすすめをします。そのままでもかまわないし、供養をしなかったから祟りがあるとか、そんなことは一切ありません。
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Name: 禅門
Date: 2010/11/04(木) 12:34
No:3934
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Title: Re:中絶後の供養
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縁があって、あなたのお腹に小さい命が宿った。しかし、自らその命の縁を断ち切ったことに素直に「ごめんなさい」という気持ちを持ってください。つまり、「懺悔」することです。悔い改めて、このようなことは二度と同じ過ちをしないと心に誓ってください。そうすれば、この罪は消えます。 供養は、その気持ちを持って、毎朝、仏壇の前で心静めて、手を合わすことです。 出来ましたら、お寺で水子供養することをおすすめします。 水子様にも「魂」はあります。そして、その魂は、生き続けます。あなたの心に
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Name: 安
Date: 2010/11/23(火) 18:57
No:3955
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Title: Re:中絶後の供養
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ご供養をされたいというお気持ち、とても尊いことと思います そのお気持の中に悔い改めるという気持ちが既に備わっているのでしょう それを外に表したいのではないでしょうか 私は首都圏のお寺に携わる禅僧です 私で良ければご供養のご回向を致します ご相談も受け賜わります この掲示板でお知り合いになったのも御縁でしょう。
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Name: 裕美
Date: 2010/10/27(水) 23:55
No:3926
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Title: 孤独死の方の供養
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知り合いの方が孤独死で亡くなりました。 死因や死亡日時も不確かな状態でしたが持病があったため解剖もなく特定されないまま、葬儀等もせずに荼毘にふしたそうで、全てが済んでから連絡がありました。元妻、子ともに付き合いも少なく骨仏に合祀するとの事で、納骨には参列するつもりでしたが、お身内との兼ね合いで見合わせる事になりました。 先日、お寺参りの時に、お香典代わりと思い一度ご回向して頂きましたが、今後どのように供養すれば良いのでしょうか?
子供の頃にかわいがって頂いた方なので、できる事はしたいのですが、恥ずかしながら経済的に毎回5千円のご回向はきついので…。例えば大阪にあります四天王寺さんや一心寺さんのように300円程度で、ご回向頂けるお寺はあるのでしょうか?
できる限りの供養をさせて頂ければと思います。
長文、乱文失礼致しました。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/05(金) 09:44
No:3937
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Title: Re:孤独死の方の供養
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>毎回5千円のご回向はきつい
事情がわかりかねますが、墓参のたびに布施料を納めることになっているのでしょうか? それが決まりだ、というのでなければ「○○さんの墓参にうかがいました」とお寺に挨拶をして、御仏前にお参りをすればよろしいと考えます。私の預かる寺では、墓参のたびに布施料をお持ちになる方はごく少数です。 どうしても僧侶に読経を依頼したいのであれば、祥月命日など年一度でもかまわないのではないでしょうか? 大事なことは、ご自身が「子供の頃にかわいがって頂いた方」のことを記憶し続けるということです。
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Name: 裕美
Date: 2010/11/18(木) 18:07
No:3950
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Title: Re:孤独死の方の供養
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ご返信ありがとうございます。 墓参の度に5千円と言う訳ではありません。 納骨は骨仏様として合祀されるそうですし、お参りにお金がかかる訳ではありません。が、合祀=沢山の方々と纏めての供養と言うイメージを持ってしまい、その方個人の供養をと考えていました。
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Name: 透子
Date: 2010/11/08(月) 13:51
No:3941
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Title: 宗派の違うお寺から頂いた御札について
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こんにちは。はじめてご相談させて頂きます。 私の家は真言宗(真言宗智山派)です。 私の母が毎年、老人会等の団体で、地元ではかなり有名な流行り神様の浄土宗(鎮西派)のお寺さんに、病気の治癒をご祈祷して頂きに行くのですが、この時、そちらのお寺さんから「御守り」と「御札」を頂いて参ります。
今までは、頂いてきたものを家の仏壇に何気なく置かせて頂いていたのですが、ふと、真言宗の大日如来様が飾ってある仏壇に、教義や御本尊の違うお寺さんの御札を一緒くたにして置かせて頂いていてもいいのだろうか?と思ってしまい、考え始めたら気になって気になって仕方がなくなってしまいました。
別の宗派のお寺さんから頂いた御札や御守りを、一緒に置かせておくのはよくないのでしょうか? また、よくない場合、どのような状態(仏壇の部屋から離す・置く位置向きや高さ等)で別の宗派の御札を置かせて頂くのが良いのでしょうか。 前の年に頂いた御札や御守りの処理の仕方もよくわからず、貯めこんでしまっております。 古い御札の処理方法も教えて頂けると有り難いです。 質問ばかりで申し訳ありません。 どうぞよろしくお願い致します。
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Name: 勝運寺 山主
Date: 2010/11/11(木) 07:28
No:3944
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Title: Re:宗派の違うお寺から頂いた御札について
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透子様 宗派違いのお札でも仏壇に置いていただいて大丈夫です。 また、古いお札はお近くのお寺に「お焚き上げ供養」をお願いしてください。
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Name: 透子
Date: 2010/11/15(月) 14:45
No:3948
| 解決
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Title: Re:宗派の違うお寺から頂いた御札について
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勝運寺山主様 御返答ありがとうございます。 宗派違いの御札でも大丈夫とのことで、モヤモヤが解消されて安心しました。 (菩提寺のお寺の若さんが子供時代の先輩で非常に相談しにくかったので、とっても助かりました) 「お焚き上げ供養」の御回向料の相場が少し不安ではありますが、一度相談しに伺ってみます。 本当にどうもありがとうございました。
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Name: こじぞう
Date: 2010/11/06(土) 23:48
No:3940
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Title: お地蔵さんについて
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お聞きしたいのですが、お地蔵さんはどうして赤い頭巾?襟巻き?をしているのですか??
些細なことかと思いますが、気になり投稿してみました。
よろしくお願いします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/11(木) 17:58
No:3945
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Title: Re:お地蔵さんについて
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「お地蔵さん」が「こども」だからです。 還暦の際に「子供に還る」と称して赤い頭巾や羽織を着ることと同じで、「こども」である「お地蔵さん」に赤い服を着せるのです。 赤は魔除けの色だといる理由は明らかですが、頭巾と羽織(前掛け)の理由はわかりませんが。
哲学者・梅原猛が「仏教的神格のうち、日本の民衆レベルの信仰を集めているものは不動・観音・地蔵であるが、不動明王は父を、観音菩薩は母を、地蔵菩薩は子を、それぞれ象徴しており、いわばキリスト教の聖家族的なイメージを分担させてきた。(『仏像のこころ』抄訳)」という説を唱えておられます。
この説の是非はさておき、ある時期から「地蔵菩薩」という仏格が「こどもそのもの」だったり「こどもの救済者」というイメージをもって信仰されてきたことは事実です。 宗教心理学的に解説しますと、幼くして死んだ不幸な子供の姿と地蔵菩薩との姿を重ねあわせることで、地蔵菩薩に対する行為が子供に対する行為へと代償されるのと同時に、子供の救済を地蔵菩薩に求めることで親自身も救済されていたのです。
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Name: まふもふ
Date: 2010/11/02(火) 14:16
No:3929
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Title: 母の位牌、その他・・
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ご相談したいことがあります。
なくなった母の位牌、母方の(兄弟の)位牌や、写真を整理したいと思います。 位牌を(写真も含め)まとめたいのですが、関する手続きや予算がどの程度かかるのかお教えください。
以前あるお寺では、1体一万以上かかるといわれました(位牌1体につきだったかな?記憶がぼやけていてすみません)。
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Name: 禅門
Date: 2010/11/04(木) 12:51
No:3936
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Title: Re:母の位牌、その他・・
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お位牌を整理するとは? ○○家先祖代々霊位の位牌なら、一体1〜3万円程度でないでしょうか。詳しくは、最寄の仏壇屋さんに問い合わせたほうが宜しいでしょう。 また、位牌を新しくする時は、お寺に開眼供養をして頂きます。お布施は3万円くらいでしょうか。 詳しくは菩提寺に確認してください。
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Name: まふもふ
Date: 2010/11/09(火) 13:02
No:3943
| 解決
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Title: Re:母の位牌、その他・・
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禅門さま、レスが遅くなりました。 仏壇屋さんに近いうちに聞いてみたいと思います。 ありがとうございました!
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Name: 菊
Date: 2010/11/01(月) 23:06
No:3928
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Title: よい方法ありますか?
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母方の祖父母が眠るお墓があります。生前たいへんお世話になり、深い恩愛があることから、仏事の供養を欠かしたことはありません。そのお墓に、生前祖父母を少しも優しくしなかった伯父夫婦が、死んだ後で入る話しが持ち上がっています。伯父(長男)夫婦は、祖父母を無理やり施設に追いやり、年金を勝手に遣い、祖父母の家を売り払って兄弟に財産の分配もせず、自分達のマンションを買いました。祖父母の通夜に親戚が交代で番につく中、この夫婦は他人事のように帰宅、遺体を告別式まで伯父夫婦のマンションに安置していたときも、ご飯もお茶も供えずほったらかしにし、親戚が忙しく動き回っていることを尻目に一日家にいるくせに食事も出さず、それぞれ自費でコンビニ弁当を買いました。告別式が終わった日には、皆で思い出を語るどころか、さっさと自分達だけ旅行に出かけました。一周忌も面倒だからと親戚が集まるのを拒み、線香を上げに行こうとすると露骨に迷惑な顔をします。伯父夫婦のせいで、何人もの親戚がバラバラになりました。今後、この伯父夫婦が祖父母のお墓に入ったなら、鬼と言われようが、伯父夫婦にだけは線香の欠片・花の一本も捧げたくありません。分骨等いろいろな方法はあると思いますが、祖父母のお墓は祖父母にだけ供養を送るにはどうすれば良いのでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/11/05(金) 10:24
No:3938
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Title: Re:よい方法ありますか?
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申し訳ありませんが、仏教的な観点では「○○を除外する」ということを正当化できません。
率直に申し上げますと、「祖父母にだけ供養を送る」ことでは「伯父ご夫妻を供養しない」ということが対になってしまいす。後者は四苦八苦のうちの「怨憎会苦」というやつですね。これでは本来は善事であるはずの供養が苦の因になってしまい、供養が供養になりません。
したがって現実的には、将来的には「嫌いな人の墓参をしたくない」のだから墓参を諦められ、御祖父母様のお位牌をお持ちになり、ご自宅のみでお祀りなさるという解決策が一点。もしくは、あくまでも墓参時には御祖父母様しかいらっしゃらないというご気分を保って伯父ご夫妻のことは努めて考えないようにすることが一点。 それくらいでしょうか。
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Name: 菊
Date: 2010/11/05(金) 19:52
No:3939
| 解決
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Title: Re:よい方法ありますか?
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天台沙門様ありがとうございます!まさに「祖父母だけを供養する」の対には「伯父夫婦だけは供養したくない」という考えが厳然とあります。仏教では許し、慈悲が大切なことは重々承知しております。が、祖父母も生前、長男(伯父)夫婦を良くは思っておりませんでした。私も伯父夫婦のことは親戚とも思っておりません。今後伯父夫婦がお墓に入ったなら、天台沙門様のおっしゃる方法の一つ「祖父母しか眠っていない」と思って、花から供え物から線香の台からすべてに祖父母宛の名前を書こうと思います。それと、現在位牌は伯父夫婦宅にあるのですが、白木のまま放置されているので、新たに位牌を作って家に安置しようと思います。アドバイスありがとうございます。
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Name: 美よ庵
Date: 2010/10/17(日) 23:15
No:3909
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Title: 無題
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はじめまして。 位牌のことでご相談します。 一人っ子同士の結婚です。先日、私の両親が他界しました。 もちろん位牌を作り 家に祀ってあるのですが、夫から「君は嫁いできたのだから 位牌はお寺に預けなければならないよ。この家にはおけないよ。それが常識!」と言われショックでした。 この少子化の時代 それぞれが自分の親の面倒も墓を位牌もみる。それでいいのだと思います。 ひとつの家に夫の両親の位牌、私の両親の位牌、二つを祀ったら 仏様のバチでも当たるというのでしょうか。
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Name: 空
Date: 2010/10/18(月) 19:26
No:3915
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Title: Re:無題
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当方真言宗の僧侶です。
少子化の時代でそれぞれが自分の親の面倒も墓を位牌もみる。 というのは、最近の常識になってます。 最終的には統一する事もあります。
ひとつの家に夫の両親の位牌、私の両親の位牌、二つを祀る というケースはよくあります。 最終的には統一されますが。
可笑しな事ではりません。
檀家寺の御坊さんに相談されてはいかがでしょうか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/10/21(木) 11:39
No:3924
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Title: Re:無題
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まずは、ご両親の件、お悔やみ申し上げます。
端的に結論のみ申し上げれば、お位牌というものは婚家・実家の区別なく祀られてしかるべきものです。 その理由は、先祖霊すなわち子孫の守護神としての性格を得た死者の象徴が位牌であり、人に加護や利益をもたらすという点で、位牌を祀ることは神仏の像を祀ることと同じ意味をもつからです。日本のような多神教やアニミズムの信仰を基本とする文化では、多種多様な神仏を祀ることが自然ですから、先祖霊に対して婚家・実家という区別をするほうが不自然であると考えられます。
さて、そのご葬儀の際、当然ながらどなたかが喪主を務められたはずですが、慣習法として位牌や墓所をはじめとする祖先の祭祀は喪主が継ぐということになっています。位牌を持つということは、先祖の祭祀権を持つということなのです。したがって、貴方が喪主を務められたのであればご両親のお位牌を持つことは自然ですし、名目上であっても連れ合いさんが喪主であったなら、同様の観点から位牌を持つ必要があります。 (註:祭祀権を持つということは相続権を持つということでもある。史的実例として、羽柴秀吉が織田信長の葬儀を行ったことを挙げておく。)
そもそも婚家と実家の区別に関する慣習は、多くの場合、明治憲法下での民法に規定された戸主制度に基づくことが多く、明治以前の日本の文化が反映しているとは言いがたいものです。したがいまして、「実家の位牌を婚家に持ち込まない」という点が「常識」であるかについては、宗教的理由および文化史的理由から私は懐疑的かつ批判的です。
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Name: のぶやま [URL]
Date: 2010/11/04(木) 12:45
No:3935
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Title: Re:無題
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寺の住職です。大切なご両親なのに、旦那様の言葉はあなたにとってショックだったと思います。しかし、想像するに、ご両親はこの世で面倒をかけてきたのに、あの世に往ってまでも面倒をかけているなんて…と悲しんではおられないでしょうか。墓や位牌といったものにとらわれ、面倒をみなくてはいけないという縛られた姿に問題があると感じました。 それは時代時代で都合良く過ごしてきた宗教界の責任です。仏壇やお墓をまもり先祖を大切にすることが仏教であるといった安易な宗教観を植え付けてしまった責任があると思います。固定化された家の宗教にこだわりすぎて、本来の私自身の宗教になっていないことに問題があります。 色々言っても仕方ありませんが、お世話になっているお寺さんに直接相談されることをおすすめします。
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Name: まふもふ
Date: 2010/07/12(月) 19:18
No:3663
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Title: 母のことで、相談。
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この場をかりて申し訳ありません。
私の母が他界して9月で5年になります、 遺骨もあり、位牌もあります(亡くなったときに福祉にお世話になり「霊位」と位がなっています。
兄姉がいますが、まともに生活しているのは私の家で位牌、亡骸を預かっている次第です。
遺骨を埋めるでもすごくお寺さんでお金がかかるといいました。 私達夫婦は諸事情でお金もなく、ローンも組めません。 このままでは、母が、かわいそうでなりません。 どうしたら、いいかご伝授お願いいたします。
49日法要は私が、キリスト教(カトリック信者)の為ミサ(法要を)して頂きました。 主人の両親はすでに、他界して真言宗豊山派の檀家として墓を作り、埋葬されています。主人の兄弟もいますが、(両親の墓や、法要などはそちらでみてもらっています。絶縁状態です、)
まとまりのない文章で申し訳ありませんが、よろしくおねがいいたします。
追伸、私事ですみません、私も病気もちでいつ入院してもおかいすないじょうたいです。(子宮ガンに近い病気です)母のことが、気が気でなりません。
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Name: まふもふ
Date: 2010/07/13(火) 19:59
No:3665
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Title: Re:母のことで、相談。
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水波坊様> レスが遅くなり申し訳ありません、 永代供養は、やはり一括で(しかもローン会社組まないと)駄目ですよね。私達のような特殊な(いえない事情ですが分割も組めないと)、
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/07/13(火) 20:50
No:3666
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Title: Re:母のことで、相談。
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さて、そもそもローンを組んでまでやんなきゃいけないなんて、そんなのは布施でも何でもない、単なる料金でしかないような気もしますが…私なら信心があるなら、諸般の事情を鑑みてどうとでも対応しますけれども…布施ほとんどナシも同然で葬儀をしたことも何度かありますし。 とは言え、まふもふさんはカトリックだそうですから、そうなると信心だの布施だのということでもないでしょうから、あくまで納骨の料金、ということで行くしかないのでしょうが…。 さて。 細かい事情はわかりませんが、私が上で紹介した寺であれば、数万円くらいで納骨可能だと思いますよ。ローン云々は必要ないかと。 他にも探せば色々な永代供養の形はあると思います。 私がネットで見た限りでも、四天王寺・一心寺より志納金が安い場所はみつかりませんでしたが、それでも20万円以下の永代供養をしている寺は全国でいくつか見つかりますよ。
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Name: まふもふ
Date: 2010/07/13(火) 22:09
No:3667
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Title: Re:母のことで、相談。
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水波坊様>レスありがとうございます。 何せ、仏教にはあまり程遠い自分でしたので、 故人も、静かな場所で落ち着かせたいなと思っております。 故人いわく亡くなる寸前にできれば(私自身も横浜に在住でして、)その近くで寝たいだのとわがままを言って去ってしまったわけですから、安住の地はどうしようか?月日もたっていますので、何とかしてやりたい次第です。(眠る場所なんて我儘いってはいけないのでしょうけど。)
都道府県(東京でも、いける距離なら)いってあげたいと思うんですが、近場は(都内など)高すぎて、無理でしょうが何か方法はないでしょうか? ダラダラ書きで申し訳ありません。
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Name: まふもふ
Date: 2010/07/18(日) 06:33
No:3674
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Title: Re:母のことで、相談。
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水波坊様、レスが遅くなり申し訳ありません。 いろいろ探してくださりありがとうございました、 頑張って自分も、時間があり次第探してみようと思います。 ありがとうございました!
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Name: まふもふ
Date: 2010/11/02(火) 14:31
No:3930
| 解決
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Title: Re:母のことで、相談。
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徐々に解決できてうれしいです。 ありがとうございました。
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Name: うめ
Date: 2010/10/24(日) 20:04
No:3925
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Title: 遺骨の移動
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来年の4月に父の実家(田舎)のお寺の管理下ではない本家の墓地から私の家の近くの県のお寺の納骨堂へ父の遺骨を移動したいのですがそれをするにはまずどのような手順でやればよいのか、又、納骨を希望しているお寺様へはいつ頃相談をすればいちばんいいのでしょうか。又、お寺の納骨堂は檀家でないと安置していただくのは難しいことですか。
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Name: 水波坊
Date: 2010/10/28(木) 14:46
No:3927
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Title: Re:遺骨の移動
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改葬許可を得る必要があるので、まずは市役所に相談してみてください。そこで具体的な流れを説明してくれると思います。 また、納骨堂についてですが、檀家限定のところもあるし、そうでないところもあります。これはその寺院にお尋ねになるのが早いです。いつ頃…というのもないですから、いつでも相談して良いでしょう。 いずれにしても、墓地から遺骨を移すに当たっては、菩提寺にきちんと連絡をし、墓の撥遣(俗に言うお性根抜き)等をして頂かなくてはなりませんよ。
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Name: sensui
Date: 2010/10/20(水) 22:26
No:3921
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Title: 納骨について
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約2年前に主人を亡くしましたが,納骨をしておりません.ずっと自宅の仏壇においてあり,夜寝るときには枕元において寝ています.主人には,亡くなる前に『私の好きにして良い.』と言われていましたが,実際に納骨をしてあげていないことは,主人にとって不幸なことなのでしょうか?主人にとって一番良いことは,何なのでしょうか?教えて下さい.
尚,分骨をして一部は実家のお墓に納めてあります.主人は長男で,主人の両親は既におらず,主人の弟が唯一の肉親になります.しかしその弟は,現在行方不明です. 菩提寺のご住職とお話しした際に,『祭祀権は行方不明の弟にある.』と言われたことがあり,また遺産分割にて墓は弟の所有にしたため,将来的に主人と私が一緒に幸せに入れるお墓は,別に準備をした方が良いのかなと思っています.なかなか納骨しないことが主人にとって良くないのであれば,お墓探しを早く進めることにしますが,好きなだけ一緒にいても良いのなら,このまま私が死ぬまで一緒にいてもらおうかなとも思います.
主人にとって一番良いことがどうすることなのか,教えて下さい. よろしくお願い致します.
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Name: 水波坊
Date: 2010/10/20(水) 22:41
No:3922
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Title: Re:納骨について
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sensuiさん御自身が亡くなられた後のお骨の行方のことをしっかりケアできているのであれば、お骨を「その時」まで側に置かれることは問題ないと思いますよ。墓の祭祀権云々は世俗的なことでもありますから、具体的に色々と解決しなくてはならない部分でしょうけれど…これは現世の世俗的問題です。 少なくとも、御主人にとって納骨しないことが宗教的・仏教的に何か悪いのか、という点に関しては、そんなことはないです、とお答えします。 あとはsensuiさんの生き方、御主人との向き合い方が、御主人に喜ばれるものであるかどうか…という点ですから、仏の教えというものを少しずつでも学んで、善き生活を心がけ、御供養の心で過ごされれば、何もも問題はないと思います。
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Name: sensui
Date: 2010/10/20(水) 23:47
No:3923
| 解決
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Title: Re:納骨について
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水波坊様,ご回答いただきましてありがとうございます. 親戚から,納骨していないことを,きちんと供養できていないように言われることもあり,少し肩身のせまい気持ちもあったのですが,気が楽になりました.
もともと宗教に熱心ではありませんでしたが,毎日仏壇に向かってお線香をあげて手を合わせると落ち着きます.今となっては主人に何もしてあげられませんが,そのもどかしい思いは,仏壇に向かうことでいくらか緩和されます.これぐらいしかしてあげられないのですが,これぐらいが私の精一杯です. 私は今40歳なのですが,これからは長い人生なのか,短い人生なのか… ただ,ゆくゆくのことはしっかり考えながら主人の側で過ごし,私が死んだとき,または考えがまとまったときに納骨しようと改めて思いました.
どうもありがとうございました.
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Name: 太陽電池
Date: 2010/10/19(火) 18:11
No:3918
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Title: 陰徳について。
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私は昔から、人の為に何かすると隠しておくことができません。別に物での見返りは欲しくないのですが、感謝の言葉を聞いたり、嬉しそうな顔を見たくてつい、名乗り出てしまいます。近所でのささやかな奉仕や、冬の時期には高齢者の自宅前を雪かきするなど、無償の親切は苦にならないのですが、誰がしてくれたのかと問われると、隠しておけないのです。行き当たりにゴミを拾うとか、その程度のことは黙ってしますが、どうすれば全てに対して陰徳を良し、となれるのか、教えてください。※陰徳以外は偽善だと思っている方は失礼ですが、回答は控えてください。
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/10/19(火) 20:49
No:3919
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Title: Re:陰徳について。
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私は陰徳がすべて善し、とまでは思いませんよ。「私はこういうことをしました」と宣言し、「ともにそれをやりましょう」と誘う事で、善行の輪を広げることにもつながる場合があります。善い事をしているのを見た人が、それに続いて「自分も」ということは、あり得ますよね。 まぁ、「私はこんなにいい事をしてんだ!」と押し付けがましいのは逆効果で鬱陶しがられますし、善悪の感覚み人それぞれですから、その点は気をつけなくてはなりませんが…。
でも、「感謝の言葉」というのは一種の「見返り」ではありますので、もしそれを「求めているのならば」、感謝された時点でその善の報いを受けてますので、そこまでのものだ、という考えもあります。つまり、隠れて誰にも知られない善行は後々に善きカルマとして残るが、見返りが少しでもあれば、善行のカルマが軽減されてしまう…等々。 もちろんカルマ・業というのはそんなに機械論的なものでもないとは思いますが、ひとつの考え方としてそういうのもある、という紹介だけしておきます。
ま、「見返り目的ではなく」、善行の輪を広げていくことは素晴らしい善行だとは思うので、別に敢えて隠れていなくてもいいとは、私は思います。
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Name: 太陽電池
Date: 2010/10/20(水) 01:03
No:3920
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Title: Re:陰徳について。
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水波坊様、回答ありがとうございます。善行の輪という発想は思い至りませんでした。確かに「人の為に何かする」というメッセージを発すれば、陰徳とはまた別の良き徳になるという印象を受けました。カルマについても考えさせられます。このままでは私も「顔」の判る相手からしか恩恵を受けられなくなるのではないのかと、不安になります。人の為に何かすること自体が始点であり終点である、そこに無上の喜びがあるという域に達するには長い年月がかかりそうです。
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Name: まる
Date: 2010/10/18(月) 17:37
No:3913
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Title: 父のお墓
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生前、父から「自分が亡くなったら遺骨を父の実家(本家)のお墓へ伯父に相談して入れてほしい」と言われていて伯父に相談をして伯父に許可をもらって父の願い通りに本家のお墓へ遺骨を納めさせてもらったんですが後になり伯父から「田舎のお坊さんが本家のお墓に父の遺骨を入れるのは常識的におかしいって言われたので小さいお墓を作って別にしたから』と言われそのことにより『お墓の守りは誰がするのか、このままだと無縁仏になるぞ!』と伯父に言われ困っています。田舎のお墓に入るのは父の生前の希望だったのでできることなら父の希望通りにしてあげたいのですがそのことで伯父に迷惑をかけているのなら遺骨をこちらに引き取り供養しようかと思っているんですがすでにお墓を建てている場合、遺骨を引き取るという行為はできることなのでしょうか。
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Name: 芝
Date: 2010/10/18(月) 18:10
No:3914
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Title: Re:父のお墓
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昔は本家のお墓に分家の人間が入ることは出来ませんでした。家督制度と言う法律があったからです。
現在では、管理者(菩提寺の住職)の許可があれば可能です。 つまり、本家のお墓に入る為には、本家だけではなく、お寺からも承諾を得なければなりません。
しかし、「無縁にするぞ」 みたいなやり方は横暴過ぎると思います。 いきなり、引き取ると決めてしまうのではなく、管理者であるお寺に、良く相談された方が良いと思いますよ。 遺言を大事にしてあげたいですよね。
役場に行けば、改葬許可書は発行してくれますよ。
ただし、管理者と本家の許可がなければ書類はあっても難しいことです。 ご自分やご自分の家族が建てたお墓や、あなたやあなたのお父さんが継承されたお墓ではないので、独断な行動は難しいでしょう。
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Name: まる
Date: 2010/10/18(月) 21:48
No:3916
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Title: Re:父のお墓
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ご回答を下さってありがとうございます。お寺様の許可もいるのですね。うちの田舎の墓地はお寺の中ではなく道路脇の田んぼに囲まれた中にポツンと墓地のかたまりがある中にあるのですがそのような土地の墓地でも管理している菩薩寺はあるのでしょうか。或いは父の法要をお願いした田舎のお寺様の許可をいただいたらよろしいのでしょうか。
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Name: 芝
Date: 2010/10/19(火) 15:50
No:3917
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Title: Re:父のお墓
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寺墓地でなければ、管理者に口頭で許可をもらえば大丈夫ですよ。埋葬許可書を保管している人が管理者です。 その管理者に許可書を返還してもらえれば、改葬できます。 役場で改葬許可書をもらっても、どちらでも大丈夫です。
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Name: 猿田坊
Date: 2010/10/18(月) 08:07
No:3910
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Title: 聖教新聞について
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ご存知の方がいらしたら教えていただきたいのですが、某学会では、信者さん獲得等で聖教新聞を購読させるノルマはありますでしょうか?
近隣の70歳を超えたおばあちゃん(普段、ほとんど付き合いはありません。たびたび勧誘されたり、お菓子を郵便受けにいれられ頂いたりしてます)から、三ヶ月だけでいいので購読してくれないかと置き手紙をされました(新聞一部付き)。
しっかり勧誘はお断りさせていただいたのが一ヶ月ぐらい前なのですが、諦めていないのか、あるいはノルマがあって致しかたなくなのか……。
ノルマがないのであれば、読まないからとハッキリ断ろうと思うのですが、ノルマがあるのであれば、苦労されていると思いますので三ヶ月は付き合い、そして断ろうかと思います。
学会内の事情について、ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただきたく宜しくお願いいたします。
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Name: 菊雅
Date: 2010/10/18(月) 10:13
No:3911
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Title: Re:聖教新聞について
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私の解答でよければ?
基本的には、自主的な会員の活動(勧誘・選挙活動)の一つとしてあるようです。 (実際には、その地区の幹部や役職がついている方、役職を目指す方がノルマのようにしている場合があるみたいです。) で、新聞をとることは、勧誘の対象となります。 そのおばあちゃん以外にも地区の担当者等が執拗に勧誘に来ます。 知人にも会員が居たのですが、結果的に人間関係が悪くなってしまいました。
余談ですが、今周りにいる知人の会員さんには、ソウカには入らないけれど選挙の時(家に来ます)には、投票してあげるからそれで勘弁してと言っています。(投票しませんけど)
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Name: 猿田坊
Date: 2010/10/18(月) 12:49
No:3912
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Title: Re:聖教新聞について
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詳しく教えていただきありがとうございます。
確かに、選挙も協力を頼まれました。おっしゃられる、協力は選挙のみという言い方が、もっとも角立たない気がしますので、それでいこうかと思います。三ヶ月とっても執拗にまた来られると面倒になってくるので……。
ありがとうございました。
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Name: 青葉
Date: 2010/10/04(月) 22:18
No:3897
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Title: 供養
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知人に、先祖供養が熱心な人がおります。しかし供養をしても悪いことが続き、霊視所へ行って相談したところ、「供養を羨ましがって、本来供養をする義務のない他人の霊まで頼ってきている」と霊障を指摘されたそうです。お寺や祈祷師でもない個人に、他人の霊から迷惑をかけられても困ります。自分の先祖を供養していても、他人の霊を寄せ付けない方法はありますか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/10/05(火) 09:44
No:3901
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Title: Re:供養
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純粋に、釈尊の教説からすれば、固定した実体としての霊魂は存在しません。 存在しないものが、なにごとかの現象を起こすはずはありません。人が、自分にとって納得できない都合の悪いことを、霊魂という在るか無いか定かでないもののせいにしているだけです。
なんということはなく、他人の霊であってもあわせてご供養してさしあげればよいのです。 仏教とは別個に存在する日本古来の信仰では、祀られない神霊は祟るが祀ってさしあげれば守ってくれるという意識があります。例えば、施餓鬼法要の目的はこれです。また、仏教法要の最後に「この功徳を以て、三界諸有の一切の有縁無縁の諸精霊に回向し奉る」とつけたすことはよくあります。無縁の霊を供養することは善であっても悪ではありません。 それが慈悲というものでしょう。
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Name: 青葉
Date: 2010/10/06(水) 20:26
No:3903
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Title: Re:供養
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皆様ありがとうございます。返信遅れてすみません。やはり霊のせいにばかりすることは良くないですね。ポジションに生きることが霊問題より先だと思いました。
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Name: 一般人
Date: 2010/10/11(月) 13:38
No:3908
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Title: 削除について
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まず、スレ主様にお詫び申し上げます。
コメントを投稿しましたが、他の掲示板で私の書いたことを元にして、恨みつらみが書かれている模様です。
期しない状況ではございますが、怨みは怨みをもってしてやまず、といいます。コメントを削除することで、怨みがやむことを願いたく思います。
スレ主様に向けたコメントでございましたが、スレ主様には削除することをお詫び申し上げます。 必要のなくなったイカダは、背負っておくのは愚かだ、捨てるのがよいとブッダはおっしゃいます。既に必要のないイカダと考え、削除に関しては御容赦願います。
スレ主様と知人の方のお幸せを、心よりお祈り申し上げます。
(追加) 私が「いろんな主張が有り得るので、混乱しないようご注意ください」とコメントしたことについて、否定しただとか牽制とか、はたまた仏?がどうのと書かれるのは全く検討違いとしか思えず、正直、困惑するしかありません。 以前書いたコメントを削除したことが逆効果だったように感じます(心にやましいところがないのですから、残しておくべきでしたね。また、ルール違反のはずの批難中傷にも驚きました。掲示板は怖いところですね。おかげさまで勉強にはなりました)。
仏教(ここでいう「仏」は、あくまでゴータマ・シッダールタです)では、怒りはよくないものと教えます。怒りを起こすことは体に毒ですので、怒りを抱いた生きとし生けるものの怒りが消え、幸せになりますことを、この件に関する最後のコメントとしてお祈りさせていただきます。
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Name: あずき
Date: 2010/10/06(水) 15:50
No:3902
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Title: 宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?
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はじめまして。 宗派のことでご相談させてください。
先祖代々から受継がれている宗派があると思いますが、 その宗派というのは、先祖とは違う宗派でもいいものなのでしょうか?
先日義母が他界し初めて葬儀を執り行いました。 お墓も、義父(昭和一桁の次男)が寿陵墓を建てていましたので、 お墓のあるお寺のお坊さんに葬儀をお願いしました。 その寿陵墓は、義母方の兄弟三人で義母方の宗派(義父は婿養子ではありませんが)のお寺でした。 実は私達も葬儀を終えて知ったことなのですが、義父曰く私が建てるのだから、宗派も自由に変えてよいということでした。 もちろんお墓の墓石の種類や場所などは自由であってよいと思います。 今回の葬儀で初めて、○○家の先祖の宗派とは違うことを知り、当然、義母も先祖とは違う宗派のお墓に納骨されてしまいました。 宗教は個人の自由ですが、それは信仰する宗教のことであって、 宗派は別ではと思うのですが・・・ 長男でないからと自分が建てるお墓であっても、一般的には先祖の宗派に統一するものではないかと思っていたのですが、現在では個人の自由なのでしょうか?? 一般的にはどのようになっているのでしょうか?
義母の四十九日後より、突然私自身体調が悪くなり毎日具合が悪く、今回のことが大変気がかりでいます。 宗派のこととは関係ないことと思いますが・・・ご先祖様からお叱りを受けているような、何かのメッセージのようなそんな気がしています。
また、義父が建てた寿陵墓ですが、なぜか建立者は主人(息子) にしてしまっています。 自身が建立者でなければ寿陵の意味がないと思うのですが、建立者に関しましても何分無知なもので、教えていただけましたら幸いです。 どうぞ、宜しくお願いいたします。
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Name: けん
Date: 2010/10/07(木) 17:08
No:3904
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Title: 教えてください
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先祖は浄土真宗一筋で来たんですが、自分は真言宗を信じてます。 将来、長男なので仏壇を見ないといけないんですがどうしたら良いでしょうか?
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Name: 水波坊
Date: 2010/10/07(木) 18:24
No:3905
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Title: Re:教えてください
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個人的にはもちろん、自分自身が信じている道を行くべきですし、そうでなければ信仰・信心にはなりません。 問題は代々の宗派ということですが、これは状況によります。 まず、自分が本家の筆頭でない分家筋であれば、菩提寺も含めて自由だと思います。うちの場合でも兄弟でみんな宗派が違う人もいます。 本家の筆頭である場合でも、寺院墓地がなく、菩提寺とのつながりも薄い場合は、改宗して寺を移動するのもアリでしょう。 問題は寺院墓地がある場合ですが、この場合、改宗すれば墓も移動させなくてはならないかも知れません。
私であれば、家の宗派はそのままにして、法事などは従前のようにやると思います。 基本的に、宗派の違いは人間の都合・妄念無明の分別心の産物であり、本性の真如・仏・真理には別に宗派に拠る区別などないと思っていますので、私自身は宗派云々にほとんどこだわりはないです。 川を渡るのには色々な船がありますが、どれに乗っても向こう岸には着くでしょう。穴が開いていなければ。そして、伝統的に形成されてきた船は、ほとんどのものに穴は開いていないものです。 船の形や色に心を奪われて大切なものを見失うことはありません。要は向こう岸に渡り、そしてどのように生きるのか。それだけが大切です。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/10/09(土) 12:43
No:3906
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Title: Re:宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?
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基本的に、信仰というものは個人のものでありますし、日本人の信仰感覚では生きているうちの信仰がどうであれ、菩提寺に仏式で祀られれば安心するというところがあります。そもそも、多くの人が菩提寺さんの宗旨を意識していないというのが現実です。 宗旨宗派の違いは、基本とする経典の違いであり、祖師さんの仏教解釈の違いであり、勤行の方法と儀礼の違いにすぎません。例えば、浄土教系では死者は極楽浄土に往生するのに対し、密教系では大日如来(宇宙の真理)と一体化して成仏するなどと、教理的には死者の行先に関する理解が異なります。 ですが、本然的に仏教は死後の世界を説かない宗教です。 「諸法皆空、諸法無我」や「諸行無常、是生滅法」などの具体例として「人はいずれ赴くべきところがある」という大枠の諦観さえきちんとしておけば、理念的な差異は方便の一環として放置しておくのが仏教らしい態度といえます。
Q1 先祖とは違う宗派でもいいのか? A1 かまいません。 なぜかというと、家(一族)の墓が菩提寺と結びついたのは「寺請制度」という徳川幕府の宗教政策がもとです。そして、それ以前からあった、一族の墓に葬られる、という自然な風習と結びついて、特定の宗旨をもつ菩提寺という寺の墓に先祖から子孫まで葬られるようになったのです。 また、嫁に出た女性や婿に行った男性も、実家ではなく婚家の菩提寺に葬られることになりますから、当然、ご先祖と宗旨は変わります。宗旨宗派が個人のものではなく家のものであるからです。
Q2 寿陵墓の建立者 A2 確かに、ご本人が建立者ですから建立者銘もご本人というのがスジですが、それほど気にすることもないかと考えます。 ですが、より丁寧にというのであれば、「戒名」という「死後の名」をすでに決めてしまって墓石(墓誌)に刻んでしまうことをお勧めします。本来、戒名とは仏教徒になったことを示す名の変更であり、または西欧文化でいうところの墓碑銘であろうと考えますので。 なお、存命の方の名を彫った場合は赤く染めて区別します。夫を亡くした妻の名を、夫の戒名を刻む際に一緒に刻んでおくという風習があります。
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Name: あずき
Date: 2010/10/09(土) 21:34
No:3907
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Title: Re:宗派は先祖と同じでなくてもよいのでしょうか?
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天台沙門さま ご回答ありがとうございます。
宗派の違いも、 寿陵墓の建立者も特に問題ないとのことで、 ほっとしました。
>より丁寧にというのであれば、「戒名」という「死後の名」をすでに決めてしまって墓石(墓誌)に刻んでしまうことをお勧めします。 戒名を刻む・・・そのようなことも出来るのですね。 事前に決めるということが可能なんですね。
些細なことではありますが、ようやく心が晴れたような気がします。ありがとうございました。
水波坊さま ご回答ありがとうございます。 けんさんへのお返事だったでしょうか・・・
>自分が本家の筆頭でない分家筋であれば、菩提寺も含めて自由だと思います。うちの場合でも兄弟でみんな宗派が違う人もいます。
ご兄弟でそれぞれ違うというのもありなんですね。 宗派の違いはそもそも人間の都合。そのようですね。 ありがとうございました。
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Name: 井上
Date: 2010/10/03(日) 11:10
No:3895
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Title: 卒搭婆
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法事の度に親戚が卒塔婆を用意してくれ、共にお墓参りをするのですが、古い卒塔婆はどのように処分されるのでしょうか? これまで注意していなかったのですが、今回、自分たちだけで卒塔婆をお墓に持っていくことになり、疑問に思っております。
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/10/03(日) 11:23
No:3896
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Title: Re:卒搭婆
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卒塔婆は舎利塔ですから、仏の身体…つまり仏とひとつになった故人の象徴です。そして大宇宙と一体のものとして、卒塔婆は土に直接立て、そのまま自然に還るままにしていました。「処分」、というのはちょっと穏当ではないですね。 スペースに余裕がある限り、ボロボロになってもそのままお祀りしておくのが妥当だと思います。 が。 現実論としてスペースがなくなった、あるいはボロボロになって他のお墓に吹き飛ばされて迷惑がかかる…等々の事情があろうかと思います。コンクリートで腐って自然に還る…というのもなかなか難しくなっていますし。 その場合は、寺に持って行ってお焚き上げしていただくか、自分たちで焼き、灰を自然に還すか…ということと思います。自分たちで焼く場合、他のゴミと一緒にしない、焼く前に手を合わせて般若心経や念仏・題目等を丁寧にお唱えしてください。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/10/05(火) 09:27
No:3900
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Title: Re:卒搭婆
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私が預かる寺では、撥遣供養の後、焼却処分をしております。 神社さんで、古い御札などお焚き上げをなさりますが、同じ感じです。
卒塔婆立てが一杯で新しいものを建てられない場合ですが、公営墓地でしたら管理所が指定する置き場所に置けばよいですし、花屋や石屋といった業者さんが引き取ってくれるでしょう。共同墓地で施設も業者もなければ、古い卒塔婆から外して菩提寺さんにお持ちになることをお勧めします。
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Name: 不安なママ
Date: 2010/09/29(水) 12:47
No:3887
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Title: 供養について
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義父母は貧しさのゆえ、自ら命を絶ちました。 お墓は建てましたが、戒名もなく俗名です。 四十九日も百か日も一周忌も三周忌もやりませんでした。 義姉はお金がかかるからとか、無宗教だからやらなくていいと言われ、断念しました。うちは男の子が二人います。 供養とかをしなくて子供に災いが起きなければと思います。 主人の家庭は昔から貧しく、子供の頃は酷い生活を送っていたそうです。 いずれ時がたった時に、供養をしても遅くはないのでしょうか。 今は何を言っても義姉や主人に反対され、何もやらないのいってんばりです。 私の家系は、供養とか親戚付き合いとかは、ちゃんとやってきた 家系なので、いつかちゃんとした供養をしたいのです。 後になってでも遅くはないのでしょうか。
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Name: 風羅坊
Date: 2010/09/29(水) 15:48
No:3888
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Title: Re:供養について
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私の友人も昨年の10月に事業に失敗して鬱病がひどくなり、家族を残して自らの命を絶ちました。 奥さんの悲しみは端で見ていても気の毒なほどで、自殺を止められなかった自分を責める気持ちに打ちひしがれていました。 自殺した霊は、丁寧に供養しないと成仏できずにいつまでも冥界をさまよっていると聞きました。 友人の奥さんと家族は、葬儀も四十九日も一周忌もきちんとやり、次第に心も落ち着いて、前向きに生活をしているようです。
供養というのは、亡くなった人の為でもありますが、残された家族や回りの人に安心を与えてくれるものでもありますね。 最近は無宗教だといって、葬儀もなにもしない人が増えているそうですが、そういう人の気持ちがわかりません。 ましてやご夫婦で自らの命を絶ったのですから、普通以上に丁寧に供養をしてやる必要があると思うのですが。
お墓や仏壇の前で手を合わせて拝むこと、その人の懐かしむことは人間しかできません。それは人間の情であり、人をいとおしむやさしい心の表れでもあると思います。
お金がかかるから、無宗教だから供養をやらないというのは情けないような気持ちになります。 今は供養をするのは無理なようですので、機会を見てあなただけでもお墓参りをするとそれが供養になると思います。
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Name: 不安なママ
Date: 2010/09/29(水) 17:56
No:3890
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Title: Re:供養について
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主人も大変な苦しみを三年も引きずっています。 未だに立ち直っていません。義父は義母を殺めた後に、自ら命を絶ちました。 お墓は近いので、毎月主人は主人で、義姉は義姉でお墓参りはしているそうです。 私達、家族でもお墓参りには何回か行っておりますが、私は不安でたまりません。友達にも自殺はさ迷うと言われて、怖くてたまりません、何年かして何十年かして、主人の心が落ち着いたときに お坊さんを呼んでお墓の前で供養をしたいのですが、それでも大丈夫でしょうか。 因みに、仏壇も位牌も作っていません。
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Name: 仏教徒
Date: 2010/09/29(水) 20:44
No:3891
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Title: Re:供養について
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こんばんは。 まず供養がすぐに出来なくても、子供さんに災いが起こる事はありません。少なくとも、供養がしたいと思っているのなら絶対に災いは起こりません。安心して下さい。
お墓での読経は、お坊さんにしてもらえる時にしてもらえば良いでしょう。 自分達でお墓参りに行くだけでも十分です。
皆様が幸せでありますように。
合掌。
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Name: 東
Date: 2010/09/29(水) 21:52
No:3892
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Title: Re:供養について
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私も仏事相談に悩みを投稿した者です。私も家族に供養をするよう言っている者ですが、家族全員が供養をしないから災いが起こるというふうには考えていません。知り合いに神様に仕える方がおり、その方は霊が見えたり、霊障を見破ってそれを消したりを無料でしているのですが、私の家族の中でほぼ私だけの供養でも、霊は安んじた状態であると言われました。(ちなみに私も供養をしていなかった頃は武士の先祖霊が供養を求めていると言われました。)信じる信じないは別にして、本来は家族全員が供養すれば最高でしょうが、まずはあなた自身が供養をすることで、その思いは御霊に通じ、安んじると思います。先祖が災いを起こすというのはあり得ないと思います。
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Name: 勝運寺山主
Date: 2010/09/29(水) 23:40
No:3893
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Title: Re:供養について
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不安なママ様へ 心からの供養でなければ法要の意味は有りません。 形だけ、体裁や世間体での供養なら行わないほうが良いでしょう。 それまでお待ちになられるべきです。 お墓を購入し納骨されただけでも立派な供養です。 それに御参りされているならば心配は要りません。 今、出来る事をご主人も義姉さんもされておられます。 あなたの子供に災いがおこる事はけして有りません。 安心してください。
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Name: 不安なママ
Date: 2010/09/30(木) 09:10
No:3894
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Title: Re:供養について
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皆様、本当に本当に、ありがとうございます。 三年間、不安で不安で、たまりませんでした。 人に相談すると、必ず返ってくる言葉は、四十九日も百か日も一周忌も三周忌も絶対やったほうが良いといわれ、やらなかった事で この先、主人も立ち直らなく、私もその事で、一生不安を抱えながらの生活になっていたと思います。 子供のことも一番の心配でした。 もう一つ不安なことがあります。主人の父方の先祖のお墓は遠方にあり、お墓参りは数える程しか 行った事がなく、お墓の墓石の横には、**家は、事情があり 絶えてしまったが、(多分男の人の跡継ぎがいなく)代わりに 妹の**家が守るような事が書いてありました。**家のお墓の横にはもう一つ、お嫁に行った妹さんの**家のお墓が建っています。絶えるとは 絶家という事ですよね、最近、父方の母が亡くなり、納骨したそうですが、子供が男の子二人なので、絶家というのも気になります。 主人の兄弟は、男三人、女一人の四人兄弟です。
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Name: 東
Date: 2010/09/27(月) 23:59
No:3869
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Title: 供養を怠る家族
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うちの仏壇についてです。家族の中で、私しか真剣に供養する者がおりません。毎日ご飯と飲み物を供え、ロウソクに火を点し線香を立て、お経を唱えています。たまに朝忙しくて供養ができず、夕方家に帰ると仏壇は閉じたまま、ご飯さえ上げていません。花が枯れようが、ロウソクや線香が最後の一本まで尽きて無くなろうが、誰も買い替えようともしません。情けないというより、怒りと憎しみで時々怒鳴り散らします。家庭の運勢も良いとは言えず、先祖供養の重要性や本尊からの守護の必要性を説いても、そのときは十分ばかり手を合わせるくらいで、あとは全く仏壇に近寄りません。私の家族は元々仏と縁がないのでしょうか?供養を真剣にするようになる方法はないでしょうか?もしも私が死んで家族の薄情な供養軽視に遭ったなら、家族とはいえ、憎むと思います。
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Name: 現
Date: 2010/09/28(火) 08:22
No:3870
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Title: Re:供養を怠る家族
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自己満足のために家族に供養を強要し、思うようにならないからと怒鳴り散らす。その行為に寄って、供養という事が迷惑な行為として家族には感じられるのではありませんか。 供養される側にとってもさぞや迷惑な事でしょう。 何のための供養なんでしょうね。
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Name: 東
Date: 2010/09/28(火) 09:21
No:3871
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Title: Re:供養を怠る家族
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しかし、供養を習慣付けることも大切ではありませんか?「強要する」などの遥か以前の問題で、ご先祖を大切にする、本尊を大切に祭るというのは、人間界に一番必要な「敬い」の精神を鍛錬する不可欠な出発点だと思いますが…。自分のご先祖を大切にできなくて、どうして他人を大切にできますか。第一、質問の趣旨をご理解くださいね。家族が迷惑してるなどと勝手に決めつけないでくださいね。それこそ迷惑です。
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Name: 一般人
Date: 2010/09/28(火) 11:28
No:3873
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Title: Re:供養を怠る家族
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こんにちは。失礼かとは存じますが、おっしゃっている御家族はみな、小学生未満でしょうか?
宗教的な習慣というものは、幼いころに親の背をみて学ぶもののようです。 なので、おっしゃる御家族が幼い子供達ならば、貴方の背中をみて、徐々に尊い習慣・姿勢を身につけてゆかれると思います。ただ、怒りを現してしまうと、逆に宗教がトラウマになりかねないので、怒る姿は決してお見せにならない方が宜しいかと思います。
それなりに歳を重ねている御家族の場合、いまから習慣をつけるのは困難ではないでしょうか。 というのも、既に自己の頭で判断し、価値基準が形成されているはずです。宗教的に違う価値観があるのかも知れません。自身が目覚めるのを静かに待ち、貴方は貴方の心の平安を保つのが得策ではないかと思います。 少なくとも、御先祖を供養することで家族の不和を招くのは、どこか違うように感じてしまいます。
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Name: 現
Date: 2010/09/28(火) 11:41
No:3874
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Title: Re:供養を怠る家族
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>家族が迷惑してるなどと勝手に決めつけないでくださいね。それこそ迷惑です。
失礼しました。よほど特殊な嗜好をしてない限り、怒鳴り散らされる行為というのは不快に感じると思いましたものですから。
さて、質問の趣旨を理解してということですが、思うままにならないからと怒鳴り散らしているようでは反発を招くだけです。先祖を大切にと言いながら、今共に生活している家族を怒鳴り散らす人の言うことに、説得力を感じることが果たしてできるでしょうか。 あなた自身が心穏やかに供養という行為をできなければ、家族の反発を招くのが関の山だと思われます。目的(供養)のためにはどのような手段も許されるとでもお思いですか。 供養しているあなたを見て、なごめるくらいでなければ家族はついてこないと思います。
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Name: 東
Date: 2010/09/28(火) 13:22
No:3875
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Title: Re:供養を怠る家族
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一般人さんありがとうございます。家族の年齢層は小さいのから両親までおります。もともと私は全く供養に縁がなく、今のご本尊は両親を始め家族が安置しました。それなのにほぼ放置状態が続き、見かねて私が供養し始めました。困り事が出来たときにはご本尊やご先祖に祈願するくせに、解決してもお礼をしない、日頃は見向きもしないというありさまで、仏壇に申し訳ない気持ちが高じてしまい、つい怒りが込み上げてきます。毎日供養して十年以上になりますが、初めのうちは供養は私の仕事だと割り切っていた時期もあります。それが年一年と経つうち、家族に一向に供養心が湧かないため、つい苛立ちが募ってしまうのです。また、祈るときには感謝とご先祖の成仏、家族の健康を第一にしていますが、家族自身も感謝し敬って、供養する心と直接の守護を得てほしいという願いもあります。
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Name: 東
Date: 2010/09/28(火) 13:34
No:3877
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Title: Re:供養を怠る家族
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現さん再びありがとうございます。先ほどは失礼しました。書き足りなかったかもしれませんが、私も無闇に怒鳴っているわけではありません。家族には出勤や登校前に手をほんの数秒合わせるだけでいいと言っていますし、疲れていそうなときには無理にとは言いません。しかし困ったときには頼りにする以上、日頃の感謝は大切だと思うのです。せめて日曜の朝に手を合わせるくらいはできると思うので、関心さえ向けない態度を見ることが何度も重なってしまうとつい怒鳴ってしまうのです。
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Name: 仏教徒
Date: 2010/09/28(火) 18:47
No:3879
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Title: Re:供養を怠る家族
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こんばんは。
習慣付けるのと強制するのとは違いますよね。 人は強制されれば嫌がり、してはならない事をしたがるものです。 まずは行動させるより、手を合わせる事の大切さをポツポツと話し、それを聞いてもらうだけで良しとしてはどうでしょうか? それも強制ではなくサラリと・・。 信仰は勧めれれても、自分がそれを大切だと思わない限りは続かないものです。
先祖は、子孫が皆ニコニコしているのが一番嬉しいのです。 ですから、東様も怒らないようにして下さい。 怒られてする行為は信仰じゃありませんからね。
皆様が幸せでありますように。
合掌。
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Name: 一般人
Date: 2010/09/29(水) 09:36
No:3884
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Title: Re:供養を怠る家族
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仏教徒さんのコメントとやや重なりますが、家族に言われると、いくら的を得ていようが反発する・素直に従えないということがあろうかと思います。 お寺の法話などに御家族の方が参加されて、和尚さんの話で感化されれば、もしかしたら違った行動となってくるのかもしれません。
また、今まで何度も注意を促し意義を説いてこられたのならば、押してだめなら引いてみろといいます。「好きにしたらいい。もうそろそろ、親に言われてやるような年齢じゃないからね…」と、関与しないことも考えられるのではないかと思います。
信心は強制されるべきものではなく、自発的に起こるのが本来の姿だと思います。 願いがあるときに手を合わせるのであれば、ただの「モノ」として御仏壇をみているわけではないでしょうから、あとは内面の変化を信じて待つのがよいのではないでしょうか。
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Name: 東
Date: 2010/09/29(水) 16:48
No:3889
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Title: Re:供養を怠る家族
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仏教徒さん、一般人さん、ありがとうございます。こんにちわ。やはり供養が大切だと悟らせることが大切ですね。どうしたら悟るのか…まさに試行錯誤です。お寺で供養の大切さを聞いても変わりません。テレビの怪談話は好きなのでよくチャンネルを合わせますが、先祖の祟りめいた話しを聞いても「こういうことがあるんだ」くらいです。気長に待つしかないのかもしれません。「そんなに無関心なら本尊を寺に返せ」と言ったときは「そんなことはできない」と拒否しますが…。お守り感覚で、家に安置しておけばよいという考えなのかもしれません。
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Name: ひろし
Date: 2010/09/27(月) 07:04
No:3867
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Title: 先祖供養について
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先祖供養について
とある本で読みました、「時間的、距離的都合などでお墓参りなどができない人のための簡単な先祖供養方法」には、こう書いてありました。
○お墓の土を持ってきて、お水と塩をお供えする。 ○ご先祖樣の座布団として、白紙(半紙)を敷き、その上に上の三品を置いて拝む。 水、塩は朝晩取り替える。
思ったのですが、お墓の土などを持ってきてもいいのでしょうか? この方法で、先祖樣の供養になるのでしょうか?
教えて下さい。
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/09/27(月) 11:55
No:3868
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Title: Re:先祖供養について
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少なくとも仏教じゃそんなことしないですね。 供養になるかどうかと言われれば、別にそれをするかどうかは関係ないとしか言えません。 御仏壇でしっかり供養するのが本道でしょう。 お墓参りについて、またそれはそれでどうしたらいいか考えることです。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/09/28(火) 14:56
No:3878
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Title: Re:先祖供養について
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ご自宅に位牌をお祀りしているならば、それで充分と私も考えます。
ですが、人類に普遍の感覚として「死者はここではないどこかに行く」という信仰意識があります。宗教によって「天国」や「浄土」や「常世」などと呼び分けていますが、まあ生者の住まう「この世」に対する「あの世」のことです。つまり、墓地は先祖供養の場であるのと同時に、「この世」と「あの世」との接点なのですね。 聖地や霊場といわれる場所も同様です。例えば、八十八ヶ所や三十三ヶ所の境内の砂を集めて「お砂踏み」と称する施設を設けている寺院は少なくありません。聖地や霊場を身近に設けたいという信仰感情がもとにあって「墓地の土を持ってくる」という考えとなるのでしょう。 また、人は死んだら土に還るのが自然だ、という考えもあります。「土を持ってくる」ということは、土に還ったご遺骨を持ち帰ってくるという意識も働いているものと考えられます。分骨されたものを含め、ご遺骨を位牌の替わりとしてお祀りするという感覚の延長として、墓地の土をお祀りするということですから土を持ってくる行為そのものには問題を感じません。気分としては、土や砂よりは石のほうがしっくりきますが。
先祖供養とは自分に関わるすべての人間関係に想いをいたすということ、と私は預かる寺の壇家さんにお話をしています。 仏教の基本理念は縁起説なのですが、人の生物学的存在の因と縁は血縁関係であり、社会的存在の因と縁は様々な人間関係です。そういった人々の関係のすべてを抽象化したものが「先祖」であると考えております。ただし抽象的な存在よりは、具体的に知っている故人(個人)を想像するほうが楽なので、まずは血縁の人を思うことが自然でしょう。
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Name: ひろし
Date: 2010/09/29(水) 01:17
No:3880
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Title: Re:先祖供養について
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ありがとうございます。
本来なら仏壇を通して拝んだり、墓参りに行ったりするのが筋なんでしょうが 私の実家には仏壇がなく、 お墓も遠いところにあるので。
土を持ってくる以前に 毎週墓参りでもすることにしようか思っています。
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Name: 菊雅
Date: 2010/09/29(水) 05:06
No:3881
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Title: Re:先祖供養について
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お墓参りにこだわらなくても、自宅に実家のご本尊様か貴方の好きな仏様を祀って、ご先祖様や貴方の事をお願いすればいいと思いますけど。
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Name: ひろし
Date: 2010/09/29(水) 05:58
No:3882
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Title: Re:先祖供養について
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コメントありがとうございます。 ウチは曹洞宗なので、本尊と言えばお釈迦様になるのでしょうか。
自分が好きなのは、お不動様とか明王系です。 お不動様は初七日の仏様 (?)みたいなので、関連あると思うので、購入を検討しますか。しかし、開眼供養はどうしようか…^^;
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Name: 仏像好き
Date: 2010/09/29(水) 11:07
No:3885
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Title: Re:先祖供養について
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横から失礼します。 お不動様や明王系は、内なる煩悩や魔を退治する仏様の働きを象徴するものだったと思います。修行道場では不動明王をよく見ます。 好きな仏像を選ぶのは結構ですが、あとあと考え直したりすることがないよう、熟慮されて選ばれたほうがよいように思います。
ちなみに私事ですが、我が家には趣味で観音菩薩、薬師如来、釈迦如来、六道輪廻のタンカを飾ってます。見て心が楽なのは、何故か釈迦如来です。おなじ人間だからですかね。もともとは観音菩薩が好きなのですが。 観音菩薩には心が安らぎますが、六道輪廻のタンカをみると「こうしてはいられない」と焦りを覚えます。 毎日みるものであれば、心理的に影響があってもおかしくないので、慎重に選ばれることをオススメします。私はあと不動明王、閻魔王の仏像が欲しいと思っているのですが、あの表情に部屋の空気が一変しそうな気がして(プレッシャーもかかりそうですし)、まだ買ってはいないです。
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Name: 午前0時
Date: 2010/09/21(火) 01:45
No:3842
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Title: 聖天信仰について
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初めて投稿します。 私はかなり前に、どうしても叶えて欲しい願いがありました。 大聖歓喜天さまにおすがりすれば叶わぬ願いはないと言うのを聞いたことがあり、 願いを叶えて欲しい! ただそれだけの理由で、特別な信仰心もなく、近くの聖天さまのお寺に、それこそ駆け込みました。
結局、私の願いは叶わず、 まぁそもそも叶わぬ願いだったのだろうと諦め せっかくのご縁なので、そのお寺に毎週末にお参りしておりました。
その間、願い事があり、そのたび願をかけておりましたが願い事が叶うことはありませんでした。
その代わり、降って沸いたような不可解な災難に逢い 原因を考えておりました。 自分の撒いた種の結果とは考えてづらく、もしかしたら聖天さまの天罰ではないかと 思うようになってきました。 責任転嫁も甚だしいのは十分承知ですが、もしかしたら、聖天さまに好かれていないのではないか、拒絶されているのではないかと思うようになってきております。
聖天さまは誠意を持っておすがりすれば、必ず願いは叶うと言われていますが もしかしたら人を選んだりするのでしょうか?
聖天さまを信仰してから、災難が多いような気がするのですが…
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Name: 一九
Date: 2010/09/21(火) 06:02
No:3843
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Title: Re:聖天信仰について
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聖天様に限りませんが、自分のカルマ(学び)に反する願いはかないませんよ。 それからエゴによる欲望、つまり全体の調和に反する願望、人と比較による願望、結果として人に不幸が回る願望はかないません。
もう一つ願い方の問題があります。 願望が実現した結果をイメージして、その喜びを感じます。 イメージとは五感で体験し、その感情を味わうこと。 「何々してください」という願い方は欠乏感を体験しますから、欠乏した状態がかないます。 さらに結果を時間上で追わないこと、「果報は寝て待て」です。 熱意があること、あきらめないことも必要です。 熱意と結果を追わないことの関係が難しいですね。
最後に神仏との接し方です。 神仏と個人的に親しい関係になること。 日ごろから恵みに気づいて感謝していること。 願いを委ねること、つまり自分でどうこうしようとすることを放棄すること。 熱意と委ねるの関係も難しいです。
災難なんてどこにもないですよ。 神仏の罰もないです。 自分に必要なことが起こっているだけ、偶然起こることは何もないです。 どんなことも否定せずに受け容れてください。
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Name: 午前0時
Date: 2010/09/22(水) 00:55
No:3844
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Title: Re:聖天信仰について
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ご回答ありがとうございます。 実は私は先月、事故を起こしまして、幸い(?)対物でしたが、車は廃車になってしまいました。 これも、私に何かを気付かせようとすることだったのでしょうか。 必然的に起こったことだったのでしょうか。
吟味する必要があるな…
そう感じています。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/09/22(水) 17:36
No:3849
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Title: Re:聖天信仰について
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業界内部では「聖天さんは怖い」と言われます。「下手に拝むより拝まんほうが身のためや」とのことで、きちんとお仕えしないと祟られると真剣に信じられております。それだけ功験と威の強い仏様と、私は理解しております。
大切なことは「きちんと」という点でしょう。 そうと決めたら、朝夕の勤行は欠かさないだけではなく略さない。時間も守る。「願掛け」と「○○断ち」を対にするのもよく行われているようです。あと忘れがちですが、願いが叶ったときは「お礼参り」をして「願解き」をしてください。
さて、現世利益のお祈り事を「加持祈祷」といいますが、「加」は神仏の威力が人に加わること、「持」はその力を維持しようと励むこと、「祈祷」は祈ること、をいいます。祈るだけでなく、祈りがかなうよう努めることが必要なのですね。例えば、ご祈祷いただいたクルマに交通安全の御守をいくらぶらさげていても酔いどれが歩行者天国に突っ込めば悲惨な結果となります。禅的な表現をすれば、拍手は片手では鳴りません。
仏教の基本教義からすれば、すべての事/物は因と縁によって成り立ちます。そして結果である事/物も新たな因縁となります。そういった縁起のシステムでは祈祷祈願も因縁のひとつを作ったにすぎず、お祈りをして好いことがあったから云々という理解も、お祈りをしたのに好いことがないから云々という理解も、厳しい表現をすれば短絡思考ということになります。
そもそも、神仏という人の上にいます偉大な存在は、人の努力の範疇を超えたところについて、その努力に感応して守護や援助をくださるものと信じます。それは聖天さんも同じでしょう。まずはご自身のできることをなさり、次いで聖天さんに祈る。それでよろしいと考えます。
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Name: 午前零時
Date: 2010/09/24(金) 06:49
No:3856
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Title: Re:聖天信仰について
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天台沙門さま、ご回答ありがとうございました。
聖天さまについて 今までは「困った時の神頼み」的に礼拝しておりました。 一応はお祀りしておりましたが、まだまだ甘いようで 聖天さまを礼拝する資格などないのかな……などと思っております。
因果の法則なども、書籍などで知識はありましたが 最近の(被害者意識丸だしの言い方をすれば)不運も、私が蒔いた種なのだな、 と考えております。
ご回答、参考にさせていただきます。 またどこかで、よろしくお願いいたします。
それにしても、なぜあんな不自然な事故(対物で幸いでした)を起こしてしまったのか、未だに不自然でなりません。
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Name: 教えを乞う人
Date: 2010/09/14(火) 09:27
No:3823
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Title: お坊様の処世術
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私は昔から短気です。トラブルが多く、何とか変えたいと数日お寺に籠り、住職様の法話に耳を傾けたり、作務をしたりと仏心に接し、ようやく自分の欠点を欠点として自覚し、改善していこうと決意しました。下山してからも写経などの自己鍛錬に努めてきました。しかし、やはり短気が起こります。現実世界でもネット上でも、制御が利かず本気で怒りが込み上げ、火が付いたように憤ります。これを治したいのです。お坊様方は怒りが沸いたとき、どのように対処しているのですか?お世話になったお寺にも嫌がらせや、ネットからの根も葉もない中傷誹謗など時々寄せられるらしいのですが、ニコニコしてそれを話していた住職様の姿が忘れられません。お坊様方の怒りに対する処世術を教えてください。
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Name: あ
Date: 2010/09/14(火) 18:21
No:3825
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Title: Re:お坊様の処世術
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×おん にこにこ はたたつまいぞや そわか
○おん にこにこ はらたつまいぞや そわか 腹 立つ (成就)
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Name: 一般人
Date: 2010/09/14(火) 21:30
No:3829
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Title: Re:お坊様の処世術
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横から失礼します。
あさんのレスですが、仏教関係の本でみたことありますよ。腹がたったときに唱えていると著者?が書いてました(著者が僧侶だったような気もします)。真言宗で「〜ソワカ」という真言がありますが、それをもじった「おまじない」ですね。
おん にこにこ はたたつまいぞや そわか
はた ではなく 腹 ですね。にこにこはニコニコ。笑顔のことです。
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Name: 教えを乞う人
Date: 2010/09/14(火) 22:06
No:3831
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Title: Re:お坊様の処世術
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一般人様、ご指摘ありがとうございます。あ様、先ほどは失礼な事を言い、本当にすみませんでした。検索したところ、確かにご指摘の言葉があり、腹がたったときに唱えると良いとありました。先ほどの私のレスは削除いたしました。一般人様、あ様、高いご教養からのご指導、本当にありがとうございます。
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Name: 一般人
Date: 2010/09/14(火) 22:42
No:3833
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Title: Re:お坊様の処世術
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丁寧なお返事、恐縮です。一見、怪しい言葉ですよね(- -;)。僧侶の方からのご回答、あるといいですね。
私も人に比べると短気なようなので、全く人ごとでなく。。。 が、短気のかわりなのか、愚痴は人に比べるとかなり少ないようです。なので、普段は人よりストレス少なく過ごせていると言えるのでしょうか。結局、一長一短なんですかね。
教えを乞う人様の「短気」が、今後でてこないことを陰ながらお祈り致します(生まれつきの短気をお坊さんに相談したら、お坊さんが「その短気をとってやるから出してみよ」と言い、短気は生まれつきのものではないと教えるエピソードもどこかでみたことがあります。機会があれば検索してみてもよいかもしれません)。
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Name: 教えを乞う人
Date: 2010/09/14(火) 23:12
No:3834
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Title: Re:お坊様の処世術
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一般人様からのご指摘がなかったら、そら恐ろしい早とちりをしていたところでした。本当に助かりました。私の短気は後に悔いばかり残すので、何とか改善するためにも今年中にもう一度時間を見つけてお寺に籠る予定です。そのお寺の住職様は何どきでもニコニコしていて、一緒にいると私までニコニコになり、そのときは短気も陰を潜めていて怒りに対する処世術は…の質問を入れることさえ浮かびませんでした。今度お寺へ上がったら住職様にも処世術を聞いてみようかと思います。
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Name: 一般人
Date: 2010/09/14(火) 23:20
No:3835
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Title: Re:お坊様の処世術
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それは素敵なご住職ですね。よい御縁で恵まれていらっしゃいますね。御健闘、お祈りいたします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/09/15(水) 12:05
No:3838
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Title: Re:お坊様の処世術
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まずは時間と空間をおくということでしょうか。
私は本堂でお経を読みます。普段よりも、意識的に声を大きくし木魚も強く叩きます。 これで15分くらい経ちますから、なんとなく感情そのものは落ち着きます。
まあ、怒りなどの感情の原因によりますが、どうして腹が経ったのかを文書化しますが、そのまま対応策を考えると感情が勝ってしまうので、その日は文書化だけで止めておきます。
水垢離ではないですが、冷たい水を浴びるのでも熱いシャワーで身体を洗うなどということも行います。 ご参考までに。
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Name: 教えを乞う人
Date: 2010/09/19(日) 19:28
No:3841
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Title: Re:お坊様の処世術
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天台沙門さま、ご回答ありがとうございます。さすがはお寺の方にふさわしい解消法だと思いました。自己処理が大切ですね。私も今日、観光先の複雑な道で道を間違え、危うく半ば木の葉に隠れた通行禁止の標識を見失い進行しかけたところ、ぼーっと雑木のように立っている警備員に突然怒鳴られ文句を言われ、そんな言い方はないだろうと、カーッとなって「ろくに誘導できないなら代わりに看板でも立てとけ」と怒鳴り返そうと半ば窓を開けましたが黙って去り、その後やんわりと苦情を入れただけで済ましました。これからはより短気を起こさないよう精進します。ありがとうございます
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Name: かず
Date: 2010/09/11(土) 00:46
No:3814
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Title: 仏壇と花瓶について
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家具調の小さな仏壇(幅40cm程度)に手を合わせています。 本尊、位牌、常花(1対)、燭台(1対)、香炉、高坏(1対) 水とご飯の器、、、妻の位牌があります。
生花を仏壇の両脇に、対で花瓶を置いて花が枯れる前に 新しい花に替えています。(毎週1回か2回)
この生花の花瓶は、対の方がいいと思い、他界して1年くらい してから大きい花瓶を対で置くようにしていました。 それまでは、小さな花瓶に小さな花を飾るだけでした。 菊や百合の花を飾りたいと思い、大きな花瓶を対で買いました。
最近、片側でもいいのではないか、仏壇が明るくなると思うよう になり。1つにしようと思うのですが、、 対で飾るほうがいいのでしょうか?
対象に置くことになにか、教えのようなことがあるのでしょうか?
よろしくお願いします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/09/11(土) 10:04
No:3815
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Title: Re:仏壇と花瓶について
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結論から申しますと、仏具を対称に置くことに宗教的な意味はないと考えてよいでしょう。人が左右対称であることに普遍的な美を感じる点が重要であって、それが宗教的美意識にもつながっていると理解すべきでしょう。
仏具には「三ツ具足」というものがあります。本尊に向かって「燭台・香炉・花瓶」の順に並べるセットです。まずは、これでよろしいのではないでしょうか? 私の預かる寺の本堂の脇座敷の床の間に地蔵尊立像をお祀りしてありますが、お地蔵さんの前は三ツ具足です。
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Name: アビー
Date: 2010/09/01(水) 08:43
No:3803
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Title: 人ならざる行為私はもう人間じゃない!!!
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数年前、悩みを抱えていた私はノイローゼ状態だったと思います。 悩みの解決としてこだわっていたのはお墓で、先祖は土に還らないと成仏しないという事を本で知り、何を考えていたのか、勝手に祖母、祖父、その他親戚の遺骨を自分で縫ったさらしの袋に入れ替えたのです。後に空になった骨壺は京都のお寺に郵送し供養してもらいましたが・・しかし、彼らの遺骨はそのままで、何の供養もしてもらっていません。菩提寺というのでしょうか、お墓のあるお寺のお坊さんに御経の一つでもしてもらいたいのですが、何十万もかかりそうで、耳も非常に遠く意志の疎通も困難です。墓は非常に遠いので、以前十万円を納めたことがあります。ごく稀に掃除はしてくれているみたいです。この先どうすればいいのでしょうか? 以前骨壺を供養してくださった尼僧さんに、塩、酒、米を用いた結界を作る方法を教わったのですがそれは墓参りの度に続けたほうが良いのでしょうか? 自分で自分の先祖を陵辱したのです。一体これからどうすれば。
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Name: タッチ
Date: 2010/09/02(木) 11:47
No:3806
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Title: Re:人ならざる行為私はもう人間じゃない!!!
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骨壷から骨を出して骨壷を処分した、というところが気になるのでしょうか?私の地方ではお墓に骨を埋める際、骨壷からザザーっとお墓の下の直土の上に骨を注ぎます。だからお墓の下は、どれが誰の骨だか分からない状態です。空になった骨壷は供養せず処分です。私の地方ではこれが当たり前なので、遺骨を大切に袋に入れたというところ、むしろ大切にされているなぁと思いました。
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Name: アビー
Date: 2010/09/07(火) 09:42
No:3813
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Title: Re:人ならざる行為私はもう人間じゃない!!!
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返信有難うございます。
どのような返信が来るのか恐ろしくて中々お返事できませんでした 優しいお言葉に感謝しております。 気持ち的、考え方も少し楽になった気がします。
ありがとうございました。
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Name: KK
Date: 2010/08/08(日) 12:18
No:3716
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Title: 孤独死をさせてしまった叔父への供養
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離婚して独身で一人暮らしをしていた叔父(享年71歳)が今年の1月に孤独死をしていた事が先日分かりました。亡くなった当初は実子に警察から身元引取り人の要請があったとの事ですが、実子たちは拒否をしたそうです。 何故最近になって叔父の死亡が分かったかと言いますと、私の母(叔父の実姉)に区役所から相続の連絡が入ったからです。 実は母は今秋に法事の件で疎遠になっていた叔父に手紙を書こうと していた矢先でしたのでとても嘆き悲しみ、私も叔父のことは大好きだったのに、、何故連絡を絶つようなことをしてしまい毎日嘆き悲しんでいます。現在叔父のお骨は無縁仏として寺院に安置されている事が分かり、数日後にお骨を引き取りに行くのですが、 お墓を立てるまでに(永代供養を検討しています。)自宅で 安置しする予定です。 もうとっくに49日も終わっておりますが、私は勝手にお骨を引き取ってから数えようと思っておりますが、そのような解釈でよいものなのでしょうか?また孤独死をしてしまった叔父に対してこれから どのような供養・懺悔をしていけばよいものなのでしょうか?
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/08/10(火) 09:49
No:3726
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Title: Re:孤独死をさせてしまった叔父への供養
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四十九日は命日から数えで四十九日ですので、八か月過ぎて、改めて遺骨を引き取ってから数えても、あまり意味はないと思います。時間は戻りませんし、無理に戻す必要もないでしょう。 ただ、供養・法要することには意味はありますので、四十九日などを出来なかったことに対する懺悔と、追善の供養法要を行えば十分だと思います。日々手を合わせて供養することと、次の一周忌に丁寧な法要をすることです。
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Name: kk
Date: 2010/08/11(水) 20:14
No:3735
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Title: Re:孤独死をさせてしまった叔父への供養
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水波坊様
ご返信ありがとうございました。 本日やっと区役所の福祉課で無事に叔父のお骨を 引き取ることができました。 これから、お墓を探して、納骨式にはできなかったお葬式の分も しっかりと丁寧に法要させていただこうと思います。
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Name: kk
Date: 2010/09/06(月) 21:39
No:3812
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Title: Re:孤独死をさせてしまった叔父への供養
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先日はお世話になりました。
ようやく叔父のお墓がみつかり来月上旬に納骨式を する予定です。 今現在は孤独死をさせてしまった叔父のお遺骨は 叔父の姉である私の母が引き取っています。 しかし納骨日が決まると母が遺骨を手放すのを 非常に寂しがるようになり、分骨をして家に 小さな骨壷にして置いときたいような事を しばしば言い出すようになりました。 そのような理由で分骨をして家に置いといても 仏教の倫理的な面からして良いものなのでしょうか?
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Name: ひまわり
Date: 2010/09/02(木) 10:15
No:3804
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Title: 仏壇に手を合わせている時間
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毎朝仏壇に手を合わせ、お経を唱えています。長ければ長いほど良いと思い、だいたい2時間はお経を唱えています。しかし途中、ともすれば考え事をしていたりと、集中力を欠く時間も含まれます。ある方から仏壇に長い時間お経を唱えているのも良くない、と教わりました。本当でしょうか?だいたいどのくらいが目安ですか?線香一本が消えるまでが約30分です。30分位で大丈夫なのでしょうか?
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Name: 水波坊
Date: 2010/09/02(木) 10:50
No:3805
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Title: Re:仏壇に手を合わせている時間
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長さは関係ないでしょう。長いほど「良い」の「良い」が何についてなのかはわかりませんが…。 読経は20〜30分くらいでいいのではないでしょうか? 読む経によって時間は変わって来るでしょうし、人によっても相応しい時間は違いますけれど…まぁあとは題目なり念仏なり坐禅なり、自分の行を読経と併せてされれば如何でしょう。それでも合計で一時間もやれば良いと思いますよ。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/09/03(金) 11:11
No:3807
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Title: Re:仏壇に手を合わせている時間
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やはり修行にも適正な長さというものはあります。
座禅の場合では、瞑想によって一種の意識障害が惹起されることが経験的に知られています。よって多くの修行道場では初行者ならば15分、練行者でも45分ほどで瞑想を中断することが普通です。長ければ長いほどよい、というわけでもないのですね。
さて、経典の読誦の心構えですが、自分の声をきちんと聞きながら目では文字を読んで意味をおさえる、ということを意識してください。さらには、読誦の目的を意識すること、目的に対して読誦している経典がどんな意味をもつのか、といったことも考えるべきでしょう。 読誦の時間は、言ってみれば、どうでもいいことです。
正直なところ、13時14時15時と法要を続けたりすると、経典の繰り返しの部分(『阿弥陀経』六方段)を読んだかどうだか怪しくなります。心理学者の河合隼雄は、経典内のリフレインは神秘体験をもたらす催眠効果のためではないか、との説をあげています。 また「お念仏を唱えている途中で眠くなってしまうのだが」という質問に、「眠ければ寝てしまってもよい。起きてから。お念仏を続ければよい」と、法然が答えたという話もあります。 (註:手元に資料がなく記憶で書いているので、これは親鸞の逸話かも知れない。)
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Name: ひまわり
Date: 2010/09/05(日) 22:26
No:3810
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Title: Re:仏壇に手を合わせている時間
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水波坊さま、ありがとうございます。量より質ですね。やはり、という感じでした。線香一本が消えるまでは集中力を保てるので、いたずらに長く仏壇に向かうようなことは控えようと思います。
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Name: ひまわり
Date: 2010/09/05(日) 22:33
No:3811
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Title: Re:仏壇に手を合わせている時間
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天台沙門さま、ありがとうございます。やはり適度の長さが大切なのですね。「眠くなったら寝る」のように、自然体で仏様と接することが大事なのですね。心がけます。
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Name: ラスカル
Date: 2010/07/18(日) 20:24
No:3676
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Title: 亡き父について…相談
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亡き父について相談です。 亡くなった当時あたふたし家族葬でしめやかに行いましたが当時宗派などわからずで焼場に来た住職さんの宗派で戒名・位牌・仏壇・墓(開眼供養)・1年忌&三回忌ときましたが… ご先祖様は田舎(曹洞宗)で父は実家とはずっと疎遠でした。次男です。ご先祖様の宗派に戻すべきか悩んでいます。 また娘は私一人で父の墓に入るのには名字をもどすべきと言われました(×イチで旧姓にもどしてません)アドバイス宜しくお願い致します。
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Name: 禅門
Date: 2010/09/03(金) 13:29
No:3809
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Title: Re:亡き父について…相談
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今のお寺の檀家から抜ける時には、離壇料を納めることになります。離壇料は、お寺によって金額が違います。また、お墓は移設するか、処分して墓地を更地してお寺に返すことになります。 次に曹洞宗のお寺に入る事になれば、入壇料、戒名料を納める事になります。入壇料・戒名料についてもお寺によって、金額が違います。戒名は、宗派によって付け方が異なるので、新たに戒名をもらうようになります。 名字が違うと一緒のお墓に入れないことはないですよ。 一度、菩提寺に相談した方が良いと思います。
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Name: chako
Date: 2010/08/16(月) 10:18
No:3748
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Title: 宗派と仏壇について
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はじめまして。 分からない事だらけなので、教えて頂けたらと思います。 宜しくお願い致します。
先月26日に父が他界いたしました。
私は一人っ子で嫁いでいる身であります。 母はまだ健在です。 現在、実家には父の両親が入っている仏壇があります。(天台宗) 父は複雑な家庭環境にあり、祖父(父の父)が眠っている お墓は群馬の山奥にありますが、祖父はサイパンで戦死しているため遺骨は無く入っておりません。 実母は後妻に行っており、父の姓とは違いますが仏壇に お位牌はあるようです。
父が他界し、現在お墓をどうしたらいいのか分からず 悩んでおります。 母は現在癌を患っており到底群馬の山奥まで出かけられないので 近くのお寺さんがいいと言っております。
実家にある仏壇は天台宗のご本尊が入っております。 この先、母が亡くなり、私が元気なうちは両親の仏事は 面倒見たいと思っています。 嫁ぎ先の宗派は別です。先の事を考えると 父のお墓は嫁ぎ先の宗派とそろえた方がいいのでしょうか? そうなると現在仏壇のご本尊を変えないといけないと思いますが、 元々入っているご位牌などはどうしたらよいのでしょうか?
夫婦二人しか墓に入らない場合、永代供養墓や納骨堂のような 供養の仕方の方がよいのでしょうか?
分かりにくい文章で申し訳ござませんが、宜しくお願い致します。
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Name: 禅門
Date: 2010/09/03(金) 12:34
No:3808
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Title: Re:宗派と仏壇について
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あなたが両親の墓守をされるのでしょうか? 永代供養墓や納骨堂とは、墓守をする方がいない場合、菩提寺が永代にわたって供養するということです。 宗派を変える件ですが、今の菩提寺にあるお墓を移設するか、処分しなくてはなりません。墓地は更地にしてお寺に返すことになります。また、そのお寺の檀家からぬけることになりますから、離壇料を納めることになると思います。金額はお寺によって違います。 次に嫁ぎ先の菩提寺に入ることは、入檀料、戒名料を納めることになります。入檀料、戒名料の金額もお寺によって違います。 戒名は、宗派によって付け方が異なります。 戒名が違いますので、お位牌を新たに造ることになります。 一度、今の両親の菩提寺に、相談してみて下さい。
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Name: みかん
Date: 2010/08/24(火) 00:00
No:3797
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Title: 水子供養・先祖供養について
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掲示板に以前同様の相談事項があったのですが、私のケースについてご相談のっていただければと思い書き込みしています。
私の場合も占いで家族に水子がいるのでは?と指摘されて、供養してあげると良いとアドバイスがありました。 実際、母の兄弟に居たことと、ここ最近精神的に厳しいことが多く、水子は4代まで影響があると聞いて、何か関係があるのではないかと思いました。 供養の方法が分からなかったので、どうすればいいのか占い師に聞いたところ、水子供養に信頼しているお寺があると紹介されて、そこで供養してもらうことにしました。 永代供養で1体10万円でした。
また、七代供養についても最近気になっていたので、そのお寺で七代供養等についても伺いました。すると、お墓参りやお盆やお葬式はその通りセレモニーや懐古会で本当の供養ではなく、魂の供養をしないと故人は天国には行けないとのこと。なので、出来るところから先祖供養もするといいですね、と言われました。
先祖の供養として7代供養すべきなのでしょうか。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/24(火) 13:40
No:3799
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Title: Re:水子供養・先祖供養について
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結論だけ先に申し上げますと、とりたてての「七代供養」という法要の必要は感じません。 ところで、いわゆる水子さんが「実際、母の兄弟に居た」ならば、菩提寺さんでは何らかの理由で年回の法要が行われていなかったのでしょうか?
※ >水子は4代まで影響がある
まず、既に亡くなられた方々はすべてご先祖だとお考えください。そして、いわゆる水子さんだけを特別扱いなさらないことをお勧めします。 はっきり申し上げますが、いわゆる「水子供養のお奨め」は「不幸な死に方をした死者は、きちんと祀らなければ祟り神になる」という日本古来の宗教意識が基底にある民間信仰であり、仏教の教説に基づくものではありません。 現代的に解釈をすれば「生者にとって受け容れがたい死は、その死者を手厚く葬り祀らねば、その死の受容(超克)は困難であり、生者にとっての精神的苦痛はいつまでも続く」ということでしょう。 いわゆる水子(流産児・死産児)や幼くして亡くなったお子さんを悼むことは、産んであげられなかったこと・育ててあげられなかったことに関して、親が子に対してもつ「申し訳なさ」を受け容れたり乗り超えたりするための行為です。その精神的な営みを援助するために、寺院ではお地蔵さんや観音さんの慈悲という方便を用いているだけです。
あくまでも、生物としてのヒトの存在の基本である血縁という縁に連なる人々のなかに、産まれることができなかったり幼くして死んだ子供たちがいた、というよくある事実(現代でも流産率は〜15%)に基づき、その親や祖父母や兄弟姉妹の悲しみを想像してさしあげればよろしいでしょう。つまり、ご自分には産まれることのなかった伯父(叔父)さんがいたんだな、と想像いただければ、それでよろしいのではありませんか?
※ >お墓参りやお盆やお葬式はその通りセレモニーや懐古会で本当の供養ではなく、魂の供養をしないと故人は天国には行けない
別項にも記しましたが、「供養」の本義は「神仏に食べ物を供え、一緒に食べる」という行為であり、これは人類に普遍の宗教行為です。ですから、冬の正月・春秋の彼岸・夏の盆という季節ごとに、死者を含めた神仏の存在を意識して、できれば一緒に過ごしているような気分になることが日本古来のきちんとした「供養」です。墓参も同様に、自分に縁のある死者を憶いだしたり、直接に知らなくても先祖と呼ばれる人々を想像することですから、それも充分に「供養」であると考えます。 そもそも、宗教儀礼(セレモニー)に参加する目的は「我々はこの儀礼の趣旨に共通の意識をもっている」と参加者全員が感じることです。感情のうえでの連帯感をもつためですね。したがって、セレモニーなくしては死者や神仏への想いを致す「供養」という行為も果たされないということになります。
ご質問の文脈では、どうもそのご寺院のなさる「本当の供養」以外の法式には意味も価値もないとのご主張をお持ちのようです。もし「魂の供養」が「生者は死者の呪縛から自由になって生きてゆき、死者は生者の執着から自由になって死ぬ」という知見に基づくことならば強く共感しますが、そのご寺院ではどのようなご葬儀をなさっているのか非常に興味がもてます。
ついでながら、仏教には「天国」という概念はありません。 極楽に代表される「浄土」に往くか、大日如来と称される宇宙の真理そのものと一体化するか、釈尊の教説に従い死後の世界については考えないか、です。また、日本古来の伝統的宗教観では、死者は「黄泉」や「常世」という「あの世」に赴き、定期的(盆と正月)に「この世」に訪ねてきてくれることになっています。 「極楽」という点でいえば、阿弥陀如来の本願(存在意義)はすべての人を往生させてくださる、ことにありますから、阿弥陀さんを信じる以上は「天国」には行けなくても「極楽」には往けるということになります。
※ >7代供養すべきなのでしょうか。
まずは、その伯父(叔父)様にあたる水子が葬られている(おそらく菩提寺であろう)ご寺院で、普通に回忌の法要やら季節ごとの墓参をいただければ必要にして充分です。 「七代供養」という特段の法要をしていただくよりも、人は人間関係という縁のなかでしか生きられないという現実をふまえ、その縁あるすべての人々の代表としてご先祖がいらっしゃるというご気分をおもちください。
まさかとは考えますが、7代の親子関係を遡ると対象となる人数は(2+2x2+……+2x2x2x2x2x2x2)人です。「永代供養で1体10万円でした」とのことですから……。
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Name: みかん
Date: 2010/08/24(火) 20:07
No:3800
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Title: Re:水子供養・先祖供養について
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コメント頂き誠にありがとうございます。
>いわゆる水子さんが「実際、母の兄弟に居た」ならば、菩提寺さんでは何らかの理由で年回の法要が行われていなかったのでしょうか?
水子のお墓を立てており、お寺の側にある墓地なので何かしら法要はされているのかもしれませんが、正直、よくわかりません。 この曖昧な感じが、ますます何かやらなくてはいけないのでは?!という衝動に駆られました。
魂の供養について、「お盆やお彼岸に先祖を思い出すだけでは供養にならない」と、そのお寺で聞いた話について、「千の風になって」という歌にもあるように、先祖(魂)はそこにいないのか。。。。と何か説得力のあるような・・・と思いまってしまいました。
お葬式については、こう聞きました。江戸時代に疫病が流行った時、道端に人がバタバタ亡くなって行き、亡骸のやり場に困った皆が、お寺に運べばお経の一つも上げて成仏させてくれるだろうと考え、お寺の前に皆が亡骸を山のように積んで帰り、放っておくわけにもいかず、住職がお経を上げてあげたことがお葬式の始まりだとのことです。 本来、お寺の役割は、現世を生きる人に説法を説いたり、魂の供養をすることとのことです。
以上のように聞きましたが、やはり小さい時から教えられてきたお墓参りやお盆などが間違っていないことを確信しました。 ありがとございます。 今更ながら、占い師の方からは、母には水子供養のことは言わない方がいいと言われてました。それは、母がそういう霊的なことを信じる方じゃないので、とのことでした。
もし宜しければご教示ください。 今回の水子供養で木彫りのお地蔵さんを作りました。お寺に置いてもらっています。お寺の方には、月に1回はお参りに来た方がよいといわれましたが、年に1回や全く行かなくなることは良くないのでしょうか。 魂の供養だけならば1万円だったのですが、お地蔵さんとして存在すると気になってしまいます。
どうぞ、よろしくお願いします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/30(月) 14:53
No:3802
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Title: Re:水子供養・先祖供養について
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その1 >年に1回や全く行かなくなることは良くないのでしょうか。
無理に毎月の参拝を続けることまではお勧めしません。 これは「月参り」の風習の有無によります。おそらく、お寺さんがこの風習のある地域に所在しているので、お勧めになっているのでしょう。あくまでも「月参り」は風習の問題ですから、ご自身の菩提寺さんにもこの習慣があるならば、毎月の命日にご参拝なさるほうが良いでしょう。 私の預かる寺(と近在)には、月参りの風習はありません。ですから、月参りをいただく方は丁寧な方だと感じますが、「したほうが良いですか?」と訊かれたときには「そのほうが丁寧なのは確かですが、私としては祥月のご命日と季節毎の墓参をいただければ充分と考えています」とお答えしています。
その2 >水子のお墓
ご事情は了解いたしました。 前稿では述べませんでしたが、いわゆる水子霊については、ふたつの考え方があります。ひとつは「いずれ新しい身体を得て還ってきてくれる」というもの、もうひとつは「生まれてこなかっただけで、亡くなってしまったということは大人と同じ」というものです。 前者の場合は、現世に存在しなかった人ですから葬儀は必要がなく、先祖代々の墓所に身体や霊魂を納める必要もないということになります。ですから、水子霊を弔う(記憶する)場合は家の墓ではなく公(お寺)のものとして「水子墓」を造る必要があります。 後者の場合は、きちんと葬儀をして墓所を設けて弔うことが必要となります。水子さんとは、いわば、最も不幸な死に方をした人ですから、それだけしっかりと祀らねば祟り神になる可能性も高いと考えられてきています。よって、もしかしたら遺体・遺骨は納められないにせよ、独立した人格として戒名を授かり墓誌に記すなどして一家一族のひとりとして扱うことが必要になります。 これらは「考え方が違う」というだけのことで、優劣や善悪の問題ではありません。
※
以下は、余談です。
江戸時代に仏教式葬儀が一般化した理由は徳川幕府の宗教政策によるものです。仏式葬儀をするということは、キリスト者が臨終の際の告解をできないということですから、仏式葬儀をすることをもってキリシタンではないという証明にしたのです。
葬儀の起源については、いうまでもなく仏教をはじめとする「宗教」よりも古く、おそらくは人類が文明や文化をもったときにまで遡ってよいでしょう。日本における葬儀と仏教の関係に限っていえば、仏教儀礼に葬礼が取り入れられた時期、または仏教式な葬儀が始まった時期は、江戸時代よりも古いことは明らかです。 奈良時代の歴史書『続日本紀』には、釈尊の葬儀に倣って火葬された僧侶のことが記載されています。鎌倉時代の『方丈記』には「疫病が流行った時に、仁和寺の僧が仲間とともに、京の街に捨てられたままの死者の額に阿字(大日如来の種字)を書いて、その成仏を祈った」話があります。
さて、寺院(というか僧侶)の役割が現世利益であるかどうかは議論の対象になりますが、私は「自分以外の死者の冥福」や「自分自身の死後の冥福」を祈り安心を得ることも現世利益であるという観点から、宗教の役割は現世利益であると考えております。よって、葬儀も「生きている者の心の平安」という文脈で行われるべき儀式であり、宗教者が葬儀を行うことを忌避すべきではなく、本然的な義務の一環であると考えております。
仏典には『キサーゴータミー説話』と呼ばれる、釈尊その人が子を喪った母に対して「葬儀」を行い子への執着から自由にさせる、という話があります。もちろん釈尊が現在の仏式葬儀を行ったわけはありません。「死んだ子を生き返らせる祈祷をするから、街のどの家からでもいいから食材をもらってきなさい、ただし死者を出したことのない家からもらってきなさい」と母親におっしゃるのです。当然、祈祷に必要な供物(どの家の台所にもある食材)を集めることはできませんが、しかし母親は大切な身内を喪って悲しんでいるのは自分ひとりではないというあたりまえの事実に気がつきます。
本来の仏教的な葬儀とは、民族宗教的な祟り神の信仰を菩薩や如来による救済によって代替するものではなく、釈尊が行われたように辛い事実であっても事実として受けとめるための行為であるといえます。
なお『千の風になって』ですが、我々が昔から使っている「草葉の陰に」という表現と響きあいます。仏教のうちの密教の本尊である大日如来は「宇宙の真理そのもの」であり、これと一体化することを成仏であると考えています。宇宙と一体化した故人が、風や雨や鳥の声になって我々と一緒にいてくれるという考えは、別におかしなことではありません。 墓石や位牌や仏像は、姿の見えない故人や神霊や仏を感じることが大変なので、象徴となる物体を必要としているということです。
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Name: わかめごはん
Date: 2010/08/23(月) 14:10
No:3793
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Title: 浄霊と除霊について
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こちらの掲示板でいいのか迷いましたが、よろしくお願いします。
私自身には霊的な力は全くありません。金縛りになったこともないし、見えるとか気配を感じるとか、まるでありません。 ここ1ヶ月なんですが、夏バテしたかな、ぐらいの体調の悪さがずっとあって、病院で薬を処方してもらいました。がよくならず…。先日、見える友達が私を見て、いるよ。と言いました。2人に言われたんですが違う日にそれぞれ、ついてるんじゃなくて、中にいるみたいよ。と同じことを言ったんです。
除霊とか浄霊を思いましたが(お祓いになるんですかね)、なにぶん知識がないので迷うばかりです。 お金儲けだけが目的の方がやっている場合もある、と聞いたこともありまして。きちんとしてもらえる所へお願いしたいと思ってるのですが…
どういう所に行けばいいんでしょうか?
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/08/23(月) 14:37
No:3794
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Title: Re:浄霊と除霊について
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ま、あまり気にしなさんな…。今年は大抵みんな、暑さに参っていますから。それに私も昔、武士だの動物霊だのが憑いてる…と言われましたが、いまでも「共存」していますよ(笑 何も支障ありません。
どうしても気になる、気になって夜も眠れないということでしたら、取り敢えず真っ当な伝統的寺院に頼むのが良いでしょう。素性の怪しいのはぼったくりが大半です(伝統宗派の看板を出していても、避けた方がいい寺も結構あります)。 とは言え、伝統寺院でもいい加減にやってる寺も多いですし、なかなかちゃんとしたところ…は難しいですよね。ちゃんとしているところもありますが、ここで私が名前を勝手に出して紹介するわけにも行きませんし…。
いずれにしても、何度も何度も繰り返しやらなくちゃいけない…という歯医者みたいなところはやめておきましょう。「料金」がどんどん上がって行く場合が多いです。 また、祟りとか呪いとか先祖霊の因縁が…と言って、それを「切る」のに十万円以上の金額を要求する場合も避けるのが無難です。土地を結界して祭壇を大々的に整えてやるのならともかく…。 もちろんケースバイケース、寺に拠って方法も流儀も違いますので、一概にすべてダメ、とは言いませんが…。
本当は「霊」など気にせずに、自分自身がしっかり仏道の信をもって生活していけばそれで済む話ですけれどね。
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Name: 一般人
Date: 2010/08/23(月) 16:21
No:3795
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Title: Re:浄霊と除霊について
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憑いているというのが本当かどうか分からないですが、病気と同じく、不安など気持ちが暗くなると、悪いものを引き寄せるといわれます。 気にしないで、明るい気持ちを心がけた方がいいと思いますよ。一時的に憑いたのなら、離れていく可能性もあると思いますので。
それでも気になるなら、いわゆるパワースポットに行ってみてはいかがでしょうか。 私は感じやすいほうなのですが、場所によっては身体が軽くなる感じがありますので、それなりの効果が見込めるのではないかと思います。ただし、明るい時間帯に行ってください。
また、「見える」については、見える方本人の波動(場合によっては、悪いものが憑いてるので見える可能性もある)の問題もあると思いますので、あまり深入りしないほうが無難ではないかと思いますよ。 お祓いを受けたのに、逆に悪いものに憑かれるということもあるそうですし。
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Name: 菊雅
Date: 2010/08/23(月) 18:46
No:3796
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Title: Re:浄霊と除霊について
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普段何も感じないのなら、たとえ憑かれてたとしてもそのうち霊の方が飽きて、どっかに行っちゃいますよ。 霊なんてのは人の一方的な想いのかたまりの様なもので、気付かない・感じない人には無視されているのと同じですからね。
それと、もし体の中に入られたのならば、人格も変わりますしその時の記憶もなくなりますからね。 (私の経験からですけど)ここに相談する事すら出来ませんから。
何かをするより、無視するのが一番効果的です。 (私の場合も、ほとんど無視です。)
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/24(火) 11:27
No:3798
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Title: Re:浄霊と除霊について
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風邪症候群やら夏バテは時間と休息がなによりで、処方薬は自覚症状を抑えて日常業務をこなすための道具だそうです。 ある程度の時間が経って自覚症状が気にならなくなれば、この話はそれで終わりです。
さて。 貴方ご自身に「霊的な力がない」という自覚があるならば、たとえ霊が憑いたとしてもそれを感じる力がないのですから、憑霊されたとしても影響はありません。 よく霊力と磁力とが類似のものとして例えられます。物理(電磁気学)的現象として、鉄は磁石に引き寄せられますがアルミニウムは磁石に引き寄せられません。この例でいえば「霊的な力がない」のならば「霊的な力に影響を受けない」のです。
心霊現象とされるもののほとんどは、物理的現象や心理学的現象として説明ができます。科学的(合理的または経験的)に説明ができるものに対して、心霊的に説明をしようとすることを、私は仏教的な態度とは考えません。「オッカムの剃刀」ですね。
私とて神仏に代表される形而上的存在の実在を信じていますが、私が主観的に信じていることが、客観的に存在していることの証明にも主観的に体験できる根拠にもならないことは明らかです。 逆に「電気の流れが目に見えないから電気が存在しない証明にはならないように、目に見えないことが形而上的存在の否定の証明にはならない」と先の例を使った反論も可能でしょう。しかし電磁気力の存在は方位磁針やら電球によって物理的にいつでもどこでもだれにでも確認できます。 やはり、宗教や信仰というものにも、その基本には「いつでもどこでもだれにでも」という普遍性があってしかるべきで、再現性のない心霊現象にとらわれても仕方ありません。
お大事になさってください。
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Name: わかめごはん
Date: 2010/08/25(水) 01:49
No:3801
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Title: Re:浄霊と除霊について
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不安な気持ちに回答を下さったみなさま、ありがとうございます。
私の働いている場所がスーパーであることも、少なからず関係あるのかな、と思いました。お盆の直前からお盆中、お盆の終わりで、自分の体調や気持ちの変化が激しかった感じです。
また何かありましたら相談させていただきたいと思いますので、その際はよろしくお願いします。
ありがとうございました。
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Name: 田舎の檀家です
Date: 2010/08/16(月) 10:33
No:3749
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Title: お寺が機能してません
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寺院関係者様、教えて下さい。
私達のお寺は関西の田舎にあるのですが、住職と副住職が高齢の為に余り檀務が機能されていません。
具体的に言いますと、住職の体調が良くないのでここ数年のお盆やお彼岸の御参りも、まともに読経が出来ませんし檀家の不幸事でも葬儀こそすれどもお通夜の参加は有りません。
副住職は奥さんなのですが、最近は認知症的な行動が目立って来て被害妄想が激しいのです。その為に境内の整備や清掃はもとより檀家さんとトラブルが続いています。
お寺には息子さんは無く、後の住職さんはいません。 壇務のお手伝いで若いお坊さんがこれまで数名お越しになりましたけども、住職と副住職とのトラブルで続きません。
私たちが拝見する限り、若いお坊さん達の方が真面目にお勤め下さいますし住職と檀家さんの取りまとめを行って頂けたのですが・・・
檀家規則(宗教法人規則?)ではお寺の住職が亡くなったら本山から新しいお坊さんが来てくれるのでしょうか? それとも、副住職が昇格して住職になるのでしょうか?
ここの副住職は認知症が入って来てますので、昇格されても今の住職以上にお寺の壇務がこなせないと思います。
檀家には毎年お寺の会計が公表されますが、お寺の維費持や檀家の扶助活動費とお布施額が一致しません。
お布施の総額から寺院活動費を除いた金額は事実上の住職夫婦の収入だと思うのですが、総代会で所在を明らかにするのは可能でしょうか?
私たち檀家は以前お手伝いに来て頂いた若いお坊さんにお寺に戻って来て欲しいのですが、住職と宗派が違うらしいのです。
檀家の総意で次の住職さんを決めたいのですけど、本山と掛け合わないと無理でしょうか?
仮に住職が一時不在になっても近隣のお寺へお願いすれば、今の檀那寺の檀家としてご供養して頂けるのでしょうか?
いつ住職が亡くなってもおかしくないので、年忌法要とかが出来なくなった場合の事が解りません。
もちろん今の住職夫婦も高齢ですので檀家一同で後の面倒は支えて行きたいとは考えています。
質問ばかりで申し訳ありませんが、良い方策が有れば宜しくお願いします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/18(水) 09:26
No:3766
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Title: Re:お寺が機能してません
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総論としては、ご相談のご寺院が所属している宗派の総本山ならびに都道府県単位に設置されている機関に、住職の代務者を決めてもらうよう請求なさることができます。多くの場合、寺院には寺単位の組織である「組寺」という制度があり、また僧侶には師弟関係を中心とした「法類」という制度があります。ご相談のような場合、「組寺」のうちで御住職の「法類」である方に、住職の代理を務めていただくことが、いちばんスジの通った話になります。
ただし、ご相談の場合、住職の奥さんである副住職さんに問題(認知症を原因とする被害妄想)があるとのことですから、この方が「他人に寺を乗っ取られて、自分たちは追い出される」という「被害妄想」をもっておられるならば、法類や組寺に代務を依頼するという段階から暗礁に乗り上げているのかもしれません。
なお、貴寺が所属する「○○宗」の本山があるのならば、他宗派の僧侶を住職にすることは不可能です。
以下、天台宗の場合を例にとってご説明しましょう。
Q1 現住職の後継者の決定方法は? A1 寺院すなわち宗教法人の寺院規則によりますが、@現住職の指名によって A天台宗務総長の承認を得て B天台座主猊下の任命による、ことになっています。副住職がいる場合、後副住職が昇格して住職となることが暗黙の了解とされています。これは後継住職の決定に混乱を生じさせないためです。宗派によっては「住職は副住職からの昇格のみ」というところもあるようです。 貴寺の問題については、住職・副住職のご両名ともに職務執行能力が欠けていらっしゃるようなので、早急に同宗派の近隣寺院の住職さんに代務者になっていただくべきでしょう。(註1)
Q2 寺院会計を総代会で明らかにするのは可能か? A1 可能です。というよりも、年次会計は関係者(すなわち檀信徒および関係寺院住職など)が閲覧できるようにすることが『宗教法人法』に定められています。ちなみに、寺院という法人の支出のうち、人件費の一部が役員報酬という形式で住職(代表役員)の収入となるのが一般的ですが、住職が副業収入を寺院に寄付することで経済的に成り立っている寺院もあります。(註2)
Q3 檀家の総意で次の住職さんを決めたいのだが? A3 とりたてての問題はないでしょう。ただし、その場合でも最終決定権は檀家の側ではなく僧侶の側に存在します。この場合の「僧侶」は、現在の住職ご本人ということではなく、問題のご寺院が所属している宗派の最高意志決定機関に属するということです。A1に照らせば、檀家の相違で指名された僧侶が、宗派によって承認され、その宗派の最高位の僧侶(天台宗なら天台座主)によって任命される、ということです。他宗の僧侶を住職にできない理由は「宗派によって承認」という点にあります。(註3)
Q4 住職の一時不在の場合の法務は? A4 いうまでもなく、私的な海外旅行や公的な本山駐在といった予定されている一時不在の場合は、住職本人が代わりの人の手当をしておくのが社会人としての常識です。また、住職の急病などの予定されていない一時不在の場合は、前述の「組寺」や「法類」の住職さんがサポートするのが業界の仁義ということになっています。
Q5 もちろん今の住職夫婦も高齢ですので檀家一同で後の面倒は支えて行きたいとは考えています。 A5 ありがとうございます。
註1:まれに一寺一宗派の単立寺院が存在しており、この場合には組寺や法類や本山は存在しえないので、代務を依頼する先は宗派を問わず近所のお寺ということになる。 註2:住職さんに「寺は住職個人の物」という意識があると、(檀家としては正当な権利である)帳簿の公開を求めただけでトラブルが発生する。 註3:「檀家管理の寺では法務はできない」として住職への就任を断る人は少なくないので、住職の報酬や身分に関することを率直に話し合って事前に文書化して信頼関係を作っておく必要がある。
極論ですが、御住職が遷化なされれば葬儀をどうするかという喫緊の問題が発生し、その際には前述の法類や組寺という組織が実務を動かすことになります。そうなれば自動的に、後継の住職をどうするか、という話題も出てきます。
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Name: 田舎の檀家
Date: 2010/08/20(金) 16:26
No:3775
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Title: Re:お寺が機能してません
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〉天台沙門様
ご丁寧なご説明有難う御座います。 クリアーする課題が多い事が判りました。
先日、この相談以後もお寺の住職を除いた総代と世話人が非公式で集まり話を持ったところです。
過疎になりつつ有る田舎と言う事もあって檀家総数が少ないのも悩みのタネです。
何をするにしても一檀家あたりの負担金が大きくなるので、この数年も土砂加持の法要が先延ばしになったりするのが現状です。
これは我々と言うより、言い難いですが檀家さんの中には昨今のお寺(住職・副住職)への不信感でお寺へこれ以上の負担は掛けたくないと言う檀家が居るもの現状です。
私たちとしてはそうは言っても高齢の住職夫妻をほっとく訳にもいかないので、面倒を見れるだけ見ようと考えてはおりますが、総代や世話人が交代した時にそうなるかも頭が痛いところです。
法類って制度が有るのですね安心しました。 施餓鬼やお花祭りの時に来てくれる近隣のご住職さん方の事ですよね?
でもイマイチ宗派の意味が理解出来ないのですけど、私達のお寺と近隣のお寺は宗派が違うみたいです。
私達は真言宗なのですけど、いつもお花祭りとかに集まっていただけるお坊さんは真言宗の高野山ですが私達のお寺は京都が総本山だと聞いてます。
真言宗なのに何処が違うんでしょう? 本山が違うと宗派が違うって事で理解したら宜しいのですよね。
早く新しい住職さんが来て欲しいとは思いますが、先ずは壇務が止まらない事を願ってます。
お寺さんのお葬式には莫大な費用が掛かるそうですね。 それと新しい住職をお迎えする儀式もそうだと聞きました。
これをきっかけにお寺さんと関係を断つ檀家さんが出てくるかも知れないと思うと頭が痛い話です。
先祖代々お世話になってますが、村の若い人達も自分達の生活の方が重要ですから。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/22(日) 12:35
No:3792
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Title: Re:お寺が機能してません
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Q1 施餓鬼やお花祭りの時に来てくれる近隣のご住職さん方の事ですよね? A1 そう、ご理解いただいて結構です。
Q2 私達のお寺と近隣のお寺は宗派が違うみたいです。 A2 無理をしてでも同じ宗旨のご住職を呼ぶか、呼ばずにお一人(ご寺族だけ)で法要をなさるところもありますし、お互いに宗派を問わずお招きあわれて一定の人数はそろえようとお考えの方もあります。
Q3 本山が違うと宗派が違うって事で理解したら宜しいのですよね。 A3 そうです。京都に本山のある真言宗諸派ですと、智積院の「智山派」・醍醐寺の「醍醐寺派」・東寺の「東寺真言宗」など、たくさんありそうですね。
拝読しただけの印象ですが、宗派はさておき「真言宗」という大枠での関係があってる施餓鬼などに出仕いただけているようですから、その伝手で貴寺と同じ宗派の本山の相談窓口を紹介いただけるでしょう。
Q4 お寺さんのお葬式には莫大な費用が掛かるそうですね。それと新しい住職をお迎えする儀式もそうだと聞きました。 A4 これは一概には言えません。正直な話をいえば、葬儀にしろ新住職就任式(晋山式)にしろ、出てくれる僧侶方が「義理ごと」ということで手弁当ですべての法務をこなしてくれるならば、普通の人の葬儀や法事と変わりません。
Q5 これをきっかけにお寺さんと関係を断つ檀家さんが出てくるかも知れないと思うと頭が痛い話です。 A5 ご心労お察しします。……私の法縁の寺でも、ご住職が亡くなられ次の方がやっと決まったというところですので、それまでのご不安は想像できます。
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Name: かじめ
Date: 2010/08/21(土) 11:32
No:3778
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Title: 供養は誰の為?
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先日、親戚の三回忌の法事がありました。その供養膳の席で和尚様に、「供養は自分自身にするものだよ」とお話しされました。
三回忌の供養で故人を偲ぶことが供養だと思うのですが、どういう意味なのか、その場で和尚様に聞けなかったので、投稿させていただきました。
誰の為の供養なのか?教えてください。よろしくお願いします。
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Name: 一般人
Date: 2010/08/21(土) 17:04
No:3783
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Title: Re:供養は誰の為?
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仏教では本来、祈祷や呪い(まじない)、占いは認めていません。
池に石を沈めて、「浮かべ、浮かべ……」と祈祷したからといって、石は浮かぶか? といった話を仏陀がしています。石は浮かぶわけないですよね。反対に、油を池に投げ入れ、沈め沈め…と祈っても沈むことはありません。 故人も同じく、祈祷によって天国?にいくのではなく、故人の行いによっていくわけです。
日本では、「仏教」を名乗りつつも他の色んな信仰が混じったりして、仏教を名乗るにはどうなんだろう、と疑わざるを得ない「仏教」もあるように感じます。都合よく「宗教」を用いてビジネスする輩には注意が必要ですね。 いずれにせよ、宗派によって違いがある部分については、信じられるかどうかを基準に理性的に判断するのが、人間としてあるべき姿な気がします。
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Name: ゾンビ
Date: 2010/08/21(土) 22:56
No:3785
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Title: Re:供養は誰の為?
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> 仏教では本来、祈祷や呪い(まじない)、占いは認めていません。
目から鱗です!! 禅宗の寺でも、日蓮宗の寺でも、真言宗の寺でも、天台宗の寺でも御祈祷やってますけど、それらはみんなすべてエセ仏教ってことですね。 ホントの仏教は成仏も願っちゃいけないんですね。
ということは、葬儀の後で「成仏するようお経を読んでしっかりお祈りしました。」などという坊主はニセモノってことですね。
なるほど。注意します!!
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Name: ぼた
Date: 2010/08/22(日) 09:29
No:3787
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Title: Re:供養は誰の為?
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解釈は人それぞれですから、同じ仏教・宗派の中でも様々な考え方があるのも仕方ないでしょう。 どれが正しくてどれが間違っているということではないので、自分が故人を偲ぶ事が供養だと思うならそうしてください。
もともとあった仏教が、なぜ今のように多数の宗派に分かれたかということを考えてみてください。 それぞれに解釈が違ったり、新しい考え方を取り入れたりしたために各宗派に分かれていったのではないでしょうか。 ならば、過去に行われたように、新しい解釈を加えて自分が思う仏教をしたとしてもよろしいかと思います。無論、常識の範囲内でということはあるでしょうが。 新しい解釈を否定するならば、仏教が各宗派に分かれていること自体を否定しなければなりません。 また、テレビ等で各国の仏教の様子が映ることがありますが、インド・中国・日本の仏教は少なくとも見た目の上では同じものとは思えないほど違って見えます。 これが現実です。
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Name: 一般人
Date: 2010/08/22(日) 10:40
No:3788
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Title: Re:供養は誰の為?
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仏教の世界的な集まりでは、日本の僧侶は僧侶とみられてないそうです。仏教本来から掛け離れてしまっていて、どちらかというと破戒僧に近いからと思われます(妻帯し家を持つなど、出家の生活ではないからです)。
仏教は出世間の教えですので、世間で当たり前とされる考え・解釈からは離れたスタンスで存在するのが本来の姿ですが、日本の今のお寺さんは世間に毒されてますし、世間もまた、世間が期待することに応えるのを求めてはいないかと思います。 祈祷、呪い(まじない)の類は世間にウケがいいのは事実でしょうが、それをやること自体の是非はまた別の話であって、、、少なくとも仏教の出家者には禁止されていたということです。
ちなみに上座部仏教では、亡くなる瞬間に善い心の状態となるよう、亡くなりそうだと聞いたらお坊さんが駆け付けるそうです。日本では死んでからですから、同じ仏教とはいえ、本当に違うものですね。
(追記)ご質問からの乖離があるようなので話を戻しますと、 「供養は自分自身にするものだよ」
これは、二つの意味合いが考えられるように思います。
一つは、仏像に手を合わせるとき、それは自分自身に手を合わせることなのだといわれるのと同じ意味合いです。 つまり、自分自身の仏性に対して手を合わせ、祈るということです。
二つ目は、善なる行いをすることで、自らが功徳を積むということです。 例えば三回忌の場で法話があったならば、聞法は善い行為になりますから、聞いた人自身の功徳となると思われます。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/22(日) 12:08
No:3790
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Title: Re:供養は誰の為?
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生者のためであるのと同時に、死者のためでもあります。 どちらか一方のため、と限定的に考えることはお勧めしません。
もと「供養」とは、神仏に食物を供えて一緒に食べる、という人類普遍の宗教行為がもとにあります。日本的な宗教感覚では、死者の霊魂は祀られることで先祖霊となり生者に幸福をもたらしてくれる、と考えられてきました。この「祀る」という具体的行為が「死霊を招いて一緒に食事をする」ということです。 この感覚の延長として、食事の代わりに仏事をするということが、死者を供養するという仏教的術語になったわけです。 ところで、死者の霊魂を祀らないと祟り神になるというのが古代の宗教意識です。横死と呼ばれる普通でない死に方をした人ほど、祟り神になりやすいという意識もついてまわります。この感覚が現代の日本人にも残っているので、自分自身に原因のある不都合すらも「ご先祖のお叱り」とか「水子の祟り」とか理由付けをされたときに信じてしまうわけです。 こういった文化の基層にある宗教意識をふまえると、死者を供養することは祟られないよう生者のためにする行為ということにもなります。
以上は、宗教者が知ってか知らずか語ることがない精神史的な背景です。それをそのまま現在の我々が信じるべきかというと、それは違うでしょう。ならば、現代的な解釈が行われて然るべきです。
私は、供養とは自身に有縁の人々すべてのために行うもの、と信じております。
仏教の基礎理論は「縁起説」であり哲学的には認識論の範疇に属する理論ですが、これを存在論の範疇に援用した場合、自分自身という存在は人間関係という「縁」のなかでしか存在できないという理解に到ることができます。 つまり、とある法要において供養されているのは具体的な一個人であっても、その一個人は自分自身に縁のあるすべての人間関係を象徴する存在として考えるべき、ということが私が仏教儀礼を司るときの基本姿勢です。 「有縁の人々すべて」とは、我々よりも先に、浄土・極楽・天国・冥界・あの世、と呼ばれてきている世界に赴かれた人々です。いま現在、縁の濃淡の違いはあるにせよ自分自身を含め一緒に暮らしている人々です。そして「七つまでは神のうち」と言いますが、何か偉大な存在(=Something the great)のもとから我々のところにやってきたばかりの人々、いつか必ず生まれてくるであろう人々です。
私は、特定の一個人を供養することは、その個人に象徴される自身につながる人間関係すべてを想い描くことと考えております。「どちらか一方のため、と限定的に考えることはお勧めしない」のは、こういった理由からです。
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質問以外には対応しないことを旨としているが、1点だけ。 仏教の目的は成仏(釈尊のような人に成ること)である。それを願わず、なにが「ホントの仏教」か。
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Name: けんや
Date: 2010/08/21(土) 10:47
No:3777
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Title: 悩んでます。
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はじめまして。 水子供養のことを調べていたらここにたどり着きました。 以前つきあっていた彼女との間に子供が出来、経済的理由で産めなく結局別れてしまいました。 それ以来彼女も作らず、ちゃんとした供養もせずに今まできました。 最近5年ぶりに好きな人が出来、結婚を考えています。 水子の事は話していませんが、自分の中で気になって先に進めません。 やはり、正式な供養をした方がよいのでしょうか?
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/08/21(土) 15:41
No:3781
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Title: Re:悩んでます。
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自分が前に進めないから…という理由で供養をして、それできちんと供養した事にはなりません。 供養と言うのは、「自分の都合」などすべて棚に上げて、ただただ「相手の為だけに」手を合わせていくことです。今回、結婚を考えているとのことですが、そういうことは関係なく、自分の子供を自分たちの都合で死なせてしまった事実を正面から受け止めてください。そうすれば、自分の都合などはまったく差し挟む余地などないはずです。 そういう心持になった時、しっかりと供養してあげてください。
なお、「水子の祟り」などで結婚生活がうまくいかなくなる、ということはまずあり得ませんので、そういう事に関しては心配なさらずとも良いでしょう。
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Name: けんや
Date: 2010/08/21(土) 19:47
No:3784
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Title: Re:悩んでます。
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水波坊様 ありがとうございます。 時々は思い出し手を合わせていたのですが、どこかで逃避していたようです。 近いうちにしっかり供養したいと思います。 ありがとうございました。
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Name: まさ
Date: 2010/08/16(月) 23:19
No:3752
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Title: 教えて下さい
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最近、良い事がありませんでした。久しぶりに(遠いし、いろいろあったので行けませんでした)先祖の墓参りに行きました。 状況が変わりますかねぇ?こんな事を考えたら、ダメかもしれませんが。
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Name: 一九
Date: 2010/08/17(火) 04:32
No:3754
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Title: Re:教えて下さい
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墓参は故人のためにやられたほうがよいと思います。 1回墓参したことが自分のために何かプラスになることはないでしょう。
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Name: ぼた
Date: 2010/08/17(火) 22:36
No:3765
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Title: Re:教えて下さい
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それはそれ、これはこれ。
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Name: 一
Date: 2010/08/18(水) 12:50
No:3767
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Title: Re:教えて下さい
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一回お墓参りしたくらいでは何も変化はありませんよ。あなたが毎日何かをコツコツと始めだしたら必ず変化すると思います。 あなた自身の問題ですよ。 早寝早起きや、スポーツ等いろいろありますよ。
清々しい気分で、過ごしてみては如何でしょうか?
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Name: 想月
Date: 2010/08/19(木) 21:04
No:3774
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Title: Re:教えて下さい
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まさ様の環境、状況が変わるかは今後のまさ様しだいでしょうけど、お墓参りや御先祖様に手を合わせる事を忘れない事です。
『状況が変わりますかねぇ?こんな事を考えたら、ダメかもしれませんが。』 人は、些細な出来事で変わる切っ掛けを見つけられる事もあります。
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Name: 内藤 雅巳
Date: 2010/08/18(水) 18:40
No:3768
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Title: 墓を移設後長い間没交渉であった移設前のお寺に過去帳についてのお願いをしたい
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今から約50年前ある地方のお寺の境内にあった墓地から別の場所に家の墓を移しました。移設前のお寺はあまり大きな寺ではありませんが、移設時までは代々長くお付き合いをしていたようですが詳しいことはわかりません。また、移設してからも、移設時の住職も私たち家族の代表も代替わりし移設前の寺とはまったく没交渉になってしまいました。 このたび、明治時代中期のことに関して、移設前のお寺に過去帳を見せてもらいたいと思いますが、お礼の金額、お渡しの方法を含めどのような配慮をして、どのようにお願いを始めたらよいでしょう?お寺まで出かけてお会いしてお願いしなければいけませんか?
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/19(木) 10:36
No:3773
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Title: Re:墓を移設後長い間没交渉であった移設前のお寺に過去帳についてのお願いをしたい
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まず申し上げておきたいことは、過去帳そのものの閲覧は不可能に近い、ということです。 昨今の個人情報保護の観点だけではなく、もう少し複雑な事情がありますが、他の家の方々のことまで目に入ってしまうことを避けるための対応です。もちろん、「○○家」の墓所に埋葬されていた人々の戒名・俗名・寂年月日について知りたいので調べていただきたい、という申し入れならよほどのことがない限り調べていただけるはずです。
まず電話で、以前は墓所があり現在では改葬しているが改葬以前の先祖のことを知りたい旨、お申し出いただくことから始められればよろしいでしょう。ご親類が、現在でもそのお寺の墓所を使われているのでしたら話は早いとおもいます。 そこから先は、現在の住職さんが「詳しい話を聞きたいので来て欲しい」ということになるかもしれませんし、「ファックスのやりとりで済ませましょう」ということになるかもしれません。 いずれにせよ、移転なさった年月日や、現在の墓所への改葬許可書の写しなどがあると便利でしょう。
お礼は、どうでしょうね? まあ「過去帳複写作成手数料」などといって請求されることはないと考えますが、かつてはご先祖の菩提寺であったお寺ですから、これを縁に参拝なさり御本尊に「布施料」というかたちの金一封を納めていただければよろしいとおもいます。
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Name: 匿名希望
Date: 2010/08/19(木) 00:25
No:3771
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Title: 円宗院について
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円宗院さんはどんなお寺ですか? 支払い形も郵送など振り込みがメインみたいですが直接はだめですか?
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Name: 三休 [URL]
Date: 2010/08/19(木) 09:44
No:3772
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Title: Re:円宗院について
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お寺ネット 管理人の三休です。 神奈川県平塚市東中原2-17-7 の円宗院の事でしょうか? もし、こちらであれば、私のお寺です。 振込みでも直接でもどのような方法でも構いませんよ。
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Name: ひまわり
Date: 2010/08/17(火) 10:35
No:3757
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Title: 水子供養…その後
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はじめまして。私には水子がいます。去年10月に供養していただきました。あれから1年たつのでお寺にお布施?みたいなのをしたいんですがどういった名目で渡したら良いか教えて下さい。供養して頂いたお寺は遠方で郵送になると思います。よろしくお願いします。
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Name: 寸
Date: 2010/08/17(火) 14:27
No:3761
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Title: Re:水子供養…その後
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供養されたお寺にお参りできなければ、『水子供養』の名目でお包みされ、郵送でも良いと思いますが。 水子供養は騙すお寺さまもあるので気を付けてよく見極めてくださいね。 沢山のお金を要求したり、何かが憑いているとか言うお寺さまにはくれぐれもお気をつけて。
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Name: ひまわり
Date: 2010/08/18(水) 20:46
No:3769
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Title: Re:水子供養…その後
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回答ありがとうございます。
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Name: ひまわり
Date: 2010/08/18(水) 20:49
No:3770
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Title: Re:水子供養…その後
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すみません。間違って操作してしまいました。回答ありがとうございます。騙したりするお寺…あるんですね。初めて供養を申し込んだときこちらの個人情報は伏せて郵送したので連絡がくる事はないと思います。水子供養の名目で郵送します。本当にありがとうございました☆
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Name: すう
Date: 2010/08/17(火) 10:55
No:3758
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Title: 墓地全体の修繕費って
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初めて投稿させていただきます。 お寺さんより墓地全体(2か所上・下に分かれており、上の墓地が山沿いなので修繕をしたということです。3・4年前に我が家のお墓がある下の墓地に立っているお堂を直すということでしたので、こちらは修繕費を出しました。しかし、今回は別の場所にあるものですし、全く行かない場所です。)の修繕を行ったから寄付をしなさいと連絡がありました。私としては墓地を直したいという事前の連絡もなく勝手に決められたような気になっています(直すことにしたという連絡はありましたが、) 過去ログなどを見させていただいて、檀家特別寄付金に当たると思いますが、これは名前は寄付であっても出さないといけないものでしょうか?昨日、お寺さんに行き、護持費をお支払いするときに「修繕費は寄付ですか。義務ですか。」ということをお聞きしたら、「お宅は、年賀状もよこさないし、お盆などの卒塔婆も立てない。そういう言い方をするのならお墓の移転をするように」(お墓参りにだけは行っていました。余裕がありませんでしたから年回法要は自分たちだけでお墓参りをし、お寺さんにはお願いしてはいません)と言われました。 将来的には移転は考えておりましたが(父・母・兄が入っており、私たち娘は二人とも長男と結婚しています。ですので、このお墓を継ぐ者がいない状態です。将来的には別のお寺の合同墓に入れて頂くか、主人の実家のお墓建て替えの際に一緒に入れて頂く予定)すぐにはできません。円満に解決するには、修繕費を出せばよいとはわかっておりますが、現在その余裕がありません。 分かりずらい文章になってしまいましたが、今後どのようにしたらよいかご教示いただければと思います。
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Name: 一
Date: 2010/08/17(火) 14:23
No:3759
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Title: Re:墓地全体の修繕費って
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それはまずいですね。 今まで年会費(護持会費)などは納めておられましたか? 少なくとも年に一回くらいは挨拶に行かれてますか? 恐らく、お寺さんとのコミュニケーションが欠けてしまっているのだと思います。 うちのお寺でも何年も音沙汰無しの檀家さんがいますよ。
もしかすると、お寺さんの方が怠慢なのかも知れませんが、素直にいろいろ尋ねて見ては如何でしょうか? わからないのだからハッキリ聞くしかありませんよ。
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Name: すう
Date: 2010/08/17(火) 17:12
No:3762
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Title: Re:墓地全体の修繕費って
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ありがとうございます。 護持費は毎年欠かさずにお支払いしています。 気持ちはあるつもりでいますが、余裕がなく護持費を納めるだけでいっぱいいっぱいになっております。 お寺さんとは昨日お会いしてはっきりこちらの都合を申し上げお聞きしたつもりですが、その結果が上記のようでした。こちらの言い方も悪かったかもしれませんが、お寺さんとの付き合い方が怖くなりました。何だかわからないうちに色々なことが決まり、こう決まったから寄付を強要される…。出せなければ出ていけ…貧乏人にはお寺さんも冷たくなさる時代なんでしょうかねぇ。一度に出せと言われるよりも護持会費(少々の値上げならこちらも納得せずにはいられなくなります)の中から積み立てて頂ければ良いのにと思ってしまいました。
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Name: 一
Date: 2010/08/17(火) 20:52
No:3763
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Title: Re:墓地全体の修繕費って
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そんなお寺なら、早く別のお寺を探して、移した方が良いかもしれませんよ。
人間の生き方や、人間のこころを教える立場の僧侶が、脅し文句や、脅迫などは許しがたいものです。
寄付などは、出せる人が出せばいいものです。
経済的に厳しい人は、3万円くらいで十分だと思いますよ。
みんながみんな何十万も出せるはずがありません。
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Name: 寸
Date: 2010/08/17(火) 21:30
No:3764
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Title: Re:墓地全体の修繕費って
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収入の少ないが少ないとわかると取れるだけ取り後は手の平を返したように言いがかりを付けるお寺さまは確かにいらっしゃいますよね。 私も貧乏人は信仰は必要ないみたいな仕打ちをされた事があります。 そんなお寺さまとは無理にお付き合いする必要ありません。 今のあなたさまの状況からでしたら共同墓地に移転するのが気兼ねなく、又亡くなった方々も安心なさるのではと思います。 心無いお寺さま。 哀しい現実ですね。
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Name: のなぴー
Date: 2010/08/14(土) 08:38
No:3745
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Title: お墓参りの事
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こんにちは はじめて相談させていただきます。 結婚13年目で12歳の長男と4歳の長女がいる42歳の主婦です。 自分の方のお墓参りは年に1回は行ってますが、主人の方のお墓参りは今まで1回(5年前)に行っただけです。 理由は主人の両親が墓守をしてくれている兄と仲が大変悪く場所も四国の離れ小島で行くのが大変で費用も掛かるからです。 今年はお墓参りに行きたいと義母に相談しましたが、反対されました。この様にお墓参りにいけない場合他に方法はあるのでしょうか ? どうかよろしくおねがいいたします
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Name: 想月
Date: 2010/08/14(土) 10:23
No:3746
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Title: Re:お墓参りの事
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こんにちは
お墓参りをしたくても出来ない。させてもらえない。 それは、とても辛く、寂しい事ですよね。 お気持ちお察しいたします。
ご主人様と、のなぴー様の菩提寺の宗派はおなじですか? 同じなのであれば、のなぴー様の菩提寺で仏様に手を合わせて供養なされば宜しいかと存じます。
また、ご主人様と異なる宗派なら、のなぴー様の菩提寺にて理由を申し出てみるのも一つの選択だと思います。
墓前にて合掌すろ事だけが供養ではないと思います。 毎日の仏前にて合掌する事も供養の一つなのだから…(-人-)
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Name: のなぴー
Date: 2010/08/17(火) 07:26
No:3756
| 解決
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Title: Re:お墓参りの事
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ご返信ありがとうございました。 自分の母に相談しましたら今度菩提寺に連れて行ってくれるとのことでした。 ぜひ御仏前で合掌させていただきたいと思います。
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Name: ももママ
Date: 2010/08/11(水) 19:53
No:3734
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Title: 嫁に行った私が実家の供養をするには?
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お盆が近くなってきました。 私の両親は三年前に亡くなりまして、仏壇やお位牌などは私の兄が持っています。 私のほうは主人の実家で暮らしていまして、そこには主人の家の仏壇だけがあります。
私の兄がちゃんとお盆などの供養をしてくれるといいのですが、恥ずかしながら兄とは不仲で連絡が取れません。兄は両親の三回忌も行なわなかったと弁護士さんから聞きました。
お盆の時期になり、何か両親の供養をしてあげたいと思うのですが、嫁の私ができることは何かあるでしょうか? 仏壇がなくてもお盆棚などを作ってもいいのでしょうか?
また、両親の菩提寺は遠方にあり、菩提寺の住職さんに来て頂く訳にもいきません。迎え火に行く事は難しいです。親とは無関係ですが、インターネットで供養をして下さるというお坊さんに供養だけお願いするのはおかしいでしょうか?
何も知らずお恥ずかしい限りですが、宜しく教えて頂けたら幸いです。どうぞよろしくお願い致します。
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Name: 一九
Date: 2010/08/16(月) 06:13
No:3747
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Title: Re:嫁に行った私が実家の供養をするには?
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もうお盆過ぎていますね。^^ 供養というのは生きている家族が、亡くなった方の生前の思いを体験してあげること、そして親しい神仏に成仏への導きを委ねることです。
聖なる場所を自分で決めて、亡くなった方の写真やお花、お水を飾れば、特に箱がなくても大丈夫です。 その方が生前ご苦労をされたことを思いだして、相手の立場になってその気持を体験してあげます。 そして親しい神仏(または自分の魂)に、その方の冥福をお願いします。
お盆とか〜回忌だけでなく、日ごろからやられたらよいです。 幸せな人しか周りの人を幸せにできませんのでね。 あとは自分が家族仲良く幸せになることです。
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Name: 菊雅
Date: 2010/08/16(月) 11:10
No:3750
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Title: Re:嫁に行った私が実家の供養をするには?
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供養とは、
ご先祖様や縁のある方に感謝するとともに、自分の善い行いによって得た功徳を、ご先祖様や縁ある周りの人に分け与えることです。 その功徳は、ご先祖様(ご両親様)が仏様に成る(成仏)ための後押しになります
ご主人の家の仏様以外に、わざわざ他の仏様をお祀り(事を荒立てる)必要はありません。
また、信仰の仕方は人それぞれでお兄様が三回忌を行わなかったとしても、それが悪い事やご両親様がうかばれないといゆうことには繋がりません。
ご主人の家のご本尊様に日々手を合わせることで(お願いすることで)、十分な供養となります。 仏様は、どの家・どの宗派など分け隔てることなくお救いくださいますから。
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Name: ももママ
Date: 2010/08/16(月) 16:33
No:3751
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Title: Re:嫁に行った私が実家の供養をするには?
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一九さま、菊雅さま、ご回答ありがとうございました。
お盆が近くなってくると店先にお盆のお供え物等がならび、何かしてあげたいという気持ちになってしまうのですが、特にお盆に限らずに日ごろ冥福を祈るという行為が大事なのですね。
供養とは何かもよく分からずにいましたが、主人の家の仏壇に実家の両親の件も手を合わせていいのだと分かり、目からうろこでした。これから本を読むなど少し勉強してみようと思います。 ありがとうございました。
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Name: 一九
Date: 2010/08/17(火) 04:27
No:3753
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Title: Re:嫁に行った私が実家の供養をするには?
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>主人の家の仏壇に実家の両親の件も手を合わせていいのだと分かり 当家のご先祖様がどう感じるかが気がかりですね。 死者も普通の家族関係と同じですから、どうぞ研究されてください。
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Name: 菊雅
Date: 2010/08/17(火) 06:33
No:3755
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Title: Re:嫁に行った私が実家の供養をするには?
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ももママさん ご参考までに、 世の中には、ご先祖同士が喧嘩をするなどと不安を掻き立てるような人がいます。 でも、そのような事はありません。 貴方もご主人様もそれぞれご先祖様がいたから、ここに存在しているのです。 ご先祖様同士がいがみ合う存在ならば、貴方がたは初めから結ばれませんよね。 それに、そんな意地悪なご先祖様は成仏なんて出来ませんし、そんな事をしたら仏様に怒られてしまいますよ。 あと、知識だけ得ても意味はありませんよ。 体験(感じること)が大切ですから。
「成仏なんて出来ません」についてですけど、 (簡単に書きます) 仏様は、自分の〜(自分の物・場所・思いなど)という考え方はしません。 成仏(仏様に成る)に至には、自分の〜(自分の物・場所や思いなど)を無くさなければなりません。 で、ご先祖様が喧嘩するとか嫌がるという考え方は、仏に成るとゆうことに反する事となります。
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Name: ゆきねねママ
Date: 2010/08/12(木) 23:22
No:3739
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Title: 板塔婆…って
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毎年替えるものなのでしょうか?
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Name: 水波坊 [URL]
Date: 2010/08/13(金) 09:31
No:3743
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Title: Re:板塔婆…って
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いいえ。 卒塔婆は葬儀・法事などの時に立てますが、その後は朽ちるまでそのまま…が原則です。別に交換する、などということはしません。 もちろん朽ちるまでそのまま…とは言っても、現実にはそうもいかない、という場合もありますので、その場合は燃やして大地に返すか、寺にお焚き上げを頼んでください。
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Name: ゆきねねママ
Date: 2010/08/13(金) 23:10
No:3744
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Title: Re:板塔婆…って
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ありがとうございます 私は結婚してはじめての事なのでよくわからずこんな質問をしてしまいましたが、話を聞くと主人の姉が毎年替えているようなのです…お寺に確認するよう主人に話してみます
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Name: なまちゃん
Date: 2010/08/08(日) 22:19
No:3717
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Title: 今日は彼の初めての月命日で、二回目の結婚記念日でした
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先月主人(38)を自死で亡くしました。私は34、彼が亡くなった翌日に一歳七ヶ月になった息子がいます。お葬式が終わって、実家に帰っていますが、実家に来てから、一日もお線香もあげられず、手を合わせる事もできていません。今でも彼の事を認めたくないからです。しかし、先程色々調べてわかった事ですが、亡くなってから七日毎に裁きを受け、今後の行き先が決まるから、遺族は彼が極楽浄土に行けるように追善供養をしてあげて下さいと書いてありました。今日まで私は何もしてきませんでした。私ができない代わりに私の父が毎日してくれていましたが、自分が何もしてこなかった事で今心が苦しくなっています。49日も本当はやりたくなかったですが、今は迷っています。やってあげたいが、やはり認められない苦しい気持ちです。分骨してもらい、私の実家にはお墓もありますが、納骨はしないつもりでいます。彼の実家は現在お墓はないそうで、義母さんがなくなるまでは、やはり義母さんも納骨せずに傍に置いておくそうです。戒名は義母さん達はどうされるか聞いてないですが、私個人としては、つけないつもりでいます。今でも彼は彼なので変えたくないです。彼の借金もありますし、子供もまだこれからお金がかかるので、金銭的にも大変なので。私の場合、まだ先が長いですが、私が死ぬまで納骨しないでいる事はダメですか?また、義母さん達が戒名をつけた場合、私の方でつけないという事は可能ですか?世間知らずな所があるので、失礼があるかもしれません。すみません。
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Name: 一般人
Date: 2010/08/09(月) 16:04
No:3721
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Title: Re:今日は彼の初めての月命日で、二回目の結婚記念日でした
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こんにちは。関係のあるお寺さんに直接聞いてみたほうが良いのではないでしょうか。
もう一つのスレッドも拝見しましたが、追善供養もお墓への納骨も、「亡くなられた方の為」と商業主義のお寺さんは言うかもしれないですが、本来は遺された遺族の為のものです。
生きて遺された者が、近親者の死の哀しみから離れ、目の前の生を大切にしていく……。 追善供養は、亡くなられた事実を受け止め、心を整理するためにあるともいえます。 戒名は仏弟子となった証です。本来、仏教は生きるための教えですから、生きている間にもらうのが筋ですが、日本仏教では亡くなられた方を仏弟子として、亡くなったという節目の意味を持たせているのかもしれません。
何であれ、例えば「亡くなった事実を受け入れたくないから……」と行うことは、厳しいことを申し上げるようですが、これから生きていくにあたって苦しみをもたらすことの方が大きいと思いますよ。 逆に、故人として大切に思いつつも、日々新たな現実において「只今」に生きるならば、余計な苦しみを背負うことなく生きてゆけるかと思います。
末筆ながら、ご主人様の御冥福をお祈り申し上げます。
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Name: ラー
Date: 2010/08/09(月) 20:35
No:3722
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Title: Re:今日は彼の初めての月命日で、二回目の結婚記念日でした
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初めまして・・・
私の主人も昨年自死しました。 私の場合 主人の親にすべて取られてしまいました。 遺体も帰って来ず、葬儀も他人と同じ 遺骨も貰えないまま終わりました。 勿論 四十九日、百か日も呼ばれる事はありませんでした。
でも 主人にとっていい事はしてあげたくて 位牌も作り、仏壇も購入しました。 毎朝、手を合わせる事は欠かさずしています。
旦那さんも絶対心残りは沢山あったと思います。 我が家も子供がいます。
旦那さんが供養出来るように頑張りましょう。 子供を残して亡くなったって事は、きっとあなたならりっぱに 育ててくれると思ったからだと思います。 私もそう思っています。
質問と関係ない事を書いてしまいましたが 私と同じ思いをしてる方が・・・と思うとつい書いてしまいました。
私も泣いてばかりでしたが頑張って下さい これから私達の人生はまだまだ長いです。
ご主人様の御冥福をお祈り申し上げます。
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Name: なまちゃん
Date: 2010/08/13(金) 01:35
No:3741
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Title: 一般人さんへ
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一般人さん、返信ありがとうございました。また、遅くなりすみません。一般人さんがおっしゃる事、そういう考え方もあるのかと読ませていただきました。正直申しますと、今すぐに納得できない所もありましたが、少し気持ちが楽になった部分もありました。ありがとうございました。
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Name: なまちゃん
Date: 2010/08/13(金) 01:40
No:3742
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Title: ラーさんへ
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ラーさん、返信ありがとうございました。また遅くなりすみません。ラーさんも同様の体験をされた事を伺い、本当に救われました。そして、私もまだほんの少しですが、彼の為にと考える事ができました。まだ前向きな言葉は出せないですが、ありがとうございました。
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Name: 名もない人
Date: 2010/08/12(木) 09:42
No:3736
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Title: 下げた供物の顛末
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仏壇に捧げた後のご飯や水についての質問です。お菓子や果物は仏壇から下げたあと家族で食べていますが、ご飯や水は仏壇から下げたあと、心が痛みながらも毎朝流しに捨てています。なんとなく線香の匂いがして、口にすることができません。本来どのような処理をすべきなのか、教えてください。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/12(木) 14:56
No:3737
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Title: Re:下げた供物の顛末
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延暦寺では、建物の裏に野鳥用の餌場を設けて、そこに下げたお仏飯を置いておきます。環境が許せば、こういった「処理」方法がよろしいかと考えますが、無闇な野生動物への餌付けも問題ですし、都市部でこのようなことを行って鳩や烏を呼ぶ「鳥害」の元になるというのも考えものです。
したがって、どうしても飲めない食べられない物については、そのまま破棄なさるのも仕方がないと考えられます。お仏飯を捨ててしまうことで心を痛められたなら、他の物を無駄にして心を痛めることなどなさらないかと存じます。 それでよろしいではありませんか。
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Name: 名もない人
Date: 2010/08/12(木) 17:40
No:3738
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Title: Re:下げた供物の顛末
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天台沙門様へ
ご回答ありがとうございます。下げたご飯を生き物に分け与えるという慈愛、感銘いたしました。本来ならそのようにすることが仏様も望んでいることのように思います。私の住まいは住宅地なので、お寺様のようにできないのがとても残念です。下げたご飯や水を流しに処理するときも、今に増して感謝の気持ちを込めたいと思います。また、食べ物や自然の恵みに対する気持ちを忘れずにいこうと思います。
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Name: 通りすがり
Date: 2010/08/10(火) 08:14
No:3723
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Title: 葬儀等について
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親が、自分が死んだら、死んでお金を使わなくてもいいので、
葬儀、49日、新盆など、やらなくてもいいと言われたが、
いいのでしょうか?
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Name: 水波坊
Date: 2010/08/10(火) 09:42
No:3725
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Title: Re:葬儀等について
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別にしなくてもいいんではないですか? 葬儀には、宗教的にも世俗的にも意味や意義はあるのですが、そんなものはいらない、というのであれば、それはそれで自由だと思います。 本来、仏教の葬儀は仏教徒のためのものですから、少なくとも仏教が嫌いな・あるいは意味がないと考えている人に葬儀を執行する義務は、寺院にはありませんよね。 もちろん、葬儀は仏法を説く場・心のケアの場でもありますので、遺族の方たちの為に…という意味合いで葬儀をする、という考え方もあるのですが、それでも第一義的に(少なくとも真宗以外では)、葬儀は死んだ人間の為にするものですので。
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Name: 謙心
Date: 2010/08/11(水) 08:31
No:3729
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Title: Re:葬儀等について
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私自身 父を早い段階で亡くしました その時に葬儀をしていただき分かったことがあります それは葬儀は基本的にどちらの為 というのはさておき 残された人たちの為なんだ ということです それにあなたは仏教とではないのですか? そうじゃないでしょう お墓の前に行って手を合わせないのですか? 線香を供えないのですか? 墓石は仏式のものじゃないのですか? 皆さん 気づかれてないだけで我々は知らず知らずのうちに仏式でいろんな作法をしているんです それが尊いものだと思わないのなら葬儀もなにもいらないでしょう 旅行に行ってお寺に行き落ち着いた経験はありませんか? お寺の中の人間をとやかくではなく 日本に仏教というものがあってよかったと思うことはなかったですか 葬儀の場でぐらい仏に帰依しても良いかと思います 経済的なことはその後です 無論 仏教が大嫌いと言う人にはお勧めはしません
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Name: 通行人
Date: 2010/08/11(水) 09:39
No:3731
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Title: Re:葬儀等について
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あとあと「あの時、葬儀や供養をしっかりやらなかったからこうなったんだ……」などと、不幸の原因にしてしまうようなことが決してないと言えるなら、やらなくてもいいのかもですね。
他の方もおっしゃってますが、葬儀等が遺族のために行われる側面を考えれば、本来の仏教について心底わかっているか、不幸・不運といった自分の意にそぐわない出来事を他に転嫁しないような精神力がなければ、あとあと後悔するだけになってしまうと思われるので。 葬儀等を行うことで、故人の恨みをかうと思うなら話は別ですが。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/11(水) 10:11
No:3733
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Title: Re:葬儀等について
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葬儀(通夜とセットの1日ではなく、より広義かつ長期に行われる鎮魂のための儀礼)というものは、行わないよりは行ったほうがよいでしょう。その理由は、葬祭儀礼というものは、縁者が故人の「死」の受容を行い易くするための文化的システムだからです。
いうまでもなく、その葬儀を宗教儀礼に基づいて行うかどうかは、別の問題です。
親御さんが「葬儀無用」との意志をお持ちなのでしたら、親御さんご自身がご存命のうちに、ご親戚やおつきあいのある方々に自らお伝えになるようお勧めください。
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Name: のり
Date: 2010/04/26(月) 21:41
No:3595
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Title: 困っています
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お知恵を貸して下さい。 私のおじを最後に田中家は途絶えました。菩提寺のお墓におじの両親、妹、おじの計4人が入ってます。おじからは後のことは何も聞いておりませんでしたが、そのままにもしておけず住職に相談したところ、永代供養にするには60万円/一人、持ち出しても同じ位かかると言われました。4×60=240万、さらにお墓を撤去し平らにしきれいにするのに130万と言われました。いずれにしても400万ちかく掛かるとのことでした。そこの名義を変える方法もあるのですが、それも高額で私はそんなお寺と縁は持ちたくありませんのでしたくありません。 自分のことで精一杯なのに、おじのことで400万円もとてもではありませんが出せません。何か良い方法はありませんでしょうか? あと、お骨をひきとるのに60万もおさめなくてはいけないのでしょうか?もちろんお墓は撤去しきちんとせねばと思いますが。 私は、気持ちだけですが納め、お骨をかえしてもらい公的な霊園の 合葬墓を探しそこに入れ、お墓はもっと負担なく仕事してくれる所をみつけそこに頼みたいと思っているのですが、いかがでしょうか そんなに簡単にはいかないと思うのですが、どんな問題があるでしょうか みなさま宜しくお願い致します。
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Name: 僧侶
Date: 2010/04/26(月) 22:38
No:3596
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Title: それは高くて困りますよね
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土に還せばよいです。
自然に帰せばお金はかかりません。
そのかわりお盆などに塔婆供養を必ず実践して下さい。
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Name: ばあすか
Date: 2010/04/27(火) 18:12
No:3597
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Title: Re:困っています
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のりさん
こんにちは。 お墓をお守りするのは大変ですね。気持ちではきちんとしたいと思っても、先立つものもついてまわります。 私の実家も、別の理由で墓を移そうと思っていましたがなかなか実行できません。
お墓を移す場合、お墓から魂を抜く儀式をします。その際にお寺にお金を支払う事になります。 60万円がその費用か不明ですが、その費用と墓を取り去って更地にするだけで100万円超える金額はかかるようです。 最近、使用済みの墓石を、処分費用が無いからと、山の中に捨てて捕まった業者がいますよね。処分にもそれなりのお金がかかるのでこんな事件が起こるのではないでしょうか?
お寺には出入りの墓石屋さんもいますので、違う業者さんを連れて行く場合、事前に許可を貰っておかないと、嫌な思いをする事もあります。
では、なにもせず放っておいたらどうなるか?数年したら菩提寺で無縁墓として墓からお骨を出し、墓地を更地にし、墓石も処分するのです。お骨は無縁仏?として合祀されます。費用は菩提寺負担だと思います。
田中家が墓を持っていると言う事は、永代使用権を持っていると言うことではないでしょうか? でもその権利をのりさんが名義変更して取得しても、その墓に入れる訳じゃないですよね。
菩提寺から早くなんとかしてくれ、と言われているのですか? そうでなければ、今のまま、何もせず、回忌法要を済ませてから考えるのではダメなんでしょうか? 七回忌が済んだ頃なら今と状況も変わっているかも知れません。
また、お寺さんの説明で不明な点は、宗派の総本山に聞く事も出来ると思います。 私の実家は日蓮宗ですが、簡単な事はホームページに書いてあります。
或いは、のりさんご自身の菩提寺に相談されるのはいかがでしょうか?
お寺にお支払いする費用には、相場はあるのでしょうが、決まりはありません。お寺、宗派が違っても、金額は大きく違いますし、同じお寺でも住職さんが変われば、金額が違ってきます。 私の実家と母方の祖母では宗派が違うのですが、金額の負担もかなり違います。 最後にはお寺との話し合いになると思います。
もし時間が許されるなら、回忌法要をしながら色々調べて最善の方法を考えたらいかがでしょうか? 私は素人なので、何か間違った内容があったら申し訳ありません。一応、墓を移そうとして調べた事で参考にしていただけたらと思います。
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Name: のり
Date: 2010/04/27(火) 19:56
No:3598
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Title: Re:困っています
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ぱあすかさま ご丁寧に色々とありがとうございます。 60万円は一人分の永代供養料で、更地にするのが130万といわれています。数件の石材店に条件をつたえ聞きましたところ30〜50が相場といわれました。 永代供養を希望するならその金額でやむをえぬとも思えるのですが 払えないのでお骨を移しますといっても同等の金額がかかると言われています。 この辺のところを他のお寺さんに聞きましたら、そんな話聞いたことないといわれました。本山などにも聞いてみたのですがどうも曖昧で・・ 本質的には菩提寺が立場を利用し、沢山お金を納めさせようとしているということと思っています。明らかにこちらの事情は汲んでもらえていません。邪推ではないつもりです。 世の中同じケースで苦しんでいる方は多いと思います。 人に安らぎを与えてくれるはずの立場の人が、人を苦しめているのは本当におかしいことだと感じます。
時間を置くということは確かに必要と思いました。 よいアドバイスありがとうございました。
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Name: 勝運寺山主
Date: 2010/05/01(土) 12:50
No:3604
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Title: Re:困っています
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のり様へ 初めまして投稿文を単純に解釈いたしますと馬鹿住職としか言いようがありません。 永代供養(墓地永代使用料込)で壱霊60万×4体=240万はなんとか理解(之でも高額です)できますがそれとは別に墓地の整理代で130万円は完全に不当な請求です。また、永代供養を申し込まれた場合は寺院内墓地の撤去は不当です。 本当に困るんですよね、この様な本末転倒な守銭奴僧侶(住職)には他の僧侶も同じと思われてしまいますから。 中途半端に大きい寺院の2世、3世の方で苦労しておられない方に多いんですよね。しかし多くの方は道理を弁えた常識人が多いです。 しかし、住職に相談したのは正解です。 住職の言われた130万はお墓の撤去料だけではなく離壇に伴うもろもろの費用を含んでの事ではないのですか?墓地撤去費用のみの金額でしたら暴利です。 諸々の費用と檀家として寺に未納金は有りませんか? 「寺院護持料(檀家費、墓地使用料)、檀家特別寄付金(寺院修繕費分割負担金)、etc」 などです。 たぶん、菩提寺の住職は途絶えた田中家の後を継ぐと勘違いされたのでは、寺にとりましては絶家による無縁仏の墓地整理に関しましては大変頭の痛い問題ですし檀家の離壇は寺、住職、共に大きな損失なのです。 のり様、もしかして貴方は菩提寺の住職とお話された時、離壇や墓地の撤去を前提にお話を進めませんでしたか? 之をやると多くの住職はへそをまげます。 檀家の離壇は寺の住職の不名誉として後世まで語り継がれる為です 気おつけてください。
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Name: とおり
Date: 2010/08/10(火) 23:36
No:3728
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Title: Re:困っています
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そうですよね。 檀家は寺の重要な収入源ですものね。 お寺は宗教法人なため、納税義務がありません。 もらったお金はすべて自分達で自由に使えます。
シャネルで働いていた知人は一番のお得意さんは寺の住職の奥さんたちだって言ってました。豊かでもない檀家が汗水たらしてなくなった家族のためになけなしの金をはたいて払ったお金が、住職たちの贅沢な飲み食いや海外旅行代に消えていくんですよね・・・。
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Name: 謙心
Date: 2010/08/11(水) 08:41
No:3730
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Title: Re:困っています
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世の中の人は大抵勘違いされてますが寺には会計監査の役員がいます 収入を好き勝手に使えません 税金も全く払っていないわけではないです 国民 県民 市民 としての納税は勿論しています 何でもそうですが世間で言われてる風評を鵜呑みにしては絶対にいけませんよ 世の中の人が面白おかしくするために話を誇張したりするのは良くあることです 本題に移りますが合葬はお寺でも負担なくしてくれるところがあります 私の知ってる寺でもしていますがそれをここで紹介すれば宣伝になってしまいますから控えます いろんな選択肢があるはずです 探してみてください ただし 土にかえせだなんて 初めのほうで投稿がありましたが 全くどういった真意があるか分かりませんがそんなバカなことはやめてください そもそも人の骨をどこにでも埋めれるわけがないでしょう 埋葬許可証も必要です
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Name: 迷い人
Date: 2010/08/07(土) 21:33
No:3715
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Title: 先祖の供養
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昔ある方から、位牌の代わりに短冊のようなものに故人の名前を記し、それを供養することで位牌を供養するのと同じになると伺い、実践してきました。さらに、私の属する宗教というか団体は、僧侶をあまり重視しておらず、開眼供養という言葉すら聞いたことがありませんでした。本当に、遺族(私)が短冊に書いただけの故人の名前(戒名はありません)が位牌の代わりになるのでしょうか?個人的な考えを教えて頂けるだけでも結構です。よろしくお願いします。
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Name: 天台沙門
Date: 2010/08/09(月) 08:41
No:3720
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Title: Re:先祖の供養
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位牌の起源そのものは、儒教において学堂の正面に掲げられた孔子さんの名を記した札だそうです。そうすることで、孔子さんの面前で学問をしていることとしたのですね。この習慣を仏教が取り入れ、神仏や師僧の名を記した札を礼拝の対象としたものが、死者や先祖を象徴する物体としての位牌の直接の起源です。
開眼供養の目的は、その儀式に参列した人々が儀式に参加したことによって、開眼されたモノ(仏像・仏画・位牌など)が、単なるモノではなく神仏や死者の象徴物となったという意識を共有することです。
実際問題としては、開眼供養に参列していなくても、我々は位牌が亡くなった方そのものであるような文化を共有していることによって、最低限の礼儀を位牌に対してはらっております。ですから、短冊に故人の名を記したものであっても、それが一枚の写真であっても、故人の人格を象徴するもの即ち位牌と同等の意味をもつものと考えます。
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Name: 迷い人
Date: 2010/08/10(火) 16:40
No:3727
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Title: Re:先祖の供養
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天台沙門さま回答ありがとうございます。とても分かりやすくて説得力のあるお言葉でした。短冊に書いた故人名ではありましたが、まさに位牌と変わらないくらい大切に扱ってまいりました。位牌の歴史的背景や認識を教えて頂き、私のこれまでの供養も意味があったことに安心いたしました。厚くお礼申し上げます。
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