先日の回向(えこう)について「ちょっとわかりにくい」というご指摘を受けました。

今一度お話させて頂きますと、お経のお勤めの締めくくりに
「○○家先祖代々諸精霊に回向す」
と願文を唱えます。
現在このように仏の教えを守り代々伝わってきたこの命。
お蔭様で生かされ、生きております。
この感謝の念がどうかご先祖さまのご冥福に到達しますよう、
そして周りのすべての物の命、大地、宇宙にまで幸がありますことを、と祈願する。
これが回向と申します。また「家門繁栄 子孫長久」という願文も読んで字の如しですね。

はるか昔より、そうして回向されてきて自分がここに存在いたします。なんと有難いことでありましょう。
「親切」という言葉。これも回向ですね。それはやがて自分に回りめぐってくる。期待すべきものではなく、これが「人の為」という。(自分も含め人類の人という)周り巡る思いやりが繋がりあうものであります。
一つの数珠のように、ひとつひとつの珠は一人一人の心で輪になり思いやりの糸で繋がっている。
そして、そのどれもの心が丸くなりますようにという祈願が「回向」という締めくくりの願文です。

角がある心がぶつかりあってる世の中であります。どうか思いやりのある丸い心になりますように。
今朝も、今日もどこかで誰かが祈っております。そして回向して頂いております。
合掌。

ありがとうございました。